ホームセンターですが、なにか?
「わっ!」
駐車場から出て店内に入るなり、ユエミュレム姫は感嘆の声をあげた。
「カンジ!
こんなお店、王国にもあるとよかったです!」
そのホームセンターの入り口付近は園芸用品関係の売場となっており、観葉植物の鉢植えなどとともに肥料や堆肥の入ったビニール袋なども山積みになっている。
「はいはい」
完爾は軽く流して、ユエミュレム姫に中へ入るように促した。
「暑いし、中に入ろう。
さっさと用事を済ませてしまいましょーねー……」
何度か行ったショッピングセンターよりもホームセンターの方が反応が大きいあたり、なんというか……。
「カンジ、こちらは何のお店なのですか?」
ユエミュレム姫は、物珍しそうに店内を見回している。
「基本的にはDIY……自分で家の補修をしたり、棚を作ったり……大工仕事全般、というか……その関連……かなあ?
他にもいろいろ売っているけど……」
「本当、いろいろと売っていますねえ」
おそらくユエミュレム姫にとっては、ここに陳列されている商品のほとんどの物が使途不明なマジックアイテムに等しいのだろう。
その一つ一つに関して、完爾に質問をぶつけたくてウズウズしているのが手に取るようにわかった。
だが、まずは買い物だ。
「……とりあえず、材料になりそうな物は……」
完爾は黄色い買い物籠を取って、売場を眺めた。
「……アクリル板……は、使えそうだな。
あと……あ。アルミがある。
針金……変形させればいいのか……」
ぶつくさいいながら、ひょいひょと材料になりそうな素材を適当に選び、籠の中に放り込んだ。
昨日に引き続き、完爾とユエミュレム姫、それに完爾に抱かれた暁の三人で行動している。
日曜であるせいか、ホームセンターはそれなりに込み合っていた。
「……って、ユエ?」
いつの間にか、傍らにいたユエミュレム姫の姿が見あたらなくなっていた。
完爾が慌てて引き返すと、熱帯魚が泳いでいる水槽の前に張りついているユエミュレム姫がいた。
「生きたままのお魚を鑑賞する趣味があったなんて……」
「アクアリウムは、本格的にやるとしたら知識もお金もかなり必要になるからなあ。
あ。
あと、スペースも」
何とか水槽の前からユエミュレム姫を剥がした後、二人はそんな会話をする。
「今すぐ、は無理ですか?」
「うん。
やるのなら、ちゃんと準備してからの方が失敗を防げるかと」
そのうち、水族館へ行くのもいいかも知れない……と、完爾は思う。
観賞用の熱帯魚くらいでこの反応だと、ショーをするシャチやイルカを観たユエミュレム姫がどのような反応を示すのか、想像力を刺激されるところである。
「それで、買い物はお済みになったのですか?」
「んー……まあ、こんなものかなあ。
あとは……ついでだから、作業着と安全靴も買っていくか」
どちらも、完爾の仕事用の消耗品であった。
「それはいいのですが……カンジ。
これらは……」
ユエミュレム姫が、展示されていた電動工具を指さす。
「……これかあ」
丸鋸やグラインダーあたりは形状などからなんとなく用途は想像できるだろうが、「アタッチメントを代えることでドリルとしても使用できる電動ドライバー」とかになると見ただけではわからんよなあ……とか思いつつ、完爾は知っている物についての簡潔な説明を行っていく。
「……つまり、カンジは昼間、このような工具を使うお仕事をしているのですね?」
一通りの説明をした後、ユエミュレム姫はそういった。
「違う違う」
完爾は、慌てて否定する。
「建築現場で働いているのは確かなんだけど、おれの仕事は、あれだ。
簡単にいえば、荷物運びだ」
体力任せの、誰にでもできる単純肉体労働です。
と、完爾は心中で呟く。
「……荷物運び、ですか?
カンジが、そんなお仕事を……」
「あー。
なんか、すまん」
日払い労働者の身としては、今の仕事についてそういう態度を取られると自然と謝ってしまう。
「いえ、別に……謝っていただくこともないと思うのですが……」
思い返してみると、今までにも似たような会話を何度か繰り返しているような気がする。
帰宅して二人で遅めの昼食を作る。
かなり暑くなってきたので、ソーメンにした。副菜に、作り置きの総菜をいくつか。
「それで、首尾はどうだった?」
みんなで昼食を摂っていると、千種がそんなことを聞いてくる。
「まあ、ぼちぼち。
ホームセンターで手に入る素材はだいたい、揃えてきたつもりだけど……」
「それで、いくつか試作品を作って貰って、その中でよさそうな素材を絞って本格的な製作に入る、と……」
「まずは、加工のしやすさをチェックだな。
デザインとかなんとかは後で工夫すればいいし」
完爾と千種は、そんな会話を続ける。
「そういや、橋田さんからメールが着ていたけど」
クシナダグループの橋田管理部長とのやり取りはフリーメールを使用し、千種もチェックできるようになっている。
「昨夜のこそ泥の件かな?」
「みたいね。
今、情報が漏れた可能性を総当たりでチェックしているところだって」
「大変だねえ。
せっかくの日曜日だというのに」
他人事のような口調で、完爾が呟く。
「動きがあるとしても、月曜からだと思っていたけど」
「想像していた以上に重く見ているようだね、うちらのこと」
千種の口調も、平淡なものだった。
「魔法やなんかが実際に産業化できる可能性はかなり低いと思うんだけどなー……」
「将来性とか、あとは思想的な部分とか、向こうさんには向こうさんなりの思惑があるんでしょう」
クシナダグループが魔法の解析や再現に成功するか否か、という問題に関しては、完爾にとっては完全に他人事なのであった。
ユエミュレム姫はといえば、相変わらず上手に麺を啜る動作がうまくできないでいた。
昼食が済んでから、完爾は橋田管理部長から来たメールを読んでみた。
いつもの通り、丁重な文面で、昨夜の窃盗未遂が完爾らを狙ったものである可能性を肯定し、その上で内部からの情報漏洩がある可能性も認め、これこれの対策、対応を開始したところである、うんぬんと書かれている。
とりあえず、経過報告的な内容であり、具体的な事はなにも解っていないようであった。
「大丈夫かな……」
完爾が、ぼつりと呟く。
先方があまり無能だと、こちらに火の粉が飛んでくるのだ。
「大丈夫じゃないか」
千種は、軽い口調で請け負った。
「橋田さん、内調からの出向組とかいってたし……」
「内調って?」
「内閣調査室。
あれで偉いんだよ、あの人。
表向き、日本には諜報組織はないってことになっているけど、国内で最高のカウンタースパイ技術をたたき込まれているはずし」
「……マジで?」
「マジマジ。
クシナダも国内最高の開発技術を持っているわけでさ、魔法なんてキワモノを抜きにしても国外持ち出し禁止の機密情報なんてゴロゴロ転がっているのよ。
まったく対策を取っていない方がおかしいだろ?
名刺にあった管理部長って肩書き、情報管理部長の略だし」
「それ……なんでねーちゃんが知っているんだよ」
「何年か前に、なにかの機会に五月雨が自慢げにくっちゃべってた」
千種は、
「本人はしゃべったことなんか忘れてんだろうなぁ……」
といって締めくくった。
クシナダグループとは、完爾が漠然と想像していたよりもずっとシリアスな組織であるらしかった。
それから、ユエミュレム姫を中心として試作品作成大会がはじめられる。
とはいえ、この時点ではまだまだ本格的なものではなく、素材と魔法の相性を確認することが主目的であった。
造形は、とりあえず千種が持っていたストラップを参考にして、その形を複製する事からはじめた。
ユエミュレム姫が掌の上に様々な素材を乗せると、しゅっと動き出してストラップの形になる。
いろいろと試した結果、ユエミュレム姫は、
「プラスチックが動かしやすいですね」
と、結論した。
加工がしやすかった、という意味である。




