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2 王女と近衛騎士

「おはようございます」

ノックをして挨拶を述べると、扉が内側から開かれる。

部屋に招き入れたのは王女付き侍女の一人マター二だ。イヴンリッドと同じ歳で、社交界デビューも同じ舞踏会なら、城に上がったのも同じ二年前だった。そのせいか、親の爵位に関係なく、個人的に親しく接していた。

もう一人の侍女アニッシュが、ソファでくつろぐ主の傍に控えている。今年二十歳になるのだが、気立ての良い彼女は自分の眼鏡に敵う相手を未だに探している最中で、親を悩ませていた。

城にいれば結婚相手に見合う殿方の、上辺だけではない情報も入って来るから厄介だった。

親の爵位以上の殿方に見初められるかもという期待で、行儀見習いに出した親たちのほとんどは忍耐強く待っているのだった。

なのにアニッシュは主についてフェルデニウム王国に行きたいと申し出ていた。

国内は諦めたということらしい。

まだ縁組の可能性の大いにあるマター二よりもいいだろうと、今日も今日とて必死にアピールしている最中らしい。

「食事に行くわ」

救いの神が現れたとばかりにアルマーシェは、さっとソファを立ち上がった。

透き通るような金髪を両サイドだけを編みこむようにまとめて、ドレスと同じ色のパステルカラーの黄色のリボンを結わえている。

少しばかりつり気味ながら、ぱっちりとした目元は幼さを宿していて愛くるしい。

ツンと澄ました表情は、精一杯の王女としての威厳の表れと知っているから、部屋にいる三人はいつも微笑ましく廊下へと誘う。

「一つ相談があるんだけど」

「なんなりと」

一歩斜め後ろを歩くイヴンリッドは、背中を向けたままの主を促す。

家族の集まる食事の間に向かう間はアルマーシェとイヴンリッドの二人きりだ。

近衛騎士隊の詰所に、アルマーシェの朝の支度が整ったという報せを待って、イヴンリッドは王女の部屋を訪ねる。この時から、イヴンリッドは生理的な用事ーートイレ、食事、体調不良以外は、アルマーシェの側に付きっきりになる。

イヴンリッドも身の回りの手伝い程度のことなら出来るので、侍女たちは部屋で待機となる。それは文字通り待つというわけではない。

その日のスケジュールに合わせて、主の着用するドレスや小物などの準備、またコロコロ気分の変わる主のために、お気に入りのものはすぐに取り出せるよう用意も怠れない。それは茶菓子や茶葉もそうだ。

そのような細かい気配りは、イヴンリッドも無理だと、侍女たちの働きぶりには毎度感心しきりだ。

「あなたはもちろん、フェルデニウムに来るのよね」

「はい。いつも通りお側にお仕えするつもりです。もちろん、先方の許可が取れればですが」

「それなら無理矢理にでも取るわ」

イヴンリッドは小首を傾げた。

わざと自分の意思は何処にある、と文句が来てもおかしくない言い方をしてみた。

成人を迎える前から年が近いこともあって、アルマーシェの遊び相手として側に置かれていた。それが成人を迎えて、いきなり護衛役として、イヴンリッドが厳しい顔で傍に控えるようになって、アルマーシェは当初手が付けられないほどお冠だった。

視察に赴くような年頃になると、イヴンリッドのような女近衛騎士が側にあることは、意外に都合が良いというのをアルマーシェも理解してくれたようだが、未だに当時のしこりは残っているようだった。

城の中でまで付きっきりの警護は要らないと再三再四、国王にも求め、イヴンリッドにも解雇宣言するのは変わらなかった。

なのに、それを自ら頼み込もうというその真意は何処にあるのだろう。

「向こうでも私の仕事は変わらないと思うのですが」

「いいえ」

アルマーシェは口火を切ってから始めて、足を止めくるりとイヴンリッドを振り返った。

イヴンリッドよりもヒールがあっても低いのだが、下から茶金の瞳に精一杯の威厳を込めて睨めつける。

「あなたには侍女として来て貰います」

「アニッシュとマター二は連れては行かないということでしょうか」

「そうよ。だから、宰相殿にお願いして、アニッシュの相手を探して貰いたいの。宰相殿なら顔も広いから、ここで噂になっている以上の者をご存知のはずだわ」

「ですが、こういうものは微妙なものですので、話だけは伝えておきます」

「十分よ」

イヴンリッドは早速彼女の食事中に国王の執務室に足を向けた。国王夫妻にそれぞれに近衛騎士がいるから、この時ぐらいしか主から離れられないのだ。

朝の時間とあって、宰相である父はまだその部屋にいた。

「おはようございます。宰相閣下」

「持ち場はどうした」

パトリス・アル・ウィンスレットが突然面会に来た娘に渋面を向ける。

もともと子供に剣術を仕込んでいたのはパトリスで、未だに子供に負けじと、剣の腕を磨いているらしい。そのため、五十を過ぎても引き締まった体付きで、婦人たちの人気を集めている。

本人はこれで愛妻家であって、妻以外には甘い顔を一切向けたことがない。

娘に至ってさえも。

それはイヴンリッド視点で、兄や母に言わせれば、必死に取り繕っているだけという、ある意味可愛い父だった。

「アルマーシェさまのご依頼を伝えに参りました」

帽子を外し脇に抱え、敬礼する。

近衛騎士隊の騎士服は白で統一されている。軍隊と違って血生臭い仕事が多いわけではない。それにほとんどが城内での警護が主で、貴族の目にも多く止まることも考慮した色と意匠だった。

そのためシャツにクラヴァットを結び、ベストの上には膝下まである丈長のコートを合わせ、ズボンという服装は貴族のそれと変わらない。

生地の色が白一色であること、肩章や飾緒など軍服と同じ装飾を施してあること、そして軍用の帽子を被り、手袋を常にはめ、足元がブーツであることが、貴族と違うところだ。

「王女殿下が私に?」

パトリスは相変わらず宰相としての顔を崩さない。

「国王陛下に話されては大事になると判断されたのでございましょう。それに直に『宰相閣下』にお願いされるのも同じ意味で憚られたのだと思います」

キビキビした口調でイヴンリッドも応える。

「大事に出来ない話というのはなんだ」

声も親しくならないように実は気を付けていたりする。

ここに国王がいなくて良かったと、父が密かに思っていることなど、イヴンリッドは知る由もない。

彼女も彼女で気安さが滲み出ないよう必死だったのだ。

仕事中はあくまで近衛騎士なのだと肝に銘じておけと怒られるからだ。

「アルマーシェさま付きの侍女をご存知ですか? 男爵令嬢のアニッシュ・マクラクファンを」

「もちろんだ」

「彼女はアルマーシェさまについてフェルデニウムに行くと必死なんです。もう一人の侍女は十八で親も国内での結婚を望んでいるだろうから、二十歳を迎えてまだ相手も見付かっていない自分を連れて行って欲しいと」

「それでどうして欲しいと」

「アニッシュに見合うお相手を探して欲しいとのことです。本人は結婚したい意思もあって、相手を探していたりもするんですが、噂に振舞わされてしまって二の足を踏んでいるような状況でして」

「……その話は追い追い王女殿下と話そう」

予想した通り、パトリスは慎重な物言いで応じた。

「侍女については私がつけば良いということでした」

「おまえが?」

アルマーシェと娘との関係を知っているパトリスも、意外だと素直に表情に出していた。

イヴンリッドがアルマーシェについてから、片時も目が離れないから息が詰まると、勉強からも逃げられないとはおくびにも出さず、解雇してくれと泣きついて来る始末だった。

近衛の仕事を逸脱しているとの主張も、王女らしくやることをやらないアルマーシェが悪いだろうと父に怒られて返り討ちに遭うのが常のことだった。

それが侍女のために折れるとは。

産声を上げた時から見ている宰相は、少しばかり感じ入った。

次の言葉を聞けば尚更だ。

「私がつけられるのは避けられないことだとお思いのようです。あちらの許可もご自分で勝ち取るとおっしゃっていました」

「おまえが侍女につくなら、後任は探さなくてもいいわけだな。ただし、役目は変わらないぞ」

「もちろん承知しております」

「では、持ち場に戻れ」

「もう一つだけ宜しいでしょうか。私的なことですが、確認したいことがあります」

イヴンリッドはアズウェルと同じく城で暮らしている。家はすぐ側にあるが、立場上簡単には戻れない。そのため、父に質問したいことは、家族なのに人の手に頼って手紙でやり取りしているのだった。

「なんだ」

「私はアルマーシェさまについてフェルデニウムに行くつもりでいますが、その後もずっと姫さまのお側に仕えるのが私の役目と心得ておりました。ですが、お兄さまたちは違う見解のようで、お父さまはどのようにお考えかと確認しておきたくて」

「それは向こうの国の出方次第というところだ。おまえが向こうで相手を見付ければそれで良し、帰って来てこちらで結婚するも良しと考えている」

家のための結婚を強いられるとばかり思っていたイヴンリッドは目を瞬かせた。

「では、今来ているという縁談は」

「すでに断っている。おまえは王家に、いや王女に嫁いだものと考えて欲しいとな」

「そうでしたか。では、娘として参加しろとおっしゃられたのは」

「今日ぐらいは令嬢として出席させろと煩くてな」

ひと月後にはフェルデニウム王国に向けて出立する予定になっている。

「承知しました」

最初から突っ込んで聞いておけば、なにもかもがその場で解決したことだったと、イヴンリッドは反省した。

そもそも興味本位なだけで、本気で嫁にと請われているわけではないと、一人で勝手に決め付けていたのもいけなかった、と思うも、もう少し掘り下げるべきだったと、またもや後悔することになるイヴンリッドだった。




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