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5 宰相家内乱の危機


イヴンリッドは湯上がりにタオル一枚巻かれた状態で、ベッドに寝かされて、たっぷりのオイルを使って、全身を隅々までマッサージさせられた。

それがあまりにも気持ち良くて、声を掛けられるまで寝てしまっていた。

「すっごい気持ち良かったー」

イヴンリッドはタオル一枚を肌の上に置かれた状態で、両手両足をうーんと気持ち良さそうに伸ばす。

こんなことをして貰っているなら、四十も後半な母の肌が艶やかでいられるのも納得だった。

「うちに戻って来ようかな」

「どうしたの、いきなり」

「予定ではひと月後には出立となるから。こちらでの準備もあることだし。部屋もある程度片付けないといけないでしょう。と言うか、ほんとに大事なことに見向きもしてなかったんだって気がして」

「生真面目ね、あなたは。大袈裟に捉えすぎなのよ。でも、家族の時間を大切にするのは大事なことよ」

「思考がお兄さまたちに引き摺られてた気がする」

「構い過ぎね、あれは」

「いい加減、放っておいて欲しいわ。今朝なんて、シュワッツお兄さま訓練場にまで来たのよ。わたしの腕がどのぐらい成長しているか見に来たって」

「しようがないわねえ」

母ももう呆れてものも言えない状態だ。

イヴンリッドは下地はしっかり仕上げは軽くして貰った状態で、部屋着のワンピースを着て、母と兄嫁家族と、泣き腫らした妹の六人で早い夕食を採った。

舞踏会にも料理は出るのだが、部屋の片隅に並べられ、好きなように食事をする形式で、がっつり食べられる状態ではない。令嬢なら尚更だ。

ダンスの小休憩にちょっと立ち寄る程度だ。

ここでの食事も満腹で動けなくならないよう腹六分目といったところだろうか。

子供たちはお留守番なので、食後にデザートまでしっかり平らげている。

女たちはここからが勝負の時間だ。

部屋に戻ると、二人分の衣装が飾られていた。

ジュディエーヌも娘の様子を見ながら、一緒に着上げるようだった。

先ほどはなかった宝石を入れた箱や、髪飾りや、靴やら、手袋がテーブルの上に並べられている。

「令嬢としてって言ってるのに、なんでこんなものが必要なのかしら」

鞘ベルトごと細身のナイフを指すジュディエーヌは、思いっきり顰めっ面で、イヴンリッドは苦笑せざるを得ない。

「油断大敵と言いますから」

「あなたの身になにかあっても困るし」

しようがないと、母はため息をつく。これも宰相家に嫁いだ身と甘んじて受け入れなくてはならないのだ。イヴンリッドは女としての苦悩をそこから読み取った。

イヴンリッドは先にナイフを腿の内側に巻き付けてから、コルセットやらペニエなどを身に付けて行った。

今日の舞踏会のために作られたドレスは、大胆に黄色の下地に白の刺繡レースを重ねたビスチェでスカート部分は滑らかな素材の裾部分が幾重にも重なったような意匠だ。剥き出しの腕にはレースの手袋を嵌め、手首には太めの宝石をあしらったブレスレットを付ける。

髪型は両サイドから編み込んで、後頭部に華やかにまとめて下ろす。

ドレスの色に合わせて黄色味の花々の髪飾りを付ける。

「背中丸見え」

「今日はこのぐらい大胆に行きなさい。あの二人に負けず声を掛けて来るぐらいに度胸のある方なら、積極的に考えていいぐらいよ」

「首元に何か付けるのはダメ?」

「ネックレスは止めてチョーカーにしてみる? 首輪みたいで、即飼いたいって思われちゃうわね」

「その表現は止めてください」

「あら、そういう攻め方もあるということよ。殿方は大好きよ、そういう子猫的なものや、小悪魔的なもの」

イヴンリッドは首に猫の首輪を付けて、猫の手を作って『にゃん』と啼く自分を鏡の中で想像したが、フルフルと頭から放り出した。

一方猫と違って小悪魔は簡単に想像出来ず、素直に聞いてみた。

「猫みたいなものよ。子猫は可愛いらしさを強調するの。小悪魔はそこに妖艶な表情を作るのよ」

「お母さまも……」

「誰だってやるわよ。女の武器だもの」

鏡越しに見れば、侍女たちまで頷いている。

「やっぱり帰って来なさい。そういう女の武器を伝授するわ」

イヴンリッドは狼狽えた。

母の何かのスイッチを押してしまったらしい。しかも、『打倒宰相家男たち』『これからは私たちの出番よ』『男どもは引っ込んでなさい』なる炎が見える。

「ネックレスはどれがいいの?」

イヴンリッドは燃え立つ炎を冷めさせるために現実に引き戻す。

「首元が寂しくなるから、このぐらい豪華なものを合わせなさい」

ジュディエーヌは鎖骨から胸の谷間に向かってダイヤを刺繡のように編み込んだものを合わせた。顎下が長く左右に向かって短くなるような三角形の形だ。

「耳には大粒のものを合わせましょう」

爪ほどの大きさの薄い黄色味の宝石が付けられた。雫のような形をしていて、表面は艶やかだ。

最終的にそれらと合った化粧を施された。

「今日は我が家の娘なんですからね。騎士のような凛々しい笑顔を作ってはダメよ」

「やっちゃいそうで怖いです」

「でも、気に入った相手にはそんな男前な笑顔なんて出ないから、気にしないでいいわ。近衛気分が抜けない相手は、早々にお引き取り願っていいわよ」

「いいんですか」

「この国で相手を見付けなくてもいいのでしょう。だったら、無理に媚びを売ることもないじゃない。あなたを欲しいって方のほうが多いんだから」

「そうは言っても緊張してきた」

「珍しいことを」

「あのお兄さまたちから、家柄だけじゃなく、わたし目当ての殿方がいるなんて聞いたら」

イヴンリッドはぶるりと肩を震わせた。

「ほんとに役に立たない男どもね」

ジュディエーヌは特に虫退治に躍起になったであろうアズウェルに対して怒りを爆発させる。虫除けし過ぎて、土壇場になって怯えさせてどうするのだ。それは本来、イヴンリッドを嫁に貰うつもりのある男がするべきことだ。

自分たちの眼鏡に叶った者をイヴンリッドが気に入るとは限らない。

兄としてどこまで責任が負えると思っているのだろうか。

「あの子から引き離すべきだったわ」

今からでは遅すぎるかしら。

否。今からでも女心を教え込んでやると、両の拳にぐっと力を力を込めて、ジュディエーヌは自分を鼓舞するのだった。

「ローゼとヴィエラの出来具合いを見て来て頂戴」

そう指示を出すジュディエーヌは完璧に仕上がっていた。

いつの間に。

イヴンリッドは目を瞬く。

ドレスを着てからは自分のドレッサーに向いていたので、母の状態は目に入らなかったのだ。

ドレッサー無しでも、化粧も髪を結うのも侍女だから必要はないから、同時進行していたのだろう。

それで良く、娘のチェックが出来たものだと、イヴンリッドはほぞを噛んだ。

最終チェックをして下階に降りると、応接間にはすでにローゼリッテとヴィエラと子供たちが居た。

「お姉さま、素敵!」

先ほどの玄関でのシーン再びである。

「ローゼも可愛いよ」

「ほんとう?」

社交界デビューのドレスは白が決まりだった。ローゼは可愛らしく愛嬌にある顔立ちなので、それに合わせた妖精のような意匠となっていて、髪型を両サイドの高い位置にくるくると巻かれて、薄いピンク色のリボンを編み込んでいた。

「お母さまに似て羨ましい」

「お父さまに似てしまった自分に気付いて落ち込んでるのよ」

「つい騎士服が似合っているだなんて思っちゃったから?」

「いえ。性格的な?」

魂が抜けたような表情で、ヴィエラに答えるイヴンリッドだった。

「お父さまには話があるから、出掛けましょうか」

「シュワルツお兄さまは?」

「ご友人方と行かれるそうよ」

「お姉さまを置いてですか?」

「今日は特別なのよ」

「うちの男たちは勝手なんだから。わたしたちはわたしたちで共同戦線を張りましょう」

「お母さま、落ち着いてください」

「今日という今日は、説き伏せてやるんだから」

ジュディエーヌは息巻いて、ローゼリッテにも、ヴィエラにも協力を求めるのだった。

夫婦喧嘩にならないだろうか。

怒って母が家出なんてことになったら。

ローゼリッテも姉と暮らしたいばかりに乗り気だ。

鼻息の荒い二人に、イヴンリッドは立場の弱いヴィエラと、距離を置いて見守るしかなかった。なにしろ、四人で一台の馬車に乗り込んだのだから逃げようがない。

幸いにして、あっという間に城だ。

馬車寄せにはもう十数台も乗り付けていた。

「もうここからが勝負よ。令嬢の顔を作りなさい」

馬車を降りると、ジュディエーヌが今日がデビューのローゼリッテに気合いを入れさせる。宰相である父は裏方で忙しいため、代わりに母がエスコート役となり、ローゼリッテを誘う。

ローゼリッテがちらりと振り返る、その表情を素早く読んで、姉が先手を打つ。

「私は一緒にいるわけにはいかないわよ。あなたを紹介するのに私は邪魔なんだから」

「ええええ。そうなの」

ローゼリッテはイヴンリッドと一緒に挨拶回り出来ると思っていたらしい。

「そうよ。イヴにはイヴの挨拶回りがあるんだから」

「え」

『挨拶回り』など聞いていなかったイヴンリッドだが、母の意味ありげな表情に得心がいった。

「デビューしといて、二年も出てなかったんだから、ちゃんと挨拶して回るのよ」

監視をお願いされたヴィエラは、イヴンリッドと肩を並べた。

「ゆっくり歩いてくれる?」

「どうかしました? 具合いでも」

「お兄さまと待ち合わせているの」

「そうなんですか。ですよね」

兄がヴィエラを一人で会場に行かせるわけがなかった。

「二人ともどうしたの?」

イヴンリッドが逃げないか神経をとがらせていたらしい母にすぐに気付かれる。

「ヴィオラお義理姉さまが、シュワッツお兄さまと待ち合わせしているにだそうです。お一人では危ないですから、わたしも一緒に玄関で待っていることにします」

「まったく、勝手な子ね」

ジュディエーヌは肩を怒らせなながらも、少しばかり考える素振りを見せる。

「いいえ。やはり駄目よ。あの子たちの勝手に目を瞑ってこれまでいいことなんてなかったもの」

イヴンリッドはヴィエラを伴って、仕方なく母の後についた。

「ごめんなさい」

「わたしはいいのよ。ただ、大丈夫かしら」

「それも含めて全部。でも、お母さまがお怒りになっても大丈夫だと思うわ。家出ぐらいしそうな勢いが怖いけれど」

「あら。それぐらい当然でしょう。今まで我慢して来たんですから」

ねえ、と母は妹に同意を求めている。

「お義理姉さまは放っておいてください。お兄さまが責任取って守ってくれると思うから大丈夫よ」

「旦那さまが大丈夫かと」

「自業自得というもんですから大丈夫ですよ。それにわたしもいますから」

自分の問題で家族崩壊などさせられるわけもない。

そこまでは発展しないだろうと、イヴンリッドも深刻には考えてはいない。




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