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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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魔剣バハムの正体ですが、なにか?

『……彼らの身元、というか大元の依頼主については、ですね。

 実のところ、すでにこちらでもかなり正確なところを掴んでおるわけです。はい』

 毎度おなじみの、橋田管理部長からの連絡であった。

『末端をいちいち叩くいくのも手間ですし際限がありませんし、大元に圧力をかけるなり別の利権を譲歩して手を引かせるなりの工作交渉をしている最中でございまして。ええ。

 門脇さんが提供する魔法については、うまく利用すれば国益に適うものの、間違っても他国に渡していいものではないというコンセンサスは上の方でも取れておりますので、その点はご安心ください』

「……その割に、うちの家族には手を出してきたようだけど?」

 完爾は、自分の声から不信感を拭おうとはしなかった。

『末端のチンピラが上層部の意志に反して暴走する、ということはままあるものですし。はい。

 でも、事情をよく知らない皆さんは、あまりにもアバウトな内容の娯楽映画と現実をはき違えて認識している節がままあるようでございますが、ええ。本来、その手の工作は緻密な情報戦がメインでありまして。現場で荒っぽい真似をして粋がっているような連中は、こういってはなんですが使い捨て要員でしかありませんので、上流を押さえさえすればいずれに鎮静するはずです。はい』


 その後も何度かどこぞの「強硬派」からの干渉はあったわけだが、そのすべてがユエミュレム姫謹製の御守りの前に撃退される。

 何度かそんなことを繰り返すうちに、そうした「強硬派」の出現もすぐに途絶えてしまった。

 橋田管理部長がいったとおりに「いずれ沈静化」しなかった場合は、完爾が自ら「末端の工作員」とやらを片っ端から捕らえて尋問し、完全に滅殺するつもりであったから、これはこれで平和な結末であった、といえよう。


 そんな出来事を挟みながらも、時は流れる。

 九月に入ってからも、完爾たちの会社は相変わらず盛況であった。

 これはつまり、商品を生産可能な量に対して出荷する量が常に逼迫している、という状態であり、いいかえれば在庫ロスを最小限にして効率よく現金に変えている、ということでもある。

 自由に魔法を行使できる人材が限られている以上、前者をこれ以上増やすことは事実上不可能であり、現状ではとても資本回収効率のよい商売をしている、ということでもあった。

 ここまで継続していれば、毎月必要となる各種経費はだいたい読めるし、それを差し引いた純益も着実にプールすることができていた。

 ひとことで表すなら、「順調」ということになるのだろう。

 以前と違ってきたことはといえば、海外から直接買いつけに来るバイヤーが何組か完爾との面談を求めてくるようになってきたことくらいか。

 これは、完爾の会社が今の時点では販路を国内のみに限定していたことが大きかった。一部の営業さんたちからは海外進出について打診もされていたのだが、いろいろ調べてみた結果、固定的な海外流通網を整備することはリスクが大きすぎる割には利益が少ないと判断し、あえて手を出さないでいたのだった。

 交渉を希望してきたバイヤーは、アジア、アメリカ、ヨーロッパはいうにおよばず、ロシアや東欧、南米、中東、アフリカまでにおよぶ。おおよそ世界全域の、中には完爾が名前を聞いたことがないような国からさえやってきたわけだが、そのうちの何割が純粋なビジネスで、あとの何割が魔法的な要素を求めて来たのか、完爾にはまるで判断できなかった。

 あるいは、この手の交渉事に適性のあるユエミュレム姫が同席すればもっと詳しいことも推察できたのかも知れないが、暁はまだまだ手のかかる乳児であり、ユエミュレム姫は一日のうちの多く時間を育児に手を取られている。

 それはそれで大変なのだろうが、疲れを感じながらも、最近のユエミュレム姫は充実しているように見えた。

 完爾としては、度重なる事業提携や共同経営の申し出をきっぱりと断りつつ、商品だけなら都合がつく限りしっかりと売りつけることにしていた。


 江ノ島での邂逅から二週間ほど過ぎた頃、靱野は完爾たちと示し合わせて門脇宅へと来訪した。

 現地協力者は何人かいるらしいが、特に魔法関係の事に関しては基本的にすべて一人で行わなければならない靱野は、ことによると完爾などよりもよほど多忙なのであった。

 なかなか時間の都合がつかなかったため、事前に連絡を取り合った上で、完爾が在宅している平日の深夜に靱野は門脇宅のリビングへ転移してきた。

「これが、その魔法剣バハムになります」

 物置から持ってきた剣を手に待ちかまえていた完爾は、挨拶もそこそこに、靱野にその剣を手渡す。

「もう、鞘から抜ける状態です」

 完爾の他に、千種とユエミュレム姫もその場に同席している。

「それでは、失礼して改めさせて貰います」

 靱野は断りをいれてから、剣を鞘から抜いてしげしげと見つめた。

「……やはり、妙な具合に魔力が纏わりついていますね、これ。

 この剣の周囲で、なにか異変とか怪現象とか、起こったことがありませんか?」

「……そういえば……」

 ユエミュレム姫が、口を開いた。

「カンジやわたくしが世界の壁を乗り越えてきたとき、常にその剣がそばにあったような気がします」

 それは単なる偶然ではないのか……と、完爾はいいかけたのだが、よくよく思い直してみると、ユエミュレム姫がいうことも間違ってはいないのである。

 第一……そのそもの発端、完爾がどのような方法であちらの世界に召還されたのか、という単純な疑問も、いまだに解決していないのだ。

「……そうですか」

 靱野は、神妙な顔をして頷いた。

 そのあと、空中に四角い立体映像……としかいいようがないものを、出現させる。

「靱野さん、それは? ホログラム?」

 千種が、靱野に向かって質問をした。

「仮想巻物、と、呼んでいます。

 おれたちの世界では、割とポピュラーだった……いや、ある時期を境にポピュラーになった魔法、ということになりますかね。

 機能は、見ての通り、こちらでのタブレット端末と大差ないんですが……」

「でも、いちいち持ち運ばなくていいんなら、そっちの方が使いやすいっしょ」

「そうかも知れません。

 こんなのでも、使っている最中はそれなりに魔力を消費するんですか……」

 千種と会話をしながらも、靱野は仮想巻物を操作していた。

 まるで見覚えのない文字列が、仮想巻物の表面を高速で流れていく。

「ええっと……。

 ああ、やはりだ。

 この剣には……空間を操作する術式が仕込んである。

 というか……これは剣ではなく、剣の形をした、時空跳躍機……とでもいうべきアイテムですね。

 あまりに複雑な術式なので、今すぐにはその機能すべてを解析できませんが……こいつをうまく使いこなせるようになれば、魔力の続く限り自由にそこいらへんの空間に門を開くことが可能になるようです」

 ……完全に制御するためには、時間をかけてこいつを解析、研究する必要がありますが……と、靱野は続ける。

 おれはそんなご大層な代物を粗大ゴミに出そうとしていたのか……と、完爾は思った。


「……外務省?」

 今度の橋田管理部長の申し出は、完爾にとっても寝耳に水であった。

『はい。

 先だっての諸外国からの干渉工作を受けて、ですね。

 奥様を日本国籍に固定してしまった方が、今後、守りやすいのではないか……という意見が上の方で主流を占めているような状態でございますので。ええ』

「そりゃ、早めに国籍を貰えるっていうんなら、こっちとしてもありがたいけどさあ。

 それ、なんかと引き替え条件、ってことはないよね?」

『いえいえ。そういうことは、決して。

 国としましては、奥様の国外流出を防止するための口実が欲しいだけですので』

「……本人とか弁護士さんと相談してから返答する」

 しばらく考えたあと、完爾としてはそういうより他、選択肢がなかった。

「なんか、おれ一人の考えですぱっと結論していいような案件でもなさそうだし」

『いえいえ。

 このようなときの慎重さは美徳であると思いますです。はい。

 返答を急かすことはありませんので、どうかごゆるりとご検討ください』

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