表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/170

質疑応答ですが、なにか?

 翌朝、完爾はいつも通りの時刻に起き出してから仏壇に線香をあげて顔を洗い、朝食と弁当詰めをはじめる。ユエミュレム姫たちが来る前は別室に寝泊まりしていたのだが、今は暁が目に入る場所にいつづける必要もあり、リビングの床に布団を敷いてユエミュレム姫と並んで寝ていた。そのユエミュレム姫も、完爾に続いて見よう見真似で線香をあげる。暁の世話で昼夜関係なく強制的に起こされているのだから、そのまま寝続けてもいいとはいっているのだが、どうやら、ユエミュレム姫の方が強いこだわりを持って完爾と同じ時間に起きることにしているようだ。子育ての経験がない完爾にはこうした状態がいつまで続くのかはよく予測できないのであるが、長期戦になることは確実なのだがからあまり張りつめすぎない方が……ということも、一応、言い聞かせてはいる。

 それが元でノイローゼになる人もいるのだから、無理をする必要はないといっても、ユエミュレム姫は、

「はやくこちらの事情にも通じておきたいもので」

 といって聞く耳を持たなかった。

 意外に頑固なところもあるな、と、完爾は思った。

 朝食を作る間にも、ユエミュレム姫は完爾の作業を観察して、時折、質問をさし挟む。

 調理法や味付けに関することがほとんどであったが、この調子なら時間があるときにでも少し家事を手伝わせてもいいかな、と、完爾は判断する。なんだかんだいってユエミュレム姫は順応性が高く、こちらの環境にも予想以上にはやく馴染んできている。一から料理をやらせるのにも早すぎるだろうが、手伝いくらいから初めて様子を見ながら徐々に任せていく作業の比率を大きくしていけば、問題はないだろう。近い将来、完爾は仕事に出て家事に使う時間が減ることが確実なわけだし、ユエミュレム姫だって負担になりすぎない程度にやるべき仕事を与えられた方がかえって気が楽……という気もするし。


 豆腐と切って湯通しした油揚げをストックのだし汁に入れて火にかけ、火が通るまで時間を利用して弁当の用意をする。

 砂糖をいれて甘みを強くした玉子焼きとだし汁を多めに加えただし巻き玉子、わざわざ二種類を用意するのは翔汰と千種の嗜好に合わせているからだった。千種には鮭の切り身を焼いていれ、翔汰の分にはレトルトのミートボールを加熱していれる。茹でたブロッコリーとミニトマト、きんぴらゴボウなどとご飯を適当に弁当箱に詰めて少し冷ます。

 豆腐と油揚げの鍋の火を止めて味噌を溶き、鍋をガス台からおろす。昨夜の残りである肉じゃがを冷蔵庫から出してレンジで暖める。

 ……仕事をするようになると、毎食ごとに手間もかけられなくなるから、今のうちにストックできる総菜を作り置きして置いた方がいいかな、とか思っているうちに、千種と翔汰が起き出してきて、いつも通りの朝食となる。


「例の病院関係と法律関係、今日の昼間のうちに手配して予約する」

 朝食を摂りながら、千種が例によって単刀直入に切り出した。

「さーせん。

 よろしくお願いします」

 完爾は簡潔に答えた。

 ユエミュレム姫がなにもいわないのは、必要なことなら完爾が通訳してくれるということを微塵も疑っていないからだ。

「おれの方は、あれだ。

 とりあえず、バイトの面接にいってみる。

 学歴とか経験があまり関係なさそうなところなら、なんとかなるんじゃないかと……」

「まあ確かに、最初から正社員ねらいはハードルが高かったのかもしれないな。

 最初のうちは短期日払いでもなんでもいいから仕事をしてみて、徐々に世間に慣れていけばいいさ」

「お、おう。

 自信はないけど、頑張ってみるわ」


 千種を送り出し、翔汰を保育園に送っていってから洗濯や掃除など、ルーチンな家事を一通りすませると午前九時を過ぎていたので、昨日のうちに目星をつけておいたフリーペーパーの問い合わせ先に片っ端から電話をかけて面接の予約をいれる。

 千種に説明したとおり、条件面で「経歴、経験不問」なところに重点的に連絡をつけたのだが、年齢で弾かれ、「現場経験は?」などと問い返されて「ない」と正直に答えると弾かれ、で、なかなか決まらない。

 結局、五件目でようやく面接のアポイメントを取ることができた。これまでの経験からすると面接の結果、先方に断られるということも十分に考えられるのだが、こればかりは今の段階であれこれ考えすぎてもどうにもしようがない。

 明日、十三時、県庁所在地にある相手方事務所に。ここからは少し遠いのだが、もとより近辺にろくな産業が育っていない郊外の片田舎なのである。なんとか面接までこぎ着けただけでもよしとしよう。

 一息ついて自分でいれたお茶を飲んでいると、ユエミュレム姫がなにか問いたげな表情で完爾を見る。

「ああ。

 職が……見つかるかも、知れない」

「それはよかったですね。

 でも、あれほどの功績をあげたカンジがこちらでは無職だというのは、とても不思議に感じます」

「……いわないでくれ。

 むこうでの実績なんかこちらでは証明しようもないし……それ以前に、こっちでは魔法がないし、肉体労働もほとんど機械でやっている。

 学歴とか経験がないおれみたいな半端者は、仕事についてはあまり選りが好みできないんだ」

「あと……それ、遠くの人と話すための機械、でしたよね? テレビでみました。カンジも持っていたのですね?」

「あー、スマホ、ね。

 うん。

 おれだけではなく、成人はだいたい持っているんじゃないかなあ、携帯。

 スマホかガラパゴスのどっちかは……」

「……ええ?

 そんなに……。

 それは、高価なものなのではないですか?」

「確かに決して安いものではないが……今や、この社会の必需品っていうか……。

 だいたいの人がこれを持っていることが前提になっている気がする。

 おれがむこうに行ったときは、そこまで普及していないかったような気がするが……」

 完爾が「むこう」に召喚された十八年前、携帯はすでにあったわけだが、そこいらの中高校生まで気軽に持ち歩いていたかというと、そうでもなかったような気がする。

「なるほど。

 この国は、この世界でもかなり裕福な国なのですね」

「その認識は、別に間違っちゃあいない。

 けど、根本的な部分で微妙な齟齬があるような……」

 完爾は慌ててこの社会の根底部分、工業化とか資本主義とかについて説明をはじめる。途中で完爾側の知識が不足してネットで検索した知識をそのまま翻訳するような場面もあったが、なんとか大まかな概要を説明することができた。

 昨日まで「細かい説明」をなんとなく封じてきた反動もあってか、ユエミュレム姫が次々と質問してくるのですぐに話題が膨らみはじめ、結局、こちらでの産業革命の推移やら経済の歴史、株式会社や金融経済やら、完爾自身があまり知識を持たない領域まで及び、完爾もつけ焼き刃のネット越しの知識を総動員して説明するはめになった。

 王族としての教育をされてきたせいか、ユエミュレム姫は、細かく順を追って説明をしさえすればかなり複雑な話をすんなりと理解してくれた。

 幸い、今日はたっぷりと時間があったからいいものの、しまいには完爾のほうが精神的疲労をおぼえ、その様子を認めたユエミュレム姫が自発的に質問を止めてくれた。

「……直接、その板に書かれた内容を読んだ方が早そうですね……」

 若干口惜しそうな様子を見せながら、ユエミュレム姫は完爾が手にしたタブレット端末に視線を置く。

「文字を書いて問い合わせると、問い合わせた内容が表示されるのですよね? それは」

「ああ、検索な」

 完爾はうなづいた。

「ひらがなでも検索すること自体は可能だけど、検索結果は漢字混じりだからなあ」

 昨日今日日本語の存在を知ったばかりのユエミュレム姫がネットを通して直接知識を得られるようになるまでには、まだ少しの時間が必要となるだろう。今の時点で、まだようやくかな文字の読み書きをおぼえはじめたばかりなのだ。単語も文法も、文例に関する知識もまるでない。

 不便だよなあ……と、完爾は今さらながらに思う。

 もし第三者がここにいたとしたら、今のユエミュレム姫の状態がむしろ普通のことであって、たとえしゃべり言葉だけだとはいえ、むこう側についたときから不自由なく会話が可能であった完爾の存在の方が異常であることを指摘したくなっただろうが、完爾自身は自分の特別さについてまるで自覚していなかった。


 そうした質疑応答で少々疲れたので、

「……たまには手を抜こう」

 とかいって、昼食はインスタントラーメンにすることになった。

 元々、普段から完爾一人だけで食べる昼食は、お茶漬けと冷蔵庫の残り物とかで簡単にすますことが多い。

「これなら、ユエも一人で作れるかな……」

 袋から乾麺を出して煮てほぐし、スープの元と合わせるだけ。現代人なら誰もが一度は食したことがある袋入りの即席麺について、その調理過程目の当たりにしてもユエミュレム姫は完爾が期待したほどには驚いてくれなかった。

 どうやら、そういう料理である、という理解の仕方をしているらしい。

 少々拍子抜けしながらも、完爾は……本物のラーメンを作る手間を知らなければ、こうなるのか……と納得するしかなかった。

 ユエミュレム姫はむしろ、調理の過程よりも食べる際に苦労した。

 完爾のように音をたてて麺をすする、という行為がなかなかできずに、しきりに咳こんだり咽せたりしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ