第6章 夢の終わり
最悪の目覚めだった。ラリサは、封じていた記憶を蘇らせたため、機嫌が悪かった。
小国の領主の娘という身分は、あの事件で捨てた。尤も、領主と言えば聞こえはいいが、民草と一緒に畑を耕し、開拓にも積極的に参加するという、いわばちょっと箔のついた大地主的なものである。
開拓中のラムリエス大陸では、割合とありふれた小国の在り方だ。
あの事件は、後に、魔物に運悪く襲われたことにされており、何故か生き延びたラリサの存在は、叔父には知らされていなかった。幼心に、叔父に強い恐怖を植え付けられたラリサは、心のどこかで叔父に立ち向かう勇気を失っており、ゆえに、父と兄を護る近衛になることを目指していた。
そして同時に、事件を起こしたのは自分だと、強く責めていた。
叔父を信用して、別荘の位置を教えさえしなければ、起こらなかった事件だと。
「……畜生」
起きて最初に口から漏れた言葉。
彼女は自分を、まだ許せていなかった。
この精神状態が、夢魔や霊体のつけ込む隙を作るとは気づかないまま……。
一方。
「あのね、エステレル。ジューバルを探すの。手伝ってくれる?」
慣れた様子で朝ごはんの用意をしながら、シドは夢の話をした。
エステレルは、テントを片づけながら聞いている。
「女王様につかまっちゃいけないんだよ。こっそりジューバルを助けて、妖精と別々に埋葬するの」
いつものようにお湯を沸かし、乾燥した保存食を喉に押し込む。
太陽の光が、崩れかけた屋根から差し込んで、今日もいい天気だと知らせてくれる。
「じゃあ、これを使ってみましょうか」
エステレルは収納石から、曲がった枝を2本取り出した。
「何の魔法具?」
「ただの木の枝です」
シドはつんのめった。
エステレルは、曲がった枝を平行に脇に構えた。
「こうして歩きまわるとですね、真下に妖精が埋まっていたら、気配を感知して、枝がすーっと自動的に開くんですよ」
「そうなんだ! じゃあジューバルの居場所がすぐにわかるね!」
純粋なシドは、胡散臭いその話を、心から信じた。
「ラリサ、大丈夫ですか?」
食が進まないラリサを心配して、エステレルは声をかける。
「ちっと夢見が悪くてな……」
「ああ、夜中にふらりと夢魔が来ていましたからね。追い払っておきましたけれど、ちょっと気づくのが遅れてすみませんでした」
あの夢は、夢魔が見せやがったのか。
ラリサは無意識に髪の結び目に手をやった。古い斧傷を隠した部分。
「では、食事が終わったら、館の探検と洒落込みましょう。ジューバルさんを解放するため、頑張りましょうね」
「はーい!」
シドが元気よくエステレルに応じる。
「ラリサは不安定みたいですから、女王の思念体にとり憑かれないよう、気を付けてくださいね」
エステレルはティキと共に、まっすぐに、封印された大きな扉に向かった。
「ギィィィィ」
軋るような声を上げて、ティキが扉を切断する。
封印ごと2つに割れた扉は、がらんがらんと大きな音を立てて、崩れ落ちた。
「……その聖獣、敵に回したくねーな、おい……」
ラリサがぼそりと呟く。
扉は、大人が抱えられるほどの厚みがあったのだ。それをチーズのように切り裂く聖獣の力。
恐ろしい。
ティキとエステレルが先頭になって、封じられていた空間へ入っていく。
エステレルはあの枝を平行にして、脇に構えていた。
ただの廊下がずーっと続いている。閉ざされていただけに、埃っぽい。
妖精の亡骸の影響か、床や壁や屋根はしっかりと当時の様子を保っており、朽ちていたあちこちの部屋とのギャップを感じさせた。
ここだけ時が止まっている。そんな感じだ。
すうっとエステレルの構えていた枝が、開いた。
「この真下ですね」
しかしそこは長く大きな絨毯の敷かれた、廊下の中央付近である。
絨毯をめくらなければ、床を露出させられない。めくろうにも、床に接着されているようだ。
「ティキに切ってもらったら?」
シドが安直に提案するが、「ジューバル王子ごとですか?」と返されて、うーむと腕を組んだ。
「俺が切るか?」
ラリサが短剣を抜き放つ。
「あ、ストップですラリサ! 不安定な貴女が今、剣を抜いたりしたら、女王を呼び寄せるようなものです!」
遅かった。エステレルの制止も間に合わず、ラリサは女王の思念体にとり憑かれた。着衣が赤く染まって見える。
ラリサを乗っ取った女王は、シドをジューバル王子に見誤り、手にした短剣を振り上げた。
割り込んだティキが応戦する。
「燃えちゃえ、絨毯!!」
ティキとエステレルに庇われながら、シドは絨毯に火を放った。
絨毯は溶けるように燃えて、隠されていた床を露出させた。
確かに、何かを埋めたような跡があった。
大きな石で蓋をされている。
「この下にジューバルが居るんだね! 今開けるから待ってて!」
シドは石の端に手をひっかけ、うーんと引っ張った。だが重たくてとても動かせない。
「女王よ、ラリサから離れてください!」
エステレルは、ティキに命じて、ラリサから短剣を叩き落とさせた。
「あなたが幾ら願っても、頑張っても、もうヴェドは滅んでいるのです!」
「ジューバルー!」
精いっぱいの力を込めて、シドは埋められた王子の名を呼んだ。
重たい石が、がたんと動いた気がした。
指から爪から、血を流しながら、必死に石をどける。
シドが夢で見た、あの狭い空間がのぞいた。
ジューバルの亡骸が、流木のような妖精の亡骸を抱きしめている。
まるで生きているかのように、ジューバルの体からは生き血が溢れ続けていた。
エステレルと2人で、亡骸を引っ張り上げる。
王子も、妖精も、干からびていて、悲しいくらい軽かった。
王子と妖精を引き離すと、女王の思念体は消え失せ、王子の血は止まった。
そしてラリサは正気を取り戻した。
「割と、憑かれやすい体質だったりするんですか、ラリサ?」
エステレルが心配そうに声をかける。ラリサは状況を把握するのに必死で、答えられなかった。
王子と妖精の亡骸を運び出すと、館は突然、止まっていた時を早回しで動かし始め、みるみるうちに、朽ち果てていった。
一行はジューバルの願い通り、2人を別々に埋葬することにした。
ジューバルのお墓には、花を飾り。
湖妖精のお墓には、ジューバルの亡骸が握っていた魔鏡の欠片を、お供えした。
「これでいいのかな? ジューバル、天国に行けるかな?」
シドは血だらけになった手を包帯でぐるぐる巻いていた。
そんな手を合わせながら、手作りのお墓を見つめる。
(うん、有難う。これでやっとぼく、母上からも、妖精からも、この場所からも解放されるよ)
つとジューバルの声が、どこかから聞こえた気がした。
「僕、もっとジューバルとお話したかったな。お友達になりたかったよ」
(ぼくもだよ。有難う、じゃあね、シド)
それきり、声は聞こえなくなった。
「妖精さんも、お疲れ様でした。ゆっくりお休みくださいね」
エステレルも手を合わせる。
「そして、いつかあなたの作った魔鏡とご縁があることを、祈らせてください」
「おいおい、変な欲を出すなよ」
シドに並んで手を合わせていたラリサが、エステレルの言葉に呆れて声をあげた。
あれだけラリサを悩ませた女王の気配も、夢魔の気配も全て消え去った。
荒れた亡国跡地に太陽が降り注ぎ、やわらかな静寂が戻ってきていた。




