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黒の雄羊  作者: みお
第2章
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第4話 新しいはじまり(4)

 温かな風が吹き抜ける。それは軍馬の鬣を掬って、尾を靡かせた。



「あぁーあ」



 国に帰ることを心待ちにしていたのは、決して己だけではない。それは隊列を作る黒騎士、皆の願い。多くはないが、国に妻子を残したモノも居る。もしかしたら手に入った給金で休息を楽しみたかったモノも居ただろう。

 しかし、彼らは上官の命を遂行する他、術を持たない。それは己も同じこと。騎士である以上、それ以前に生きる為に、上の命令は覆せない。



「……」



 ベルンハルトは大きく、それでも静かに溜息を零した。



「……」



 足を止めた隊列は、身じろぎもせず次の命令を静かに待つ。

 明るさを増した空は濃紺を鮮やかにし、風は少し暖かさを増す。飛び交っていた小鳥達は、足を止めた幌の隅で羽を繕い、雫を纏って重くなった下草は僅かに頭を揺らした。



「……」



 暫く黙って仲間を灰に映していたベルンハルトは、諦めた様に口を開く。



「考えたって同じか……」



 その言葉に、エリゼオは再び軽く手を振った。それは言わずとも伝わる令。いつも同じ。返す言葉は、畏まりまして。ただそれだけだった。

 黒地に金糸の軍旗がはためく様に、空色の鳥が空を叩き飛び立った。それは大きな羽音を響かせ、大空へ舞い上がる。



 ピィーイッ



 彼は一声鋭く鳴くと、大きく円を描いた。それは彼らの返事を持って、王都へ帰還する。黒騎士達が切望してやまない、故郷へと舞い戻るのだ。

 易々と。

 美しい鳥を見送ったベルンハルトは、溜息と共に顎先を少し上げた。そうして後方に続く隊列を見る。



「んー、苦労をかけるな」

「何を今更」



 エリゼオが静かに返せば、



「もう決まった?」



 テルセロは笑う上官を見て、目を輝かせた。先程の怒りなど遠の昔に置いてきた、と言った様子で笑えば、傍らに陣取ったアッシが彼を諫める様に小突く。



「あぁ、決まった」



 ベルンハルトは屈んでテルセロの頭を撫でる。一回り以上は違う彼らは生意気だろうと、不躾だろうと、可愛い事に変わりはない。愛すべき子供を一頻り甘やかすと、ベルンハルトは立ち上がる。



「皆を回頭させろ。ヒウッカへ向かう」

「いよっしっ!」



 テルセロは嬉しそうに片腕を上げると、獣の脇を蹴った。彼の騎獣は鉤爪のついた小さな翼を広げ、勢いよく身を撓らせる。黒の被毛が太陽に艶やかに光り、長い尾を飾る金環が滑らかに輝いて見せた。



「かいとーっ! 回頭ぅーっ!」



 テルセロは叫びながら、隊列の脇を走り抜けた。金毛が楽しそうに、獣の背が揺れるに任せて小気味良く揺れていた。

 彼の明るい声に、軍馬が一斉に方向を変える。それは見世物の、華やかな行進の様に壮観であったのは間違いない。乾いた赤土が舞って、軍馬の嘶きが木霊する。

 ベルンハルトはそれを見ながら、



「さて……」



 指で鈍く光る鉄製の指輪をなぞった。それは呪印を淡く輝かせ、同時に赤い光の輪を、彼の眼前に作った。



「おいで、ロロ」



 静かに呼ぶ声は影に流れた。

 光り輝く門から顔を出したのは、軍馬を僅かに大きくした体躯の獣。黒鳶の鱗に、赤い模様が映える。変温動物を思わせる無表情な顔に、雄羊の様な立派な角を持ち、地面を掻く前肢は大型の獣のそれ。彼は大気を歪ませながら、まるで別世界から産まれ出る様に、胴体を捻り引き摺り出す。



 グゥウウ……



 獣は硬い鬣を靡かせ、頭を振った。反動で、長く伸びた尾が鞭の様に撓って、彼の主が乗った幌馬車を乱暴に揺らしたが、誰も気にはしない。

 エリゼオは、上官の呼び出したムシュフシュが整然と隊列を組んだ軍馬を乱す様を見ながら、アルゴの騎士に譲った己の愛獣の事を考えていた。争いが実に不似合いな彼女は二度と戦場には出ず、穏やかに、彼に寄り添いながら暮らすだろう。それは黒騎士とは正反対の生活。

 あの時、確かに礼の意を込めて贈ったが、きっと奥底には割り切れない思いがあった。それは願いで、憧れ。だから彼女に自身を映して、平穏へと送り出した。

 我ながら稚拙な転嫁だと思うが、結局は叶わない夢を、刹那的に生きる他ない自身の何かを、彼女に託してしまった。



「……」



 エリゼオは自嘲し、



「ロロ……」



 苦い顔で騎獣の名を呼んだ。

 彼は狭いそこで軍馬を押しのけながら固い身体を反転させ、鼻面を押し付けて来る。まるで心を見透かす様に、上目に自身を見る翡翠色の目がどことなくあの男を思わせる。



「そう言えば、お前の名はイェオリだったか?」



 主が苦く笑えば、騎獣は甘えて喉を鳴らした。

 傍らで指示を待ち控えていたアッシは、彼らのやり取りに大きな目を更に大きくして、思わず肩を揺らした。気づいた上官が困った様に笑むので、その珍景にまた驚いて、彼は目端を緩める。口には出さないが、由緒ある家系の男児を獣扱いし、平然と従える事はやはり並大抵のモノには出来ない事だった。それ程の地位が上官にはあり、力がある。だからこそ異端の集団をまとめ、排他主義のモノから師団を護る事が出来るのだろう。

 アッシは群れを率いる長に尊敬の念を抱きながら、静かに目を伏せ、もう一度その金に上官を映した。

 ベルンハルトは荷台に投げ置いていた手綱を騎獣に装着させ、獣の名の元になった男同様、気怠そうに騎獣に跨る。そうして脇に控えた下官を見て、灰を弁柄へと変化させる。

 


「アッシ。怪我人、荷引きをこのまま一旦王都へ退かせたい。ヴィゴにアウヴォを使う。財品の整理がつき次第合流が望ましいが、無理はさせなくていい。大佐に乞うて、控えを見繕って貰え、と」

「アイアイ、中佐」



 アッシもテルセロ同様、片手を上げると獣を回頭させた。その背を見送って、エリゼオは上官を見る。



「さて。いつも通り、何とかしますか」

「だな」



 隊列より逸れた彼らの背後で、戦場には不必要な資材を乗せた幌馬車が隊列と別れる。代わりに糧秣などを乗せた荷馬車は、重いそれを引き摺りながら大きく反転した。そうして僅かに縮小した師団は再度隊列を整え、長の合図を今か、今か、と待った。



「んー、んじゃ行くか」

「はい」



 ベルンハルトがムシュフシュの脇腹を蹴る。彼は鎌首を大きく撓らせると、まるで飛ぶ様に駆け出した。



「続けーっ! 目指すはヒウッカッ! さっさと片づけて、旨い酒を飲むぞっ!」



 叫ぶベルンハルトに、騎士達も咆哮が如き叫びで返した。



「あははっ! なんだお前ら! 十分元気だな!」



 笑うと、騎士達もまた笑って返した。

 彼が率いるのは屈強な騎士団。一様に黒色の甲冑を纏い、掲げた黒旗に輝くのは黄金の雄羊。小国と呼ばれた弱小のニンゲンの国にあって、異質の存在だった。


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