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黒の雄羊  作者: みお
第1章
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第12話  要塞都市アルゴ(9)議する。

「あぁー……と」



 エリゼオが珍しく言い澱む。

 椅子に腰を下ろした途端、先程まで耐えられていたはずの疲労感が増した気がした。求められるまま、調子に乗った自覚もある。だから誰にも文句は言えないのだが。



「それで……」



 霞む頭を抱えた。

 身体は嘘をつけない。



「今回の件ですが……」



 それでも何とか身を起こし、顔を上げると、



「はい」



 少し緊張したアラヤと目があった。

 その目が真剣だったので、エリゼオも腑抜けている場合ではない、と態度を改める。



「城へ入る途中、町の様子を拝見しました。依頼の内容では家畜が被害にあっている、とありましたが、特に被害も見られず、家畜自体も落ち着いている様に見えました。先ず依頼内容に間違いはありませんか?」



 彼らアルゴの民を疑う積りは一切ない。

 が、命を下すモノに対しての信頼が全くないのだ。もう何度騙されたかも分からない。もしかすると今回も国外へ追い出す為の体のいい口実だったのでは、と勘繰ってしまう。

 しかし、対するアラヤは、



「間違いありません」



 そうきっぱりと答えた。



―――杞憂だったか。



 エリゼオは溜息を零す。



「皆、黒騎士様をお迎えでき、こうして浮かれておりますが、決して嘘ではないのです。書簡にもしたためさせて頂きましたが、実はここ数か月。ここ一帯では見かけないリコスが大量発生しておりまして」


 

 困惑を隠せないアラヤの言葉に、



「リコス?」



 エリゼオが視線を外す。



「リコスって何よ?」



 口を挟んだのはベルンハルト。彼は視線を料理に落としたまま首を傾げる。



「あれだろ? 耳の尖った」



 ヴィゴは彼らを横目に酒を呷り、



「あぁ、あの白いのか」



 イェオリは顔も上げず肉を頬張った。



「ん?」



 不敬な黒騎士の答えでは要領を得られなかったらしい。上官は数回瞬いて、また首を捻る。



「おい」



 エリゼオは仕方なく、周りをうろつく黒騎士を捕まえ、



「フロミーを呼べ」



 令する。



「リコスはイルシオンの森を住処にしている筈ですが……」



 町長に向き直り、エリゼオは微妙な表情を浮かべた。

 それもその筈。

 イルシオンはアルゴから馬で二日半程度の距離に位置する森。移動し、狩りを行う獣ならいざ知らず、リコスは森の狩人で、平原には降りてこない。



―――原因があるとすれば、

「森で餌が捕れなくなったか?」



 エリゼオは眉根を寄せる。



「私共もそう考えまして。取り敢えず先ずは外壁の穴を塞ぎ、町へ侵入できない様にしたのですが……。どうやって入ってくるのか。被害は減らず、今度は周りに罠を仕掛け、数週間はマシになりました。しかし、日に日に獣の数が増え、とても追いつかず。仕舞には報告しました通り、民が襲われまして」



 町長の様子から、大々的な歓迎ぶりとは裏腹に、本当に困っているらしいことは伝わった。

 思案するエリゼオに、ベルンハルトが疑問を口にする。



「なんでエサ、捕れなくなったんだろーな?」

「そうですね……」



 存外、的を射た疑問だった。臣子も眉を顰める。

 と、



「お待たせいたしました。准将、中佐」



 トゥーレッカより幼い少女が、人込みの中から顔を出した。



「クゥ、クク」



 ヴィゴの臣子は彼女の身柄を素早く確保すると、周りを囲む黒騎士を追い払う。



「ありがとうお兄ちゃん」



 息を切らせ、赤い頬を更に染める彼女は、年の離れた兄に笑顔を向け、



「すみません。ありがとうございます」



 場所を譲ってくれた黒騎士達に、律儀に頭を下げた。その際頬に落ちた赤茶の髪を、少し大人びた仕草で耳にかけることを忘れない。



「寛いでいるところをすまんな、フロミー」



 小動物を思わせる彼女に目を細め、エリゼオは喉を鳴らす。その視線の先で、ヴィゴの臣子、アウヴォが彼女を姫の様に扱っていたが、見なかったことにした。



「いえ、中佐。私もお話したいことがあって」



 フロミーは眉を下げ、不安そうな表情を浮かべる。

 エリゼオは彼女の様子を怪訝に思うが、



「町長殿。幼くはありますが、こちらは第三中隊副隊長、名はフロミーと申します」



 礼に則って、先ずはアラヤに彼女を紹介した。

 それを受ける少女は、



「アルゴの長様。今晩はこのような素晴らしい夜会にお招き下さり、光栄に存じます。紹介に与りました。私、第三中隊隊長、スヴェン医師に仕えます、フロミー・コロヴァニエーリと申します」



 都の子供が着る様な、フリル付きのワンピースの裾を少し持ち上げ、彼女は恭しく膝を折った。愛らしい仕草に、先程までの剣呑な雰囲気は掻き消され、笑みで満たされる。



「ようこそアルゴへ、フロミー殿。少しは休めましたか?」



 暖かく溶けた空気は、アラヤの緊張も和らげた。にっこり微笑むと、彼女は破顔する。



「はい、長様。温かなお食事まで頂けて、幸せです」

「それはよかった」



 アラヤは雰囲気を一変させてくれた彼女に感謝し、また微笑んだ。幼子までもが貴族の様に振舞う様に、黒騎士の印象も向上する。



「何か不足があれば仰ってくださいね。直ぐに準備させますから」

「ありがとうございます、長様」



 エリゼオは彼らのやり取りを微笑ましく思いながら、



「フロミー、リコスについて聞きたいんだが」



 先を促した。



「はい、中佐。リコスは、えっと……」



 少女は町長に一礼すると、自分の顔より何倍も大きな鞄から、古びた分厚い本を取り出し、素早く頁を捲り始める。



「ありました。リコスはこの子です」



 彼女の指す頁には、イェオリの言う通り白い毛皮の獣が描かれていた。

 決して太くはない四肢に、長い尾。身体には羽毛があり、肩口からは尾羽を思わせる鮮やかな深紅の羽が生え、尖った耳は上向きで、鼻の付け根からのライン上、目の上あたりに丸い眉のような模様がある。その顔つきは端正で、獰猛さより狡猾さが伺えた。



「相変わらず、絵、上手な」



 ベルンハルトが感嘆の声を上げる。

 この古ぼけた図鑑は少女のお手製で、黒騎士の行軍先で見かけた様々な動植物が、彼女なりの解釈付きで示されている。勿論、描きつけられた図画も彼女の手書き。間近で観察できるからこその生態と、彼女の特別な能力で得られた情報は膨大で、価値を考えると大変貴重な物だった。

 フロミーは力作を褒められ、真っ赤になる。それは彼に憧れているせいもあったのだが。恥ずかしさに俯くと、兄に頭を撫でられた。



「リコスは森の獣だと思ったんだが」

「はい、中佐。リコスはイルシオンの森に居て、小さな動物を捕食します。自分より大きな獲物を狩る時は群れを作りますが、普段は単独なので……」

「群れを成してアルゴを襲うのは不自然だ、と言うことか?」

「はい。実は私も気になって。案内の途中でこっそりみんなに話しを聞いたんです」



 本を抱え込み、不安に瞳を揺らす少女の話ぶりから、



―――早速町民に話を聞いたのか。仕事が早いな。



 アラヤはそう思った。



「みんなすごく怯えてて。町の人たちは頑張ってくれてるんだけど、仲間たちが食べられちゃうんだって」

「ん?」

「え?」



 思わず口を挟んだアラヤを、フロミーが見る。



「あ、っと、すみません。ちょっと気になったもので……」



 エリゼオには町長が何を言わんとしているのか、理解した。だから少女が疑問を口にするより早く、



「フロミーは獣と話せます」



 端的に説明した。



「なんとっ!」



 町長は酷く驚いた様子だったが、今は流す。

 エリゼオは小さな騎士を見て、



「それで?」


 

 続きを促した。



「あ、えっと、それでどんな子が町に来るの? って聞いたら、白っぽくてって言うから絵を見て貰って。そしたら間違いないって……」

「リコスだったのか?」

「はい」

「となると……」



 エリゼオは一時思案し、



「アリナと、ヴィゴにアウヴォを借りますか?」



 上官に提案する。

 その横で、名前の出た男はいつも通り。酒を呷り、彼らの決断を待つ。それは彼の臣子も同じで、彼の妹を誇らしく抱き上げながら、上官達の話に口を挟むことはしなかった。



「んー、そうな。町はバドのとこに護らせて、後は休ませるか」

「了解です」



 上官の決断を整理しながら、副官は頷く。突飛な案でない限り、師団長の意思を尊重するのが黒騎士のやり方だ。



「でもさぁ」



 ベルンハルトはイェオリが勧めてくれたジュースを手に取り、



「そのリコス? ってのがどうして森から出てきたか調べないと、終わんない気がする」



 それで少し唇を湿らせた。



「取り敢えず目についたもん手当たり次第に狩ったって、後から他のが湧いたんじゃ意味ないし。無駄に狩る必要もねぇだろ?」



 灰色の目が少し揺らいで内にいるエリゼオを見て、続いてアラヤに向けられた。意見を求められている、と察し、町長は慌てて口を開く。



「た、確かに。私達としましても、無駄に命を奪う気はないと言いますか……」



 どこか役人染みた言い回しに、ベルンハルトは笑う。



「ではアリナにはアルゴ周辺を護らせ、町に近づく獣だけを排除させますか?」

「そうな。でトゥーレッカには懐かしい我が家を取り敢えず楽しんでもらって、後は暴れたいだろうからミリと……、イェオリ、来る?」



 突如話を振られ、イェオリは杯を持ったまま、目の前で首を傾げるベルンハルトと同様に首を傾げた。



「准将が出向かれるのであれば、何も言わずとも付いてきますよ。ただ、獣を狩るなら、イェオリよりヴィゴの方が」

「んじゃ、二人とも誘う」

「ご随意に」



 臣子が口端を緩める姿に、ベルンハルトは満足そうだった。

 そして、あたかもこの場に居ない様な扱いを受けた黒騎士二人は、苦く笑ってまた酒を呷る。どうやら休日はないらしいので、飲めるだけ飲み溜める腹積もりだった。



「では、アラヤ殿。ご迷惑かとは存じますが、暫く大隊をここへ置いて頂けますか? 食事や寝床の準備などは自身で出来ますので、場所だけお貸し願えれば……」

「何を仰います。ここへお呼びしたのは我らの意思です。ご滞在期間中は手厚くおもてなしさせて頂きますっ!」



 エリゼオが言い終わらないうちに、アラヤは大きな声で叫んで、胸をどんっ、と叩いた。その姿が昼間の青年と重なって、ベルンハルトは破顔する。

 エリゼオは少し苦い表情を浮かべたが、



「お心遣い、感謝いたします。ここアルゴでも資源が大変貴重な事は存じております。明朝精鋭で出立し、帰還時には資源をお持ち致しますので、ご心配なく」



 確りと黒騎士の意向を伝え、町への配慮を見せた。




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