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無国籍者ですが、なにか?

「命名、あきら

 侃々諤々の議論の末、結局このような名前に決定した。


「夜明け前の、空が白みはじめる頃……ですか?

 印象がきれいですし、語呂もよいので、とてもいい名前だと思います」

 以上、ユエミュレム姫談。


「きらきらネームが変にはやったおかげで、保守的すぎる名前はかえっていじめの対象になったりするからなあ、昨今。

 適度にはずして、同時に大人になってからも恥ずかしくない名前となると、こんなところではないのか?

 たいていの外国人にも発音しやすいし、その筋では有名な固有名詞だし」

 以上、千種談。


「……意味はともかく、音だけをみたら、どちらかというと男の子の名前だと思うのだが……。

 まあ、奇抜すぎるってほどでもないし、姫も気に入ってくれたようだから、これでいいか」

 以上、完爾談。


「カッコいいっ!」

 以上、翔汰談。


 この名に決定するまでには提出された候補名は多々あるのであるが、それらをいちいち書き連ねるのは煩雑にすぎるので三時間を越える議論の詳細とともにここでは割愛させていただく。


「……おれ、そろそろ夕飯の買い出しにいってくるわ」

 昼に冷凍ご飯を一掃したことからもわかるように、そろそろ冷蔵庫の備蓄が心許ないのだった。

「おう、頼む。

 義妹ちゃんが来た記念だ。今夜は少し豪勢にしてもいいぞ」

 千種のユエミュレム姫に対する呼称は「義妹ちゃん」に固定したらしい。

「と、いわれましてもねえ……」

 予算はどうせ千種持ちなわけだが、ユエミュレム姫は箸も満足に使えない。

 かといって、ナイフとフォークを使うかというとそんなこともなく、向こうでの食事はおおむね手づかみなのだった。流石にスープや煮込みなどの汁物はスプーンくらい使うが、固形物はパンとか串焼きなど、そのまま手で扱える形で給されるの一般的であり、そうなると出せる料理も限られてくる。

 簡単にそのことを千種に説明すると、

「ま、テーブルマナーについては、少しづつおぼえて貰うことにしよう。

 とりあえず、何日かは食べやすいものを作ってもらって……」

「じゃあ、今夜は、久々に餃子にするか」

「ああ、いいね。餃子チャオズ。酒のアテにもなるし」


 ということで、食材の買い出しにいって帰ってきた完爾はうどん粉用の小麦粉をボールに空け、水と少量の塩を加えて練っていく。

 生地が出来たら、次は具の準備。

 白菜を刻んで炒めたもの、挽き肉と粗めに刻んだ生姜を混ぜて炒め合わせたもの、刻んで擂り身状にした海老の、変わったところではとろけるチーズなどの具を用意し、棒状にした生地を輪切りにした皮で包んでいく。この最後の工程は、翔汰にも手伝って貰った。

 鶏ガラスープの素で作った白湯も用意し、出来上がった餃子と一緒にグリル鍋にぶち込んでしばらく温める。

 準備に少々手間はかかるので滅多にやらないが、鍋物のようにみんなでつつけるので週末限定で作ることが多いメニューだった。

 完爾がそんなことをしている間に、「今のうちに、日本式のお風呂の使い方を教えておくか」とかいいながら、千種がユエミュレム姫を伴って浴室へと消えていく。

 暁が泣き出したので慣れない手つきでこわごわとおむつを変えたりあやしたりしてみるのだが、どうした加減かいっこうに泣きやまない。当然のことながら、完爾は乳児の世話などこれまでに一度もしたことがない。内心かなりげんなりしつつ、不器用に抱き上げたりゆっくりゆすったりしているうちにユエミュレム姫が風呂からあがってきて、即座に暁を完爾の腕からもぎ取った。

 すると、ぴたりと泣きやむ。思わず憮然とした表情になる完爾。

 ……まだまだ父親としての自覚がないのは確かだが、別にここまで露骨に差をつけなくとも……。

「この子、ぜんぜん男の人に慣れていませんから」

 完爾の表情を認めたのか、ユエミュレム姫にそう言い添えられたことで完爾はなおさら惨めな気分になった。

 ユエミュレム姫と同じく風呂上がりの千種はといえば、完爾たちのやりとりを尻目に冷蔵庫に直行し、缶ビールを取り出している。

「ほらほら。

 準備ができているんだから、お食事にしましょう、お食事に」

 千種にそくされて、完爾とユエミュレム姫は食卓に向かう。

 手製の皮がそれなりにボリュームがあることもあって、門脇家ではこの水餃子を作るときには米を炊かない。副菜として香の物や冷や奴、塩辛、そのときそのときに冷蔵庫に余っている総菜(この日は、南瓜の煮付けだった)なども食卓にだしているが、これらは千種の酒肴としての意味合いが強い。

「これ、お箸ね」

「おぉ、ふぁ、すぃ?」

「そう、お箸。

 慣れないうちは不自由するだろうけど、慣れれば便利だから。

 こうもって、こう動かす」

 千種がカチカチと手にした箸を開閉してユエミュレム姫に見せ、ひょいと南瓜の煮付けを一切れ、箸で摘んで持ち上げてみせる。

「おう」

 と、ユエミュレム姫が小さな声をあげた。

 見回して、五歳児の翔汰までもが器用に箸を使っているところを目撃し、ユエミュレム姫は完爾に問いただした。

「ここでは、誰もがこのおふぁしぃを使えるのですか?」

「まあ、たいがいの人は普通に使うな」

 日本と中国、南北の朝鮮と……タイやベトナムでも使ってたっけかな? と、完爾はあやふやな知識を振り返る。おおざっぱに、東アジアの大半が箸を使う文化圏だったはずだ。

 それと、中華料理や日本料理の店は今では世界中にあるから、今となっては西欧やアメリカでも普通に箸を使える人は増えている……と、思う。

「最初から使いこなすは難しいと思うから、今夜のところはこのレンゲを使って」

「は、はい。

 これで、小皿に掬えばいいのですね?」

「作るところを見ていたからわかると思うが、練った小麦粉に挽き肉とか野菜を詰めて包んで加熱したもんだ」

 いいながら、完爾は菜箸で適当に二、三個、ひょうひょいと翔汰の小皿に水餃子を移す。

「……わたくしの小皿にも、取り分けてくださいませんか?」

「はいはい、どうぞ。あと、スープも。

 熱いから、食べるとき気をつけて」

「あ。あつ。熱い」

「あー。冷たい烏龍茶もあるから」

「は、はい。

 ……ん。これ、おいしいです!

 カンジ、これまでこんなにおいしいお料理が作れることを隠していましたね!」

「隠してた、っつーより、こちらに戻ってきてからねーちゃんにいわれて慌てておぼえたような感じなんだが……」

「そうなのですか。

 ……カンジも、苦労してきたのですね……」

「しみじみとした口調でいわないでくれ。なんだか惨めな気分になってくる。

 それに、クックパッドがあればたいていの料理はなんとかなる」

「クック……?」

「それについても、いずれ詳しく説明する機会があると思う」

「なあ、完爾。

 向こうの世界には魔法かあるとかいってたよな」

 千種が、二人の会話に割り込んできた。

「ああ。あるけど」

「それ、こっちでも使えるの?」

「使えるなぁ、おれが知る限りの魔法は」

 実は、完爾はこれまで人目につかない場所を選んで魔法が使えるかどうか、一通り試している。

「正直なことをいうと、こっちではあんまり使いたくないけど」

「それまたどうして?」

「だって、魔法ってこっちだと完全にズル、不自然な力だろう?

 そんなもんにいつまでも頼っていたら、まともな社会復帰がますます遠のく」

「なる。

 考え方としては健全だと思うが、ここは一つその信条を曲げてもらって……」

「魔法でなんとかしたいもんがあんの?」

「そういうことだな。

 異世界から来た男が役所の職員に催眠術とか暗示みたいなのをかけて自分の戸籍を作らせていたシーンが、この間観た深夜アニメにあって……」

「それ、思いっきり公文書偽造じゃねーか。

 ……おれがおぼえた魔法は、攻撃魔法とか回復用とか補助とか、ほとんど戦闘用だからなあ……」

 念のため、完爾はしかじかとユエミュレム姫に説明をし、それからそのような魔法に心当たりがあるのかを確認してみた。

「……そのような魔法を使える者に心当たりはありますが、わたくし自身は使えません」

 というのが、ユエミュレム姫の答えだった。

「姫もそんな魔法は使えないってさ」

「そうか、残念だな。

 では、正攻法でいくしかないのか」

「正攻法って、なんのよ?」

「義妹ちゃんと暁ちゃんの戸籍取得に決まっているだろ。

 暁ちゃんに関しては、お前さんの娘だということがはっきりとしているからな。手続きが多少煩雑になるかもしれないが、まず問題なく日本国籍も戸籍も取得できると思う。

 問題なのは、義妹ちゃんの方で……現状だと義妹ちゃんは無国籍者、それも、元の国に身元を照合することが不可能な、かなり不可解な無国籍者だからなあ。

 買い物にいったときざっくとと検索してみたのだが、そうした無国籍者が日本国籍を取得しようとしたら、それなりに厳しい制限があるわけだ」

 自分でぐぐって調べてみ、と、千種はタブレット端末を完爾に手渡してくる。

 端末を受け取った完爾は、立ち上げ、「無国籍者 国籍取得」で検索し、引っかかった法務省のWEBサイトを開いて読みはじめた。

 目を通しながら、こちらの世界での国や国籍について、ユエミュレム姫に説明しはじめる。

 


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