試作ですが、なにか?
「プラスチックはコスト的にも優れているし、エコノミーモデルを普及させるという目的には合致しているかな」
千種はそういってうなずいた。
「でも、それだけだと既製品との差別化ができないわけで。
このストラップ、もうちょい工夫してみようか?
同じ形とサイズで、でもメッシュ構造にして軽量化を図り、強度は従来と同等かそれ以上……って、できるかな?」
「できます」
ユエミュレム姫はすぐに別の素材を掌の上に乗せ、作成してみせる。
「……こう、ですか?」
千種は完成品を手にとってしげしげと見つめた。
「これ、もっと繊維を細くても大丈夫?」
「大丈夫です」
「もっと繊細な感じで……向こう側が、透けて見えるくらいの仕上がりに」
「やってみます」
再度、ユエミュレム姫が新しい、メッシュ状のストラップを作成する。
「こう……ですか?」
「……うん。
これでいいか」
千種は、ストラップを掲げて目を眇めた。
確かに向こう側が見えるほどに、繊維が細かい。
「これだと、一つ作るのにいくらもかかっていないよね?」
「計ってはいないけど、一分かかっていないな」
完爾が指摘した。
「金属よりは柔らかくて加工がしやすい素材ですので」
「だとすると……休憩時間入れて、一時間で五十個は作れる?」
「馴れれば、もっと作れると思います」
ユエミュレム姫は保証した。
形状が固定しているのならば、同じ術式に魔力を乗せて素材を操作するだけなのだ。
「……ちょっと待ってねえ……」
といいながら、千種はクッキングスケールを取り出して試作品の重さを計量する。
「……うおっ。
一グラムあるかないかっ!」
「ほとんど、糸みたいなものですから」
しかも、原料はプラスチック。
重くなりようがない。
「生産性、問題なし。
コスト、問題なし。
あとは……売り込みかなあ」
にやり、と、千種は笑った。
「あと、強度テストとかもやっておいた方がいんじゃないか?」
完爾が、口を挟んだ。
「同じ材料の製品よりもずっと丈夫だと証明できれば、それもセールスポイントになるんじゃないか?」
「いいね、手配しましょう。
その、強度テストとか」
そういう千種の声は弾んでいた。
「これ、完爾も作れるの?」
「あー……ユエほどはうまくも早くもないけれど、詳しい術式とか教えてもらえれば、まったく同じ物が作れるはず」
「よし、よし」
千種が、何度もうなずく。
「では、これと同じの、とりあえず百個ほど作って貰おうかな。
見本用としてあちこちにバラマくのと、テスト用のと併せて……」
完爾に詳細な術式を教えた後、ユエミュレム姫は片手に一つずつ素材を乗せて製品を作成しはじめた。
百個前後を作り終えるのに、三十分前後の時間しか必要としなかった。
「時間あるし、他の素材でも同じの作っておくか?」
「そうですね」
アルミやステンレスでも、同じ術式を駆動させて製品を作る。
流石に金属だと加工時間が余計にかかるので、見本として十個ずつにしておいた。
「ここまで来ると、シルバーやゴールドも欲しくなるな」
千種は、そんなことをいう。
「銀行の貸金庫にいけば原材料取ってこれるけど、別に急ぐ必要もないだろう」
これから強度試験などをした上で、営業だの販路の開拓などをしなければならないのだ。
まだまだ売り物になるかどうかも判然としない状態で、そこまで手間をかける必要もない……というのが、完爾の意見である。
「それもそうか」
千種はあっさりとうなずいて、できあがった試作品をいくつかに分け、スーパーのビニール袋に入れた。
原価はたかが知れているし、さほど重くもないのでこれで充分なのだ。
それに、固定化の魔法もかかっているから多少のことでは傷もつかない。
「製品として出荷するようになれば、梱包についても考えなければならないだろうけど……」
それはまた、後で考えることにしよう……と、千種はいう。
そろそろ夕食の準備をはじめるかな、とか思いはじめた頃、橋田管理部長から電話が来た。
メールではなくて、いきなり直接電話……というのは珍しいな、と、思いつつ、完爾はスマホに耳を当て、電話に出る。
『や。
どうもどうも。せっかくのお休みのところ。
今、お時間よろしいでしょうか?』
「暇といえば暇ですが、長くかかりそうな用件でしょうか?」
『いえいえ。
例の、そちらへ侵入しようとした窃盗未遂犯の件なんですがね』
「ああ」
やはり、と、完爾は思う。
タイミング的にみても、その件以外はないだろう。
「なにかわかりましたか?」
『少し背後関係を洗ってみたのですが、どうもアジアの某国が裏にいるらしいですなあ。
まだまだ確定ではないんですが。
お恥ずかしい限りですが、当方の内部からなんらかの形で情報漏洩があったと考えるのが適正な判断かと思われます。
いや、うちの部も目下内部捜査でてんてこ舞い。猫の手も借りたいくらいですわ』
「それはそれは」
想像の範囲内の回答だったので、完爾はなんの感銘も受けなかった。
「それで、こちらの契約の方はお守りいただけるので?」
実のところ、完爾の関心は、そこにしかない。
『むろん、誠心誠意、契約の遵守に勤めさせていただきます。
しかし……それとは別に、ですな。
失礼ながら、そちらの身辺警護を当方でやらせていただきたく……』
この申し出には、完全に虚を突かれた。
「えっと……おれに、護衛が必要だと?」
完爾はあやうく吹き出しそうになる衝動に堪えなければならなかった。
なんの冗談だ……と、完爾は思う。
「おれは、その……おそらく、そちらの皆様が想像する以上の……化け物ですし、ユエも……おれほどではないにせよ、自分の身くらいは自分で守れます」
荒廃した国の王族が普段からどれほどの危険に身を曝されていたのか、この平和な国の人々は想像もできないだろう。
『はいはい。
よくわかります。わかっております』
完爾の返答も半ば予想していたのか、橋田管理部長の受け答えに淀みはなかった。
『それでは、ですね。
形だけでもこちらの立場をたてていただいて、ですね。
少し離れたところからこっそりと見守る程度ことはお許し願いませんでしょうか?
これは護衛というよりは、今回のように、外部から干渉しようとする者を捕らえるための措置とご理解いただければ、と……』
……あっちにも、それなりにいろいろ事情というものがあるらしかった。
「……えーと……」
完爾は、少し考える。
「こちらの生活には極力干渉しない。
こちらの日常生活を尊重してもらえる……という条件を呑んでいただければ……」
『はいはい。
それは、もっともな申し出でございますね』
橋田管理部長の返答は、滑らかだった。
『もちろん、そのつもりでございます。
あくまでそちらから目につかないように勤めます、はい。
そういうのが得意な者が何名かおりますので。ええ』
「ハシダさん、ですか?」
「ああ」
通話が終わった途端、確認してきたユエミュレム姫に対して、完爾は答えた。
「やっぱりどこからか情報が漏れている可能性があるって。
今後もなんらかの形で襲撃されることもありえるから、護衛をつけさせて欲しいってさ」
「まあ、護衛……ですか?
昔を思い出します」
「それで、完爾。
なんて返答したの?」
今度は、千種が問いかけてきた。
「やるんなら、なるべく目立たないようにやってくれって。
その……四六時中護衛が張りついている一般市民、ってのも、目立つだろう」
完爾はともかく、ユエミュレム姫は……それでなくても目立つ容姿をしているのだ。
最近、近所に知り合いを作ってこちらに溶け込もうと努力はしはじめているところであるが……それが身を結ぶ前にVIP待遇なんかされたら、それこそ目もあてられない。
「ああ、なるほど」
千種は、うっそりとした声で応じてくれた。
「でも、義妹ちゃんに目立つなっていうのは……そりゃ、無理だと思うぞ」




