表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻獣島旅行記  作者: 増村有紀
第2部 館の見た夢
13/56

第6章 夢の終わり

 最悪の目覚めだった。ラリサは、封じていた記憶を蘇らせたため、機嫌が悪かった。


 小国の領主の娘という身分は、あの事件で捨てた。尤も、領主と言えば聞こえはいいが、民草と一緒に畑を耕し、開拓にも積極的に参加するという、いわばちょっと箔のついた大地主的なものである。

 開拓中のラムリエス大陸では、割合とありふれた小国の在り方だ。


 あの事件は、後に、魔物に運悪く襲われたことにされており、何故か生き延びたラリサの存在は、叔父には知らされていなかった。幼心に、叔父に強い恐怖を植え付けられたラリサは、心のどこかで叔父に立ち向かう勇気を失っており、ゆえに、父と兄を護る近衛になることを目指していた。


 そして同時に、事件を起こしたのは自分だと、強く責めていた。

 叔父を信用して、別荘の位置を教えさえしなければ、起こらなかった事件だと。


「……畜生」

 起きて最初に口から漏れた言葉。

 彼女は自分を、まだ許せていなかった。

 この精神状態が、夢魔や霊体のつけ込む隙を作るとは気づかないまま……。


 一方。


「あのね、エステレル。ジューバルを探すの。手伝ってくれる?」

 慣れた様子で朝ごはんの用意をしながら、シドは夢の話をした。

 エステレルは、テントを片づけながら聞いている。

「女王様につかまっちゃいけないんだよ。こっそりジューバルを助けて、妖精と別々に埋葬するの」


 いつものようにお湯を沸かし、乾燥した保存食を喉に押し込む。

 太陽の光が、崩れかけた屋根から差し込んで、今日もいい天気だと知らせてくれる。


「じゃあ、これを使ってみましょうか」

 エステレルは収納石から、曲がった枝を2本取り出した。

「何の魔法具?」

「ただの木の枝です」

 シドはつんのめった。


 エステレルは、曲がった枝を平行に脇に構えた。

「こうして歩きまわるとですね、真下に妖精が埋まっていたら、気配を感知して、枝がすーっと自動的に開くんですよ」

「そうなんだ! じゃあジューバルの居場所がすぐにわかるね!」

 純粋なシドは、胡散臭いその話を、心から信じた。


「ラリサ、大丈夫ですか?」

 食が進まないラリサを心配して、エステレルは声をかける。

「ちっと夢見が悪くてな……」

「ああ、夜中にふらりと夢魔が来ていましたからね。追い払っておきましたけれど、ちょっと気づくのが遅れてすみませんでした」


 あの夢は、夢魔が見せやがったのか。

 ラリサは無意識に髪の結び目に手をやった。古い斧傷を隠した部分。


「では、食事が終わったら、館の探検と洒落込みましょう。ジューバルさんを解放するため、頑張りましょうね」

「はーい!」

 シドが元気よくエステレルに応じる。

「ラリサは不安定みたいですから、女王の思念体にとり憑かれないよう、気を付けてくださいね」


 エステレルはティキと共に、まっすぐに、封印された大きな扉に向かった。

「ギィィィィ」

 軋るような声を上げて、ティキが扉を切断する。

 封印ごと2つに割れた扉は、がらんがらんと大きな音を立てて、崩れ落ちた。


「……その聖獣、敵に回したくねーな、おい……」

 ラリサがぼそりと呟く。

 扉は、大人が抱えられるほどの厚みがあったのだ。それをチーズのように切り裂く聖獣の力。

 恐ろしい。


 ティキとエステレルが先頭になって、封じられていた空間へ入っていく。

 エステレルはあの枝を平行にして、脇に構えていた。


 ただの廊下がずーっと続いている。閉ざされていただけに、埃っぽい。

 妖精の亡骸の影響か、床や壁や屋根はしっかりと当時の様子を保っており、朽ちていたあちこちの部屋とのギャップを感じさせた。

 ここだけ時が止まっている。そんな感じだ。


 すうっとエステレルの構えていた枝が、開いた。

「この真下ですね」

 しかしそこは長く大きな絨毯の敷かれた、廊下の中央付近である。

 絨毯をめくらなければ、床を露出させられない。めくろうにも、床に接着されているようだ。


「ティキに切ってもらったら?」

 シドが安直に提案するが、「ジューバル王子ごとですか?」と返されて、うーむと腕を組んだ。

「俺が切るか?」

 ラリサが短剣を抜き放つ。


「あ、ストップですラリサ! 不安定な貴女が今、剣を抜いたりしたら、女王を呼び寄せるようなものです!」


 遅かった。エステレルの制止も間に合わず、ラリサは女王の思念体にとり憑かれた。着衣が赤く染まって見える。

 ラリサを乗っ取った女王は、シドをジューバル王子に見誤り、手にした短剣を振り上げた。

 割り込んだティキが応戦する。


「燃えちゃえ、絨毯!!」

 ティキとエステレルに庇われながら、シドは絨毯に火を放った。

 絨毯は溶けるように燃えて、隠されていた床を露出させた。


 確かに、何かを埋めたような跡があった。

 大きな石で蓋をされている。

「この下にジューバルが居るんだね! 今開けるから待ってて!」

 シドは石の端に手をひっかけ、うーんと引っ張った。だが重たくてとても動かせない。


「女王よ、ラリサから離れてください!」

 エステレルは、ティキに命じて、ラリサから短剣を叩き落とさせた。

「あなたが幾ら願っても、頑張っても、もうヴェドは滅んでいるのです!」


「ジューバルー!」

 精いっぱいの力を込めて、シドは埋められた王子の名を呼んだ。

 重たい石が、がたんと動いた気がした。

 指から爪から、血を流しながら、必死に石をどける。


 シドが夢で見た、あの狭い空間がのぞいた。

 ジューバルの亡骸が、流木のような妖精の亡骸を抱きしめている。

 まるで生きているかのように、ジューバルの体からは生き血が溢れ続けていた。


 エステレルと2人で、亡骸を引っ張り上げる。

 王子も、妖精も、干からびていて、悲しいくらい軽かった。


 王子と妖精を引き離すと、女王の思念体は消え失せ、王子の血は止まった。

 そしてラリサは正気を取り戻した。

「割と、憑かれやすい体質だったりするんですか、ラリサ?」

 エステレルが心配そうに声をかける。ラリサは状況を把握するのに必死で、答えられなかった。


 王子と妖精の亡骸を運び出すと、館は突然、止まっていた時を早回しで動かし始め、みるみるうちに、朽ち果てていった。


 一行はジューバルの願い通り、2人を別々に埋葬することにした。


 ジューバルのお墓には、花を飾り。

 湖妖精のお墓には、ジューバルの亡骸が握っていた魔鏡の欠片を、お供えした。


「これでいいのかな? ジューバル、天国に行けるかな?」

 シドは血だらけになった手を包帯でぐるぐる巻いていた。

 そんな手を合わせながら、手作りのお墓を見つめる。

(うん、有難う。これでやっとぼく、母上からも、妖精からも、この場所からも解放されるよ)

 つとジューバルの声が、どこかから聞こえた気がした。

「僕、もっとジューバルとお話したかったな。お友達になりたかったよ」

(ぼくもだよ。有難う、じゃあね、シド)

 それきり、声は聞こえなくなった。


「妖精さんも、お疲れ様でした。ゆっくりお休みくださいね」

 エステレルも手を合わせる。

「そして、いつかあなたの作った魔鏡とご縁があることを、祈らせてください」

「おいおい、変な欲を出すなよ」

 シドに並んで手を合わせていたラリサが、エステレルの言葉に呆れて声をあげた。


 あれだけラリサを悩ませた女王の気配も、夢魔の気配も全て消え去った。

 荒れた亡国跡地に太陽が降り注ぎ、やわらかな静寂が戻ってきていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ