二の太刀 潜入
久々に更新できました。
「ここか。」
その日の夕刻、亮介は地図を片手に目の前にある建物を見上げた。そこはまさに和風屋敷であり、何百坪とある土地に、平安朝を思わせる程の大きさ。さらには大きな湖もあるという情報。家主は『熊山 源治』。凛の情報によれば、巨大企業の社長を務める大金持ち、しかしそれは表の顔で、これまた巨大なヤクザの組織の頭が裏の顔。さらには軍隊までも教養しているというまさに悪役の鏡といったところ。しかしこういう奴に限って踏ん反り返っているだけというのが定番だが、現実は甘くないとみた。熊山は武術、剣術の達人であり、屋敷内で道場も開いているという。その腕は並み居る敵を数分でなぎ倒す程、という情報。
「さて、とっとと終わらせてリンゴ酢でも買いに行くかな。」
そう呟き、足に力を入れるように膝を折り・・・
「よっ。」
そしてジャンプし、高い塀の上に立った。そして近くの木に飛び移り、枝を足場にしつつトントンと軽やかに飛び降りていき、膝をつくようにして着地した。立ち上がって辺りを見回すと、特に何もない。場所はどうやら建物の裏側のようだが、地図によればここからが一番安全かつ近道らしい。
「まったく細かい依頼主だ。」
そうボヤきつつも地図の通りに歩を進める恭介。敷地内は複雑に入り組んでいて、地図が無ければ迷う程である。しばらく歩き、角を曲がろうとした。
「ん?」
しかし、踏み出そうとした足を下げて壁に背中をつけ、顔を少し出して道の先を見た。警備員らしき人間が二人ほど辺りを見回しつつこちらに向かって歩いてきた。ご丁寧に肩には銃をぶら下げている。
「なるほど、用心深さも一級品ってわけだ。」
口の端を軽く吊り上げて笑う恭介。ただ、今殺すのはさすがにまずい。死体が見つかれば無意味な戦闘をしなければいけない分、厄介だ。死体を隠せればいいが、生憎辺りには隠せるような場所がない。
「・・・しゃあねぇ。」
そう呟くと同時に、懐から凛特製のアクションガンを取り出し、銃口を頭上に向けた。かなり上に屋根があり、そこにある樋目掛けて引き金を引く。アクションガンから飛び出たワイヤーは、高さに関係なく伸びていき、樋にまで届くと、吸盤に付いた四本の爪が樋を掴んだ。念の為に何度も引っ張り、はずれないのを確認すると、アクションガンのもう一つのボタンを押す。するとワイヤーが掃除機の要領で巻き戻し、恭介を引っ張り上げて宙に浮いた。しばらくすると屋根まで到達し、樋に手をかけて飛び上がり、屋根の上に立った。アクションガンの吸盤を樋からはずし、懐にいれる。そうしてから再び辺りを見回す。屋敷がでかければ、屋根も広く、結構遠くまで伸びている。しかも高い分、見晴らしも最高ときた。
「ここでリンゴ酢でも一杯やりてぇな。」
薄く笑い、屋根の上を歩いていく恭介。バランスを崩すことなく平然と歩いていき、屋根の端まで来ると下界を見下ろした。見ると、小さな小屋の入り口らしき所に二人の警備員がおり、辺りを警戒していた。小屋は周り建物に比べると遥かに小さいが、豪華さだけは全く変わっていない、木造だった。しかし唯一違う点は、土台が石造りだということ。ここまで程じゃないがそれなりに高く、おそらく飛び降りたら足は捻挫するだろう。
「あそこか?」
造りが微妙に違う分、依頼人がいる場所があそこである可能性が高い。何より、地図を見てみれば、地形が一致していた。恭介は小屋からやや離れた位置に行くと、そこから隣の建物に飛び移り、さらにそこから塀の上へと降り立つと、目的の小屋に近づいて小屋の屋根に飛び移った。小屋と台との高さはそんなに差はなく、屋根の樋にぶら下がってから地に足をつける事で事なきを得た。場所は小屋の裏側。そこには窓があり、鉄格子がはめられている。
「おっと。」
降りていきなり、監視カメラが目に入り、慌てて体を伏せた。
(写っちゃいねぇな・・・写ってるとしたら頭がヒョイと出てたくらいか。)
心の中で呟き、監視カメラの視界に入らないように慎重に小屋にある鉄格子付の窓へと近づく。
「えっと合言葉は・・・。」
恭介は地図に書いてある合言葉を読んだ。
「『善ある人間には天を、善なき人間には地を与えん』(どーゆー意味だこりゃ?)。」
読んで恭介は合言葉の意味を考えた。
スッ
考えてる間に、格子の向こうにある障子が開いた。中は暗く、丁度ここには日が届かないため、顔は見えない。
「来てくれましたね・・・。」
凛とした女性の声がした。依頼人は女だと恭介は確信した。
「で?どんな依頼だ。」
恭介はなるべく迅速に済ませたい為、余計な事は聞かないことにした。
「はい・・・それは。」
女は一泊置いた。
「この屋敷にいる・・・家主を含め、武器を持った者達を、全て殺してください。」
「・・・。」
あまりにも大胆な依頼に、恭介は内心少なからず動揺した。家主といえば一人しかいない。『熊山 源治』。ただ、熊山自体を暗殺してくれというならわかる。それがこの屋敷にいる者(武器を持った者、すなわち戦闘員)合わせて殺して欲しい?
「おいおい、そりゃまた穏やかじゃねぇ依頼だなそりゃ。」
「・・・。」
「しかしよぉ、暗殺ならまだしも、そんな虐殺みたいな依頼、アンタが始めてだぜ?理由によっちゃあ断るが、聞かせてもらいたいもんだ。」
迅速に済ませたいという考えは、どうやら無理そうだと思った恭介は窓の横の壁にもたれかかった。
「・・・私は・・・。」
「ふん。」
「私は・・・ここの家主、熊山の妻です。」
「ほぉ・・・ん?妻?」
「はい。」
「妻のアンタが何でこんな所にいる。」
「・・・。」
女は押し黙り、やがて声は小さいが語りだした。
「私は・・・以前は熊山とは別の人と結婚していました。その人の事を、心の底から愛していました。ですが、突然熊山の部下達が私達の家に押し入ってきて、強引に私を連れて行こうとしました。その時に・・・夫は殺されました。無理矢理この屋敷に連れてこられ、本人から何故あんなひどい事をしたのか問い詰めたところ、あいつは・・・私を妾にしたいがために、夫を殺したと言いました。あいつは自分の欲の為なら平気で人を殺します。この間もある組織に無茶な要求をした挙句、強引に自分の傘下に入れてしまい、今でも暴力によって自分のシマを支配しています。耐えかねた私は、この屋敷を出て、警察に全てを伝えようとしました。ですが・・・勘のいい熊山は、私が抜け出すのを見計らっていたかのように、ここに幽閉しました。あいつはここに来ては私に散々暴力を振るい、満足すると今度変な真似をしたらただでは済まないと脅して出て行く・・・毎日それの繰り返し。もう・・・我慢の限界なんです。」
「で、殺せと。」
女は暗闇の中で頷いた、かのように見えた。
「だが一つ合点しないのがある。アンタの話しぶりからすると恨んでんのは熊山源治だけだ。それが何でこの屋敷の人間全員なんだ?」
恭介が疑問を言った。
「はい・・・熊山が裏で軍隊を操っているのはご存知で?」
「ああ、うちの便利な仲介屋の情報だ。」
「熊山の軍隊は・・・実はクスリを打たれてるんです。」
「何?」
「クスリの名はわかりません。ですが、効能はわかります。そのクスリを打つと体が常人の倍もの力を手にすることができる、屋敷にある研究所のレポートにそう書いてありました。この屋敷の人間も、全員、といっても戦闘員だけかもしれませんが、そのクスリを打たれています。間違いありません。私がこの屋敷から逃げ出そうとした理由は、その事でもあるのです。」
「・・・。」
「あのクスリはまだこの屋敷にしか広がっていません。ですがいずれ、あれは世間に広がっていくでしょう。そうなるのは・・・嫌なんです。一度打たれたらもう元には戻れません。ですからお願いします・・・クスリの呪縛から、彼らを解き放ってください・・・お願いします・・・。」
女の声はだんだん涙声へと変わっていき、しまいにはすすり泣く音が聞こえてきた。恭介は無表情のまま壁から離れ、窓の前に立った。
「・・・報酬。」
「え・・・?」
「報酬はこの屋敷の権利書、でどうだ?」
「・・・。」
女はしばらく黙った。
「・・・はい。」
「よし、交渉成立だ。」
そう言うなり、恭介は腰から愛刀を引き抜いた。日に当ってないというのに、キラリと煌く。
「さてと・・・『闇狩り』の時間だ。」
三つの刃、ようやく更新できました。今まではバカどもの奮闘記の方に力入れてましたから、遅れてしましました。読んでくれてる方、すみませんでした。