第17話 荒れ地(5)
日の落ちた荒野に炎が爆ぜる。
天幕を張った外。
穴を掘り、薪を組んで調理場を作ったそこは、本日の炊事担当の黒騎士でごった返していた。彼らは忙しなく走り回り、飲み物や皿の準備を同時にこなす。
今回は隊の規模を縮小されていることもあって、人手が足りなかった。汗を流し、火を管理し、それぞれがそれぞれの食材に責任を持って調理に当たる。その中で一際大柄のバルドメロは、大きな鍋の中身をかき混ぜながらその髭面をにやり、と歪ませた。
傍に居た黒騎士の一人は驚いて、身を退く。薄暗闇の中、炎に照らされる男の顔はそれほどに恐ろしく、不気味に見えた。
「よしよし、なかなかじゃないか?」
バルドメロは力作に目を落としたまま、満足そうに頷く。
黒騎士はその性質上、個々に身体の作りが違う。その為、口にできる食材も、調理方法も違い、残念ながら彼は己の自信作を味わえないのだが。
「ほれ、リアム。味見してくれ」
代わりに、傍らで肉を焼く臣子を手招いた。
呼ばれた黒騎士は伝う汗を無言で拭い、差し出された平程もある大きな匙に口をつける。湯気の立つそれに細い目を更に細め、広がる味に鼻を鳴らして、
「……」
やはり無言のまま指を立て、上官へ返す。
「そうだろう! 上等だ」
バルドメロはまた頷いて、用意された器に中身を取り分けた。リアムも彼に倣い、焼き上げた肉を別皿に盛り付ける。
大きな板に酒を、杯を、それと少しのクネッケブロートを乗せれば一丁前。行軍中の飯とは思えない豪華なそれを両手に持ち、
「さぁ、リアムこっちだ。零すなよ」
バルドメロは続く臣子へ顎をしゃくった。
忙しなく行き来する黒騎士を掻き分け、進む彼らは酒場の女給の様だったが、残念なことに、その容姿に艶っぽさはない。滲み出る男臭さと粗雑さを携えて、目指すは幕を護る為に配置された見張り場の一つ。その火の許に集まる騎士達に用があった。
賑わう黒騎士の群れの間を縫いながら、バルドメロは脳裏に未だ響く彼女の悲鳴を聞く。
あの時、彼もあの場で首を落とされる獣の姿を見つめていた。黒騎士の誰もがそうである様に、決して目を逸らさず“彼”の死に際に敬意を表す。
それが命を頂くと言うこと。
“彼”はもう生きられなかった。これ以上苦しむ必要はなかった。だからミリの行いを誰も責めはしない。寧ろ己を汚すことを恐れず、命と向き合う姿勢は評価されるべきだろう。
ただ、幼い彼女は準備が出来ていなかった。
彼女は穢れを恐れている。彼女にとって自然に介入する黒羊こそ穢れであったのかもしれない。それほどに純心で無垢だった。願うのは、その真白な心に出来てしまった傷が、憎しみにならない様に、とだけ。
未だに耳元で彼女が叫んでいる様で。
未だに脳裏に浮かぶ血飛沫が鮮明で。
「……」
バルドメロは痛む胸に顔を顰め、首を振る。
―――生きるとは斯くも厳しいものか。
幼い少女の何十倍も生きてきた男でさえ、こうして時折壁にぶつかった。彼が堪らず溜息をつくと、
「……」
リアムが下がった眉を更に下げ、上官の顔を覗き込んだ。言葉はなくとも、その顔が心配だ、と物語る。
「あ、いやいや。これはらしくないことをした。気にするな」
「……」
己の心を誤魔化し、少し困った様に笑うバルドメロを、臣子は黙ったまま見つめた。そして少し首を傾げ、鼻を鳴らす。それはヴィゴが、イェオリが皮肉めいて鳴らすものとは違う。明確な意思を持って奏でられる旋律。
高く、長く。
決して理解できる言語の様な記号の羅列ではなかったが、一気に現実から引き剥がされ、まるで雄大な海に身を置く様な感覚に包まれる。バルドメロは温かさえ感じるそれに目を細め、
「相変わらず、お前さんの声は素晴らしいな」
心優しい臣子に小気味よい笑顔を向けた。
リアムは元気を取り戻した上官の姿に喜びを覚える。父親然な男の役に立てるだけで、踊り出したい気分だった。彼は糸目を更に細め、楽しそうに旋律を紡ぎ続けた。
彼の歌声は空気を震わせ、聞くモノを癒す魔法の唄。
それは身体を、心を揺さぶる獣の調べ。
女給を装う彼らは円形に組まれた天幕の間を行く。意図せず、擦れ違った黒騎士達の張り詰めた心を緩め、強張りを解き、沈んだ空気を明るく染め上げる。そうして、ゆるり、と海の底へと誘う。
寡黙な黒羊の不意な振る舞いに、黒騎士達は言い知れぬ不安や焦燥感から一時解放され、欠伸を噛み殺す。
「おった、おった」
聖女を思わせる師弟は天幕を抜け、軍馬を係留する馬場を過ぎたところで、彼らを見つけた。
「お」
バルドメロの探し人が顔を上げる。
「やっぱりなぁ。相変わらずいい声だ」
ベルンハルトは子供の様な笑顔でバルドメロを、そして彼の傍らに立つ彼の臣子を見た。
リアムは上官の灰目に笑って、軽く腰を折り、囀るのを止める。彼にしてみれば、上官を癒し目的は達せられ、これ以上は会話の邪魔になる、という配慮だったのだが。
その場に居た誰もがそれを少し残念に思った。
しかし、彼の声は酒場の歌姫の様に金で買えるものではない、と理解もしている。その声を聞きたければ彼の気が向くのを待つだけ。
バルドメロは臣子に笑って、黒騎士の誰もが距離を置く一団に無遠慮に歩み寄った。そうして荒い鼻息一つ。
「おうおう、揃いも揃って暗い顔をしとるな」
そう言って、その場に漂う陰鬱な雰囲気を豪快に笑い飛ばした。豪胆な彼の物言いに嫌味はない。
ベルンハルトは彼の快活さに引き上げられ、
「今夜もご機嫌だな、バド」
肩を揺らした。
続き、エリゼオが苦く笑い、先に始めていたらしいヴィゴが彼に向けて酒瓶を振った。そんな愛想のいい彼らとは違い、
「相変わらず声でけぇな」
イェオリは朗らかな男の足元で不機嫌に喉を鳴らす。まるで爪の間に抜けない棘でもある様な表情で、触れれば喉元に食らい付きかねない剣呑さを纏う。
しかし、バルドメロはそんな猛獣の威嚇などものともしない。彼を一目だけ見て、乱暴にその背に足蹴りを入れた。
「うおっ!」
「これを喜ばずして何とする、准将殿。久しぶりに良い食材が手に入ったんだ。恵みに感謝せねばっ」
大きな身体で、蹴り飛ばした己の半分程度の黒羊を押し退け、彼は豪快に腹を揺すった。
「いてぇよ」
眉根を寄せ、腰を擦るイェオリに、
「何をぼさっと座っとるか! 手伝え、中尉!」
バルドメロはそこに居たのか、と惚けて、満面の笑顔で吠える。
「相変わらず、うぜぇな……」
イェオリは溜息をつき、頭を掻いた。黄褐色の髪を噛んだ指先が、砂を噛んだ様な、彼の心情を物語る様な音を立てた。
「しゃーねぇ」
肩を竦めるのはヴィゴ。
「お前が素直に位を拝受すればこうはならなかった」
「ほんとなぁ」
エリゼオは澄ました顔で酒を呷り、ベルンハルトは至極残念な顔をする。
「ぅるせぇよ」
暗に終わった話を蒸し返そうとする上官から目を逸らし、イェオリは渋々と立ち上がって、砂埃を払った。
彼は決して弱くない。群れの中でも指折りに入る程の実力の持ち主で、生まれた時から騎士であったこともあり、武道に長け、分を弁えている。誰もが彼を認める中、中尉、と言う地位に甘んじているのは彼の意思。
「ほれ、貸せよ」
イェオリは乱暴に頭を引っ掻いて、バルドメロが持つ盆を引っ手繰った。
「クソ……」
火の許に集まるモノ達の中で最も低く、給仕する男の方が己より上位ならば、何をされようと文句も言えない。騎士ならば位に敬意を持って当たるのは当然のことだ。貴人が揃うこの場に、自身が阿保面を下げていることが不相応だ、と言うことも分かっている。そうして優しい彼らに甘えていることも。
「チッ」
誤魔かす様に舌を打ち、己に課せられた罰だ、とイェオリは思考をすり替えた。
上手くいかないのも、苛つくのも、全て過去の行いのせい。所詮、全ては償いまでの暇つぶし。
「まったく」
バルドメロは己を殺そう、と躍起になる彼が哀れでならなかった。だからこうして尻を叩く。
「零すなよ、中尉。食べ物を無駄にするヤツは生かしておけん」
「はいはい……」
イェオリは項垂れ、唸った。それでも素直に与えられた役割を確りこなすあたり、やはり彼は真面目なのだろう。そして酷く不器用だった。
その様がなぜだか臣子と被って、ベルンハルトは苦く笑う。
「ほれ、熱いから気を付けろ」
先ずはベルンハルトにエリゼオ。次いでヴィゴに手渡し、最後に先程まで己が座っていた場所へ器を置く。
「……」
火を囲むモノ達は手の内に納まったそれを見下ろし、鼻を鳴らした。
深めの器の中身は湯気の立つ、温かなスープ。通常では有り得ない量の野菜と、大ぶりの肉が入った液体は、表面に細かな脂を浮かせ、焚かれた火に輝いて見えた。
「うまそ」
誰とはなしに声が漏れた。
「おう、旨いぞぉ。自信作だ」
バルドメロはまた笑って、リアムから別の皿を受け取る。
「ほれ、こっちも食ってくれ。炙っただけだが、実に旨そうじゃないか」
それは山の様に盛られた肉だった。皿から溢れんばかりのそれは芳醇な香りを放ち、滑らかな肉汁を纏ってまだ赤い表面を艶やかに光らせる。皿の下に溜まった血混じりの旨みを零さない様にそれぞれの前へ置き、
「准将殿はこちらをどうぞ」
バルドメロはベルンハルトの前に、それらとは違う、確りと焼き目のついた肉を出した。
「やったー」
受け取り、上官は嬉しそうに笑う。
「ありがとな、バド。リアム」
国外で、しかも行軍中にそれぞれの身体に合わせた食事を準備することがどれだけ大変な事か。こうして喜んで腕を振るってくれる仲間は本当に貴重で有難い。
ベルンハルトは彼らの苦労を労い、そそられる食欲に涎を呑む。
「なんの、なんの」
バルドメロは上官の笑顔と感謝を素直に受け取り、破顔した。
「沢山ありますからな。たんと召し上がれ」
見えない尾を振る上官に、リアムも盆代わりの板を抱え、細い目をより細くした。
「頂きます」
火の許に集う黒い騎士達は、皆、一様に手を合わせ、料理に頭を下げる。
それは命を頂く大切な儀式。
バルドメロは大きく頷いて、
「雄羊に感謝を」
赤く濡れる月に手を上げた。
彼らが口にする肉はラバーカ。
あの時、首を落とした獣の肉。
泣き叫ぶ少女を横目に、黒騎士達は彼を解体した。命を奪った以上、無駄にはしない。それが黒騎士の掟。使える物は全て使って、残りは大地へお返しする。
それに例外はない。
今回もすべての肉を有難く頂き、持ち運ぶには難儀しそうな骨は置いて来た。任務を達成し、戻れるならその時に回収する腹積もりだ。それはきっといい資材になる。
本当なら加工して持ち運ぶべき肉を、今回は特別に大盤振る舞い。時間がない、と言うこともあったが、傷ついた代償、という意味合いの方が強かった。
小さな群れはラバーカに至福の時を頂く。
「ふぅまぁー」
ベルンハルトは頬を押さえ、柔らかな肉に舌鼓を打った。とろける様な味わいに身悶えする。
「准将。ほら、零しますよ」
「おい、イェオリ、早く座れ。冷めるぞ」
「世話焼きは一人で十分だわ」
食事を囲んで明るくなった彼らに、バルドメロは至極満足だった。
腰に手を当て、板を抱える臣子の背を乱暴に叩く。
「では我らも食事にするぞ、リアム」
「あんがとな、バド」
「いえいえ、これぐらい何のことはない。明日、荷物になる分はリアムに町へ持たせますが、まだまだ豪勢な食事が出せるぐらいはありますからな」
「俺太っちゃうかも」
「それは結構!」
バルドメロは豪快に笑って、
「それではごゆっくりっ」
リアムを伴い、その場を後にした。
「おやすみぃ」
その背を見送って、ベルンハルトはまた料理に手をつける。
「ラバーカってうめぇのな」
適度に脂が乗り、硬いかと思えばそうでもない。噛めば弾力を返し、咀嚼を繰り返す度に旨みが溢れ、甘くもある。抜ける香りは草を好むボヴァンを思わせ、後を追う様に森のニオイがした。後肢の関節を逆に付け、間の抜けたアンデットの様であった、筋張ったあの身体からは到底想像できない味。
都のニンゲンに知れれば狩りつくされてしまうかもしれない。そんなことを考えながら、ベルンハルトは肉を齧り、野菜を齧って、喉を鳴らす。
「なんだ? 今夜はやけにがっつくな」
珍しく食欲を見せる上官に、ヴィゴは首を傾げ、
「確り噛んで食わないと腹を壊すぞ」
イェオリは目を細めた。
「スヴェンと約束したんだ」
応えるベルンハルトの目は輝いて見える。一体どう説得したのかは分からないが、今朝から調子も上向いて見え、彼の中で何らかの変化があったのは間違いなかった。
いつも青い顔で死にかけていた男は、漸く前を向けるようになったのか。
ヴィゴは頬杖を付いたまま緩く口角を上げ、イェオリは珍しく嬉しそうに笑んだ。そんな彼らの前で、ベルンハルトの手が急に止まる。訝れば、
「お前達も飲み過ぎるなよ」
彼は顔も上げず、エリゼオの声で唸った。
物言いはきついが、その口から出るのは仲間への気遣い。行軍の厳しさを知るからこそ、仲間への配慮を忘れない。
「出たよ、過保護」
「お前はおかんか」
二人は笑って、肩を揺らす。
「分かったのか?」
「はいよ」
「へいへい。了解であります、マム」
悪態をつきながらも、彼らは笑い、食べる手を止めなかった。その姿に、エリゼオは密かに安堵の溜息を零す
今回は誰もが傷ついたから。少しでも平穏を、と願うばかりだ。
エリゼオが黙って視線を落としていると、
「お前も食えよ」
ヴィゴがスープに入った野菜を嫌々齧りながら、フォークを振った。無言のままに顔を上げれば、彼の橙が早くしろ、と言う。エリゼオは少し嫌な顔をして、器に口を付け、また直ぐに溜息をついた。
「なんだよ。お前が一番しんどそうだな」
イェオリはほぼ生の肉に牙を立て、酒を呷った。
エリゼオは、こちらを見もしない黒騎士に頭の中を読まれる気がして、目を伏せた。
「こう見えてエリちゃんってば繊細なんだよ」
揶揄するのは彼の上官。
「なんだそれ、似合わねぇ」
「ベル、違うだろ。繊細、なんじゃなくて神経質なんだよ」
イェオリは鼻で笑い、ヴィゴはしたり顔で口煩い男を見た。好き勝手に言われるまま文句も返さず、エリゼオは肉を手に取る。
「……」
あの時、あれだけ間近で少女の悲鳴を聞いておきながら、辺りに充満する血臭で気がおかしくなりそうだった。あれは酷く甘くて、今考えるだけでも涎が出る。それだけ腹が空いていた、と言えば言い訳になるだろうか。
自身は上官の様に他者から生を吸うことはできない。そのくせ他者に与えることはできてしまうから、いつも酷く飢える羽目になる。そうして飢えた身体がまた理性を食い潰し、他者を求める。こうして嵌る悪循環。
前日も吐精の大盤振る舞いをやってのけた自覚はある。吐くだけ吐いて、きっと身体は空っぽだった。それにしても、久しぶりに感じた衝動に酷く動揺したのは間違いない。
そんなことがあったせいか、目の前の食事に手を付ける事が醜い己を肯定する様な気がしてならなかった。必然的に手も止まる。
「食えって」
橙に黒を大きくしたヴィゴに促され、
「……」
エリゼオは渋々口を開き、肉を放り込んだ。
「……」
味なんて分からない。
「はぁ……」
酒を呷ると、縦割れの虹彩を大きくした緑眼とぶつかった。
「旨いもん食っといて溜息つくな」
「そーだぞ、エリ。バドにゴツンッ、とされるぞ」
言いながら、肉を無理やり口に押し込んで、スープで流す上官に笑みが零れる。
「処女でもあるめーし。食う度にそんな顔するつもりか?」
咀嚼もせずに呑むヴィゴは、いつにも増して手厳しい。
「無駄にする方が罪作りだぞ。感謝して食え」
暗に言わんとする事を理解して、エリゼオは苦く笑った。
これではどちらが過保護なのか分からない。
「あぁ、お前はこっちの方がいいか?」
ヴィゴは口角を上げ、自身の前に置かれた皿を差し出す。揺れる程柔らかなそれは油を、血雫を炎に煌めかせ、誘う様な香りを放つ。
「ホレ、遠慮すんなって」
「……」
エリゼオは言われるまま、上官に提供された物とは違う、焼き目もほぼないに等しいラバーカの肉を口にした。
広がる味に涙が出そうだった。鼻を抜ける血のニオイは堪らなく甘いし、染み出る脂が舌の上を流れる度に、鼻面を肉の山に突っ込んで貪りたい衝動に襲われた。
いくらニンゲンではなかろうと、これでは本当に荒野の獣と変わらない。それでも。
「……旨い」
しみじみと零れた言葉に、上官は勿論、ヴィゴも、イェオリまでもが笑った。
そうして四人は額を突き合わせ、黙って食事を取った。口を開くのは料理を内に入れる時だけ。それ以外は無粋な気がした。
薪が焼け、煙が立ち上る。
虫も鳴かない荒野には夜風だけが鳴り、砂を巻き上げ、天幕をはためかせる。
何をどう考えようと、疲れた身体に温かなスープは染み渡ったし、濡れた血肉は本能を沸き立たせた。イェオリはあっという間に大量の肉を腹に収め、スープを飲み干し、添えられていた骨を齧る。ヴィゴはそれを横目にのんびりと酒を呷り、上を向いて肉を呑んで、また酒を流し込んだ。
「ホレ、これやる」
ヴィゴが手にした骨を振れば、
「ん」
エリゼオは腰を上げ、赤い舌を伸ばし、それに牙を突き立てて、流れる様な自然な動作で迎え入れた。そこに町の娘が居れば黄色い声でも上げただろうが、残念な事に集うのは群れを率いる雄ばかりで。
「これのどこが犬じゃないんだよ」
「あははははっ! 俺手懐けたかも!」
イェオリは鼻を鳴らし、ヴィゴは腹を抱えた。
「……」
エリゼオは意図せず晒した痴態を恥じ、黙ったまま骨を齧った。
こうして帳が下りる。
それぞれの胸の内にそれぞれの思いを抱き、黒羊の群れは静かに目を閉じる。




