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訪問者ですが、なにか?

 即席麺を食べ終えてお茶を飲みながらテレビなどを観てのんびりしているところに、千種からメールがあった。

 ユエミュレム姫母子の検診が予約ができたのでその日程を報せてきたのと……。

「……弁護士の先生が?」

 なぜに、と、完爾は疑問に思う。

 確かに、昨日、法律屋だかなんだかに相談するとはいっていたのだが、どうしてその法律屋の先生が、完爾たちに興味を示すのか?

「どうかしましたか?」

 スマホ片手に首をひねっている完爾の様子に不審をおぼえたのか、ユエミュレム姫が問いただしてくる。

「ねーちゃんからの連絡で、どうやら相談した弁護士の先生がおれたちに会いたがっているって……」

 続けて完爾は、「弁護士」という職業についても詳しく説明しなければならなかった。

「……法に関する専門知識を持って紛争を解決するための代理人、ですか?」

「こっちはな、社会が複雑になっている分、各種の法律も細かく整備されているんだ」

 一口に弁護士といっても、法務関係とか刑事とか民事とか、専門とする分野によって細かくわかれているんだろうなー、という程度のことは、門外漢である完爾にしてみてもなんとなく想像がつく。

 わからないのは、それがどんな弁護士であろうとも、実際に仕事をしている以上それなりに多忙なはずであり、姉経由で少々相談されたくらいの縁でしかない自分たちに強く興味を示すほど暇ではない……はずだ、という点であり……。

「……一応、問い合わせておくか……」

 完爾は千種あてにメールで、

「なぜその弁護士が自分たちに興味を持つのか?」

 といった意味のことを問い合わせた。

 たまたま手が合いていたのか、千種からの返信はすぐ来て……。

「……なんじゃこりゃ?」

「今度はなんですか? カンジ」

「……うっかり詳しい事情をはなしてしまった。

 マニアで細かいことを根ほり葉ほり聞いてくるものと予想する。

 うざいだろうが、根は悪いやつではないし、職業上の守秘義務についても心得ているので適当に相手にしてやれ……だって……」

「……どういうことですか?」

「……さあ?」

 完爾とユエミュレム姫は、二人して首をひねる。


 いちいち描写はしていないがこれらの行為の合間に、二人は、というか主にユエミュレム姫が、暁の世話をしている。何しろあいては赤ん坊である。昼夜の区別なく、泣く。腹が減ったといっては泣き、おむつが汚れたといって泣き、なにが原因かはわからなくても泣く。なにぶん生物であるから頻度は一定していないが平均して二、三時間に一度は盛大に泣きわめく。そのたびに手をかけ世話をし、どうにか泣きやむまであやし続ける。もう少し育って大きくなればあちこちに動き回ってまた別の手間がかかってくるのであろうが、今のところはこいつは寝ているか泣いているかのどちらかだった。少なくとも完爾にはそう見える。

 ユエミュレム姫が甲斐甲斐しくかつ辛抱強く対応している様子を見て、完爾は、「よく世話をしているよなあ」、と、他人事のように感心していた。いや、暁に関しては完爾自身も製造責任者の片割れなわけであり、筋道からいえばすっかり他人事にしてしまってはいけないのであろうが、なにしろ暁の方が完爾が近づくだけで盛大に泣き出すのでどうにも手伝いようがない。しかたなく、結果的にユエミュレム姫ひとりに負担を押しつけてしまっているのだが現状だった。

 それで、

「すまんなあ。あまり役にたてなくて」

「なにをいっているんですか。

 この手のことに関して、殿方にはなにも期待していません」

 ユエミュレム姫が暁をあやしているたびにそんな会話が行われている。

 よく考えなくてもユエミュレム姫は王族であったわけで、むこうでは乳母だか女官だか数人にかしずかれて母子ともども当然のように世話になっていたそうだ。ユエミュレム姫個人にかかる負担だけで考えれば、こちらよりもむこうの方がはるかに軽かったであろうことは容易に想像できた。

 完爾がそんなことをいうと、

「そのかわり、むこうは向こうでなにかと窮屈でしたから」

 と、ユエミュレム姫は珍しく微妙な顔をしてみせた。

「なにしろ城勤めの女衆というのはなにかと煩雑で、噂好きで、すぐに派閥をつくって、足の引っ張り合いばかりで……」

 お城の中の人間関係も、一歩内部に入ればなかなかに複雑であるらしい。

「それにわたくしは、何年か勇者の一行に加わっておりましたから……」

 その辺も、ユエミュレム姫がむこうでの生活に対してあまりいい印象を持っていない原因となっているらしかった。

 まあ、「救国の英雄」の一員として一挙手一投足を監視され続けるというのも……正直、あまり快適な生活であるとは思えないしな。とか、完爾も内心でうなずく。かくいう完爾自身、まっさきにそういう立場から遁走してきた人間である。

「……結局、こうして赤ん坊をあやしているのが一番いいのか?」

「そうですよ。

 元々、体力仕事はさんざんやらされてきていますし……」

 体力仕事、というより、耐久生活といった方がよかったくらいだもんなあ、と、完爾はむこうでユエミュレム姫たちと行動をともにしていた当時を思い返す。

 絶対に、懐古の想いが沸きあがったりしなかったが。


 そうこうするうちに翔汰を迎えにいく時間になり、

「誰か来ても居留守を使っておけばいいからな。チャイムがなっても出るなよ」

 とユエミュレム姫に断りをいれ、完爾は外出する。

 徒歩で送迎するくらいだから保育縁までの距離はそこそなのだが、翔汰の足にあわせるとなるとそれなりに時間がかかる。帰り道でもお友だちとなかなか別れようとしなかったり、すぐに寄り道をしようとしたりするから、なおさら時間がかかる。


 土日にいろいろとあってお外で遊べなかった反動か、案の定、翔汰はなかなか保育園の庭から離れようとしなかった。もともと室内で遊ぶよりも外で駆けまわる方が好きな子だし、子どもなりにフラストレーションがあったのだろう。完爾が悪いわけでもないが原因の一端が自分にあることでもあるわけだし、完爾は二十分ほど翔汰を好きなように遊ばせておくことにした。なに、子どもの体力を考えればそれくらいはしゃげばすぐに静かになるし、同じ保育園に通う子どもたちもそれくらいでだいたい居なくなる。好きなようにさせておけば、すぐに自分で帰りたがる、ということを完爾はこれまでの経験で学んでいた。

 適当に遊ばせておいて、頃合いを見計らって、

「ぼちぼち帰るぞー」

 と声をかけたら、案の定、翔汰は素直に完爾の言葉に従った。

 帰る途中、珍しく翔汰が、

「かんちゃん、肩車して」

 とかいってきたので、素直に翔汰の体を肩に乗せてやる。

 あまりこんなことばかりしていると千種に「もう大きいんだから、あまり甘やかすな」とか窘められるのだが、勇者としての身体能力を持つ完爾にしてみれば五歳児一人分の体重程度なら、負荷として感じるまでもないのだった。

「あのう……」

 そうして肩車姿でアパートの前に着くと、スーツ姿の四十前後の女性に声をかけられた。

「門脇完爾さん、ですか?」

「はい、そうですが?

 失礼ですが、あなたは……」

 今の時間帯、このあたりできっちりとビジネススーツを着こなしている女性は珍しく、なにかのセールスではないかと警戒する気持ちも働いたのだが、名指しで挨拶されたら応じないわけにはいかない。

「はい。これはどうも、失礼いたしました。

 わたくし、こういうもので……」

 その女性は名刺入れから名刺を一枚取り出して完爾に差し出す。

 そこには所属事務所の住所や電話番号とともに、

「弁護士

  是枝五月雨」

 と印字されていた。

 そういえば、その女性の胸にはひまわりとかりがデザインされた記章がついていた。


「カンジ。

 先ほど誰かが訪ねてきたようですが、いわれたとおり返答をしませんでした」

 完爾たちがアパートに帰ると、暁を抱いたユエミュレム姫が出迎えてくれた。

 そういってすぐ、完爾の背後にいた是枝女史に気づいたようで、

「あら?」

 と、いった。

「お客さんだ。

 はなしていた、ねーちゃんが紹介してくれた弁護士さんらしい」

 完爾は、むこうの言葉で早口に説明する。

「……随分とはやいおいでで」

「そうだな。なんでこんなに対応が早いんだろう?」

 ユエミュレム姫にはそう返し、その後、完爾は是枝女史をアパートの中に招き入れた。 

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