経営会議ですが、なにか?
「はい。
同じ形の物をいくつも作ることは、可能です」
「百個とか二百個とかのオーダーでも?」
「問題はありません」
「製造にかかる時間は?」
「一つ一つ、違うものを作るときよりはずっと少なくてすみます。
最初の一つ目は、どうしても多少の時間を要してしまいますが……」
「そうか。それは都合がいいな。
ともかく、何種類かのデザインを用意して、最初は二百個づつくらい用意する。
で、ネット通販とか、その手の物を扱うお店なり問屋なりに営業をかけて卸していく。
このあたりは、必要に応じてアウトソーシングするなり人を雇うなりしていけばいい」
「はい。
まずは市場に出してみて、反応をみていくわけですね?」
「そうそう。
ある程度数が捌けるようになってくれば、市場から、もっとこういうのが欲しいとかなんとか、とにかくフィードバックが発生してくるはずだから、それをどんどん反映させていく。
貴金属とかを使った高級品とかは、そうした廉価品がある程度成功して、メーカーとしてのネームバリューが出てきてからの方がいい」
「……そう、うまくいくものかなあ……」
完爾は、商売に関することについては完全に素人なわけだが、それでも千種のいっていることは随分と楽観的に聞こえていた。
「うまく行かせるのが、仕事だろう。
こちらの強みは、製造業でありながら設備投資がいらないことだ。
その分、コストを減らせるし、急な要請にも柔軟に対応できる。
その強みを生かすのなら、小ロット生産で小回りが利く経営を目指すのが上策だ。
あ、そうだ。
完爾、お前も、あの錬金術とかいうの、使えるのか?」
「……簡単な物ならば、一応」
錬金術系の魔法自体は、完爾も習得している。破損した装備の応急処置などに重宝したからだ。
しかし、ユエミュレム姫のように、複雑な造形の物を作成する自信はない。
主として、美的センスの問題で。
「簡単な物で、結構。
さっきもいったように、最初のうちはともかく、数を揃えなければいけない」
「そうすると……まず必要なのは、材料と……」
「できあがった製品を梱包するのに必要な物一式。
それに、加工途中の物を運搬するための箱とか。
これは、ある程度の重量に耐えられるような、頑丈な物がいい。
適当に探せば、ふさわしいのが見つかるだろう。
材料は……あの魔法、金属でなければ駄目なの?」
「金属が、主ですね。
あとは、一部の鉱物にもかけられます。
物によっては、加工の途中でパッキリと折れたりする物もありますから、種類は限られますが……」
「プラスチックは?」
「試したことがありませんが……ある程度柔軟性がある素材ならば、おそらくは大丈夫です」
「素材をいろいろ揃えて、試してみるしかないか……」
幸い、軍資金として会社名義の現金は多すぎるくらいにあるのだ。
最初のうちは、気が済むまで試行錯誤を繰り返してみればいい。
「……なんだかんだいって、売りにだしたらそれなりに受けちゃうと思うんだけどなあ……」
話が一段落すると、千種はユエミュレム姫が以前に魔法で作った、手の甲をすっぽりと覆う、細い鎖でできた指なしの手袋のような装身具をもてあそびながら、そんなことをいいはじめる。
「デザイン的に、こっちの人にはないセンスがあるし……それ以前に、こんなに細い鎖なのに一本一本頑丈で、しかも伸縮性まである。
ユニークで、実用品としても十分な強度がある。
売りはいっぱいあり過ぎるくらいなんだから、自信を持って売っていこう」
十分な成算があるような、口振りだった。
みんなで回鍋肉を食べていると、庭先で物音がした。
完爾が様子を見にいくと、二人の男が物置の中で倒れている。
「ありゃあ」
完爾は、そう呟いた。
「まさか、本当に引っかかる奴がいるとは……」
この物置の中には、完爾が以前始末し損ねた、むこうの世界から持ち帰った荷物が保管されている。その中には、こちらの世界では手には入らないマジックアイテムが多数、含まれていた。
完爾にとってはそのままゴミに出してもいいようなものがほとんどであったが、たかだか硬貨だけでもクシナダグループの面々が、あそこまで騒いでいるのである。
もう少し様子を見て保管しておくことにして、ついでに防犯のため、許可していない者が触ったらその場で十二時間くらい麻痺する呪いをかけておいたわけだが……。
「ま。
不法侵入に盗難未遂。
十分に刑事事件です。どうもありがとうございました」
完爾はスマホを取り出して、一一〇番に通報した。
この泥棒たちは単なる物取りかも知れないし、どこからか完爾やユエミュレム姫の情報が漏れ、関連する何かを意図的に狙って来た者なのかも知れない。
いずれにせよ、もっと身辺の安全面を強化する必要性だけは、高まったようだった。
完爾はその夜、夜中まで地元の警察署に拘束され、調書の作成に協力した。
ようやく解放され帰宅された後、完爾はクシナダグループの橋田管理部長宛にメールで物置に入った泥棒の一件を伝える。
その末尾に、「そちらのどこかから情報が漏れている可能性はないか?」と示唆することも忘れない。
完爾にしてみれば、自分自身だけではなく、家族の身の安全も含めた問題であるため、手を抜く訳にはいかなかった。
当然、自宅周りに、改めて今まで以上に厳重な防犯用の魔法を施しておくことも忘れない。
千種も、週明けにでも民間の警備会社と契約を結んでセキュリティの強化に努めてくれると約束してくれた。
翌朝の日曜日。
「しかしまあ、偉そうなことをいっといて、案外、ザルだなよあ。
クシナダグループも」
朝食の席での話題は、やはり昨夜の泥棒のことになった。
「警察は、前科持ちの常習犯だっていってたぜ?」
「なんだって、空き巣狙いがこんな半端な時間に、それも、物置なんて金目の物がなさそうなところにわざわざ押し入るんだよ。
絶対、誰かに頼まれてやっているんだって」
千種の指摘はそれなりに筋が通っており、実のところ、完爾自身も半ば以上、その線であることを確信していたりするのだが……。
「ともかく、こちらにできることは、守りを固めることだけでしょう」
「そうですね」
ユエミュレム姫も、うなずく。
「わたくしたちの身は、自分で守れるつもりですが……姉君やショウタが心配です。
……やはり、護身用のアイテムを作っておいた方がよろしいでしょうか?」
「できるの? そんなこと」
「はい。
物置の荷物に施したような、不用意に触れると全身が麻痺する呪いとか、使用者の意志に応じて近くにいる者をしばらく動けなくしたり……もっと攻撃性が強いアイテムも作成できますが……」
「いや、それ以上になると、こっちでは十分に犯罪だから。
魔法だと証拠が残らないかも知れないけど」
「そうですね。
あまり残酷な呪いも、こちらの世界には似つかわしくありませんし……」
「……なに?
なにか貰えるの?」
あまり会話の内容を理解できていない翔太が、無邪気にユエミュレム姫に訊ねる。
「はい。
後で、強力な……あらゆる災厄からショウタを守るアイテム……お守りを、作りますね」
朝食の後、ユエミュレム姫は近所の神社から貰ってきたお守りに幾つもの防御魔法を仕込み、
「いつも、身につけていてくださいね」
といって、手渡した。
この手の魔法は完爾よりもユエミュレム姫の方がずっと得意なはずなので、完爾は黙って見ているだけだ。
その後、試作品のストラップを作って同じように防御魔法を仕込み、昨日買ってきた靴とともに千種に渡した。
「え?
これ、わたしに?」
手渡すと、千種は覿面に狼狽えた。
「ああ。
おれと、ユエから。
今までさんざん、世話になっているし……たまには、いいだろう」
「おお。
そっかそっかー。
うん。
ありがとー。
大事にするー」
割と素直に喜んでいた。




