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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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閉塞感への処方箋ですが、なにか?

 完爾に対する質疑応答は、結局、一時間半ほど続いた。

 いつまでも質問者が切れず、肝心の完爾は魔法に対する具体的な質問に応じることなく、深い質問に対しては一貫して詳細を誤魔化すような対応をしていたため、終盤では同じような質問が繰り返されるようになり、最後には是枝氏が半ば無理矢理中断したような形で終了したのだ。

 完爾たちはもう一度、例の応接室に案内され、そこで休憩を取ることになった。

「……こんなんで、なにかお役に立てたんでしょうか?」

 半信半疑の完爾に対して、是枝氏は、

「ええ、十分に。

 彼らも、いい刺激になったことでしょう」

 と、満足そうな笑顔で答えた。

 是枝氏にとって、この実験は成功だったようだ。

「刺激……ですか?」

「そうです。刺激、です」

 是枝氏は、うなずく。

「今の世の中は……昔に比べ、随分と狭く、息苦しくなっているとは思えいせんか?」

「閉塞感、というやつですか?」

 完爾は、むこうに行く前、自分が子どもの頃のこちらの様子を思い浮かべる。

「子どもの頃は……もう少し、将来に希望が持てたような気はしますが……。

 ただ、それは、年齢という要因が大きかったと思います」

「そうですね。

 完爾さんが行方不明になったのは、中学の卒業式の日、でしたか。

 その年頃だと、将来に対して絶望している人は少ないでしょう」

 是枝氏が、うなずく。

 いわれるまでもなく、今の年齢と当時とでは、物の考え方がまるで違っている。

 単純に、昔と今の印象を比較することは、あまり意味がなかった。

「我々の世代ですと、物心ついた時には、この国は経済的な斜陽の時代に入っていました。

 この国だけではなく、先進国では軒並み、先行きが不透明な時代に突入しています。

 一世代、二世代前に比べると、貧富の差は明瞭に拡大し、奪う者と奪われる者の差が明瞭になりました。

 これは……何故だと思いますか?」

 そういう是枝氏は、明らかにその「奪う者」側の人間だ。

「……なにぶん、学がないもので、難しいことはよくわかりません」

 完爾としては、正直にそう答えるしかない。

「世界がね、閉じているからですよ」

 是枝氏は、続ける。

「物理的に閉じているから、資源自体はあまり増えない。そのくせ、総人口は増える。発展途上国は半端に豊かになり、いつまでも先進国に追いつけないとフラストレーションを抱える。

 経済はゼロサムゲームになり、必然的に投機熱が加速し、科学技術も頭打ち。

 すべては……この世界が、人類にとって狭くなったために起こっている現象です。

 今の人類に一番必要なのは……」

 ……フロンティアですよ。

 そういって、是枝氏はひっそりと笑う。


「フロンティア、ねえ」

 帰り道、千種の運転する車の助手席で、完爾は今日聞いた是枝氏の言葉を反芻する。

「……突破口が、欲しい……か」

 あの後、是枝氏は、

「本当は、完爾さんが十八年を過ごしたという別の世界へ行きたいところなのですが……行き来する方法は、残念ながら、完爾さんも知らないそうで……」

 ならば、せめて魔法を……ということ、らしかった。

 魔法……まったく未知の、既存の物理法則すらねじ曲げる、実用レベルの技術体系。

 そんなものが実在するとなったら、人類の叡智にとっては、それだけでも十分な衝撃となるうる。

 これまで営々と築き上げてきた知識体系が根底から否定され、書き換えを迫られる恐れさえあるからだ。

 しかし、今日、完爾は……大勢の、第一線の科学者の前で魔法が実在することを証明してしまった。

 詳細な記録も取った。

 今後、魔法を否定しようとしても、今日、コンマ三秒で粉砕されたワゴン車について説明を要求される。

 魔法の実在を認めるとすれば、詳細な検証作業が必要となる。

 いずれにせよ……今日、実験に立ち会った人々が今後の対応を決めるまでには、まとまった時間が必要となるだろう。


 そうしたインパクトこそ、是枝氏が、今日の実験に求めたものだった。


「……一時的に、混乱はするのでしょうが……それが収まった後、我々の技術は根本から問い直され、確実に進歩します」

 最後に、是枝氏はそういった。


「……そのためのギャラが、一千万円……か」

 是枝氏が今日の魔法実験を行う完爾に対して提示したギャラが、一千万円。

 月曜日には、完爾の口座に振り込まれるそうだ。

 完爾の感覚では、非常識に高額に思えたものだが……是枝氏の思惑を知った今となっては、少し考え直さなくては生けないのかも知れない。

「プロスポーツのスター選手なら、その十倍以上もの年俸を貰っているのがゴロゴロいる。

 全国ネットでゴールデンタイムに流すスポットCMの放映料なら、高々数十秒でもやはりその何倍も必要になるだろうよ」

 運転席の千種が完爾の独り言を耳にして、そう告げた。

「そう考えると、極端に高額ってこともない」

 今のところ、この世界で魔法を使えるのは、完爾とユエミュレム姫だけであり……大規模な攻撃魔法、と限定すると、完爾ただ一人しか使えない。

 そうした希少価値と、それに、これから将来に与える影響力を考慮すると、たとえ一千万円でも安い買い物なのかも知れない。

 是枝氏は……魔法が存在するという事実を「てこの原理」における作用点にして、今の世界全体を動かそうと、意図している。

 それだけのことができる地位と財力を持っている男なのだ。

 それも、その動機は個人的な野心ではなく、今、この世界を覆う閉塞感を拭うため、という一種の理想主義から発していて……。

 つまり、少なくとも是枝氏は、悪人ではない。

 ただ……その試みが将来に渡って周囲にいい影響を与えるばかりかというと……その点については、もう少し様子を見て、慎重に判断を下さなければならないが。


「……おれも、この世界のことを、まだまだ勉強しなけりゃあなあ……」

 完爾としては、頭が痒いところであった。


 帰宅した後、完爾は早速、今日の出来事を一通りユエミュレム姫に説明し、是枝氏の考えも順を追って丁寧に説明した後、意見を求めてみた。

「……つまり、コレエダは、この行き詰まった世界に風穴を開けようとしているのですね?」

 完爾の説明を聞いた後、ユエミュレム姫はやはり思案顔になった。

「でも、閉塞感とかいうのは、あくまでコレエダの主観でしかないように思います。

 わたくしが見た限り、町ゆく人々はそこまで将来に対して悲観をしていないように思うのですが……」

 ユエミュレム姫にしてみれば、こちらの世界は、それこそ、非現実的なくらいに「豊か」だった。

 ユエミュレム姫は、魔族に蹂躙され、国土のほとんどを手放した故郷の様子を克明に記憶している。

 その時の、民の様子も。

 その当時の、不安に押しつぶされた人々の暗い顔と比較したら、こちらの人々は、とても明るい。

 物理的にも精神的にも、この世界がそこまで行き詰まっているようには見えないのだった。


 ……そのようなことを諄々とユエミュレム姫に説明され、完爾は、少し気が楽になった。


「そうだな。

 あくまで、主観的な意見にすぎない……か」

 ユエミュレム姫の意見にうなずきながらも、完爾は、それとは別に自分なりの結論を出すために、知識を身につける必要があると感じていた。

 そうでないと……これからどのような立場を選ぶにせよ、是枝氏に対し、自分のスタンスを保持できずに流されてしまうような気がしたからだ。

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