第20話 イルシオンの森(2)
彼は木を蹴り、蔦を掴み、苔生した岩に飛び降りて、
「よっと」
落ちる葉と共に、上官の前に降り立った。
腰に提げた短い弓が鎧にぶつかり高い音を立てる。
「手がかりっぽいの見つけました。案内しますが……、付いてこれます?」
それほど背の高くない黒騎士は小首を傾げ、ベルンハルトを、フロミーを見た。その目が暗に物語るので、上官は苦笑いを零す。
「付いて行けるように案内しろ」
不躾な態度に唸るのはエリゼオ。彼は目を眇め、腕を組み、顎を上げる。
それに、
「アホ、気ぃ遣え」
ヴィゴは慌てて下官の尻を蹴った。先程のやり取りがあった直後、歳若の上官の機嫌を損ねるのは得策ではない、と考えた。何としても彼女に報告されてはいけない。想像するだけで吐きそうだ。
「あっ、もぉ。聞いただけでしょ」
彼らの胸中など知る由もない黒騎士は、倒木に倒れ込みながら尻を撫でる。
「下から行くとちょっと面倒なんだよなぁ……。見つかんないで下さいよ」
生意気な物言いに、今度はエリゼオが蹴りを入れた。
黒騎士の一団はイェオリを呼び戻し、生意気な黒騎士の背に付いて森を行く。下草を掻き分け、倒木を越え、苔生した木々の根を踏んだ。時折、落ち葉に隠された天然の深い溝に嵌り、蔦を手繰って岩場を歩いた。そうして緩やかな坂を昇りきると、エリゼオが舌を打つ。
「……」
彼は無言で身を伏せ、それに倣ったイェオリが後方へ付き、気づいたヴィゴは少女を抱え、彼女の小さな口を押えて巨木の隙間に身を隠した。
草を踏む音。
続いて枝葉を踏みつけ、何か重いモノが倒木を割る様な、軋む音が響き、小枝が小さな音を立てて折れ、舞飛んだ。
「……」
生意気な黒騎士は身を屈め、後退りし、ベルンハルトは倒木の影から目だけを出した。そうして息を呑む。
ギギギ……
それは、剣四本分は優にある、紫黒の巨体を持つモノ。先の割れた、棘に覆われた細い腕を器用に操り、中央に持ち上げた不均衡な胴体を木々の間に通す。多脚を動かせば生き物だと分かるが、もし止まっていたならば、その脚は朽ちた枝葉の様に見えて気づきもしなかっただろう。
口元に生やした鎌の様な腕を打ち鳴らし、巨体には不似合いな速度で身を潜める黒騎士の脇を過ぎる。穿つ様に地面を掻き、滑る様に進む様は異様で、意図せず肌が粟立った。
「なによ、アレ」
ベルンハルトは声を潜め、臣子を見る。
「フィーアです、准将。そのまま大人しくしておいてください」
エリゼオは屈んだまま、後ろへ下がった黒騎士を見た。
「目的地はこの先か?」
「うす」
落ち葉に隠れた彼は短く返して、また身を伏せる。その気配の消し方は一流で、ふざけては居てもやはり狩人か、と苦く笑わざるを得なかった。
エリゼオは苦い顔のまま、内に上官を見る。
「目的地はどうやらヤツと一緒です。酷い臭いがする」
その言葉に、
「確かに臭い」
イェオリは小さく唸った。ヴィゴは溜息をついて、震える少女から手を離す。
「あんなん、どうするよ?」
首を傾げれば、
「この人数じゃ無理だろ」
「やり過ごす」
イェオリが肩を竦め、エリゼオが鼻を鳴らした。
群れの意が定まったところで、ヴィゴの腕の中で震えていたフロミーが、決意した様に黒衣を握りしめる。
「フィーアは……」
俯いて小さく呟けば、零れ出た言葉に、一斉に黒騎士の目が向けられた。それでも怯んでは駄目だ、と自身を鼓舞し、少女は知識を吐き出す。
「フィーアは目で獲物を探します。視界に入らなければ、大丈夫……なはずです」
最後は不安で自信なく消え行ったわけだが、ベルンハルトは構わない。強く頷き、信頼を寄せる少女の助言に従う。
「んじゃ、こっそり行こう」
安易な意見に、その場の誰もが黙した。
しかし、他に名案もなく、
「決まりな」
笑う上官に付き従った。
嫌がる生意気な黒騎士を先頭に、一団は身を屈め、足の速い獣の跡を追う。気配を消し、物音を立てず、狩人の様に。
暫くすると、得も言われぬ腐敗臭が鼻を突いた。
「っ」
ベルンハルトは意味もないというのに、めん甲の上から鼻を押さえ、息を止めた。その視界の先で、巨大な節足動物は少しの間小さな頭を捻り、辺りを伺い思案する素振りを見せたが、
ギチギチチチチ
不気味な音を立て、脚を折り、何かを地面から引き摺り上げた。
それは脆く崩れ、地面に重い音を立てて、落ちる。同時に響いた濡れた音と共に小さな羽虫が舞い上がり、辺りを飛び回る。それはやがて波紋を広げ、静寂の落ちたそこは震える様な羽音に包まれ、一気に騒がしくなった。
立ち込めるニオイはかき混ぜられ、時を増す毎に酷くなり、
「っ、ぅ……」
ベルンハルトは堪らず嗚咽を漏らす。
それに気づきもせず、巨大な節足動物は不便そうに長い足を折り、虫の集るそれを夢中で貪った。黒騎士達はただそれが満足するまで身を隠し、息を殺し、待ち続ける他なかった。
チチチチ……
どれくらい経っただろう。
それは一瞬だったかもしれないし、本当に長かったのかもしれない。
背筋を流れる冷や汗が乾く頃、それは巨大な胴を持ち上げ、汚れた長い足を器用に啄んだ。一頻り舐め回すと、頭を拭い、また齧り、後肢で胴を擦る。ここからがまた長かったのだが。黒騎士達は文句を言うこともできず、ただ息を殺し続けた。
それは繕いに十二分に満足すると、脚を振り上げる。そして地面を抉り、重い身体を揺すって、漸くその場から身体を離す。
ギギギギギギ……
硬い殻に覆われた胴が軋み、耳障りな音を立てた。
太い針の様な足先で枝葉を踏みつけ、巨大な胴体で巨木を揺すり、落ちた葉で身体を汚しながら、それは森の奥深くへと姿を消す。
「お嬢様はご満足されたらしいな」
鼻を鳴らし、揶揄するイェオリの言葉に、
「っ、はぁっ!」
ベルンハルトは詰めた息を吐き、喉を鳴らした。そうして兜を脱ぎ、急いで口元を覆う。
「ヤバい、ヤバい。あんなん無理。吐くかと思った」
瞬く度に涙が溢れるが、止められない。青い顔を更に青くして、震える身体を擦り、己より何倍も鼻の利く臣子達を見る。
「ひでぇ臭いだ。お前らよく耐えられるなっ」
それは疑問というより非難めいていて。
眉根を寄せ、悲鳴を上げる上官に、イェオリは肩を竦め、エリゼオは溜息をついた。フロミーは急いで大きな鞄を漁り、清潔な綿布と小さな瓶を取り出す。
「准将、これで鼻を覆うと少し楽になりますよ?」
彼女は小瓶の中身を綿布の上に開け、汗を流す上官に差し出した。
ベルンハルトは素直に彼女に従って、
「ありがとう、フロミー」
篭った声を出す。
何度か呼吸をすれば、それは爽やかな香りを運んで、胸の辺りを重くする何かをすっきり、とさせる。
「フロミーいなかったら、俺、もう二回は死んでるな」
潤んだ灰目に自分が映ると、フロミーは真っ赤になった。慌てる少女に笑って、小柄で生意気な黒騎士は身を起こす。
「んじゃ、こえぇのも居なくなったことですし、行きますか?」
親指で後ろを指し、顎をしゃくったので、彼はまたヴィゴに尻を蹴飛ばされた。
窪地を飛び越え、枯葉を踏んで、先程まで巨大な獣が何かを食んでいた場所へ。
「うぅう……」
フロミーは上官と同じように布で口元を覆って、呻く。そこは正に腐海の地だった。
「なんだよ、これ」
唸るのはベルンハルト。
目の前に横たわる、羽虫の集る黒く溶けた“何か“は先程漁られた為か、汚れた毛皮をだらしなく垂らし、身体中から白い芋虫を噴き出していた。食われたらしい部分はごっそりと肉をこそがれ、濁った色の骨を剥き出しにする。
「リコス、ですね」
応えるエリゼオの声はいつもとなんら変わらない。
「にしても、すげぇ数だな」
「群れか?」
緑の絨毯の上に黒い塊が、見えうる範囲だけでも数十体は転がっていた。あるモノは下肢を失い、あるモノはバラバラだった。そのどれもが真白の身体に黒い虫を纏い、土へ帰ろうとしている。
異様な光景。
「良く分からんが、あの虫の仕業ではなさそうだな」
「だな。食う為と言うよりただ殺してる感じだ」
優秀な臣子達は動じる様子もなく首を傾げ、辺り一面に転がったそれらを繁々と眺めた。
「ま、探ればなんか分かんだろ」
ヴィゴは振り返り、大きな木々を見上げ、手招く。そうして湿った大地に踏み出すと、先程までなかった気配が生まれ、黒騎士達が次々に木々の間から地面に降り立った。
彼らはぬかるんだ大地に足跡を残し、跳ね返りで黒の鎧を汚す。
「他になんか居たか?」
ヴィゴが先行していた下官に問えば、
「いえ、今のところは何も」
身を隠し、巨大な節足動物をやり過ごしていた彼らは上官に首を振った。
「そうか。取り敢えずこんだけ派手にやってりゃ、なんか見つかるだろ」
ヴィゴがぬかるみに足を突っ込む。
一斉に舞飛ぶ羽虫。
「最悪だ……」
ベルンハルトはまた呻き、一歩大きく身を退いた。イェオリは肩を竦め、エリゼオは溜息を零す。フロミーはそんな彼らを見上げ、また不安に瞳を揺らした。
「さてさて、悪い子ちゃんはどんなヤツだ……」
ヴィゴは辺りを見回し、視線を落とす。そうしてその場でしゃがみ、上半身を大きく右へ傾け、地面を観察する。暫くそうしていたかと思えば、ゆっくり歩き、落ち葉を払い、柔らかい土を握って何かを確認する。
彼の下官である黒騎士達は各々死体の傍で膝を折り、傷口を覗き込んだり、毛皮を引っ張ってみたりと忙しない。あるモノは親指と小指を立て何かを計り、あるモノは落ちた枝で死体の中を漁った。
「あんな仕事頼まれてもやらんぞ」
イェオリは腕を組み、上官の脇で溜息をついた。
「素人には端から無理だろ」
対するエリゼオも腕を組んで、また溜息を零した。彼らの間でベルンハルトは顔を顰める。
「ホント。すげぇよ、アイツ等……」
布越しでも感じる腐敗臭に、頭が痛む。
些かうんざりして項垂れると、
「ちょっと、すみませんっ」
唐突に少女が声を上げた。
「どうした?」
上官が振り返るより早く、フロミーは大きな黒騎士達の足の間を抜け、死体の転がる場所へ駆け出していた。
「なんだ?」
訝しむイェオリに、エリゼオは肩を竦める。
それだけ。
黒騎士の広がるそこに危険はない、と判断し、誰も彼女を追わない。いや、追いたくない、と言うのが正直なところか。
彼女は腐った大地をものともせず、真っ直ぐ黒騎士達の脇を抜け、辺りを見回しては眉を顰め、また辺りを探る。
「なんかあんの?」
ベルンハルトがイェオリを見上げると、今度は彼が肩を竦めて見せた。仕方なくエリゼオを見ると、彼は少し首を傾げる。
「なによ?」
訝れば、
「あぁ……」
臣子はそう言って、上官を置き少女の許へ向かう。
「アイツさ、時々無視すんのなに? 酷くね?」
ベルンハルトが振り返りながらむくれると、イェオリが肩を揺らした。
エリゼオは少女の傍に立って、首を傾げる。そして逆へ首を捻り、そのまま動かなくなる。兜を被った彼は真黒な雄羊で、見慣れているとはいえ、森で佇む姿は不思議な感じがした。
「……」
一時、立ち尽くしていたエリゼオは何かに気づき、少女を手招く。そこには穴が一つ。フロミーは何かを確信し、臆することなく頭を突っ込んだ。
「ちょ、大丈夫なの?」
戸惑うベルンハルトを他所に、少女は落ち葉を掻き、土を掘り、小さな身体を小さなくぼみに押し込んでいく。その半身が見えなくなると、彼女は動かなくなった。
「おいおい……」
皆が息を呑み、手を止め、彼女を見守った。そうこうしていると、少女が足をばたつかせる。エリゼオはそれを合図に、フロミーの細足を引っ張った。
「うはっ」
彼女は詰めた息を吐き、頭を振る。小動物の様に土を振るい落とし、泥だらけの顔を拭って、胸に抱いた何かを大きな雄羊に差し出して見せた。
歯を見せ笑う顔に、子供らしさが乗る。
「……」
「……」
彼女はエリゼオに必死で何かを訴え、同意を得ようとしている様だった。
「……」
遠く離れてしまっても、その耳には確りと彼女の言葉が聞こえていた。イェオリは困惑しきりの弟の横顔に苦く笑って、顎を上げる。
そうこうしているうちに、フロミーは踵を返した。これ以上の説得は無意味と判断したらしい。所謂戦略的撤退か。
彼女は腕の内にある灰色の何かを護る様に抱きしめ、慎重に落ち葉を踏んで、転がる死体の脇を抜け、窪地を飛び越えた。そうして腕を組んだままのイェオリの許へ駆け寄ってくる。
「……」
イェオリは少女の手の中で揺れるそれを見ながら、次は俺の番か、と胸の内でごちた。きっと彼はいい顔をしないだろうが、結論は出ている様に思う。
腕を組んだ雄羊が兜の下で口端を緩めていると、幼い少女は意気揚々と駆け寄って来て、泥だらけの顔をくしゃくしゃにする。
緑を緩め、
「どうした?」
問えば、彼女は嬉しそうに、抱いたそれを差し出して見せる。
「この仔、生きてたんですっ!」
小さな手に握られた、酷く汚れた毛皮。
イェオリは顎を引き、少女の後ろをげんなりとした様子で歩く雄羊を見た。その温度差に笑いが込み上げるが、一応平静を装い、
「それはなんだ?」
再び彼女の顔に首を傾げた。
「リコスです、中尉! 微かにですが、声が聞こえたんです。生きたいっ、って!」
一見すれば、食い荒らされた死体が落とした毛皮の様であったが、それが短い手足を微かに動かせば、短い耳も、その濡れた鼻面も見えて、何かの幼獣だ、と言うことは分かった。
「痩せちゃってますが、この仔、気力はあるんですっ! だからっ!」
長が首を縦に振らないのなら、外堀から埋めようという魂胆か。彼女が何を言わんとしているのかを理解し、イェオリはまた苦く笑った。そして遅れて戻って来た男を見る。
「諦めろ。この子は賢い」
そう笑えば、
「ったく……」
兜の下で弁柄が苦く歪んだ。
そうして、
「イェオリ、お前な……」
エリゼオは珍しく困った様に溜息を零した。
彼も鬼ではない。それなりにヒトの心があって、助けてやりたい、とは思うが、仲間の安全を考えれば安易に頷けないのも確かだった。勿論、昨日の件を忘れた訳でもない。あの悲鳴、悲しみは未だに癒えず、誰もが心に引っ掛かりを感じ、困惑している事も理解している。
「……」
エリゼオがもう一度静かに溜息をつくと、
「無駄な抵抗は止せ」
イェオリが顎を上げた。
「絞めるのは簡単だが、食うもないだろ? この大きさじゃ毛皮も使えないしな」
不意に差し伸べられた手に、フロミーは表情を明るくする。
「そうです! 無益な殺生はご法度ですよね!」
縋れるものには何だって縋るつもりだった。我儘でも構わない。“彼”を救えなかった分、何かを引き上げたかった。
鼻を鳴らし、前のめりに主張を繰り返すフロミーに、
「分かった、降参」
エリゼオではなく、ベルンハルトが諸手を挙げ、苦く返した。
「准将……」
「仕方ねぇって。俺、こんなにちいせぇの殺したくない」
「ったく……」
見ることはできないが、その口角が上がっていること位はお見通しだ。結局、誰もが少女には甘い。頭を抱え、溜息をつくエリゼオを見ながら、イェオリはフロミーの頭を撫でた。
「お前の戦略勝ちだな」
笑い合う二人を見ながら、エリゼオは手に握ったままだった綿布を広げる。皺を伸ばす様に振るえば、場違いな香りを運んで、陰鬱な気分を僅かばかり上向かせた。
それはまるで笑う小さな彼女の様で。不意に苦笑いが零れた。
それでも、思いを素直に口にする程真っ直ぐでも若くもない。
エリゼオは肩を揺らす少女の傍に腰を下ろすと、乱暴にこちらを向かせ、
「うっ、ぶっ」
汚れた少女の顔を乱暴に拭った。そうして両手が塞がり抵抗もできないフロミーから獣を取り上げると、汚れた布で器用に包んだ。
汚れ物の様に摘ままれた小さなそれは、僅かばかり抵抗を見せるが、時間稼ぎにもならなかった。
「このまま鞄に詰めとけ。両手が塞がると困る」
エリゼオは獣の背中部分に作った結び目を再び摘まんで、もがくにもがけなくなったリコスの包みをフロミーに差し出した。
ぶら下げられたそれは首だけ出す形で保定され、不満そうに鼻を鳴らしていた。
「あ、ありがとうございますっ!」
フロミーは目に涙を浮かべ、何度も頭を下げた。
「まだ森の捜索は続けるぞ。その間にそいつが死ぬことも考えられる。それは覚悟しておけ」
エリゼオは突き放す様な物言いをしたが、
「はいっ!」
少女は獣に頬擦りしながら、飛び上がりかねない勢いで返事を返した。エリゼオは無邪気な彼女に笑って、自然な仕草でその小さな頭を撫でる。
「エリちゃんってば、なんだかんだ言って優しいよね」
「甘い、の間違いだろ?」
「ばっか。そこがニンゲンっぽくていいじゃん」
「あ? 元からニンゲンだろ?」
「んじゃ、犬って呼ぶなよ」
「お前に尻尾振ってるヤツを犬と呼んで何が悪い」
「なんだよ。イェオリだって猫って呼ばれたら怒るだろ?」
「そりゃ、お前。俺は猫じゃねぇからな」
「えぇ……。あんま変わんなくない?」
「なんだそれ。ふざけんな」
「いてっ!」
じゃれ合う男二人に、エリゼオは再び溜息を零し、フロミーは破顔した。
ベルンハルトは漸く少女らしさを見せ始めた彼女に安堵し、座ったまま頬杖を付く。そうして嬉しそうに獣を愛でるフロミーを見ながら、
「あ」
名案に思い至った。
「エリゼオばっかずるいよな。俺もフロミーが喜ぶことする」
そう言って彼はもう一歩彼女に近づき、抱きかかえた小さな獣に口を寄せた。
「准将!」
慌てる臣子を無視して、ベルンハルトは目を伏せ、
「ふー」
幼獣に息を吹きかけた。
正確には吐息ではなく、彼が体内に有する魔力であり、命の源たる生気だったのだが。受ける獣は虚ろな目を何度か瞬かせ、やがて活力を取り戻す。
「やり過ぎですよっ!」
「うおっ!」
エリゼオに身を引かれ、ベルンハルトは尻餅をついた。
「いてぇよ」
「また倒れる気ですかっ!」
「まだ倒れてない……」
「減らず口は結構!」
珍しく口調を荒げたエリゼオに、ベルンハルトは口を尖らせ、黙る。フロミーは上官を、そして元気を取り戻した小さな獣を何度も見て、
「ありがとうございます! 准将!」
座り込んだままの上官に飛びついた。
ベルンハルトは微笑んで彼女を抱きしめる。
「俺の勝ちな」
にやり、と口角を上げれば、エリゼオは何も言わず苦い顔を返した。




