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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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重要な選択肢ですが、なにか?

「牧村さんの言葉によりますと、平均的なニホンジンがわたくしの母国語を習得するには、一年以上の歳月が必要だそうです。

 もちろん、習得する人の熱意や能力にも差がありますから、その期間は人によりかなり前後することと思いますが」

「それだけ、時間が稼げる、と?」

「時間の問題だけではなく……魔法情報の伝播に消極的ではない、というわたくしたち側の態度を表明することにもなります」

「……時間がかかるのは、おれたちのせいではない、か」

 完爾は、少し考えてみる。

 確かに、魔法の知識はすべて異世界にあるユエミュレム姫の故郷の言葉で考案され、記録されているものだ。その言葉を使いこなしている方が習得しやすいというのは、事実なのだが。

「別に、呪文を日本語に翻訳しても、効果は変わらないんだけどな」

 実は完爾は、ユエミュレム姫がこちら側に来る前に、実験したことがあったのだ。

「その事実は、とりあえずなかったことにします」

 ユエミュレム姫は、表情を崩さずにそういいきった。

「ここで急いでも、誰の利益にもなりません」

「そうだな」

 完爾も、素直に頷く。

「それで……一年かそれ以上、時間を稼いだとして……そのあとは、どうなる?」

「それくらいの時間を稼げれば、多少なりとも情況を変える機会に恵まれると思うのです。

 魔剣バハムのよい利用法も判明するかも知れませんし」

「……そうか。

 あれで別の世界と行き来できるようになれば、情況も大きく変わってくるんだな」

 完爾は、再び考える。

 別世界への扉が開いたとすれば……それはもう、魔法どころではない。

 もっとずっと大きなインパクトを、この世界に与えてしまうだろう。

「それに、アキラももう少し育ってくれると、アキラをほかの人に預けて、わたくしが直接動ける時間も増えますし」

 確かに、ユエミュレム姫が動けるようになれば、完爾としても助かるのだが。

「それ、ユエの負担が大きくなりすぎないか?」

「大丈夫ですよ、これくらい」

 ユエミュレム姫は、自然に笑顔になった。

「カンジがわたくしの国にしてくれたことに比べれば、些細なことです」

「そういわれると、複雑な気分になるんだがな」

 その言葉通り、完爾は、微妙な表情になる。

「それじゃあ、当面は……魔法を使いたければ、まずこちらの言葉をおぼえてください……で時間を稼ぐのか」

「対外的な不満を消極的に分散する程度の効果はあると思います。

 魔法を学びたがっている人がどれくらいいるのかわかりませんが……そうした人たちすべてに未知の言語を習得させようとすれば、それなりの準備が必要となりますし……ニホン政府も、しばらくはその実務に追われるのではないでしょうか?」

「そうか」

 頷いてから、完爾は、そのために必要な事物について、想像をしてみる。

 教材や教室の確保。教員の養成。受講する人員の選定。

 その他にも問題はあるのだろうが……なにより、その言語についてある程度詳しい知識を持っているのは、ユエミュレム姫と牧村女史、それに完爾自身の三人しかいないことが大きなネックとなってくる。

「誰が担当するのか知らないが、そのお役人もかなり苦労しそうだな」


「そうやって時間を稼いだあとのことなのですが……わたくしたちの方針により、いくつかの選択肢が存在します」

 ユエミュレム姫は、説明を続ける。

「まず、当初の方針通り、わたくしたちが絶対に魔法知識をこの世界にもたらさない、と決めたとき。

 この場合は、当然ですが強い反発が予想されます。わたくしたちもそれを見越して、なんらかの対応策を用意しなければなりません。

 最悪、不満を持つ人たちが糾合してわたくしたちの存在そのものを排除しようとしてくる可能性すらあります。

 これが、最悪の可能性になりますね」

 相手が実力行使にでてくるのなら、完爾だって家族を守るためにはそれなりのことをしなくてはならなくなる。

 確かにこれは、「最悪の可能性」だ。

「次に……時間をかけて関係者と協議し、比較的害の少ないものから、徐々に魔法を伝授していくという、方法。

 これですと、魔法を求める人たちからの不満はある程度、解消できます。

 しかし、人間の欲望に際限はありませんから、もっと多くの知識を、わたくしたちが持つすべての魔法知識を欲しがる人は少なからず存在することでしょう。

 また、そうした人たちが過激な行動に出てくる可能性もあります」

 当初の方針と比較すると、若干、こちらが妥協をした形だった。

 その分、現実的であるともいえる。

「最後に……これの選択をわたくしは望みませんが……わたくしたちの持てる魔法知識すべては、ニホン政府なり別の団体なりにすっかり明け渡して、その後の活用などについての責任もすべて含め、譲渡してしまう方法。

 これですと、そのあとにこの世界がどんな有様になろうとも、わたくしたちの責任にはなりません」

「ま……最後のは、なしだな」

「ですよねー」

 ユエミュレム姫もそうなのだろうが……そういうのは、完爾の性分に反するのだった。

「結局、どっかで妥協しなけりゃならない、ってことなのか……」

「こういってはなんですが……魔法に関していうのなら、完爾がこの世界に帰還した時点で、もう手遅れだったと思うのです。

 シナノさんはよくやっていると思いますが……それでも、四十年以上の歳月に渡って、この世界は魔法に汚染されて来た経緯があるのですから……」

 いずれ、この世界に魔法知識が広まるのは防げなかったのではないか、と、ユエミュレム姫はいっていた。

 完爾やユエミュレム姫の登場は、その機運に若干の加速をしただけ、という考え方である。

「今さら、もし、とか、たらればを議論してもはじまらないけどな……」

 完爾も、呟く。

「……そういう面も、否定はできない……のか」

 仮に、完爾がこの世界に帰還せず、ユエミュレム姫もそのあとを追って来ることがなかったとしたら……靱野と彼に敵対する勢力によって、なんの準備もなく、もっとなし崩し的な形で魔法が普及する……という可能性も、十分にありえたのである。

「それと比べれば、まだしもマシなのかな……」

 完爾は、天井を仰いだ。

「時間があれば、理解者や協力者を増やすことも可能となります」

 ユエミュレム姫は、きっぱりと、そういいきる。

「アキラやショウタの世代のために、よりよい世界を遺そうとするのは、親の世代の務めなのではないでしょうか」

「時間をかけて、段階的に……か」

「それが、一番、現実的な選択だと思うのですが」

 完爾も、その意見に頷きかけるのだが……なにより、重要な分岐点だったので、もう少し時間をかけて考えさせて貰うことにした。


 そもそも……この世界の未来の形を、自分たちの一存で決定してしまう権利などが、今の完爾にあるのだろうか?


 そういう不安を口にすると、ユエミュレム姫は一瞬、虚をつかれたような顔をしてから、小さく声をあげて笑いはじめる。

「わたくしの世界を丸ごと救ったカンジが、今さらなにをおっしゃいますか」

 だ、そうだ。

 いわれてみれば……破滅へと進む運命を回避した、という形ではあったが、完爾は過去にひとつの世界の形を強引に変えているわけである。

「それとも、他人の世界と自分の出身世界とでは、意味が異なりますか?」

 続けてユエミュレム姫から放たれた言葉は、完爾の深い部分に突き刺さった。

「なんであれ……将来に関わる重要な選択であることにはかわらないからな……」

 ユエミュレム姫の問いを否定も肯定もせず、完爾は言葉を連ねる。

「もう少し考えてみたいし、他の人の意見も聞いてみたい」

 優柔不断と罵られようとも、この場の気分でこんな重要な選択をするつもりはなかった。


 ……今までは、せいぜい自分の家族の将来くらいを考えていればよかったんだがな……。

 と、完爾は心中でぼやく。


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