第1章 ヨーナ
第4部 田園交響楽~ジイドへのオマージュ
一行が旅を始めてから、時は瞬く間に流れた。
幾つかの山を超え、町があれば立ち寄り、歩き続けているうちに夏が終わり、短い秋が過ぎ去り、やがて空気が寒々しくなってきた。
「もう少しだ、シド。あとひとつ山を超えたら、盆地の町に出る。そうしたら少し長めに休もうぜ」
ラリサはシドを励ましながら歩き続けた。
「山をもうひとつ……」
気が遠くなったように、シドは肩を落とした。
足はぱんぱんに張ってむくんでいた。
彼らが目指している盆地の町に、ひとりの娘が到着していた。
ヨーナというその娘は、突然目を患い、盆地の町の医者にかかるためにやってきたのだ。
だが。
故郷で食堂を営むヨーナの両親に、親切そうに近づいて、「腕の良い医者のいる町へ娘さんを送ろう」と申し出た男は、本当は商人でも旅人でもなく、ただの泥棒だった。
ヨーナを荷車で盆地の町まで運んだところで、「約束は果たしたぜ」と、彼女が両親から預かった金品を強引に奪い取り、彼女の荷物も全て手に入れ、杖すら奪って、目の見えないヨーナを路上に下ろして放置したのだ。
馬車や、荷車を牽く牛が往来する路上に倒れ込み、ヨーナは身動きが取れなくなっていた。
「杖、わたしの杖……どこ?」
手探りで探すけれど、それは何処にもない。
男が持ち去っていたのだ。
ガラガラ、車輪の音が聞こえてくる。
こちらへ近づいている。
危ない。
でも、動けない。
「何やってんだよ!」
荒々しい女性の声がして、体が浮いた。
ラリサはヨーナを抱えて素早く路上から離れた。
荷車がガタゴトと通り過ぎていく。
あのまま放置されていたら、轢かれていた。
「あの人は、あの人はどこです?」
ヨーナは何も見えない世界で、手探りで周囲を調べた。
「わたしの治療費……路銀……杖も、着替えも、何もかも、あの人に持ち去られてしまったの?」
開かない目ですすり泣く。
「わたしたち、騙されたんだわ……両親が必死で用立ててくれた、貴重なお金だったのに」
「えーと、どういうことなのか、説明していただけませんか?」
ラリサに追いついたシドとエステレルが、ヨーナを覗き込む。
「おねーちゃんは目が開かないの?」
「はい。突然目がおかしくなりまして、何も見えなくなってしまったんです」
ヨーナは軽く自己紹介をし、経緯の説明を始めた。
ある日、目が突然見えなくなり、開かなくなったこと。
思い当たる原因としては、失明前日、目を綺麗に見せるという目薬を商人から買ったこと。
その商人は、目の見えなくなったヨーナを、町医者に診せると約束してくれたこと。
両親が家財を幾らか質に入れて、路銀と治療費を作ってくれたこと。
町に入った途端に、荷車から追い出されて、荷物も杖も何もかも、取り上げられたらしいこと。
「悪質だなあ」
ラリサはやれやれとため息をついた。
目が見えなくなるというだけで不安なのに、見知らぬ町に放り出されて、その男は彼女にどうしろと言うのか。
路上に放置していったところを見ると、わざと事故に遭わせたかったようにすら思える。
「その目薬は恐らくベラドンナでしょうね。瞳孔を開く効果があるので、目を綺麗に見せると言われているんですよ。でもあれ、実は毒なんです」
薬師のエステレルが見当をつけた。
「まあ、実物がない以上、断定は出来ませんが……」
「可哀想だよ。僕たちでお医者さんに連れて行ってあげようよ」
シドが声を上げた。
「ラリサ、治療費くらい出せるでしょ?」
「バルテオは慈善家じゃねぇんだぞ。俺の財布だって有限だ」
そう言いながらも、ラリサはきょろきょろと、バルテオのギルド支部を探し始めた。
「この町で何か、報酬の出る仕事にありつけたら、考えてもいいぜ。とにかく杖すらねぇんだ、俺らが数日は保護してやるしかねぇだろうよ。ま、預けられるところが見つかれば、そこに頼めばいいけれどな」
びゅう、と冷たい風が吹く。
冬が近づきつつある。
場合によっては、この町で越冬しなければならないかもしれない。
ギルド支部は見当たらなかった。
引き続き、ラリサは幾つかの宿と交渉を繰り返した。
結果、もうじき町の門が閉ざされると知った。
この盆地は雪が多く、今すぐに馬を入手して、早駆けで脱出しないと、冬の間は出られなくなるそうだ。
越冬が済むまで、ずっと宿に泊まると、路銀がすごい勢いで吹っ飛ぶことになってしまう。
「賃貸物件を借りよう」
長いこと財布とにらめっこをした上で、ラリサは連れに提案した。
「事故物件の安いのが見つかったんだ。明日の夜から早速吹雪くらしいし、この町で春を待とうぜ」
そうと決まれば、越冬準備だな。
行動が早いラリサは、早速保存食品や必需品を買いあさった。
「事故物件ですか~。何かあると嫌なんですが……」
エステレルは様子を見に、借りた物件へと向かう。
しかし、取り立てて警戒する必要はなさそうだ。
「ヨーナはどうするの? 施設とかに預けるの?」
「無理そうだな。俺らで一時的に保護するしかねぇんじゃね?」
シドはヨーナの杖代わりに、腕を引いていた。
「何とか仕事を探して、金が貯まったら、真っ先にヨーナの治療に使わせてやるさ」
「有難うございます、何とお礼を申していいか……」
ヨーナはぽろぽろと、閉じた目から涙をこぼした。
えらく濁った色の涙だった。




