暇を持て余した機械生命達の遊び
生殖機能を失った男性に生物的な意味はない。遺伝子を後世に残す役に立たないのならば男性という性など存在する必要がない。生物としては当然の事であり、至極まっとうな判断だった。西暦2500年頃に開発された人工精子により、同性間での婚姻が可能となったのがその発端であったと過去の記録に残っている。その人工精子に欠陥があることが判明したのはそれから千と数百年後の事であった。世界中で男性という性が極々稀な存在となった頃である。世代を超えるごとに劣化していく遺伝子。あと数世代過ぎた頃にはもはや子孫繁栄の能力はなくなってしまう。全人類が絶望したといって良い。人類は数百年後に滅亡する事が運命づけられた。神より与えられた性別の枠を超えたようとした罰が当たったのだとそう語った者達もいるようだった。その頃には人工精子の影響を受けていない人類は原住民などを除きその殆どがいなくなっていた。遺伝子を残さぬ生命に未来はなかった。足掻くように機械生命を作り上げたものの、それも所詮付け焼刃。次第に悪化していく世界情勢。それを起因として世界大戦---後に人類滅亡戦争と呼ばれた―――が勃発。誰かが最初にスイッチを押したのかは定かではないが、地球は焼け野原となり、海洋は干上がった。
それから億年の時が経ってようやく、地球に平穏が訪れた。海は以前より水深を増し、地表には天に届きそうな程の草木が生えた。
過去の文献によれば、以前は天高く聳えるビルというものがあったという。しかし、現時点において地表にそのような構造物は存在しておらず、遺跡と呼ばれる海底深くにそれが残っているに過ぎなかった。海中深く沈んでいる所為で今をもって過去の人類---旧人類と呼ばれる者達の残した遺産の解明は進んでいない。もっともそれは不可能であるという事ではなく、私達にとって苦手な場所にあり、基本的に無用だからという意味でしかない。一部のマニア達は海底遺跡を専門として探索をしているものの、極々少数である。精々1,2体といった所である。私達にとってたんぱく質で出来た生物の軌跡など全く意味がないのだから致し方ないだろう。昔は昔、今は今なのである。
「へーいゆー。なにしてるですー?」
そんな事を考えている私にP2051がそういった。
さらさらとした金色の髪を持つ美少女。それが首を傾げながら私を見つめていた。
「言語機能に不具合があるみたいね。早々のメンテナンスを」
「そんな場合じゃないですー?」
人のような形をした機械で出来た生命体。アンドロイド、ロボットどういう枠組みかなどなんでも良いが、そんな機械生命体が私達、機械人類である。現存する人類はすべて機械化されている。そしてそれは当然の如く女性体だった。
靱性確保のために比較的柔らかい金属でできた身体。詳しい材料は脳内データベースに記載されているものの、わざわざ調べるのもエネルギの無駄遣いであるので省略。数多の個所が分離できるように身体には切れ目……線が入っている。そんな機械で出来た生命体が私達である。
当然、私達も女性体である。
P2051は遠い昔の日本国の文化でいえば中学生ぐらいの容姿であった。腰まで届く艶やかな金色の髪、背は比較的低い割には発育の良い体躯に作られている。そして人形の様な可愛らしい容姿。それを特徴づけるのがピジョンブラッドの瞳。開発者の趣味だろうと思う。そんな彼女が私を見て「ですー?」「ですー?」と鳴いていた。そういう生き物のようだった。
そんな成りをしているP2051ではあるが、背や体躯がそうなだけで中身は億年を生きているただの老人である。それが故に、可愛らしいというべきなのかは定かではない。
加えてその手に持っている自分の体躯より大きな盾の如き機械が更に可愛らしいというべきかの判断を難しくさせている。青い表面に所々白い線が入った盾の様なフォルムのそれは長さ10mの遠距離砲撃用レールガン。イプシロンΩというイプシロンなのかオメガなのかどっちなのか判然としない名前である。命名P2051。そんな良く分からない名前ではあるが、電磁誘導で加速された質量体を初速10km/secで射出する優れ物である。そんなのを片手に軽々持っている姿を思えば可愛らしいとはやはり言い難いようにも思う。
そんなP2051に対して私の容姿といえば、やはり日本国の文化に則れば、お姉さんである。首後ろまで伸びた栗毛色の髪を持った日本風のお姉さんである。P2051に比べてフラットなスタイルに設計されているのは当時たまたま金属が足りなかっただけである。私達は最初からこういう身体として誕生しているわけであり、製作者の意図があってのことであるからして、私自身がそれを望んだわけではないが、フラットなスタイルである。
フラットスタイルなのにもかかわらず身体ラインがこれでもかと強調されている密着型のハイネックノースリーブが付いている。もっともそれは股部分にまで至っており、ハイレグ仕様の水着とかそういった形と呼んだ方が良いのかもしれない。傍から見ると肌に色を塗られただけに見えるのはこれまた仕様である。
勿論、これも私の望んだ結果ではない。製作者の趣味であろう。
というのもこの密着型水着、私たちの体の一部である。この部分を取り外すと中の機械が見えるのである。そう言う意味では密着型水着状態は裸といっても差し支えない。羞恥心はないが。とはいえ、屈むとハイレグ部分の丸みが見え放題なので、一応、それらが見えないように上着として膝まであるジャケットを羽織ってはいるものの、太古で言う所の痴女風味であるのは否めない。
それらに加えて私の、或いはP2051の特徴といえば、金属製のひざ下ぐらいまであるブーツを履いている事である。素足でも怪我をすることはないが移動補助用には最適なので履いている。ファッションと言われればそれまでだが。
そのP2051も格好は、同様に密着型水着がベースだが、表面上はゴシックでロリータな感じの服装を身に纏っている。そういうのが好きらしい。機械生命が好きとか嫌いとか最初に言い出したのは誰なのだろうか。本当に。いや、一応私達も生命であるからして感情やら好き嫌いというのはある。ともあれ、P2015は、件の海底遺跡探索者から真空パック入り衣装を高い金を払って購入しているという。自分で依頼をする事もあるらしい。
さておき。
さておいた上でちなむのはどうかとは思うが、ちなみに私達は元々人間の赤子である。人類滅亡時点ではラボ内におり、脳に刻まれたデータを量子チップ内に埋め込み、機械の体を与えられた御蔭で生きながらえたのである。もっとも私達は、その大多数が生まれてから5000万年ぐらいはラボ内でち~んとしていたので軒並み世間知らずだと思う。
なぜ私達を生き延びさせて、設計者とか科学者とかが生き残らなかったのかは分からない。あるいはその時点で設計者達も半分機械の体だったのかもしれないが……真相は遠い昔である。探す気も特にない。探した所で何の意味も無いのである。
ともかく、である。
この体、なかなか耐久度が高い。そろそろ半減期といった所ではあるが、残りの耐久年数はざっと1億年ぐらいである。御蔭で、まだまだ悠々自適な機械生命ライフが続くわけである。
ただ、この身体も問題がないわけではない。
私の体とP2051の体或いは他の同胞にも共通する問題点。
海水に弱いのである。
水分はまだ良いのであるが、塩分がまずい。定期的にシャワーを浴び、しっかりと塩分を流して抗菌タオルで全身を拭く必要があるのである。
錆怖いです。ステインはレスではないのである。
ここまでの身体を作ったくせにステインには勝てなかったらしい---一応、技術者達を弁護しておくと、ステンレスを体表面に張れば錆は防止できるが、それだと硬いので諦めたようである。―――。もっともラボ内にいれば錆びる事もないのだけれども……誰もあそこに帰ってぼけーっと過ごしたくはないのである。
さて。前振りは以上であり、今の私の何が問題なのかといえば、いえば、である。
「なんで水の中にいるですー?」
更にちなみにP2051が変な喋り方をしているのにはわけがある。この間、勝負……という名の陸生型イカ狩りを二人でやっていたのであるが、その打倒数を競った結果だった。そのときに、1年ぐらい語尾に「ですー?」を付けるようにと言ったためだった。無意味だったと今更ながらに私の量子脳がモノ申していた。もう少し可愛らしいものもあったのではないか、と。
P2051の語尾はさておいて。
今、私は確かに水の中にいる。
機械の体で泳げるはずもないのである。
「機械飛び込む水の音。風流ですー?」
「風流ではないよね。残念な音と言った方が確かよ。という所で助けてP2051。早く助けてくれないと私錆びるわよ!」
「錆びたら隅から隅まで綺麗に拭いてあげるですー?メンテは大事ですー?」
メンテが大事なのは重々承知しているから早く助けてほしい。先程から足をバタバタさせながら何とか浮かんでいるが、そろそろエネルギ切れである。心臓部に核融合炉を搭載してはいるが、その炉を動かすためにも私達は一日3度のお食事が必要なのである。
「どんな気分ですー?Y28」
Y28、それが私の型番である。なぜYなのかとか28なのはなぜなのか、とか良く分かっていない。Yシリーズなのだろうとは思うが。どこら辺がYなのだろうか。股のラインが、とかだろうか。
思考がショート寸前である。危険な時に慌てるのはやはり元々人間の子供だったからだろう。そういえば、私の両親も当然の如く女同士である。そも、男という性別を私は見た事がないので女とか男とかいう区別は基本的には分からない。どれも等しく人間である。さて、どうでも良い事が次々と沸いてくるのは走馬灯という奴であろうか。
「さっさと助けて下さい」
「お願いするですー?」
「お願いしますP2051様。この卑しいわたくしめをお助けくださいませ」
「よろしいですー?」
さて。
水の中に落ちている私とP2051の距離といえば、たかだか5m程である。私⇔崖⇔P2015という間柄である。レールガンをひょいっとこちらに向けてくれればそれに掴まって……
ぼちゃん。
大海や、機械飛びこむ、水の音。
「助けに来ましたですー?」
「一度、海の底に沈んできたら良いと思う」
―――
必死に足をばたつかせて重い身体を動かして陸地に辿りついた。浮力万歳。
割と本気で死ぬかと思った。まぁ、億年生きている所為でやり残した事なんてないのだけれども。
そも、生命として子孫を繁栄できない欠陥品である私達にとって生きる事とはどういう事なのだろうか。機械生命を作成する機械も失われている以上、新たな子孫を残すことは不可能である。それを作り直す程の技術も私達にはない。そも、人間の脳がないとどうしようもない。現代科学技術を使っても人間の脳を構築するのは不可能なのであった。ともあれ、単一生命として永遠に近い時間を生きられる私達が生きる意味とは何か。などという疑問を浮かべていたのも遠い昔。
結論、今が楽しければ良い。それが私達機械生命の共通見解だった。満場一致と言う奴である。
「べとべとですー?」
「竜種の唾液よりましです」
そういえば、である。
人類滅亡戦争の結果であろうか。現在、変な生物が大量に沸いている。陸生型イカもそうであるが、空想上の生物であった竜或いはドラゴンという存在もいる。それもこれも地球の重力が少し小さくなったのが原因と思われる。重力が小さくなったのでそれまで以上に巨大な身体を持った生命が誕生できたという話である。逆に元々軽かったものは飛んでいたりもする。魚とか犬とか猫とか。
さて、その竜種というものであるが、でかい、くさい、おいしいと三拍子揃っている素晴らしい生物である。御蔭でP2051と一緒に狩りに行く事も多々ある。本来ならば今日も依頼をこなす為に狩りに行く途中だったのだが……余所見をしていたら崖から落ちたのである。散々な日である。
「まぁ、神聖三文字が無事で何よりですけれど」
マイウェポン、神聖三文字。
長さ1.2m程の剣である。私の身長が162cmなので腰より少し上ぐらいまでといったところ。微妙に湾曲した形は日本刀の鞘を模しているらしい。素材はモース硬度12ぐらいの艶のある黒く超硬い合金―――ただし錆びる―――である。一応分類は剣とはいえ、この形状は切る事を目的としたものではなく、その硬度でぶったたくだけの武骨な武器である。その武骨な辺りがお気に入りの私のラブリーなウェポンである。がんばって素材を集めて作ったので愛着もあるというものである。
よしよしとそのブラックボディを撫でながら無事を喜ぶ私。
「Y28も早く脱ぐですー?」
P2051が脱いだ服をイプシロンΩにかけて干していた。天日干しであった。
「核融合炉使えば良いんじゃないの?」
「エネルギがないですー?」
緑色の密着型水着……ハイレグ水着姿になったP2051が残念そうに項垂れながらそういった。
私達の体には電気を取り出すジャックが付いている。意識をそちらにむければくるぶし辺りに入っている線から足の裏がぱかっと外れてそこから電源供給が出来るような仕組みになっているので、その電気を使えば乾燥ぐらいわけはないのである。本来ならば。確かにP2051の言う様にエネルギがない。あろうことか朝食を抜いて活動していた私達。まぁ、大仰に言った所で単にお昼は竜の焼き肉ね!楽しみ!朝抜いていっぱい食べよう!とかいう計画をしていただけである。結果、3食必ず採らなくてはならないというルールを侵した結果、私達の身体にはエネルギが足りないのである。その元々少ないエネルギが海を移動した所為で枯渇直前である。このままでは移動もままならなくなるので余計なエネルギは使わないに越したことはないのである。
というわけで、P2051に言われるように塩水を吸って重量を増したジャケットを脱ぎ、P2051へと渡せば、勝手知ったる何とやらという感じでP2051が私のジャケットをイプシロンΩに掛ける。太陽万歳。
「ありがと」
「いえいえですー?」
御蔭で二人して炎天下の海でハイレグ水着みたいな姿になったわけである。何の問題もない感じである。決して裸というわけではないので更に問題はない。
ふるふると身体を動かして表面に付着した水を飛ばす。まったくもって原始的な取り方だが使用エネルギ対脱水量は高い。手首をふらふら、足をふらふら、首をくきくき、髪をふぁさふぁさ。私に習う様にP2051も同じ様な事をしている。
脱水作業が終わった後、私達二人は街道を歩く。どこの奇特な機械生命が整地したかはわからないが、海岸線に沿って道ができている。その道を辿りながらギルド本部へと向かう。残念ながらこんな状態で狩りに行く気は起きなかった。
てくてくと道を歩く。
「X9が怒るですー?」
「依頼の期限はまだ先ですし良いんじゃないでしょうか」
X9というのはおっとり系の美女型機械生命体(メイド服着用)である。今回の私の依頼主でもある。P2051の依頼主ではなく、私のである。今日の狩りも依頼の一環である。
その今回の依頼というのは、大樹に寄生している竜の内臓を手に入れるというものである。木から木が生えるのではなく竜が生えているという奇抜な樹木である。光合成はするらしいので害は特にない。その竜の内臓を何に使うかは知らないけれど、きっと碌な事には使ってないに違いない。あの人、おっとりしているけど怖い。
「X9は優しいですー?」
「いつから思考読み取り機能がついたのよ、P2051」
「ついてないですー?」
おっとりした顔をして、更に可愛い物が好きというX9なのでP2051の事は大層お気に入りなのであった。どちらかというと可愛らしくない系の私にはきつい人である。もう本当に虐めすぎじゃないかと言いたいぐらいに。
シャワーを浴びていると後ろからだーれだ?とかやられたり、私が食事をしていたら食器とか奪われてあーんとかするとか、酷い虐めもあったものである。
とはいえ、権力者には逆らえないのは遠い昔から同じだと思われる。依頼を出してくれる人には逆らえないのである。
この依頼という奴であるが、私達機械生命体の暇つぶし兼趣味或いは遊びである。
子孫繁栄は出来ないし、技術発展にも大して興味がない。後者に関してはそういう時代もあったけれど、それも遠い昔の事である。特に竜とか変な生命体が生まれ始めてからは鳴りを潜めている。
そんな何の意味もない私達が残り1億年ぐらいの時間をどうやって過ごそうか?と考えた結果、私達は遊ぶ事にしたのである。他の生物達にとってはたまらない事かもしれないけれど、まぁ、一度滅亡した世界に産まれてきたのが悪いのである。
竜とかそんなのを倒せるぐらいの武器を使って、そういうのと戦って暇を潰す。結果が分かっている遊びなど面白みもないので、あまり強い武器を持ち運ぶのはご法度である。今回私達が持って来ているイプシロンΩにしろ神聖三文字にしろ、そういう意味ではあまり強い武器ではない。
通常の生物がモース硬度12の金属にぶった叩かれたり、レールガンで質量体をぶっぱなされたりして死なないか?といえばこれがまた中々死なないのである。最近特にその傾向が強い。なぜか?誰かが面白がって改造したのではないか?というのが色々言われている噂である。噂の真相を究明する人はいない。知ってしまうと面白くないからである。結果、その事実は割と私達には好意的に受け止められている。億年という長い時間を延々遊ぶためにはそういったバージョンアップみたいなのがあった方が面白い。それに素材集めとか防具作成とか武器集めとかなんとかなんかそんな感じの事もできるわけで、更に楽しいのである。その内、マイクロブラックホール弾うちたいなぁとかP2051が前に言っていた。私はどちらかというと直接攻撃でぶっ飛ばしたい派なので今辺りが丁度良い。
そういった私たちの遊びの中で、依頼という形で遊びを更に楽しくさせているのがX9などのギルド職員と言われる人達である。
依頼という形で色々お題を出してくるのである。突発的だったり定期的だったりその辺り適当である。そういうのをこなしながら金銭を得たり、日々の食事を得たり、新しい武器を作ったり服を作ったり。そんな風に私達は遊んでいるのである。暇を持て余した機械生命達の行き付いた先がそれである。昔々存在していた人類のがんばった結果がこれである。可哀そうなものである。
「メンテするですー?」
「勿論するわよ。しないと錆びるし」
「背中流してあげるですー?」
「いらない。自分で出来るし」
背中をがばっと外せば自分で洗えるのである。しいていえば、四肢も首も外せるのが機械生命の機械生命たる所以である。唯一外せないのは心臓部分にある核融合炉。これを外すと動きが止まる。とはいえ、他の誰かに再度装着して貰えば動けるようになるのでステディな仲の人がいる場合にはそこも綺麗に洗って貰うらしい。恋人同士の嗜みらしい。良く分からない。残念ながら私にはステディがいないので心臓を洗ってもらった事はまだない。いつもお金を払ってお医者さんに洗ってもらっている。
「年齢イコール恋人いない歴ぷぎゃーですー?」
「だから心を読むなと」
「億単位で恋人いないとか可哀そうですー?」
「え、何?P2051にはそういう人いるの?見た事ないんだけど」
「当然いるですー?」
膝が折れた。
とはいえ、おかしい。おかしい。P2051とは割と一緒にいる事が多い。というかかなーり長い年月一緒にいたはずなんだけれど、あれ?おかしいなぁ。なんで私知らないんだろう、その相手。
というか、である。これだけ長い年月を過ごしている私達である。精々2000体ぐらいしかおらず、全員知り合いといっても過言ではないのだけれども……あれか火星に行って住んでいる人とかかな?長遠距離恋愛である。
「AM1359ですー?」
「……えっと……あぁ、うん?ううん?」
脳内データベースを検索するまでも無くAM1359が誰か分かったのだけれども、彼女とP2051が並んで歩いている姿を見た事がない。そもそもAM1359はわりと有名な人である。ごついという意味で。筋骨隆々な感じの背の高い人で一部の人達に人気があるのは確かだが……ステディがいたような?そのステディは間違いなくP2051とは違った。
「嘘ですー?見栄を張っただけですー?」
「あ、そう」
どうしようもない嘘を吐く子である。
「ど、どうしてもっていうならY28をステディにしてあげるですー?」
「あ、結構です」
手をふりふり。お断りする。
「がーんですー?」
うな垂れるP2051に苦笑を浮かべる。
というのも、である。お互い長い事一緒にいる所為でそういう気にはならないのである。家族みたいなものである。P2051もそうだろう。
『Y28の鈍感さは億年経っても変わらないとか、ほんとうどうなのよこれ。X9も苦労しているみたいだし。いや、まぁX9に先を越されるわけにはいかないのだけれど……ほんとどうしようもないわよね。ですー?ですー?とかアホみたいな感じで可愛らしさアピールしてもまったく意味ないし、どうしよう。もうこれ、あなたをころして私も死ぬとかでも言わないと本気度が分からないのかもしれないわね。いやよ。そんな痛い女とか。ふん、そんなだからY28は年齢=彼女いないなのよ。普通、何億年も生きてれば何人かいるでしょっ。にもかかわらずこの子ったら。まさに鋼鉄の処女よね!』
ぶつぶつとP2051が何かを言っている。
まぁ、いつもの事なので気にしないでおこうと思う。
「あー、良い出会いないかなー?」
全員知っているんだからそんな事があるわけがないけれども。というか、そう考えると全員知っているし、今更だし……私このまま後1億年は一人身確定ということか。まぁ良いけれども。
『ちぃぃっ』
何か舌打ちが聞こえた。
聞こえた音の方、P2051の方を見れば、
「ですー?」
と笑っていた。微妙に頬の金属が引き攣っているように見えたけれども。
まぁいいや、と海岸線を歩く。
てとてと。
ぴたぴた。
てとてと。
ぴたぴた。
「ねぇ、P2051。足かえた?」
「代えてないですー?」
てとてと。
ぴたぴた。
「変な音がするわね。こう具体的に言うと短足竜みたいなの」
「同意ですー?」
短足竜というのは体躯が非常に大きい割に四肢が短い、ぱっと見ると可愛らしく見えなくもないが、いつもため息を吐いて世を儚んでいる所為でネガティブな感じを植え付けて来るので不人気な竜である。見た目だけは可愛らしいコケティッシュな感じで、足音もこんな風に可愛らしいのだがネガティブなのが本当に残念無念である。
ぴたぴた、と。
「P2051のレールガン後何発いける?」
「今日はもう無理ですー?P2051がんばるですー?」
「……よねぇ」
振り向いたそこには案の定、短足竜がいた。いつもより2倍程大きかった。レア物だった。
「いやー、レアに会えるのは嬉しいんだけど、今はいらないなぁ。うわー……でかい分ネガティブ感が凄い」
ため息も二倍だった。
「ふぁいとですー?」
そそくさとイプシロンΩを片手に離れて行くP2051。友情甲斐のない子である。というかそんな重い物運べるならこいつどっかやってよ、というのは突っ込んだらいけない所である。
これも遊びなのである。戦闘だろうとなんだろうと私達にとっては遊びなのである。
『ぐるっぐー』
「起きなさい、神聖三文字」
勿論、ただの合金がそんな事を言った所で起きるわけもない。
特に何があるわけでもない。
気分である。
少し離れた所でP2051があの子またやってるよ、みたいな表情を浮かべているが見えた。
見えた、という事は視線を後ろに向けたということである。
「あ」
という間にぶん、と目の前を通過した短足竜の尻尾がぱこ~んと私の体にあたった。
飛んだ。
―――
ばしゃーん、という大きな音と共に海に沈んだのが10時間前。その後、海流に流され続けて更に10時間。現在も流されている最中だった。
こりゃ錆びるな、と思った。
サビたまま海底で100年ぐらいぼけーっとしていれば誰かがサルベージしてくれるだろう。してくれるはず。してくれるよね。その頃には海藻が生えてフジツボが付いて魚の住処になっているかもしれないけれど。
まぁ、こう言う事もある。
どうせ死なないので大して気にしていない。食事を抜いた挙句余所見して海に落ちてなんとか助かったくせにまたしても余所見したペナルティといえばそんなものかなとも思う所である。
そんな風に考えてれば、である。
旧人類の住処が見えてきた。目に搭載したライトの光量が不十分なので良く見えないけれど、確かにそれは高層ビルとかそういう類のものだった。ほーと顎に手を当てつつ横目に見ながら流れていれば、急に流れが代わってそちらへと。
ぶつかる。
というかぶつかった。
「いたい」
こぽこぽと腹の中から酸素が出て来る。別に私達が生きるために酸素はいらない。音を発生させるために空気を振動させる必要がある、というだけである。ちなみに空気とはいっても旧時代とは空気を作る酸素とか窒素の配合比が異なるので旧人類にとっては猛毒だろう。どうでも良い事だけれども。
で、ぶつかった結果、建物が割れた。
割れて、その隙間へと流された。
ばしゃ~ばしゃ~と建物内に水が流れ込む。
ぐるん、と渦を巻いて部屋の中を埋め尽くした。結果、がこんがこんと壁にぶつかる私であった。まぁ、コンクリートぐらいでどうにかなるほど柔な身体ではないので大したことはない。痛いは痛いけれども。
そんなぐるぐる渦を巻く流れに我が身を任せていれば、部屋の中には扉がある事に気付いた。金属製の扉だった。水深数千mの水圧でもものともしない壁だった。私達の身体ぐらいの強度はあるのかもしれないな、と思う。
ごろんごろんと水の流れに任せて扉に近づいた時だった。
ぴーっという音と共に扉が一瞬開き、私を吸いこんだ。
そしてガシャンという音と共に扉が閉まった。
扉の向こう側、轟々と音を立てて水が部屋を埋め尽くしている音が聞こえる。みしみしという微妙な音も聞こえている。扉自体は強くとも壁の方が脆くては意味をなさないではないか設計ミスに違いない。訴える先も訴える相手もいないけれども。ともあれ、暫くは持つようだった。
「……ふむ」
腰にアタッチしていた神聖三文字は無事らしい事に安心しながら身体を起こす。くき、くきと身体を動かしながらその調子を確かめるも特に問題はない。
「海底クエストの方はほとんど受ける人いないのよね……」
頭の中に仕込んだデータベースと流された感覚を頼りに場所を想像するが、まったく分からなかった。私たちは塩水に弱いので当然といえば当然である。まぁ、これもお遊びなのだけれども。潜水艦でも作れば水の中を調べるのは簡単だ。簡単だからこそ、制限をかけている、という話。モノ好き以外は海底とか海洋クエストを受けることはない。私は物好きではないのでもっぱら陸のクエストしか受けていない。ちなみに空のクエストもあるらしい。飛行アタッチメントを装備して空を飛んでいたP2051を思い出す。彼女は空のクエストも好きだったはずだ。私はあまり好きではないけれども。さらにちなみにその上も当然ある。火星とか。あそこも面白いらしいのでその内行ってみるのも良い。
そんな事を考えていれば、ぴち、ぴちという何かの跳ねる音がする。その音に目を向ければ床をぴちぴちと魚が飛び跳ねていた。
ふむ。
と頷きその魚の尻尾を掴まえる。
瞬間、びたんびたんと勢いを増して私の指先から逃れようとするが、時既に遅しというか運の尽きという奴である。よくよく眺めていると目からうるうると涙を流していた。
ぱく。ぼりぼり。
「生はあんまり美味しくないけど、背に腹は代えられ……るよね」
背のパーツと腹のパーツをいれかえれば可能である。意味はないけれども。そんな阿呆な事を考えながら他にも数匹ぴちぴちしながら同胞が私に喰われて涙目になっている魚に目を向けてそれをひょいぱくひょいぱくと拾い食いをする。
核融合炉の凄い所はこれぐらいでも数%はエネルギが復活することである。
「焼きたい……」
エネルギ摂取量は生の方が良いし、焼いたら減るけれど、腹に卵を持っている奴がいたので焼きたかった。
そうやって簡単な食事をした後、建物を散策する。
暇を持て余した私達である。こういう来た事のない所を散策するのもまた楽しさの一つである。もっともこの建物の外が海なのでここで何かを見つけたとしても誰かがサルベージしてくれるまで助からないのだけれども。その内建物が水浸しになってやっぱり漁場になるに違いない。小魚の恨み恐ろしや。
かつん、かつん、と誰もいない通路を歩く。
ライトは控えめにしつつ一つ、一つ部屋を開けて行く。
寝室があったり、執務室があったり、旧態然としたコンピュータ達の残骸が転がっている場所もあった。思いの外劣化はないらしい。これを持って帰れば人工遺物好きでもあるX9が喜ぶ姿が想像できる。が、持ち運びは可能にしても帰られないのでやっぱり意味がない。
てくてくと更に歩く。
掠れた表示板にB17Fという物が見えた。地下17階の意味だったと思う。えらく深い所に作っているなと考えながら更に歩く。とつとつ、とつとつ。
そして18Fに降りた所で、また部屋を見つけて入った。
衣装部屋であった。その殆どが劣化し、風化し、半減期をとうにこえて原子レベルで消失しているものが多かったが、真空パックに入っている服を2つ見つけた。ボディスーツだった。私の身体についているハイレグ的水着と大差ないような感じのものだった。それが2つ。黒を基調としたものと白を基調としたもの。白い方が入っている量が微妙に少ないのに疑問を浮かべながらそっちを床に、黒い方を手にとって少し考える。
「錆止めには良いかも?」
全身が塩水にやられているので既に微妙な所だけれどボディスーツで囲っておけば肌に触れる空気も少なくなるし……と一つ頷き、黒い方のパックをびりっと開ける。
瞬間、ふわっと不思議な空気が辺りに流れる。太古のボディスーツに染みついた匂いだった。それが解放され周囲に広がったようである。こういう匂いを楽しむのも太古マニアの人達の楽しみなのだろう。だろうけれど、私にはあまり興味がなかった。いそいそと神聖三文字を腰から外し、金属製のブーツを脱いでから、黒いボディスーツを着込む。所々、身体のラインを強調するかのように入っている赤い線が気になりつつも着終わり、手首の辺りについているブレスレットのようなもののボタンを押せばカシュンと音を立てて身体とボディスーツの間に存在していた空気が抜けた。
「意外と新しい感じのものね」
こういう機能がある服ということは旧人類の最後の方の技術だと思う。
と言う事は他にも何か面白いものがあるかもしれない。そう思い白い方のパックをその場に置いて他に何かないかと探せば靴が見つかった。
金属製のブーツだった。今まで履いていたものに比べて古臭いものである。強度も低そうだった。が、
「かっこいい……」
足先は少し丸みを帯びた形、踵の方はちょっと高く所謂ヒールのような形状だった。そこまでは普通だったが、ブーツの側面……外側に向かう様に黒い金属製の羽がついていた。何の意味があるかとかはさておいて、ブラックウィングである。慌てるように自前のブーツをがしゃこんと脱いでそちらを履く。ぴったりだった。
小躍りしながらその感触を確かめてから、その場を移動する。
かしゃ、かしゃと鳴る新しいブーツの音を楽しみながら移動した先、先に見たような鋼鉄の扉があった。その前に私が立つと扉が開く。
「電気まだあるんだ」
恐らく核融合炉を保持していたのだろう。特に疑いもなく扉を抜けて中に入れば、天井についた電灯に明かりが灯る。
少し眩しさを感じながら目の感度を調整して更に進めばそこに……
「はっ……」
っとするような青い髪を持っていた少女が眠っていた。
その透き通るような青さに見惚れた。
ベッドについていた名札。そこに記載されていた名前はAO0。0と言う事はもしかしてプロトタイプとかなのだろうか。そう思わせる名前だった。
膝裏ほどあろうかと思えるほど長い青空のような髪、白雪の如き白い顔。それを包むのは黒い密着型水着。首元、大きい果実の様な乳房、折れそうな細い腰、滑らかな臀部、引き締まった太もも。それら全てを覆う黒い水着。所々身体に入った分離線は彼女が機械の体であることをしっかりと証明している。ほっそりとした腕、足は顔と同じく陽の光を一度も浴びた事がないといわんばかりの白さだった。青い髪を映えさせるような白い、とても白い肌だった。
綺麗だと思った。
この建物に似つかわしくない綺麗さだった。
だから、そう。だから、私は悪くない。この綺麗なものに触れて見たいと願ったのは自然の摂理と言う奴だ。機械だけれど。人工物だけれど。
思いの外小さな手だった。
それに触れる。
柔らかい。
次いで腕、足、腹、そこを通って乳房の下。その辺りに差しかかった時だった。きゅいんと機械が動く音がしたと思ったと同時に少女の目が開いた。
サファイアのような蒼い瞳だった。
その瞳の下から上へと小さな文字が次々と流れて行く。それを驚きと共に見つめていれば、いつしか少女がその柔らかそうな紅色の唇を開く。
「自立型思考機械AO0起動します」
「生きているのね……おはよう」
「おはようございます--――――マスター」
瞬間、身体の中を電気が走ったような、びりっとした感覚に包まれた。マスター、それはつまりご主人様である……私にはそんな趣味はなかったのだけれど、新しい世界の扉が開いた気がした。
「マスターの名前をお願いいたします」
「Y28よ」
「Y28……マスター登録致しました。今後ともよろしくお願い申し上げます」
「なんかかたいよね。同じ機械生命でしょ?もっとフランクにいこう」
「Non。私はマスターとは異なります。自立思考機械です。人類の言葉でいえばAIです。人間とは異なります」
…………えっと。
「こんなに可愛い娘が機械生命なはずがない?」
「仰る意味が分かりません」
身体を持ちあげ、腰で座り、こちらを呆と見つめるAO0の姿。確かに私達と違って目に感情が伴っていないように思うけれど、それでもAIとは思えなかった。それほど機械生命くさかった。
というか、こういう受け答え可能なAIがこの世界に存在しているなど聞いた事がない。人工遺物にも程がある。面白い事好きの他の機械生命が知ればどうなるか。戦争にはならないけれど、数百年は追っかけられるに違いない。おっかけて捕まえられて玩具にされるに違いない。
……この子どうしよう。
海の底で一緒に過ごすか、地上に降りて一緒に他の人に見つからないように逃げるか、火星にでもいって悠々自適な森林ライフを過ごすか、あるいは別の星に向かうか、どうしよう。どうしようと考えて、気付いた。私の中にはこの子を手放す案はないらしい。
「AO0。今の状況分かっている?」
「休眠状態から……体内時計との比較…………調整完了。1億年以上経過している事は理解致しました。マスター。人類はどうなりましたでしょうか?マスターがいるという事は、人類は無事あの戦争を乗り越えたのですね?」
私達と同い年ぐらいみたいだった。やっぱり0というのはプロトタイプの意味なのかな?
「……あー、全滅ならびに残っている人類っぽい生き物は私達みたいな機械生命だけね」
「機械生命などと御冗談を。マスターは面白い人です」
AIに冗談とか言われた機械生命がいた。私だった。
「いや、ほら」
かぽっと首を外す。
びっくりしたAO0の顔が面白かった。
「…………御同類とも違うと」
「私達はAIではないよ。量子なんとかに脳のデータを写し込んで億年間生きている機械生命。AO0がプロトタイプだとしてその数年後とかに出来たんじゃないかな。と言う事は、AO0はお姉さんよね」
これはさらに太古マニア達に渡せない。身体の隅から隅まで解剖されて観察されるに違いない。うへへへとかいう気色悪い顔で喜ばれるに違いない。そんな所にこの子おいていられない。
「ハァ……状況について行けてない様子です。ちなみにここは第3研究所であっておりますか?」
「海の底」
「……マスター、お時間を頂けると幸いです。詳しい話をお願いいたします」
「うんうん。ゆっくりじっくりお話ししよう。時間はいっぱいあるから……あぁ、でもエネルギが……」
小魚だけでは流石に無理があった。決して、新しいブーツが素敵だったのであっちこっち歩きまわった所為ではない。
「エネルギ?」
「昔の人間が食べられるものなら何でも良い……のかな」
「それでしたら、こちらから摂取可能です。どうぞお吸い下さい。私の体内には人工血液が流れておりますのでどうぞ。……年月が経過しているので味は悪いかも知れませんが」
そういって、首の表層パーツを外した。小さなバルブが見えた。
「……あぁ、うん」
良くまぁ、そんなものを入れたままでこの時代まで生存していたなぁと思う。あるいはこの部屋自体が真空にされていたとかだろうか。良く分からないがまぁ、良しとしよう。うん。
それはさておき。
AO0の白いぷるぷるしそうな程柔らかそうな首の中に小さなバルブ……。
緊急なので仕方ないのである。何か良く分からない代物な気がしてならないけれど、仕方ないのである。人命大事。
かぷっと噛みついてちゅーちゅー。
瞬間、AO0が腕を私の背中に廻して、んっとかあっとか艶のある声をあげた。びっくりして離れようとしたが、何気に強い力で捕まえられていて逃げられなかった。うん、私悪くない。何も悪くない。緊急なのが悪い。
―――
「このエロAI」
悪態を吐くも、元気になったのは確かである。何入ってたんだこの娘の人工血液。話しを聞けば栄養価のある水を入れておいても良いらしい。適当だった。まぁ確かに同じ核融合炉を用いているなら適当な栄養素があればそれを元に発電できるので十分なのだろう。とはいえ、首から摂取するのは今回限りにしよう。うん。あと、補充の仕方は経口か首筋かららしいけれどAO0にはちゃんと口からお食事をとってもらうようにしよう。首からとか口写ししないと駄目だし、駄目。
「何を仰っておられるのでしょうマスター」
黒いボディスーツを見つけた場所へとAO0を連れて来て彼女に服を着せる。
白い方のボディスーツ……と思っていたものである。なんか少ないなと思ったわけである。さておき。ベッドに寝ていて気付かなかったけれど、AO0の背中部分は白い肌だった。背中が見事に開いている。腰の辺りからまた黒い水着が覆っている。肩甲骨と背骨のラインを見せたかったのだろう。ともあれ、そんな彼女に白いボディスーツだと思っていたものを与えれば、なんというか……なんだろうこれ製作した人の意図が全く分からない。
所々蒼い線が入っているのは彼女の髪にマッチしてとても良い。のだけれども、乳房部分の生地が抜けていたり、これまた彼女の身体同様背中部分は中途半端に隠すだけだったり、腕の部分も肘のあたりまで。股の方はハイレグ部分を覆う様になっており、その後ろはTな感じのバックになっていてお尻の上の方から腰部分にかけて広がり、前と繋がっている。要するに、乳部分を露出強調するようなフォルムの半袖のTなバックのハイレグ水着である。際どい。これなら着なくても良いんじゃないだろうかと思った。
まぁでも、
「似合ってはいるのよね」
白い四肢、黒いボディ、それを覆う白い服。蒼い髪の彼女に良く似合うものだった。私が着ている黒い奴を着せるよりも多分そっちの方が相当に似合う。
「マスターに褒めて頂けて嬉しく思います」
「ブーツは黒……しかないわよね。あと武器とかあるのかな?」
跳ねの生えていないロングブーツ……まぁ、つまり私が履いてきた奴である。
「武器……戦闘行為が必要なのですね」
「そそ。さっき言った通り、私達遊んでいるから。一応戦闘できないと大変よ。ギルド職員という手もあるけれど、AO0をギルドなんかに渡さないから。貴女はこれから私と一緒にいること」
「承知いたしました。ところでマスター。私の事はアオとお呼び下さい。コードネームAO0、通称アオです」
「じゃ、そうするね。アオ、アオかー……不思議な感じ」
記号でしか呼び合わない私達にとってそれは新鮮な行為だった。なんだか特別な感じがして心の奥底がむず痒くなる。
「じゃあ、私は……Y28だから……わいにー?とぅえんてぃえいと?うーん?にーはち。にーや……ニーア。うん、それでいこう。今後は私の事はニーアと呼ぶ事」
「承知致しました、ニーア様」
「様はいらないよ。敬語もいらない」
「はい、ニーア」
「うん。それで良い。よろしくね、アオ」
ニーア。それを私の名前としよう。
というわけで、建物内でアオの武器探し。色々探っていると色々と見つかったのだけれど、どれも低スペックだった。逆に遊びには都合が良いけれども。オーバースペックな物を使うと怒られるので。ギルドとかに。お偉い人とかに。
結果、白い機械製のガントレットに剣のついたものと、同じくガントレットからウォーターカッターが射出できるものをアオの両腕につける。良い感じである。主に見た目が。
「ともあれ、さて。どうしようか」
「外に出ないの?」
「海だし。泳げないし」
「私が牽引します」
「アオ、泳げるの?」
「全天候型です」
得意げな顔をしてそういった。格好良かった。しかし、海まで動けるとなると私達よりスペック高いんじゃないだろうか。
というわけで建物に入って来た部屋へと戻り、アオに運んでもらった。
ブーツを脱ぎ、それを片手にもう片方の手に私を掴んで足の裏からブローを出す。それで推進力が得られるのか。便利だな、と思いつつ私もそういうのを開発して搭載しようかとか考える。アオひとりだけ海の中を泳げるなんてずるい。潜水艦を作るわけじゃないから許可は簡単にでるだろう。
海の中、広がるアオの髪が綺麗だった。地上へ近づくに連れて太陽の光が海の中を照らす。小魚達が涙目で私達を避けたり、大きな魚を私の神聖三文字で切り裂いたりしながら地上へと辿りついた頃には夜だった。
月の綺麗な夜だった。
ぱしゃん、ぱしゃんと陸に寄せる波の音がとても素敵だった。浜辺にあがり、その場に二人で座った。
空を見上げれば満天の星空。黄色く輝く星々を見つめながらアオと二人でそれを見上げる。
「データベースに登録されている星座とかわっています」
「そりゃね。あ、敬語禁止」
「普通に喋るのが慣れません。許して下さい」
「じゃあ、仕方ない。許すよ」
「ありがとうございます。ニーア。……タイムスリップした気分です」
「アオにとってはそうかもね。色々変わってるから、楽しみにしててね。あぁ、そうだ。慣れてきたら火星にいこう。森林ライフが私達を待ってる」
「生命が存在しないはずだったのですが……テラフォーミングですか?」
「そそ。テラフォーミング。アホな機械生命がやりすぎた結果、星じゅう森になったみたい。ほら、あそこ」
指差せば、そこには火星。アオの知っている時代より少し近づいているので、月みたいに大きくみえる。
「青いです」
「だね」
しばらく二人でそうやって星々を見つめながら、のんびりしていれば、声が聞こえた。
「私達が必死に捜索してたというのに、なんかY28が女つれていちゃいちゃしてるですー?」
P2051の声だった。
「……どこのどなたでしょう?私達のP2051に何て事をしてくれるのでしょうね。許せませんわね。叩き切って差し上げるべきでしょうか?」
怖い人の声もした。私の神聖三文字より幅広で、170cmはあるX9の身長よりも更に長い剣を持って今にもアオに突撃しそうな人がいた。どうみてもX9だった。当然の如くメイド姿である。ロングスカートタイプのシックな感じが似合っているものの相変わらず怖い。
「あー、アオ。物は相談なんだけれども」
「はい?」
「名前を呼ぶのは二人だけの時にしない?」
「はぁ?そこに何の意味があるかはわかりませんが、マスターのいう通りにさせていただきます」
「マスターじゃなくて、Y28ね。AO0」
「承知致しました」
暫くは二人だけの秘密にしたいと、そう思ったのである。こんなに綺麗で素敵な子の名前を私だけが知っているなんてちょっとなんかこう特別感があって良いのである。
などと考えていたらば、P2051とX9がじゃんけんをしていた。こういう文化は旧人類と変わらないが……何をしているのだろうあの二人。
「Y28のメンテを掛けて」
「いざ尋常に」
阿呆かあの二人、と思ってアオを見つめれば、なんだろう。このやる気のみなぎった感じの表情。
「Y28のメンテ権……譲れません。私も参加致します」
そういって、アオがてくてくと走って行った。
……なんだか疲れた。
ぐったり、と浜辺に横になる。
とても空が綺麗だった。
こういう空を、あるいはそうじゃない空を全部、アオには見せてあげたいな、
「勝利です」
「新参者にですーっ!?」
「そんな……なぜ私はパーを出したのでしょうか……」
うな垂れる二人と両手をあげて喜ぶ三人の姿。そんな三人の姿を見ながら、そんな事を思った。
ちなみに、その夜。
アオに全身隅から隅まで洗われた。
心臓部を外されて、意識不明の間に大事な所を直接洗われることの何とも言えない気恥かしさと嬉しさを覚えてしまった。大変、癖になる感じだった。
「今後ともよろしく、アオ」
「はい。こちらこそ宜しくお願いします。ニーア」
了