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黒の雄羊  作者: みお
第1章
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第9話  要塞都市アルゴ(6)ご挨拶

 エリゼオはごった返した広間の入り口で、先に入っている黒騎士の幾人かに、町の代表者はどこにいる、と無言で問いかけた。彼らは少し視線を動かして、一人の男を指し示す。それを一目確認し、次いで指先を小さく動かした。受けた黒騎士は目を伏せ、警備に問題はない、と答える。

 優秀な臣子は彼らに顎先を少し上げることで応え、上官より一足先に広間へと入った。

  


「准将、先に挨拶を」



 杯に手を伸ばしかけた上官を制し、エリゼオは口を開く。黄色地の、派手な柄物の布を巻いただけの様な格好の男を見据え、歩み寄れば、怒り顔のトゥーレッカと目が合った。アルゴの代表者は彼で間違いないようだ。

 エリゼオは人の波、その多くは黒騎士であったが、それらが割れ、作る道を堂々とした足取りで歩みながら、目的の男を目指した。

 アルゴに入って直ぐに挨拶をしておくべきだったのだが、旅の疲れを理由に後回しにしていたのは公然の秘密。礼を欠く事のない様に、この地に縁のあるトゥーレッカを遣わせているので問題はない筈だが、先ずはその非礼を詫びるのが礼儀か。



「遅いぞっ!」



 怒り、叫んだ彼女の声は良く通る。

 エリゼオは小さな参謀の、相変わらずな物言いに苦く笑って、



「すまない、トゥーレッカ」



 非礼を詫びた。

 少女は唇を尖らせたが、それ以上は何も言わない。文句を垂れない様から、町長との顔合わせはうまくいったのだろう、と推察した。エリゼオは少女から、目の前に立つ立派な躯体の男に視線を移す。前情報では貴族、と聞いていたが、都でよく見るあれらと違い、彼はどこか労務者を思わせた。さり気無く、腹の前で布を握った手を見れば、荒れて傷もある。都落ちした後、田畑でも耕し始めたか。家畜の世話という線もある。それとも農民の様にその全てをこなしているのか。何にしても、彼からは勤勉さが垣間見えた。

 都落ちした貴族がなぜアルゴの代表者となったのか。甚だ疑問だったが、民も馬鹿ではないと言うことか。本人を目の前にして、漸く答えが出た。エリゼオは彼が信頼に足る人物だ、と認め、片手を上げる。掌を相手へ見せ、敵意はない、と示した後、胸に手を当て、軽く腰を折る。膝こそ着けなかったが、準貴族の地位にある騎士が、たかだか町の長程度のニンゲンに敬礼する事の意味は大きい。



「この度は盛大なお出迎え、痛み入ります。続けて盛大な夜会まで。今宵参加が遅れ、大変申し訳なく……」



 目を伏せたまま口を開く男に、アラヤは心底驚いた。それは都のモノ達が言う様に、黒騎士は荒野の獣と変わらない存在で、蛮族だ、と信じていたからかもしれない。若しくは一介の町長に過ぎない自身に、騎士の頭が礼節を尽くしたせいか。何にしても、都で植え付けられた固定観念をあっさりと払拭され、町長は酷く動揺した。



「おっ、お止めください、師団長様っ!」



 慌てて口走った言葉に、側に居た小さな少女は勿論、一目でもその姿を、と望む、周りを取り囲んだアルゴの民達までもが一斉に微妙な表情を浮かべた。

 しかし、彼にそんなことを気にしている余裕などない。



「わっ、私共アルゴの民は、黒騎士師団をお迎えできたことっ、うっ、嬉しく思いっ……」



 町の長とは名ばかりで、公の場で、しかも公人の相手をするなど、アラヤにとって初めての経験だった。尋常でない緊張感と、如何に彼らの機嫌を損ねずに振舞うか、その思いで完全に舞い上がっていた。

 


「こ、今宵もわざわざ足を運んでいただき……」



 アラヤは上ずった声を何とかなんとか絞り出し、たどたどしく、言葉尻は消え入りそうなくらい詰まらせながら、考え続けていた口上を述べようと試みた。

 しかし、



「あ……の……」



 上手くはいかなかった。

 極度の動揺と緊張状態が続いたせいで、頭は既に真っ白で、あれ程練習した言辞は、今や空の彼方。思い浮かぶのは練習の相手をしてくれた妻の励ましの言葉と、笑顔だけ。

 現に、一瞬でも目を閉じれば倒れてしまう、そんな自覚があった。酷い眩暈に吐き気がする。



「えっと……」



 アラヤは威厳ある男を前に、完全に気圧されていた。



「あ、あなた、確り」



 レアはアルゴの長で、夫である彼の腕に手を添え、少しでも加勢できれば、と背中を擦る。彼が黒騎士に強い拒絶感を抱きながらも、民の為に金庫を開き、少ない金をやりくりして、この日の為に入念に準備してきたことを彼女は知っている。だからこんなところで失敗して欲しくはない。そんな思いで一杯だった。



「なんじゃ、なんじゃ」



 彼らの様子に、トゥーレッカが困った様に笑う。



「何をやっておるのじゃ、アラヤ。町の長が情けない。そう構えるな、と言うたではないか」



 彼女はそう言って、自分の何倍も大きな男の尻を叩いた。



「ほれ、レアを心配させるな」



 如何にも品のある細身の女性を見上げると、彼女は些か安心したのか、表情を緩める。

 トゥーレッカは町に着いて直ぐ、旧友より町の長が変わった、と聞いた。その後エリゼオに顔合わせを頼まれるのだが、興味をそそられていたし、何より彼に貸しを作れるので断る理由はない、と引き受ける。

 トゥーレッカは己の隊を副官に預け、部屋に入る間も惜しみ、その長とやらの顔を見に行くことにした。勿論、挨拶が目的ではあったが、トゥーレッカにとって思い入れのあるアルゴが、都から落ちた貴族の手に渡っている事実が気がかりだった。

 通された部屋で、彼は大きな体を小さく丸め、簡素な机に向かって何やら書き物をしていた。小さな袋を数えては頭を抱え、うんうん、唸る。

 今思えば、騎士の出迎え準備に四苦八苦していたのかもしれない。

 トゥーレッカが黒騎士だ、と名乗ると、彼は酷く取り乱した。出迎えられなかった非礼を詫びる彼の顔は、きっと忘れられないだろう。都出身の貴族なら当然の反応だったのかもしれないが、あれは酷かった。余程悪い噂が流れているらしい。


 トゥーレッカは思い出し、笑う。


 休息は必要なかったので、昔の友を交え、新たな長夫妻と友好を深める時間に充てた。その中で彼の人柄を知り、安堵したのは今も新しい。彼の妻も実に魅力的で、貴族の娘でありながら逞しく、国を追われた夫を健気に支え続けているらしい。

 トゥーレッカは言葉を交わすうち、この夫婦が好きになった。アルゴを任せられるだけはある、と。だから困らせることはしたくない。



「ほれ、先ずは深呼吸じゃ」



 少女が促すと、アラヤは何度か頷き、妻が背中を撫でるのに合わせて大きく息を吸い、吐いた。目の前で取り乱すこの男は、トゥーレッカの知るどの貴族にも当てはまらず、どこか憎めない、愛らしささえあった。それはどこか己の上官を思わせる。

 また少女が笑うと、アラヤはそれに気づいて、苦く笑った。

 次いで、トゥーレッカの矛先は長身の男へ向けられる。



「まったく、おぬしもヒトが悪いぞ」



 腕を組み、これでもかと踏ん反り返ったのは、相手の顔がやけに高い場所にあるからで、決して横柄に振舞っているわけではない。



「文民相手に何じゃ、その強圧な面はっ」



 これには周りで談笑していた黒騎士達も、一斉に振り返った。



「もっとこう、何とかできんのか?」

 


 黒騎士師団の中佐様相手に、こういう物言いをできる人物は多くない。突如投下される爆弾に、黒騎士達は息を呑み、ベルンハルトだけが声を上げて笑っていた。



「残念ながら……」



 エリゼオは、腹を抱える上官の笑い声を聞きながら、溜息を一つ。それから少女を見下ろし、腕を組む。



「生まれた時からこの顔だ。こればかりはどうしようもない」



 彼らのやり取りを恐る恐る見ていたアラヤは、不躾だ、とは思いながらも、淡々と口を開く男の顔を盗み見た。確かに顔には幾つもの傷跡があり、眉間に刻まれた深い溝は近寄り難さを醸し出す。それでも師団の長ならば、これくらいの威厳があって然るべきでは、とも思った。

 そこまで思考を巡らせると、少女の言うところの強面が、アラヤに目を向ける。



「……」



 長い灰の髪。

 弁柄色の瞳。

 確かに都では珍しい部類だが、彼からは獣のニオイがしない。よくよく考えれば大国イジデからの流民も雑じりとして迫害、排除対処なのだから、見目がニンゲンに近いモノ達が居ても不思議はない。そう思い、少し安堵したところで、



「ぁ……」



 ニンゲンとは明らかに違う、瞳の奥に揺れる魔力の色を見てしまった。一瞬で、射抜かれたような感覚に襲われ、アラヤは硬直する。まるで獣に狙われた小動物だ。目を逸らすことすら敵わずに、身を震わせる事しか出来ない。

 ただその間も思考だけは忙しなく、彼の弁柄色の双眸は美しいな、とか、気づかなかったが片方はやや白みがかっていて、あぁ、不自由なのか、とか、取り留めもない考えが浮かんでは消えて行った。



「……」



 獲物の様に竦む町長を見据え、何度か瞬いた後、エリゼオは何も言わずに視線を外す。



「これでも礼節を尽くしたつもりだが?」



 不遜な物言いに、アラヤはまた一瞬、どきり、とさせられたが、それは自身に向けられたものではなかったらしい。丁度彼と自身との間に立つ少女が男の言葉を受け、彼の太腿を小突くところが見えた。



「まったく、おぬしは固すぎるんじゃ」



 トゥーレッカがむくれて鼻を鳴らすと、



「そうそう」



 ベルンハルトが彼女に同意し、



「准将……」



 間髪入れずに、やり玉に挙げられたエリゼオは溜息をついた。



「ふんっ」



 トゥーレッカは二人にもう一度鼻を鳴らして、町長に向き直る。



「アラヤ。おぬしは都出身じゃから、きっとあまりいい噂は聞いておらんじゃろう。でもこやつらは言うほど悪くない。嫌わんでくれな。これでも私の大事な友じゃ」



 少女が笑うので、町長の傍らに立つレアも、少し不思議そうな表情を浮かべはしたものの、微笑んだ。



「さて、紹介が遅れたが、こっちの背の高い、凶悪面がエリゼオ。で、こっちのフラフラ落ち着きのない方がミンツじゃ」

「えっ?」



 彼女の言葉に、アラヤは思わず言葉を漏らした。

 大きな声で。



「……」



 流れる沈黙に、気まずさが過る。彼らの周りを囲む黒騎士の雰囲気も一気に変わった気がした。それはとても良くない方へ。



「あ、いや、あの……」



 確かに、彼を長だとは思った。

 しかし、それ以前に疑問が多すぎて、アラヤはおろおろ、と汗を拭きながら、落ち着かなくなった。それは彼の傍らで微笑んでいた妻も同じで。



「すまんなアラヤ。レアも」



 町長夫妻の困惑に理解を示し、トゥーレッカは笑う。



「ベルンハルトと、エリゼオじゃ。覚えてやってくれ」



 その顔が少し悲しいのは気のせいか。

 指を指されたエリゼオは視線を外したが、ベルンハルトは人好きのする笑顔で応える。



「遅くなって、ごめんな」



 硬い挨拶はなし。未だに固まるアラヤの肩を叩き、彼はご機嫌を窺う。



「准将……」



 上官の不躾な態度に臣子は再び苦い顔をするが、ベルンハルトは気にしない。



「休ませてもらって助かったよ。部屋は暖かいし、ベッドは柔らかいし、天国だった」



 思い出し、笑い、彼はとろけるような表情を作る。

 アラヤはくるくる、と表情の変わる黒騎士を見ながら、何度も瞬いた。傍らに立つレアも、やはり驚いた表情を隠せない。

 ただ、



「ありがとな」



 ベルンハルトが人懐っこい顔で破顔すれば、町長夫妻の緊張や困惑も幾分か和らいだ。初めて出会ったアルゴの民がそうであった様に、彼ら黒騎士にも、都の非常識が常識、と言うものが当てはまるのかもしれない。そう考えると、構えること自体が馬鹿らしく思えて、また少し警戒心も薄れる。



「いえ、少しでも休んで頂けたようでよかった」



 自然と綻んだ表情を見せたアラヤに、トゥーレッカも満足そうに頷く。



「アラヤ、何度も念を押すようで悪いが、この懐っこい方が黒騎士の長じゃ。仏頂面は副官じゃから、よろしくな」



 彼女はそう言って、傍らに立つ男を指差した。そこには他に誰も居ないのだから、当然と言えば当然なのだが。



「この方が、ですよね?」



 アラヤは再度確認する。目の前に立つ、一人の、大柄な黒騎士を見つめて。



「そう。こやつが、じゃ」



 トゥーレッカは大きく頷いた。

 彼女の顔を見ながら、アラヤは何とか情報を咀嚼する。そして曖昧に笑う黒騎士の長に向き直り、

 


「こ、これは失礼をっ!」



 何とか頭を下げた。それは今日一番、評価すべき点だったに違いない。アラヤは内心で自身を褒めながら、それでも決して表情には出さず、何度も黒騎士へ謝罪した。



「気にしなくていいよ」



 彼は何が、とは言わない。もしかしたら理解していないだけかもしれない。

 アラヤは少女の傍に立つ、たった一人の黒騎士を見て、目を瞬かせるばかりだった。



「で、ミンツ。この緊張しぃがアラヤ。もう分かってると思うがアルゴの長じゃ。話してみたが、こやつはいい男じゃぞ」



 少女が胸を張るので、



「だと思った」



 ベルンハルトが笑う。

 エリゼオはまた苦く笑うが、上官が納得したのならば何も言うことない。後は目的を果たすだけ。



「では町長殿」



 口を開いた副官に、アラヤは身を強張らせる。



「挨拶も済んだようですし、少しよろしいですか?」



 表情は何も変わらないが、その物言いに棘はない。どうやら怒りは買わなかった様だ、とアラヤは胸を撫で下ろす。



「勿論です、エリゼオ様」

「では……」



 辺りを見回す黒騎士を、町長は繁々と見上げた。

 とにかく全てが初めてで、何に驚いていいのかも分からない。目の前にいる騎士は確かに一人で、一つの口で話すのだが、その物言いも表情も全くの別物だった。彼女の言う通り、彼の中に二人居る、と言われればそうなのだろう、と納得できる程だ。

 それは何時だったか。都で見た芸能の類を思わせた。舞台に上がった彼も確か、一人で話し、一人で受け応えた。その時は一人演劇として面白可笑しく鑑賞したものだが、今、目の前で見る彼は明らかに、演技のそれとは違っていた。

 断言できる理由などない。ただよくよく見れば、彼が彼に代わる際、瞳の奥で赤が揺らいで、その色を弁柄に染めたと言うこと。一瞬の間を置いて柔らかな表情は顰め面の強面になり、それが消え、傷ついた片目と同じ灰目に戻れば、あの懐っこい少年の様な長が現れた。これを演技としてこなしているのなら、騎士など危ない仕事ではなく、都で劇座にでも出た方が安定した生活が送れそうだ。

 思考を巡らせながら、アラヤは随分と長い事黒騎士を見ていた。

 煩い視線に気づかない筈もなく、エリゼオは少し困った顔をする。



「何か?」



 問えば、町長は勢いよく首を振って、



「いや! あの! 申し訳ない!」



 視線を彷徨わせた。

 エリゼオはそれを訝しみながらも、深追いはしない。こういう反応にはもう慣れた。些かうんざりしながら視線を外すと、



「あのっ! いや、本当に立派な体つきをされているな、と思いまして!」



 アルゴの町長は続けた。



「いや、私も都では大きいなぁ、なんて言われておりましたし、こちらへ来て大分鍛われたつもりではあったのですが、いや、流石は騎士様」



 不自然に声が大きくなったのは、緊張からだと思いたい。アラヤが誤魔化す様に頭を掻くと、黒騎士は弁柄を眇めて、



「どうも」



 曖昧に返した。

 町長がそんなことを考えていたとは、とても思えなかった。それが正直な感想だった。

 エリゼオは自身が普通ではない事を理解している。他人からどう見えているのかも医師から説明は受けた。だから奇人扱いされる事には、どこか諦めもある。元より雑じり、として差別を受け続けていたのだから、今更、とも思う。

 ただ、



「いやはや。やはり雑じりの方には勝てませんな」



 町長の放った言葉は逆鱗に触れた。



獣人(ベスティヴェーク)、と?」



 弁柄の中の縦割れの虹彩が大きく開く。



「ひっ!」



 アラヤは短く悲鳴を上げて、身を退き、傍らに立ったレアは怯えて夫の身体に抱きついた。

 トゥーレッカは急に殺気を放ち始めた男の足に触れ、



「落ち着くのじゃ、エリゼオ」



 静かに、怒れる騎士を制した。彼らはとても不安定で、感情の制御が苦手なので、こうして仲間が彼らを助けなくてはならない。

 獣の様に喉を鳴らした男は町長から視線を外し、大きく息を吐く。そうして何度か深呼吸を繰り返し、目を瞬かせて、



「どったの?」



 ベルンハルトが小首を傾げた。



「何でもない。また発作が出ただけじゃ」



 トゥーレッカが困った顔で笑えば、



「んー、そっか。薬飲んでんだけど」



 ベルンハルトが眉を寄せる。そうして町長を灰目に映し、



「ごめんな」



 苦く笑った。

 胆を冷やした町長夫妻は、



「こ、こちらこそ、大変失礼な物言いをっ。申し訳ありませんっ!」



 ただ黙って何度も頭を下げた。

 トゥーレッカは少し眉根を寄せたまま、ニンゲンの夫妻を見上げる。



「都では当たり前だったかもしれんが、雑じり、とは差別的な呼び名じゃ。混血と純血を別けたいなら亜人、と。ただそれも酷く差別的に聞こえるもんじゃから、できればただ、ヒトと呼んで欲しいのぉ」



 少女が少し悲しい顔をしたので堪らず、レアはトゥーレッカを抱きしめた。きっとそうする事は不躾で、また怒りを買ってしまうのかもしれなかったが、泣き出しそうな彼女を放ってはおけなかった。



「ごめんなさい。そんなつもりではなくて……」



 彼女が優しく頭を撫でてくれるので、少女は目を細め、おずおずとその背中に手を回した。そうして頬を寄せ、あの時、アルゴのばぁが許してくれた時の様に、甘えてみた。彼女は甘い様な、とても優しい匂いがして、とても幸せな気分になる。



「いいなぁ」



 ベルンハルトは唇を尖らせ、彼女達を見ていた。



「駄目ですよ、准将」



 鋭く制するのはエリゼオ。



「トゥ―リーだけずるい」

「今のあんたが飛びついたら犯罪でしょうが。勘弁して下さい」

「うぅ……」



 ベルンハルトは至極残念そうな声を出して項垂れる。エリゼオはそれに溜息をついて、先程無礼を働いてしまった町長に弁柄を向ける。

 彼は少し怯えた風を見せたので、エリゼオは視線を落として、



「申し訳ない」



 非礼を詫びた。

 これでも大分ましにはなったのだが、やはり感情の管理は難しい。痴態を演じた己を恥じ、同時に酷く気分が落ち込んで行くのを感じながら、彼は眉根に力を入れた。

 町長は何も言わない。きっと呆れているに違いない。

 目を閉じれば、



「なぁ、なぁ。折角だから座って話そう」



 ベルンハルトが町長の袖口を引いた。



「え、あの……」



 戸惑うアラヤを他所に、彼は懐っこい笑顔で笑う。



「な?」

「准将……」



 相変わらず強引な上官に苦く笑い、エリゼオは彼の目指す場所を見た。そこで手招く男と目が合う。



「……」



 上官を呼びつけるとはいい身分だ。

 エリゼオが目を眇めると、目線の先で男がこれ見よがしに口角を上げる。確信犯とはヤツのことに違いない。



「准将、あそこで話すつもりですか?」

「ん、そう」

「……」



 輩のたまり場に、上官は文民を蹴り込むつもりらしい。もしかしたら彼自身、町長の物言いに腹を立てていたのかもしれない。エリゼオは少し町長が哀れに思えて、また溜息をついた。

 その背後で、



「私は行かないぞ」



 トゥーレッカが声を上げる。



「なんでよ?」

「いじめ、られ、ました」



 首を傾げたベルンハルトに、それまで居ないモノの様に振舞っていたジオンが、少女の脇で応えた。



「待て、別にいじめられてはないぞっ!」



 慌てて首を振り、トゥーレッカは臣子の言い分を否定する。

 エリゼオは先程騒いでいた彼女達を目端に捉えていたので、大方の事情は理解できた。ただ、それを上官に説明するのが面倒で、



「分かった。決まり次第報告する」



 それだけ言って、確り握った町長の袖口から手を離した。顔には出さないが、とにかく気まずくて、精神的にも、肉体的にも限界だった。早く部屋に戻って休みたい、ただそれだけが脳裏を過る。

 



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