8 森の妖精と 海の妖精 2
常用漢字ではない漢字の使用が〜 以下略。
また『話ナゲーよ、メンドクセェ』と思った方は〜 以下略。
お判りの方しか この場にはいらっしゃらないでしょうから〜 以下略。
ラッケンガルド滞在-4日目の続きです。
………では、どうぞ。
___視点:側近-クランツ=バルトロメイ___
一段落して、アシュリー姫が淹れてくださった お茶を堪能する。
休憩の時間だけは 僭越ながら、私も 末席に掛けさせてもらい、お茶を頂戴している。
朝昼晩の食事の時にも いただきたいくらいだが、それは 佚ぎたる願いだろう。
分を弁えぬ慾だ、自重しよう。
午前と午後に いただく この お茶だけでも、有り難いのだから。
何口目かの お茶を喉に流し込んで、思わず 感嘆の息を咐いた。
《 美味しいですねぇ。》
この休憩室の窓から見える景色は、趣旨も素っ気もない 啻の木立だ。
而も、背の高い樹木ばかりが植えられている。
つまり、窓から見えるのは それ等の幹ばかりなのだ。
資料室の窓など、採光と 適度な換気の為にあるだけで、景観を愉しむモノではないのだから。
それを 充分 理解しているシズ様は、灰色の煉瓦の壁に 美しい風景画を配置している。
窓の外さえ見なければ、文句の付け様のない 立派な休憩室である。
自分が寛ぐ為には 努力を惜しまない、そんな攸が シズ様らしい。
テーブルを挟んで対面のソファに掛けておられるシズ様は、ゆったりとした仕草で お茶を堪能し、ご満悦な様子だ。
陛下も そうだろう、と 視線を向ける。
斜め右前方の陛下は、湯呑を手にしたまま 前方を見詰めていた。
コの字に陳べられたソファの 上座に掛けている陛下の見る先は、入口側にある 小さなテーブル ーーーーその前に竚っている アシュリー姫だろう。
その睛は、見惚れている と云った感じではない。
陛下は、模る様な視線を 姫へ向けていた。
一体 どう云う事か と視線を巡らせて、理由が判った。
当の アシュリー姫は、壁を見詰めていた。
元•資料室の 何の変哲もない壁を じっと見詰めたまま、竚ち尽くしている。
その表情は 静かだが、何かを思案している様に推えた。
「アシュリー?」
変化を見せない姫へ、俟つ事を罷めた陛下が 声を掛けた。
「どうしたの? アシュリー」
再度 声を掛けられて、アシュリー姫は 僅かに眼線を彷徨わせた。
それだとて、緲かに視線を揺らせただけの、通常なら 見遁してしまう程度のモノだ。
姫の様子を 備に観察していた吾々が これを見落とす事はなく、疑念を深めさせられた。
尤も、アシュリー姫は これに気付かなかった様だ。
アシュリー姫は、真っ直ぐ 陛下を見て、静かに首を振った。
何でもない と示す行動だが、当然ながら 陛下は信じていない。
そればかりか、少し不機嫌そうな顔になった、気がする。
アシュリー姫も これを感じ取ったのだろうか、再び 小さく首を振る。
「何か、気になっているのでは?」
シズ様の問いにも『何でもない』と示そうと、アシュリー姫は 首を横へ振った。
いや、振ろうとして、動きを止めた。
一瞬だが、蒼い瞳が 虚空を見た。
その睛に 普段は見られない光りが宿った……様に見えたのは、私の気のせいだろうか。
「ぁ、い ぃえ……… 」
すぐ 我に還った諷で 否定の言葉を繋げようとしていたが、それも 続きはしなかった。
一体 何があると云うのか、私には 判らない。
だが、アシュリー姫の事だ、我々が察しようもない『何か』に気付かれていても 可妙しくはない。
それが 姫を悩ませているのではないだろうか。
「 ーーーーーー……… 」
シズ様も 同様の考えを お持ちなのか、黙して 姫の様子を遉っている。
「談して?」
「 …………交信を、求められているのです」
陛下の問いに、迷った諷で 返答があった。
「『交信』?」
耳馴れない言葉に、シズ様が 疑問を呟かれた。
伝声管の様なモノなら、この国にもある。
執務室や 政務室は、交わされる会話の重要性から 伝声管を引いていないが、衛兵の屯所や宿舎などには これが張り巡らされている。
因みに、元•資料室には ない。
だから、何の事か 判らなかったのだ。
尤も、理解していなかったのは 私とシズ様だけだったらしい。
「魔法使い?」
陛下が、そう質問された。
《 魔法使い………?》
それは、アシュリー姫の様な………?
そう考えて、はっ とした。
直接 見た事はないが、魔法使いとは 危険な存在だ。
アシュリー姫を見ていると 忘れてしまいそうだが、多くの魔法使いは 自己中心的で 身勝手で 他人を顧みず、多くの災害だけを齎す者達だ。
この国も、過去、何度も 損害を蒙ってきた。
つい先頃も、北の国境-辺りで 魔法使いの闘争があり、中規模の被害があったと報告を受け 復旧の為の調査を行っている。
「はい」
何の躇いもなく、アシュリー姫は 諾かれた。
そんな者達と 姫とに親交があるとは思えないだけに、この返事には驚かされた。
シズ様は どう思っておられるのか、無表情で判別出来ない。
「それって、誰だか 判るモノ?」
陛下に於いては、若干の怒りを滲ませている……気がする。
先程から 背筋が ぞくぞくとしているから、怕らく 間違いはないと推うが。
「同じ妖精の1人-〔海之妖精〕です」
この答えに、一気に 陛下の機嫌が直った。
私には『エルフィ』と云うのが誰の事かも判らないが、陛下の様子からするに 女性であるのだろう。
私としては、妙な冷えを齎す あの冷気を発しないでいてくださるなら、どちらでもいい。
「じゃあ、いいよ」
陛下が あっさりと許可を出した攸からも、交信とやらの相手が女性だと知れる。
「では、暫く 御前を失礼致しま……… 」
許可が下りた事で、アシュリー姫は 休憩室を辞そうとなさった。
しかし、退室の言葉を述べ切る前に、陛下が 姫の声を遮った。
「アシュリー」
穏やかで 雍かかったが、制止を促す強さを秘めた声だった。
これに、アシュリー姫は お辞儀の姿勢のまま、視線だけを 陛下へ向けた。
「此処で。僕の前で、だよ」
陛下の言葉に、アシュリー姫は 蒼い瞳に喫驚を滲ませた。
一方、陛下は と云うと、にこにこと 屈託のない笑顔を泛かべている。
この方の こう云う笑顔が 何撰りもタチが悪い事を、私は 良く知っている。
「 ーーーーーー……… 」
アシュリー姫は、礼を執っていた姿勢で 動きを止め、そのまま じっと陛下を見詰めている。
《 困らせて、いるんでしょうねぇ。》
迷わず立ち去ろうとした事からも、吾々の前では 難があるのだろう。
それを『此処で』と言っているのだ、悩ませてしまっている事は確かだろう。
私は、口を差し挟むべきか 逡巡した。
そして、思案する間に 視線を前のソファへ向けてしまった。
《 !ーーーーーー。》
陛下が『此処で』と言ったのは、興味からだったのか 嫉妬に近いモノだったのか、私には判らない。
しかし、シズ様の考えは 容易に推察出来る。
普段のシズ様の考えは 判り辣いが、現在のシズ様は 実に判り易かった。
《 完全に 興味本位ですね。》
睛を輝かせているシズ様など、余り見た事がない。
年に 1度でも お眼に縣れるか どうか。
兎に角、珍しい の一言だ。
それだけに、今の腹黒-宰相様の思考は 詠み易い。
斯く云う 私も、同様の興味を向けているから 非難は出来ない訳だが。
「アシュリー?」
返答に詰まっているアシュリー姫を催促する様に、陛下が 承諾を請求した。
狡い手法だと、私でも思う。
戒縛の仂を具える陛下が、その仂を ちらつかせて威しているのだ。
譬え、正論を唱えても 陛下は聆く耳をもたない。
結論として、アシュリー姫には、断る手段など ないのである。
腰を折った姿勢のまま 思案しておられたが、意を紆げたのは 姫のほうだった。
諦めた様に 肩から力が抜けたのが、離れていても見て取れた。
「 …………判りました。でしたら、幾つか お約束ください」
弱い声が 形の佳い唇から零された。
済みませんね、姫。
私が、止めなければ いけないんですけどねぇ。
困らせている事は 重々 承知しているんですが、興味が剋ってしまっているんですよ。
姫の苦労を慮る心よりも、自身の慾が勝ってしまうんです、どうしても。
《 姫-以外の魔法使いを知るチャンスです!》
私の興味は、これに尽きるのだ。
そう、そんな程度のモノだったのだ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森之妖精〕-リーゼロッテ___
ラノイ達に 幾つかの条件を承諾させた上で、魔法使いは 休憩室に位相空間を展開した。
その上で、ラノイ達と自分との間に 不可視障壁を張る。
これは、通信相手である〔海之妖精〕側から ラノイ達の姿が見えない様にする為のモノだ。
自分の周囲の状況を 相手に悟らせない様にするのは、魔法使いの間では 常識である。
ほんの一瞬、緲かに映った景色などから 居場所を特定される、そんな事も 間々あるのだ。
交信の相手は そう云った煩わしい情報を収集しようとしないが、一瞬-先に何が遭るか判らないのも 魔法使いの世界だ。
警戒は警備なり の信念に随い、毎回 用心を重ねているのだ。
「繰り返しますが、お声は発てられませんよう。間違いなく 不快な思いをされると推いますが、どうか 怺えてください」
念を押す様にして、ラノイ達の了承を得る。
「では、耳を」
魔法使いに促されて、ラノイ達-3人は 両手で耳を塞いだ。
魔法使い-同士の会話を聴きたいのに、躬ら耳を塞ぐ。
本末転倒な行為をしているのは、魔法使いから言い渡された条件の1っだったからだ。
『暫くの間、しっかりと耳を塞いでおく事』
これを呑めないのならば 此処では交信に応えない、とまで言われては 呑まざるを得ない。
理由は察しようもないが、意地悪で こんな条件を出す人物でもない、と思ったのか。
3人は、数秒 考え込んだだけで、承諾していた。
彼等の様子を確認した上で、魔法使いは 左手を振る。
ゆっくりと 何かを撫でる様に動かすと、前面の空中に 青が拡がった。
魔法使いの正面 2メートル程の宙に、1.5平方メートルの大きさの絵画が現れた。
世界が 青に塗り潰されていた。
その中に、姚しい女がいた。
歳の頃は、24〜26くらいだろう。
栗色の長い髪に エメラルドグリーンの瞳をし、健康的に陽に焼けた肌をしている。
深い碧の水の中に 胸まで浸かった状態で、真っ直ぐ こちらを見ていた。
【 おっそーーーい!】
開口一番、絵画の中の美女は そう叫んだ。
これに対し、魔法使いは 両手で耳を塞いでいる。
勿論、不可視障壁の向うにいるラノイ達-3人も 同様に音の侵入を制限していた。
それでも 制限し切れない程の大音量で、茶髪の美女は 文句を言い続ける。
【 何で、いっつも いっつも待たせるの⁈ 交信が あたしからだって事、判ってたでしょ⁈ 判るわよねっ、判ってたのよね⁉︎ あんた、何だって判っちゃうんだから。判ってんだから、さっさと出てよ! それとも、判ってて無視すんの⁈ 無視してんのね⁉︎ 何で そんなに意地悪なのよ! あたしを毎回毎回 待たせるなんて、いい態度よねっ。】
文句ばかりを聯ねるのは、交信相手の〔海之妖精〕だ。
彼女が 言い縣りを喚き散らすのは いつもの事で、それに対して耳を塞ぐのも いつもの事である。
「尠くとも、貴女に言われる筋合いは ないと思います」
耳を塞いだまま、魔法使いが 呟く様に答える。
【 何よっ、意地悪なの あんたのほうじゃん!】
何を返しても〔海之妖精〕には届かない。
そうだと判っていても、理不尽に対し 正論を返したくなるのが 人情だ。
「意地悪をしている訳ではありません、それは お判りの筈です。第一、面倒ばかり こちらに押し付ける上に、文句ばかり仰有る方に言われたくはありません」
【 あんたは いいのよっ、勍いんだから。】
やはり、この一言で片付けられてしまった。
何度も聴いてきた言葉だが、耳にする度に じわりと疲労感が拡がる。
「非常に迷惑な評価ですね」
溜息-淆じりにそう呟くしか 出来なかった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:ラッケンガルド国王-ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
睛にしたのが 海の碧と 昊の蒼だと気付いたのは、女の怒号に驚いてから 数秒後の事だった。
一瞬前まで壁だった場所に現れたのは、抜ける様に澄んだ 蒼い昊と、それよりも濃く澄んだ 碧い海だった。
遠くに 白い雲が浮かび、波に揺蕩う美女が 中心にいた。
この光景に驚く寸前で、怒声が響いたのだ。
約束通り 両の耳を塞いでいても、この女の声は 鼓膜を叩く程で、何とも呶しい。
而も、喚いているのは、専ら 聴くに耐えない言葉ばかりだ。
交信に応えるのが遅い と文句を言った女は、延々と アシュリーを罵倒し続けている。
塞いだ状態では 聴き取れないが、時々、アシュリーが反論している様だが 聆く耳をもたない。
あの女は、何を言っている?
待たせた事が、それ程 腹立たしかったと云うのか?
だが、この女が待っていたのは ほんの数分だ。
些少な時間であり、瑣末な事だ。
それに、その些細な時間が縣ったのは 僕のせいでもある。
交信に気付いても 応えるに躇わせ、応えるに於いても 場所を限定させた。
このせいで、彼女は 時を費やしたのだ。
【 何よっ、意地悪なの あんたのほうじゃん!】
喚き散らす女の言葉に、眼許が引き攣るのが判る。
アシュリーが 意地悪だ、と?
こんなに優しい女は いないだろう?
他人の為に心を碎いて 他国に留まってくれる、奇特な魔法使いだぞ?
《 この僕が 惚れる程の女に、何と言った?》
ふつふつと 恚りが込み上げてくる。
肚の底に 煮えた石でも放り込まれた様な、不快感がある。
耳を塞いでいた手は 僕の意識から外れ、自然と 膝の上に下がっていた。
同様に 無意識だったのか、それとも 僕に倣ったのか、シズとクランツも 耳から手を離している。
尤も、この時の僕に それを気に留めている余裕は皆無だった。
僕の注意の大半は、栗色の髪の女に向いていた。
〔海之妖精〕を眺める視線に 恚りが乘ったのが、自分でも判った。
睨むと評する眼付きになっているが、数メートル先の銀髪の背は 揺れもしない。
だが、流石に 反論はするらしい。
「意地悪をしている訳ではありません、それは お判りの筈です。第一、面倒ばかりを こちらに押し付ける上に、文句ばかり仰有る方に言われたくはありません」
…………それだけ? か?
不当な評価を受けたんだから、もっと強く言っても いいだろうに、こんな時も アシュリーは控えめだ。
声を出すな と言われていなければ、僕が反論するのに。
声を猙げないまでも、せめて、冷やかに睨み付けて 氷点下の声で言い放ってやればいい。
あれは 寒い、本当に寒い、一瞬で凍らされる。
その効果の覿面っぷりは、僕の実体験でも立証済みだ。
【 あんたは いいのよっ、勍いんだから。】
一体、何様だ? あの女は。
撰り一層 恚りが滲み出たのが、自分でも判る。
アシュリーが 何かを呟いたが、聴き取れなかった。
肚の中の石は 更に煮え、全身の血が熱せられている様な感覚だ。
徐々に体温が上がり、頭蓋骨の周囲で 己れの脈が判るくらい、心拍数が上がってきている。
それに伴って 呼吸数も上がっていたみたいだけど、気にしている余裕がない。
今、手の届く場所に あの妖精がいたら、物理的-方法を以て 黙らせただろう。
背を向けているアシュリーにも、僕の怒気が伝わっていたかもしれない。
「何の用です?」
銀髪の妖精は、唐突に 譚を変えた。
これに、茶髪の妖精が 表情を ころりと変える。
傍観している僕達が恚りを覚える程、アシュリーに対して 怒鳴り散らしていた樣が 嘘の様な転身ぶりだ。
〔海之妖精〕は、思い出した様に 手にしていた小さな袋を敞いた。
【 はい、これ。】
アシュリーへと差し出された手に載っていたのは、小さな貝と 小さな石の様なモノだった。
それは、何の変哲もない 3個の白い貝殻と、3個の青い小石に見えるモノだ。
小石のほうは 何かの原石だとしても、貝のほうは 波打ち際に良く転がっている類いにしか見えなかった。
【 採るの、すーっごく苦労したんだからねっ。】
あんなモノを? と云いたいが、アシュリーが欲したのなら 特別なモノなんだろうな。
だが、それを採ってきたからと云って、少々 遅れたくらいの事で 彼処までの罵倒を受ける理由にはならない。
「恩着せがましく言っても 無駄ですよ?」
もっと ぴしゃりと言ってやればいいのに、アシュリーの声は 穏やかだ。
相変わらず、突き放す科白が 台無しになっている。
僕が 黙っている事に苦労しているのに、アシュリーは 怒りもしない。
平面のスクリーンに映し出された〔海之妖精〕から貝と小石を受け取っている。
どう云う仕組みなのか なんて疑問は、この時は泛かばなかった。
【〔森之妖精〕の けち!】
「正当な代価しか 要求していません」
アシュリーの言葉は 飽く迄も素っ気ないが、その声は 何処までも穏やかだ。
科白の威力が 全く発揮されていない、と云っていい。
そのせいか、茶髪の妖精は 晳ら樣に顔を顰めた。
【〔森之妖精〕の けち! 何なら、もっと沢山 要求してよっ。たった それっぽっちじゃ、対価にならないじゃん。後 どんだけ働かせる気なの? 何なら 唄う?〔緑の丘〕の時みたいに。あたし、幾らでも唄うわよ?】
どうやら、2人の間で 何かの取引があった、らしい。
さっきから『対価』と言っているし、間違いはないだろう。
「結構です」
アシュリーは、淡白な声で そう言った。
断られると思っていなかったのか、茶髪の女-〔海之妖精〕は 驚いた声をあげた。
【 何でよーー⁈ 】
「力加減の出来ない〔海之妖精〕が仂を揮えば、恵みではなく 水害になるからです」
正しい見解だったんだろう。
〔海之妖精〕は、息を詰める様にして 言葉を飲み込む。
だが、あの女が黙ったのは ほんの一瞬だけだ。
【〔虹の湖〕の事っ? お説教なら もう沢山よ! あれは、狭い処にいてストレス溜まってたからで……それに、もう たっぷり怒られたわよ⁉︎ 】
言っている事の半分も理解出来なかった(理解し難かった)が、判った事もある。
あの妖精は、無責任で いい加減で、何でもアシュリーに押し付けるタイプの女 と云う第一印象だった。
そして、その通りの人物だった。
この評価は、僕の中で確固としたモノとして 定着した。
怕らく、シズやクランツも そう推っているんだろう。
左右にいる2人の表情が やけに険しい事が、それを顕わしていた。
【 それに、あんたが傍にいるんだから、あんたが加減すればいいだけじゃん! 何よっ、ほんっとに意地悪で ケチね!】
自分のノーコンを糺すのではなく、有ろう事か アシュリーに制御させようと考える。
そんな対価の払い方があるか! と叫んでやりたいが、アシュリーとの約束がある。
歯軋りする程 苛々していたが、声だけは出さなかった。
「本当に そう思うのでしたら、わたしを頼るのは 罷めてください」
弊れ切った呟きが聴こえた。
アシュリーは、本当に迷惑しているんだろう。
それなのに、交信相手は、欠片も 彼女の心を斟み取ろうとしない。
その証拠に〔海之妖精〕は、非常に厭そうな顔をしている。
この表情をしていいのは、寧ろ アシュリーのほうだろうに。
【 何で、あたしが………。】
この後に続くのは 何だったのか。
大凡 理不尽で 身勝手な言い分だったろう、と推う。
何にせよ、聴きたくもない主張だったに違いない。
そんな〔海之妖精〕が 途中で言葉を切ったのは、かの妖精の意思じゃなかった。
左手を軽く上げ、制止を示したのは アシュリーだった。
「〔海之妖精〕………今 、どちらに?」
そう 呟く様に問い掛けたアシュリーの声は、数秒前とは異なっている。
やおら 真剣な声になっていた。
背後にいる為 彼女の表情は見えないが、我儘女が指示に従った攸から 威圧に準ずる睛をしているんだろうな。
【 えーーと………〔蘇千の海〕の西側-4キロくらいの処だけど?】
『そせんのうみ』なんて地名は 初めて聴いたが、アシュリーには判るらしく 訊き返さない。
魔法使いだけに判る 地名の区分がある、と云う事かもしれない。
そもそも、魔法使い達は 国家に付随しない存在だ。
充分に有り得る事だ……後で 訊いてみよう。
「 ーーーーーー……… 」
僕が思案している間に、我儘女の顔色が 見る見る変わってゆく。
【 何か視たのね⁉︎ なにっ? 何が視えるの⁈ 】
脅えと焦りを前面に出した声からするに、アシュリーの予見が発動しているんだろう。
そもそも、アシュリーは、幼い頃から 予見の仂を具えていた。
僕は、魔法の師匠だった魔人から この譚を聴かされていた。
幼い彼女に この能力を完全制御する事は不可能で、故に 特殊な封印を施した、とも聴いている。
だから、今のアシュリーは、狙って 予見の仂を揮えない。
それなのに 時々 未来を視てしまうのは、幼い時に施した封印が 完全なモノじゃなかったせいだ。
決して、視たくて視ている訳じゃない。
そして、予見の仂を封じているアシュリーが視るのは『既に決定された未来』だ。
急に 相手の言葉を遮ったのも、この能力が発動した為と推えば 納得だった。
【 ⁉︎ーーーーーーなにっ? 何かいるの⁈ 何が起きるの⁉︎ 】
恐怖を泛かべた〔海之妖精〕に、アシュリーは 短く返答をした。
「ご自身で、どうぞ」
何を視たのか判らないけど、我儘女の動揺から察するに いい未来じゃなかった筈だ。
でも、穏やかな声で 突き放した攸からすると、危険な未来でもなかったんだろうな。
僕は そう推ったけど、我儘女は違ったらしい。
〔海之妖精〕は、睛を瞠って 息を飲んだ。
【 何よ、それ! 酷くない⁉︎ 普通、侑けるでしょ⁈ 】
「ご自身で片付けるべき、だと思いますよ」
水があるのだから 闘える筈だ、と 言葉を括る。
これに、我儘女は 訝る様な視線を向けてきた。
【 ちゃんと、あたしが仆せるって事? なのね?】
「ええ」
即答だった。
やっぱり、アシュリーは 優しい。
こんな、不躾で 身勝手で 我儘で 呶しい女なんか 放っておけばいいのに、ちゃんと答えてあげちゃうんだから。
【 因みに、何がいるのか教えてもらうのって………有料だったり、する?】
〔海之妖精〕の問いに、僕達に背を向けている銀髪の頭が 小さく頷いた。
当然だ、無料で教えられる筈がない。
アシュリーが知り得た情報は〔時之女神〕から掠め奪った未来、と分類される。
これを他人に談すには、何がしかの代価が発生する。
特に、アシュリーが視るのは、予見の仂に因る『100パーセント確定された未来』だ。
支払われる代価は、安くない。
「海獣の一種です………これ以上は、無償ではありません」
迷いなく、アシュリーが 答えた。
これを耳にして、僅かだったが 鳥肌が立った。
手の甲から 腕・首筋に鳥肌が立ち、頬が 軽く引き攣った。
背筋に 妙な冷えが生じているのに、掌には 汗が滲んでくる。
眼の前の光景が揺らぎ、浅い眩暈にまで襲われていた。
《 アシュリー、どうして⁉︎ 》
繰り返すが、未来を語ると云う事は〔時之女神〕の領分を侵す行為だ。
どんな未来であっても、誰かに伝えれば 代価が発生する。
胡散臭い占師が 稀に視た『取るに足らない未来』であっても、 たぶん 罰則が生じている筈なんだ。
だとすれば、アシュリーが語った ほんの僅かな この情報だって、同様に 罰則が発生している事になる。
海獣だと教えただけでも、アシュリーは 代価を〔時之女神〕に支払わなくちゃいけなくなったんだ。
今のが どのくらいの代価になるのか、僕には 判らない。その知識はない。
重かったのか 軽かったのか、察しようもない。
〔海之妖精〕に代価を要求してくれれば いいが、彼女は そうしないだろうし。
この場で 代価を要求しないと、君が〔時之女神〕に 代価を支払う事になるのに。
優しいにも 程がある、その妖精は アシュリーを都合良く利用しているだけとしか推えないのに。
《 何で、こんな女の為に………君が。》
暴言を重ねられて 厭な思いをしているだろうに、アシュリーは 怒りもしない。
自分を利用しているだけと判らない程 世間知らずでもないクセに、あの我儘女を突き放さない。
たぶん これまでも、散々 迷惑ばかりをかけさせられてきた様なのに、見放しもしない。
本当に、優しいにも 程がある。
なのに! そんなアシュリーに対して〔海之妖精〕は、実に 酷い言葉を発した。
【 何よォ。海獣だなんて判るわよ、そんなの。それの どれだッて訊いたんじゃない。判ってて そんな答えって ある⁈ 〔森之妖精〕の ケチ! ほんと、あんたって意地悪よねっ。】
ーーーーーーもう、斬り殺しても いいんじゃないだろうか。
この女は アシュリーの為にならない、絶対 要らない!
これまで どんな理不尽を言い散らして アシュリーを困らせてきたのか、なんて 考える必要もない。
数えるのも莫迦らしくなるくらい、に決まっている。
そして、生かしておけば、この先も ずっと、アシュリーは この雑言を浴び続けるんだ。
最早、詫びさせれば済む段階を 渺かに超えている。
《 剣を把り上げられていなかったら、今すぐにだって………。》
斬り捨ててやったのに、と 悔しさに歯嚼みをした。
アシュリーは、こんな僕の考えを 見透かしていたんだろうな。
だから『条件』だなんて言って、前以て 剣を没収したんだろうし。
僕が こんな思いをするって判っていたから、別の場所で 交信を受けようとしていたんだろうし。
《 聴かれたくなかったんだろうな、アシュリーは 優しいから。》
艶やかな銀髪の流れ落ちる 細い背を見詰めていると、恚りが雍ぐ反面 複雑な気分になってきた。
僕の葛藤に気付くべくもなく、アシュリーは 我儘女の相手を続けている。
「代価を払えるのなら お教えしますが、これ以上は 無理でしょう?」
【 だから、ちょっとはマケてよ!】
「ご不満なら〔死之妖精〕や〔闇之妖精〕に依頼してください」
怒鳴る様に我儘を言い続ける相手に対して、僕の奥さん(今の攸は 仮)は 終始 穏やかだ。
【 意地悪ねっ。それが やだから、あんたに頼んでんじゃない! 判ってるでしょっ? 判ってて 言ってんのよね! ほんとに酷くない⁈ 友達でしょ⁉︎ ちょっとは優しくしてよ!】
トモダチ?
友達って、こんなに理不尽な存在か?
アシュリーが怒らないからって 言いたい放題に嫌味と悪口を重ねておいて、友達?
何とか殺す手段はないか と思案しかけた時、アシュリーが 細く息を咐いたのが聴こえた。
「この間〔忘却の郷〕から 海まで、無事に辿り着けたのは………どうしてでしょうね?」
幾許か 声が笑っている。
穏やかな物言いは変わっていないけど、声が、含み笑いが、限りなく洌い。
【 っ⁉︎ 】
流石の我儘女も、これには言葉を失ったらしい。
小麦色の肌を さっと青褪めさせて、口を ぱくぱくさせている。
反射的に、ガッツポーズでもしたくなった。
すっと 気分が霽れる思いだった。
でも、それは 次に発せられたアシュリーの言葉を聴くまでの 実に短い間だけだった。
「2時間-余りの間に 何が遭ったか、まさか お忘れではないでしょう?」
【 っーーーーーー………。】
切り取られた絵画の様な 蒼い昊の下、波の穏やかな 碧い海の中にいる茶髪の美女は、顔色を失ったまま 絶句している。
だけど、僕は 離れた場所にいる〔海之妖精〕の様子なんか、もう 睛に入らなくなっていた。
「200齢-以上 生きているのですから、何でも 自力で解決出来る様に 努力してください。そして、もう、わたしの手を煩わせないでください」
普段通りの 穏やかさを取り戻したアシュリーの言葉も、何処か遠くに聴こえる。
【 いっ、いいじゃん! あんた 勍いんだからァ!】
我儘女の 子供染みた反論にも、心が動かない。
腹立たしい発言の筈なのに、恚りすら湧かない。
今 僕の頭を占めているのは、そんな事じゃなかった。
今し方、アシュリーは 何と言った?
この間? 海まで 我儘女を送った? 2時間-以上も縣けて?
それは、いつの事だ?『この間』は、どのくらい過去になる? 僕と出会う前? それとも 出会ってから?
もし、出会ってからだったら……それは、もしかして……もしかして。
【 ねえ、こっち 来れないの?】
「無理だと、この間も……… 」
散々 説明した筈だ、と アシュリーが言っている。
惘れた様な 困った様な声が、そう談している。
【 聴いたけど、でも 悚いんだもん。ねえ、何とかしてよォ。】
弱り切った声で、我儘女が懇願した。
喚き散らしていた時とは 偉い差だ、同じ人物とは思えない……って云うか、あれだけの暴言を言っておきながら 詬し気もなく 良く言える。
大方、アシュリーの優しさと 面倒見の良さに付け込む作戦だろう。
僕が言えた口じゃないけど、この女は 酷い。
こんな事を言われたら、アシュリーなら 侑けるに決まっている。
「 …………判りました。そう云う事なら『何とか』しましょう」
やっぱり、と云う思いから、僕は 複雑な気分になっていた。
そう、気付かなかったんだ、僅かに アシュリーの声が笑っていた事に。
【 ーーーーーーっ⁉︎ ちょっ、まっっ!】
気付いたのは、我儘女が先だった。
〔海之妖精〕が制止の声を掛けようとした時には、アシュリーの右手が 宙を撫でていた。
遠くの海域にいる我儘女に 一瞬で繋いだ様に、右側にも 休憩室じゃない風景が拡がった。
1.5メートル四方の 魔法のスクリーンに現れたのは、薄暗い空間だった。
灰色の大岩を積んだ 古い建物の一郭の様だが、背後の窓に嵌められた木枠には ガラスがない。
天井も 部分的にないのだろう、僅かに差し込む晃りが 室内を照らしていた。
石壁には 苔が生し、敷き詰められていた筈の石畳を押し除けて 樹木が生えている。
もう半世紀後には、林に呑まれてしまうだろう廃墟だった。
何処から どう見ても、城か 礼拝堂の廃墟だ。
而も、放置されて 随分と時が経っている。
どう手入れをしても 人間の住める状態じゃない 荒れ具合だ。
そんな中に、彼はいた。
緊張感も 警戒心もなく、10代後半くらいの少年が 笑顔を向けてきた。
「 ーーーーーー……… 」
新しく交信を繋げた相手を見て、僕の気分が 一気に悪化したのは 云う迄もないだろう。
《 誰だ? そいつは。》
僕の睛は険しくなり、表情は 仇敵を前にしたかの如く 険悪になったんじゃないだろうか。
横で、クランツが 盛大に脅えた様な気がする。
勿論、構ってやる気はないが。
【 呼んだかーー?】
短めの髪は 色素の薄い金茶色、やや釣り気味の睛は 黒と見紛うばかりの藍色をしている。
陽に焼けた肌と 薄い唇から、白い歯が覗いている。
勍い魔法使いらしく、整った容姿をしている。
「〔海之妖精〕が〔蘇千の海〕にいます。迎えに行ってもらえますか?」
我儘女の世話を頼んだ事で、僕の機嫌は 尚 悪くなった。
【 お前、苦労人だよね、若いのにィ。】
親しい仲なのか、間伸びした声にも 警戒はみえない。
細身の少年の軀付きに 炭鉱夫の様な服装を紱っているのが、違和感を生んでいる。
が、僕の興味は 其処にない。
アシュリーが交信しているんだ、相手は魔法使いだろう。
見た目の年齢の通りじゃない事は 判り切っている。
而も、相当に親しい間柄だ。
だから だろうな、こんなに腹が立つのは。
【 無理ばっかすんなよォ、幾らでも こっちに回して いーからさ。】
労わりの篭った声で、少年が アシュリーの無茶を諭した。
アシュリーに酷い事を言う女に恚りを覚え、アシュリーを犒っている少年に 嫉妬している。
我が事ながら浅ましい と思うけど、この感情だけは どうにもならない。
苛立ちを匿しもせずにいる僕を余所に、魔法使い達の会話は進んでいる。
「代価は……… 」
【 いーって、彼奴から奪るから。】
アシュリーからの依頼に対して 代価を一切 要求しない事に、好感を懐くより 腹が立ってしまう自分がいる。
こんなに心が狭かったか と、新たな己れを発見して 驚いていた。脳の ほんの僅かな部分で。
大部分は、疑問と 疑惑と 嫉妬が渦巻いていて、自分でも収拾が付かない。
気付けば、恚りで 手が震え始めていた。
強く握り締めた拳の中、掌に 爪が食い込んでいるらしいが、緩める事が出来ない。
「お願いします」
気が付けば、すんなりと依頼したアシュリーの背にも 苛立ちの視線を向けていた。
この会話を最後に、廃墟にいる少年との交信は終わったらしい。
右側に展開していた 薄暗い廃墟の映像は消え、魔法のスクリーンも消えた。
【 なーーァによーーーーォォ。何で 呼んじゃうのよォ。】
それまで黙って 息を殺していた〔海之妖精〕が、実に厭そうに文句を言っている。
これに、アシュリーの 愉しそうな笑声が答えた。
「何とかして構わない と、仰有ったでしょう?」
上品な含み笑いに、我儘女は 不服そうに頬を膨らませた。
【 だから、あんたって意地悪なのよっ!】
言質を取られた、と 我が身の失態を嘆く事は、この妖精はしないだろう。
飽く迄も 他人のせいにし、自分では 何もしない ーーーーそんな女だ。
先程の苛立ちも相俟って、殺気の篭った睛を向けてしまったらしい。
隣で、クランツが ふらふらになっている気配がしている。
勿論、この渦巻く怒気を鎭めてやれる余裕はないので、クランツは 放置だ。
クランツなら、気絶はしても 死にはしないだろうから、大丈夫だ。
【 余計な事しないでよ! 何で呼んじゃうの⁈ あたしは あんたに言ったのにっ。やだって言ったじゃん! 判ってて クーを寄越すなんて、やっぱり、あんたって さい て っ。】
【 その言い草は ねェだろ? オレの對に。】
【 っっーーーー⁉︎ 】
唐突に 背後から掛けられた声と、力一杯 頭を鷲掴みにする手に、我儘女は 息を飲んだ。
全身を硬直させたのが、魔法スクリーン越しにも 伝わってくる。
その背後、碧い波の上に、胡座を掻いた 少年姿の魔法使いが浮いている。
交信を切ったのは、つい さっきだ。
まだ2分と経っていないのに、全く別の場所にいたであろう 少年姿の魔法使いは、数秒で〔海之妖精〕の許へ駆け付けたのだ。
尤も、遠くの2人を見ている〔森之妖精〕に 驚いている様子はない。
美しい銀糸の滝の如く 肩から背へと流れ落ちる髪が、喫驚に揺れる事はなかった。
【〔森之妖精〕こっちは いいぜェ。】
何かが襲って来る事など、この魔法使いは 言われなくとも勘付いている様だ。
軽く、周囲に視線を向けている。
それから、藍色の瞳の少年は、にっ と口角を上げた。
勿論、その右手は〔海之妖精〕の頭を掴んだままだ。
どうやら 凄い力が篭っているらしく、掴まれている〔海之妖精〕の表情は 痛みに歪んでいる。
アシュリーに対して 罵詈も雑言も飛ばしていた我儘女が 一言の文句も発しない攸を見るに、随分 苦手な相手なんだろう。
呼ぶな、と言っていただけの事はある。
いや、そもそも、あの女は アシュリーを蔑ろにしすぎなんだ。
自分より下だと見て 従者の様に扱っているんじゃないか、と思う程だった。
何もかもが 己れを中心に動かないと気が済まない、と云う 頭の悪い高飛車女に有りがちな性格としか推えない。
本当に、何で、アシュリーが あんな女に構うのか判らない。
同じ妖精として 何か思う攸があるのだとしても、理解に苦しむばかりだ。
今後は、アシュリーに近付かせたくない。
脳内で、しっかりと要注意人物簿に入れた事は 云う迄もないだろう。
【 良く休めよォ? まだ 幼いんだからさ。】
視線をアシュリーへ戻した 魔法使いは、労りの篭った言葉を掛けてきた。
ぴく と、僕の頬が引き攣る。
〔海之妖精〕とは違う意味で、この魔法使いも要注意人物簿入りだ。
男だろうが 女だろうが、魔法使いは アシュリーに近付けたくない。
アシュリーを 啻の『蜂蜜』として狙い、下心-故に 優しくしているなら、尚の事だ。
《 僕の大切な奥さん(今の攸は 仮だけど)に、そんな連中を近付けて堪るか!》
そんな僕の心境を知る由もなく、アシュリーは 軽く肩を竦めた。
「はい」
クーと聘ばれた少年の『幼い』って言葉に反応したんだろうけど、苦笑が 何だか可愛い。
アシュリーは、ちょっとした仕草にも 品があって、何でもない表情が 可愛い。
それが、僕-以外の男に、今、向けられている………。
《 何か………。》
腹が立つ、そう 無意識に呟きかけた。
アシュリーとの約束があるから 声にだけはしなかったけど、危うく 零れる攸だった。
偉かった、と 自分でも思う。
なのに、隣から 不満気な睛を向けられた。
たぶん、僕が約束を破ったら 便乗するつもりだったんだろう。
彼も、あの我儘女に何か言ってやらなきゃ気が済まなかった、って攸か。
だけどね、声にしなかった僕を 残念そうな睛で見るのは罷めてくれないかな。
《 永い付き合いだけど、礼儀は大切だよ? ねぇ、義兄上?》
苛立ちと 殺気を含んだ睛を、右隣へ向ける。
正直に言おう、八つ当たりだ。
尤も、こんな事で 変化を見せる程 シズは尫じゃない。
当然の様に、溜息を零して 僕から睛を乖らした。
…………余計に 苛立ちが増したのは、或る意味 僕のせいじゃないと思う。
余りに長文になり、ちょん切りました。なので、7・8・9と連続する訳です。
ちょん切ったら 9話目が短くなりすぎた、とか秘密です(泣)
1話毎に 同じ日の事を書くつもりでいたので、困り果てているとか 最高機密です(号泣)
あぁ、どうしよぅ(滂沱)