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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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晴天の霹靂ですが、なにか?

 太平洋上でのことである。


 靭野九朗はいつの間にか、上空に居た。

「……って!」

 叫ぼうとして、靭野は喉から異様な音が漏れたことに気づく。

 それまで居た深海の結界内部とは、まるで気圧が違うのだ。

 落下しながら、靭野は素早く術式を展開。

 自分の皮膚から数センチくらいの層を結界で覆い、気圧を調整する。

 同時に、胸当ての内部に収納されていた白い羽根を取り出して、叫ぶ。

「グリフォンの羽根!」

 グリフォンの羽根は、その羽根に魔力を流し込むことによって使用者周辺の大気を自在に操ることが可能となるアイテムである。

 ただし、使用するためにはその羽根が大気に曝されている必要があった。

 靭野の叫びに応じ、靭野の体を押し上げるように突風が起こる。

 若干、落下速度が弛んだように思えたが、それだけで靭野が空を飛べるようになるわけでもない。

 グリフォンの羽根を襟元に固定しながら、靭野は切り札を使う決意をする。

「……頼みますよ、旦那!」

 雷鳴とともに、靭野からかなり離れた場所が、割れた。

 なにもない空間、空が割れた、としか表現しようがない。

 そこから、異形の影が現れる。

 二メートルを超える長身、がっしりとした四肢。

 頭部と二本の腕、二本の足を持っている部分は、人間に似ているといえるのかも知れない。

 しかし、その影は巨大な両翼と太く長い尻尾も持ち、なにより、全身が銀色の鱗で覆われ、ゴツゴツとした輪郭を持っていた。

 竜人、ドラゴニュート。

 架空の存在であるはずの生物が、なにもない空間を割って、この場に現れたのだ。

『ハ・ハ・ハ!』

 そのドラゴニュートは、靱野の周辺の大気を振るわせて快活に告げた。

 ドラゴニュートの声帯は人語を発するのに適していないため、直接空気を振動して言葉を作っているのだ。

『ひさかたぶりになるな、小さきヒトの子よ。

 これで三度の召還権のうち、二つを使用したことになる』

「おひさしぶりです。

 それよりもまず……」

 靱野は落下しながら、冷静に告げた。

「……おれが海にぶつかる前に、なんとかしてください。

 それと、あのデカ物の始末もお願いします」

 靱野が目線で示した先には、直径約二キロの透明な半球形の物体が浮かんでいる。その半球の下から、細長い触手が無数に垂れ下がっていた。

「今度の自律術式は、予想外に育っていまして……」


「……ここの水族館は、意外にクラゲ関係が充実しているなぁ」

 水槽を覗き込みながら、千種がいった。

「綺麗ですねえ」

 ユエミュレム姫は、ひたすら感心している。

 翔太は少し退屈そうだった。

 ユエミュレム姫が一つ一つの水槽をじっくりと見ているため、移動するのにやたら時間がかかるためだ。

 展示物が動きのある魚などならまだいいのだが、あまり動かないクラゲとかになると途端に興味が薄くなるあたり、まだまだ子どもだな、と、完爾などは思ってしまう。

 完爾たちは水族館の中をゆっくり時間をかけて巡回していた。

 ショーの時間などは事前にチェックしてあるし、暑い外を歩き回るよりは空調の効いた屋内に居た方が子どもたちの体力にもやさしい、と、千種が判断したからだ。

 ときおり、暁が起きてぐずったりしたこともあるが、大人たちが交代で世話をして、なんとか迷惑をかけずにやり過ごしてきている。


『ハ・ハ・ハ!』

 靱野は今、ドラゴニュートの背に乗っていた。

 ドラゴニュートの翼は、羽ばたいていない。

 そのドラゴニュートは雷を司る竜の眷属であり、電気や電波、電磁波などを器用に操る。

 今、ドラゴニュートが飛んでいるのは、その両翼に高圧の電気を宿して大気を分解し、いわゆるイオノクラフト効果により浮力を得ているためだ。

 ドラゴニュートの背に乗っている靱野は、実の所、自分のすぐそばで高圧電流が操作されていることに気が気ではなかったりする。

『あのデカ物を、吹き飛ばせばいいのだな?』

「ええ。

 お願いします」

 靱野に確認してから、ドラゴニュートは空中の一点に静止し、口を大きく開いてまばゆいばかりの発光を吐き出した。

『……ライトニングブレスッ!』


「……ショーも、随分と種類があるんだな、ここ……」

 完爾は、半ば呆れていた。

「これを全部観て、合間に展示物を観て回れば一日は確実に時間が潰せますねえ」

 ユエミュレム姫は、嬉しそうだった。

「それよりも、そろそろなんか食べようか?

 なんかあっちに、カメロンパンとかクラゲファンタジーソーダってのが売ってるみたいだし」 

「ようするにメロンパンとソーダだろ、それ」

「いいんだよ。

 こういうところでは夢とファンタジーを売っているんだ。

 極端なボッタクリ価格っていうわけでもなし……。

 わ。

 ダイオウグゾソクムシのぬいぐるみなんてあるんだ!」

「……ダイオウグソクソムシが、夢とファンタジーなのか……」


 まばゆい光と、少し遅れて轟音が響く。

 放電現象が、空中に浮かんでいた巨大クラゲに類似している疑似生命体を襲う。

 直径約ニキロの傘の部分が、雷鳴に呑み込まれた……かに、見えた。

「……おいっ!」

 靱野が、叫ぶ。

「分裂って……どういうこったよっ!」


「……いやぁ。

 意外に楽しめたなあ」

「はい。

 とても楽しかったです」

「翔太は疲れて途中で寝ちまったけどな」

 それぞれ、千種、ユエミュレム姫、翔太を背負った完爾の水族館への感想だった。

「このあと、どうする?」

「まだ日が高いし、折角だから江ノ島もぶらりと歩いていこう」

「エノシマ、ですか?」

「そう、江ノ島。

 観光地で、弁天様を祀っている神社とかがある。

 あと、シラスとか、サザエとかがおいしい」

 完爾たちは他愛ないおしゃべりを続けながら江ノ島弁天橋を歩き出す。


『ハ・ハ・ハ!』

 ドラゴニュートは、笑う。

『どうする? ヒトの子よ。

 これほどの数がいてはいかなオレでも対処のしようがないぞ』

 数千、いや、下手をすれば数万にも届くかも知れない。

 とにかく、無数の直径一メートルのほどの疑似クラゲ状生命体が、海上にふわふわ浮いて埋め尽くしている。

 数も問題だが、広範囲に散らばりすぎてドラグニュートのブレスだけでは一掃できなさそうだ。

 それに……その無数のクラゲもどきが、すべて、陸地のある方角へと漂っていくのが、靱野は気にかかった。

「……減らせるだけ数を減らしてください。

 あとの始末は、おれが考えます」

『ふむ。

 心得た。

 オレはこの場で可能な限りこいつらを始末する。

 始末し損ねた分は、後ほどおぬしが手を打つ、ということであるな?』

「……そういうこってす。

 おれは一度陸に転移して、頭を冷やしつつ、次の手を考えておきます。

 ……あとはお願いします」


 神社や土産物屋を冷やかしつつ、完爾たちはぶらぶらと江ノ島を散策した。

 江ノ島に来たのは完爾もこれが初めてだったが、人ばかりが多くて、いかにも典型的な観光地だな、と思っただけで、他の感慨は持てなかった。

「弁天様っていうのはな、七福神の紅一点で音楽や芸能の神様だな」

「ベンテンサマ、シチフクジン……」

 千種のいい加減な講釈を、ユエミュレム姫はいちいち真面目な顔をして頷いて聞いている。

「ジンジャとは、オテラとは違うのですか?」

「ああ、違う。

 お寺さんは、葬儀とか法事でお世話になるところだな。

 神社は、神様を祀るとこだ。

 願掛けとか神頼みをしたりすることもするが、なにも本気で神様の存在を信じているわけではなく……」

 などとだべっている三人の前に、しゅん、と音を立ててうずくまった人影が出現した。

 頭部をすっぽりと覆う丸いヘルメット。胸当て。手甲。脛当て。

 現在日本で社会生活を営むには不似合いな、物々しい格好をしたその人影は、ふと顔を見上げてから、

「……あれぇ?」

 と間の抜けた声を漏らした。

「……んん……」

 不穏な雰囲気を感じたのか、完爾に背負われて寝ていた翔太が目をさまし、完爾の肩越しに人影を見下ろし、反射的に大声を張り上げる。

「……グラスホッパぁー!」

「……ちょっ!」

 グラスホッパーこと靱野九朗は俊敏な動作で起きあがり、手のひらで翔太の口を塞いだ。

「そんな、大声出さないで!

 これでもおれは、目立ちたくないんだからっ!」

「こんな人目がある場所にいきなり現れてきて、それをいうかな……」

 千種が、冷静なつっこみを入れた。

 靱野は、キョロキョロと落ち着きのない動作で周囲を見渡す。

 千種の言葉通り、周囲の観光客の注目を集めていた。

 囁きあったり、指をさしたり、携帯のカメラのレンズをこちらに向けたりしている。

「え? え? え?

 ちょ、ちょっとタンマ! タンマ!

 これなし! ほんとやめてっ!」

 靱野の狼狽ぶりを目の当たりにした完爾は……なんか、サイトで見たイメージと違うような気がする……と、そんなことを思った。

 そして、

「とりあえず、人目につかない場所まで移動しませんか?」

 と、提案した。


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