質疑応答ですが、なにか?
轟音が、発生した。
何千何百というドリルが一度に、一瞬のうちにワゴン車を粉砕した音を、どのように表現するばいいのか。
直に、あるいはモニター越しに様子を見ていた人々は、呆気にとられて瞠目するばかりだった。
「……終わりましたが」
完爾の飄然とした声で、是枝氏は我に返った。
「記録は!?」
誰にともなく、確認する。
「オールクリア。
すべて、克明に記録されています。
早速、解析に……」
白衣を着ていた若い男が、是枝氏に告げる。
「なら、いい!」
その言葉を途中で遮り、是枝氏は完爾に向き直った。
「これが……魔法、ですか?」
「ええ、まあ」
「破壊力的にみれば、これが最大級とか?」
「いえいえ。
むしろ、場所が場所ですから、今回は影響を抑えに抑えてみたわけですが……」
完爾は、ゆっくりと首を振る。
「最大級の魔法を使うとなると、それこそ……」
「……東京ドームくらいの広さがないと、でしたね……ええ。
これは……風、ですか?」
「ええ、風です。
もっと派手な火とか雷を使うのは問題がありそうでしたので……」
「つまりこれは、バギクロスではなく、バギなのですね?」
「そうです。
バギクロスではなく、バギです」
是枝氏は少し考え込む表情になる。
「いや、わかりました。
お疲れさまです。
あちらに昼食を用意させておりますので、よろしければ召し上がっていってください。
その後、若干の質疑応答に応じていただければ幸いです」
「いいですよ、それくらい。
ギャラは十分すぎるぐらいに約束してくださいましたし、まだ昼前ですし……」
実のところ、こうして一回魔法を使っただけで一千万円もの報酬を貰うことに、完爾は気が引けている部分もあったのだ。
千種、間際弁護士の三人で見覚えのある応接室へ案内される。
そこで桐の箱に入った弁当を振る舞われた。
上品な味わいのお吸い物つきで、間際弁護士によると、箱に書かれているのは有名な料亭の屋号だという。
これ一つで、下手すれば完爾の日当が飛ぶな、とか思いながら、完爾は黙々と弁当を食べた。
味つけが上品だし、うまいといえば確かにうまいのだが、今こうして弁当を食べている状況そのものがなんだか非現実的だ。
「いやはや、すごい音でしたな」
間際弁護士は、なぜだか機嫌がよいようだった。
「この年になって、この目でこのようなことを目撃できるとは」
「だからいったでしょう、先生。
うちの弟は、別世界で冒険して帰ってきたんだって」
「そうでしたなあ。
ああ。
今ではネットの方でもゲーム文化に触発される形でその手の創作が取り沙汰されることが多いようですが、別世界へいった主人公が大活躍するという物語の歴史は意外と古く、わたしなぞは真っ先にバロウズを思い出しますなぁ」
「バルスームですか?
ですけど、先生。
火星シリーズよりも、トウェインの『アーサー王宮のコネィカット・ヤンキー』の方が古いと思いますが……」
「そうでした、そうでした。
それがありましたな……」
千種と間際弁護士は、なんだかマニアックな会話をしはじめている。
そんな三人とは別に、完爾の魔法をモニターしていた研究者たちは、侃々諤々な議論がはじまっていた。
「最大限に見積もっても、コンマ三秒ですね」
実験が開始されたからワゴン車が完全に破壊されるまでの時間である。
わずか一秒にも満たない間に、あのワゴン車は粉砕された。
細かい破片となったのだ。
「そんなこと、あり得るか?」
「あり得ないっていっても、実際にこうして……」
「だから、いったい何が……」
「この映像を信じるのならば、細長い竜巻が、一度に無数に発生してワゴン車を砕いたことになります」
「熱源反応も……実験開始と同時に車体の各所が一斉に発熱したことを記録しています。
一瞬後には、そのままバラバラになったわけですが」
「タイヤもシートもエンジン部も、タイムラグなしに一斉にその竜巻とやらに引き裂かれていますね」
「本当になんのトリックもないのか?」
「逆に聞くが、一体どういうトリックを使ったらこんな真似ができるというんだっ!」
弁当を完食し、食後のコーヒーまでご馳走になりながらしばらく雑談に興じていると、是枝氏がやってきて、
「そろそろ、よろしいでしょうか?」
と、完爾にお伺いをたてて来た。
「ええ。
おれの方は、いつでも」
そういって、完爾は立ち上がる。
是枝氏に先導されていった先は会議室みたいな空間で、しかしそこには、ぎっしりと五十名以上の人々がパイプ椅子に座って完爾を待ちかまえていた。
完爾はパイプ椅子の人々と対面する場所に案内される。
学校の教室でいえば先生があがる教壇の位置、あるいは、報道番組における記者会見の場で公式発表をおこなうお偉いさんの立ち位置だ。
「……これより、今回の実験を行うことを快諾してくれたこの方に対し、質疑応答ができる時間を設けてみたいと思います」
マイクを持った是枝氏がそう告げると、少しざわついていた室内がピタリと静かになる。
「なにか質問がある方は、いますか?」
はい、と、二十代半ばくらいに見える若い男性が片手をあげる。
「その方の名前とか履歴は……」
「残念ながら、それにはお答えできません。
そういう契約になっていますし、セキュリティの問題もあるので彼の身元は追求しないでください。
されても、お答えできません」
すぐに次の質問者が現れる。
「以前、持ち込まれた不可解な試料の持ち主であるという噂があるのですが……」
「その噂は、真実です。
ここにいる彼が、その試料の本来の持ち主です。
過去に若干の行き違いもありましたが、現在は、彼との賃貸契約を結んでその試料を貸与されている状態です」
ここまでが、是枝氏が応答した部分だ。
「それでは……あの試料の不自然な部分は、魔法によるものと判断してもよろしいのでしょうか?」
ここから、是枝氏は完爾にマイクを渡した。
「あの硬化には、磨耗を防ぐための固定化の魔法がかかっていました。
あの硬化が使用されている場所では、普通に使用されているかなり一般的な魔法の一つになります」
「では……他にも、魔法とやらは何種類もあるわけですか?」
「広く知られている魔法の種類はせいぜい百種類くらいですが、秘匿されてごく一部にしか伝わっていないものも含めると、大小数千種類以上の魔法があるのではないかといわれております」
「その、魔法が普通に使われているという場所は、いったいどこにあるのですか?」
「こことは、遠く隔たった場所にあります。
今ではそこと行き来する方法を失ってしまっているので、その存在を証明することはできません」
「魔法を再現することは可能ですか?」
「おれが知っている魔法ならば、今すぐにでも再現できます」
「なにかひとつ、実演してくれませんか?」
「わかりました。
では……」
次の瞬間、完爾は質問した男の手からマイクを奪っていた。
「別に、瞬間移動したわけではありません。
おれの動きを極端に早くして、普通に歩いてマイクを取ってここに戻ってきただけです」
いつの間にかもとの場所に戻り、二本のマイクを持った完爾がいう。
「……他に質問は?」
手を挙げた人に、完爾は一本のマイクを手渡す。
「他の人に魔法を教えることは可能ですか?」
「実際にやってみないとわかりませんが、おれの意志としては今後そのような試みを行う予定はありません」
「それは何故ですか?」
「現在の世界に、魔法という未知の知識を広めることによって混乱が広がることを、おれが危惧しているからです」
「では、こうして大勢の人間の前で実演し、記録させているのは矛盾ではないのか?」
「おれの魔法をみなさんが解析して、自分たちの力だけで再現できるのならば、いわゆる魔法も現在の科学技術体系の枠組みで説明できるということになります。
直接、おれが教えること自体はお断りさせていただきますが、みなさんが自力で魔法を使えるようになることは否定もしませんし、邪魔をするつもりもありません」
「今後も、このような公開実験をする予定はありますか?」
「予定は、ありません。
しかし、そうするよう是枝氏を通してご依頼があるようならば、条件次第では考えさせていただきます」




