第10話 要塞都市アルゴ(7)黒騎士とは。
第三領は元々、犯罪者を隔離、収容する為に造られた施設が立ち並ぶ場所だった。そこには勿論看守が居て、古参衆と呼ばれる、犯罪者の中でも古株のモノ達が区画の長をまとめていたと聞く。それなりに統制の取れた地域であったのは間違いない。
王はそこに城を建て、変り者で有名な彼の次女にそれを与えた。そして彼女に、収容所を取り仕切る様に命じる。彼女は体よく都を追い出された格好だったが、文句の一つも言わなかった。彼女は彼女なりに居心地の悪さを感じていたのかもしれない。
こうして収容所は第三領の名前を得た。
それがいつしか“雑じり”と呼ばれる、リトラのニンゲンではないモノ、異種族の血が混じるモノ達が追いやられる場所になった。それは排他主義の現総司祭長が王の側付になってからだ、と聞くが、正確な事は誰にも分からない。
都のモノ達が言う“純血でない彼ら”の多くは訳ありで、行く当てもなく、獣の脅威に晒される国外より、犯罪者と共に生きる道を選んだらしい。
アラヤは遠くを見つめ、周りの雑音をなるべく断つ様に心がけた。
第三領内に国の法は当てはまらない。そこで生活するモノ達は独自の規則を作り、独自の階級制度を維持し続ける。弱いモノは強者に搾取され、追いやられても文句も言えない。それが当たり前。
まるで野生の獣だ。
結果、力のないモノ達は都の城壁を背に、外へ外へと己の領土を伸ばし、外敵から身を護る為に高い外壁を築いた。
その後流入したモノ達は更にその外へと生活圏を伸ばし、同じく身を護る為に外壁を立てる。それが延々と繰り返されるうち、第三領は住まうモノ達でさえ迷う、高い、高い外壁に囲まれた迷宮都市となった。
一度迷い込めばどこへ行っても袋小路で、永久に出ることは叶わない。完璧なまでの牢獄。ヒトとしての権利などないモノ達が築いたその場所を、都のモノが侮蔑を込めて“壁”と呼ぶのはその為だった。
何時だったか。教えて頂いた瞑想を意識してみることにした。それは眼前の世界を離れ、思考の世界へ入ることだった様に思うのだが。
アラヤは己と会話し、現実から少しでも遠くへ行こうと試みていた。
壁は暗がりばかりで治安は悪く、衛生面でも最悪の一言に尽きる、と聞く。
そんな第三領を守護する黒騎士は、当然の如く雑じりで構成された残忍な集団。犯罪者をも有する彼らが、どれ程危険で粗暴かは想像するに難くない。
それでも、彼らは都に出入りし、王の謁見を賜る地位までも有しているらしく、何時だったか、友人が興奮気味に彼らの話をしていた。へんてこな姿形をしていて、酷く醜悪だとか、不躾な連中だとか、なんとか、かんとか。
実際に出会うまで、戦々恐々としていたのは事実だ。
しかし、アルゴにも雑じりは多いので、別段驚くことはなかった。
確かに“雑じり”と呼ばれるモノ達の姿形は様々で、都に居を構えるニンゲンとは違う。多くは毛色が奇抜だったし、体つきが普通ではない。それは獣寄りだったりもしたが、交わればニンゲンと変わらず、見目など直ぐに慣れた。都のモノ達がなぜ彼らをそんなに嫌うのか、と、今では不思議に思える。
ただ、こと黒騎士に関しては悪名が悪名だけに、信頼してもいいものか、悩むところではあった。なんせ怒れば獣の様に唸り、止められていなければ、今頃この首は胴と泣き別れていた筈だ。
「……」
考えを巡らせるアルゴの町長は、黒騎士の集団に取り囲まれ、冷や汗を流し続けていた。なんとか逃避し、平静を装おうとするが難しい。なにぶん過るのは如何に黒騎士が凶暴か、如何に真面でないか、と言うことばかりで、これでは一向に救われない。
―――どうしてこうなった。
都のニンゲンよりもずっと背の高い黒騎士達は、目を合わせようともしないアラヤを取り囲み、ニオイを嗅いでみたり、引っ張ってみたり。吟味する様に眺めては、首を傾げる。
話を、というから付いて来てみればこれだ。突然猛獣の群れに放り込まれ、群がられるままにされている。結局彼も彼らと同じ。長であろうが黒騎士で、雑じりに違いなかったと言う訳だ。
―――もしかしたら、町に別の獣を呼びよせただけかもしれん。
灰目で笑むベルンハルト、弁柄に揺らぎを見せるエリゼオの顔を思い浮かべ、アラヤは心底落胆した。




