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今後の指針ですが、なにか?

「国連という国同士の話し合いの場を設ける機関があって、そこに登録されている国だけで百九十カ国以上の国ある。国連に未加入の国を含めるともっと多い。そんで、今現在この地上には七十億以上の人間がひしめいていて、毎日数十万人以上増加中。

 それが、こちらの世界の現状だ。

 おれたちが属するニホンという国の人口は一億以上。ただし、高齢化によりこれからは徐々に減少していくだろうと予測されている」

 完爾が口にした数字を耳にして、ユエミュレム姫は目を大きく見開いた。

 ユエミュレム姫の「常識」に照らし合わせればどれも膨大すぎるほどの数字であり、ユエミュレム姫がイメージする「国」とか「世界」の認識とは、スケールからしてまるで違う。

「それだけ多くの国があれば、おのずと豊かな国と貧しい国の違いが出来る。それで、貧しい国の人々は野心に燃え、あるいは単に食い詰めて豊かな国へと流れ込む傾向がある」

「それは……理解できます。

 わが王国でも、流民は珍しくありませんでしたから」

「この国は、少し前までの勢いはなくなってきたとはいえ、まだまだ世界でもトップレベルの豊かな国になる。

 当然、定められた規則に沿わない移民は歓迎されない。

 不法な手段で入国したりその資格がないのに長期にわたって働いたりした者は、見つかり次第捕まって収容所に詰め込まれたり出身国に強制送還される」

「わたくしたちも、その不法な滞在者として扱われるおそれがある、ということですか?」

「ざっくりといえば、そういうことになる。

 ええっと……暁の場合は、届け出が認められれば、日本国籍が取得出来るみたいだ。

 父母のいずれかが日本人で、その子どもを認知すれば問題ない、と。

 だけど姫の場合は、帰化手続きを行わなければならないようだ。

 この手続きを行うにはいくつかの条件があって、合法的な手段によって国内に五年以上在住して、本人か家族がきちんとした生計の手段を有していること、それに、滞在期間中に目立った違法行為を行っていないこと、帰化手続きを行う段階で無国籍であるかそれとも現状の国籍を返上すること……などが必要となる」

 法務省のサイトに書かれていた内容の要約だった。

「つまりは……最短でもこれから五年、わたくしはこの国の庇護を受けられない、ということになるのですね?」

「……うん。

 福祉厚生などの行政サービスは、受けられない。

 それどころか……」

 この場合、この世界のどこの国籍も持っていないユエミュレム姫は、身分を証明しようがない異邦人でしかない。

 現代社会において、そのような根無し草はかなり大きなハンデを背負うことになるだろう。

 完爾の顔つきをみて事態の深刻さを悟ったのか、ユエミュレム姫も若干沈んだ表情になった。

「だいたいの説明は終わったかな?」

 完爾とユエミュレム姫が黙り込んだのを見て、千種が完爾にはなしかける。

「まあ、あまり深刻に考えすぎるな。この場でくよくよ悩んだところで事態が好転するわけでもなし。

 この場合なにが一番いい方法なのか、週明けにでも知り合いの法律屋に相談してみるつもりだしな。

 ま。

 こちらが下手なことをやって捕まりでもしない限り、問題はないだろう。

 たかが国籍を証明出来ない程度のことで長期間身柄を拘束されるようなことがあったら、そっちの方が人権問題だ。優秀な弁護士雇って逆捩じくらわしてやればいい。

 なーんも悪いことしてないんだから、堂々としてりゃいいさね」

「お、おう」

 完爾としても、今後違法行為に手を染める予定はないし、その必要もない。

「そうだな」

「そんなわけだから、完爾。

 お前、取りあえず、早い時期に働け」

「……はい?

 い、いや……それがいやだというわけではないけど、ちゃんとしたところに勤めるためには現状のおれのスペックでは難しいから、もう少しいろいろしてからってはなしで……」

「そのときと今とでは状況がまるで違うだろうが!

 義妹ちゃんの帰化のためには、世帯単位でしっかりした収入があることが条件になってる。

 完爾、お前、今では義妹ちゃんと暁と、三人分の生活費を工面しなけりゃならない立場なんだぞ。

 数年、働いて食わせて税金払って、扶養実績をしっかり作っておけ」

 正論であるだけに、この千種の言葉はグサリと完爾に刺さった。

「当面は、日雇いでも土方でもなんでもいいから日銭を稼いでおけ。働きながらでも、資格とるなりスキルアップなりするして年収を増やすのは出来るだろう?」

「それでもおれは構わないけど……翔汰の送迎とか家事は?」

「わたしがやるし、それでも足りなければお金払って人にお願いする。

 お前が来るまではそうしてきたわけだし、翔汰も来年は小学生だ。

 そのへんは、なんとでもなるってもんさ。

 ま、義妹ちゃんにこっちの言葉や風習を教える都合もあるだろうから……今すぐに、とはいわないが。

 半年から……そうだな。長くても一年後には、一家三人が不安なく過ごせるだけの収入源を確保しておけ」

「お……おう」

 これも、遅いか早いの差はあれ、いずれは完爾が為さなければならないことではあった。

「まとめるぞ。

 今後、お前たち一家がやらなければいけないことは以下の通り。

 義妹ちゃんと暁の各種検診。

 義妹ちゃんが日本の文物に慣れ、一人でも不自由なく出歩けるようにすること。

 完爾の収入源確保。

 それと……暁の、子育てだ!

 子育てを舐めるなよ!

 想像以上に過酷だし、お金もかかるぞぉー……」

 経験者の言葉は重い。

 完爾は、見えない肩の荷がずっしりと増したように感じた。


 夕食後、翔汰と一緒に風呂を使い、その後千種と翔汰は一緒に寝室へと向かった。翔汰の就寝時間は八時から九時、就寝前に絵本の読み聞かせをする時間もあるから、普段と比べても特に遅すぎるということもない。

 寝室に入る際、千種は完爾に「つもる話もあるだろうし」と言い添えることも忘れなかった。

 そういえば、これまでバタバタしてユエミュレム姫としんみりとする余裕もなかった。

 とはいえ……。

「カンジ、紙おむつをとってください!」

「あ、ああ……」

「この紙のおむつは、とても便利なものですね。後始末の手間が大幅に省けます」

 状況的に、しんみりとした雰囲気にはなりようもないのであった。

「赤ん坊の世話って……こんなに忙しないものだったんだな」

「食べて泣くのがこの子の仕事みたいなものですから。夜泣きしても、なんで泣いているのかわからないときもありますし」

「一晩中、こんなものなのか?」

「こんなものです。

 乳母たちがいうには、この子はまだしもおとなしい方というはなしなのですが……」

「乳母、ねえ……」

「お城には何人かの乳母がいて随分助けられましたが、ここにはわたくし一人しかこの子の世話をする人がいません」

「いや。いやいやいや。

 手伝うから! おれも手伝うから! 体力だけは自信あるから!」

「……カンジが、ですか?

 そういってくださるのは、ありがたいのですが……」

「信用されてねー!

 いや確かに、この子おれに全然懐いてくれないけどさ。

 でもそのうち、時間をかけて慣れてくれば、いつかはきっと……」

 この晩、完爾とユエミュレム姫は暁に六度、叩き起こされることになる。


「本日は、学ばねばならいことが多いと、思い知らされました」

「ああ。それ、おれもだ。

 おれも、この世界のことあまりよく知らない。姫に説明しようとして、そのことを痛感した」

 暁の夜泣きの合間に、二人は消灯した部屋でそんなことをはなし合う。

「これからこの子が生きるカンジの世界について、もっともっと知りたいです」

「おれは……とっとと金を稼がなけりゃなー……」

 向こうで分かれてこの日再開するまでの期間、お互いがどのように過ごしてきたのか、この時点で二人は詳細にはなし合っていない。

 期せずして二人とも、過去よりも現在と未来に意識を向けていた。そしてそこのとを明確に自覚してもいなかった。


 こうして、ユエミュレム姫がこの世界に到着した第一日目が終わる。

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