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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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マンガですが、なにか?

 帰宅すると、ユエミュレム姫と翔太が一緒にマンガを読んで笑いあっていた。ソファに座ってユエミュレム姫の膝の上に翔太が座り、同じ本を読むという、つまりは二人で絵本を読む時と同じような格好をして読んでいたわけだが、いちいち音読しては笑っいあっているから、賑やかなことこの上ない。

 完爾は米を研いで炊飯器をセットしてから、テーブルの上に積み上げられたマンガうち、一冊を適当に取り上げて読んでみる。

 どうやら、ちょうど翔太と同じくらいの女の子の日常風景を描いたマンガのようだった。登場人物は、主人公の女の子とその養父、養父の友人たち、隣人の家族など。

 主人公の女の子がまん丸顔で記号化されて描かれているのに比べ、周囲の人々や背景は意外とリアルに描かれている。

 なんのことはない、日常の四方山事を軽いタッチで綴っているだけの内容だったが、登場人物たいのやり取りや、主人公の、幼児特有の突拍子もない言動がなんとなく笑いを誘う。

 今では、こんなマンガがあるのか、と、完爾は感心した。

 なにしろ、完爾がマンガを読んでいたの十八年以上も昔だ。その頃に知っているマンガといえば、もっとドラマチックに盛り上げる風のものがほとんどだった。

 このマンガのように、日常的な風景を淡々と描く風のマンガは、ひょっとしたらあったのかも知れないが、少なくとも当時中学生だった完爾の視界には入っていこなかった。

 ふと奥付を確認して、完爾はさらに感心する。

 かなりの重版を重ねており、つまりこのマンガは、完爾が予想した以上に売れているらしい。


 ジャガイモを茹でてマッシュポテトを作り、先週作って凍らせておいたハンバーグを解凍して、焼く。味噌汁は、わかめでいいか。

 例によって手を抜きつつも手際よく夕食を作る。

 マンガを中断させて翔太に食べさせ、風呂に入れ、その後も翔太はそのマンガを読みたがった。

 完爾は、

「寝る時間は守らせるぞ」

 とだけいって、後は放っておく。

 暁の体を洗いながら、

「あのマンガ、そんなに面白かったか?」

 と訊ねると、

「面白いというか、そうですね。

 子どもはどこの世界でも、同じようなことをするのだな、と、そのように思いました」

 と、ユエミュレム姫は意外に真面目な顔をして答えた。

「それと、あれを読むと、ニホンでの生活がよく理解できます。

 特に、普通の人の生活が」

 そんなもんか、と、完爾はなんとなく納得する。


 暁の体をよく拭いてベビーベッドに寝かせ、

「ほら、後は明日にしろ」

 とかいいながら、マンガを取り上げて翔太を布団に追い込む。

 今日のことをユエミュレム姫とだらだらとしばらくはなしてから、翔太が寝ついたのを確認しにいく。

「翔太、いつもこんな感じなの?」

「そうですね。

 元気で、いい子です。

 ニホンゴ、よく教えて貰っています」

「そっかぁ」

 仲は、悪いよりはよい方がいいよなあ、と、完爾は思う。

 同時に、「なじみすぎだろう」とも、思ったが。

「ユエ、今の生活、疲れないか?」

 完爾は、そんなことを訊ねてみる。

「そんなことは、ありません。

 楽しいですよ。

 昼間の誰もいない時間は、結構うたた寝ができますし……」

 ユエミュレム姫は、やんわりと微笑みながらそう答えた。

「姉君にもショウタにもよくして貰っていますし」

「ああ、それならいいんだ。

 無理はすんなよ。

 後、不満とかがあれば、早めにおれにいうように」

「いきなり押し掛けてきた身ですから、文句なんかいったら罰が当たります」

 なんか……こうして差し向かいで、二人きりではなしをする機会も、ここ数日なかったなあ…とか、完爾が思っていると、

「カンジ。

 お風呂、一緒に入りませんか?」

 などいうことを、ユエミュレム姫がいってきた。

 断る理由もないので、完爾はその提案に乗った。


 盛大にいちゃつきながら長い時間をかけて入浴し、風呂場から出たところでちょうど千種が帰ってきた。

「なんだ。

 仲良くしていたところだったのか」

 スーツ姿のまま缶ビールのプルトップを開けていた千種が、上気した二人の顔を眺めながらそういった。

「もう少し遅かった方がよかったか?」

「いや。

 それは、どうでもいいんだけど」

「やるんなら、しばらく避妊はちゃんとしておけよ。

 ただでさえ、なにかとごちゃごちゃしているんだから……」

「避妊が必要になることなんかやってねーよ!」

 完爾の声が、少し大きくなる。

 せいぜい、お互いの体をまさぐり合ったり抱き合ったりキスしたりする程度だ。

「……そうなの?」

「そうなの」

「なんでまた、仲よさそうなのに」

「仲がいいからって、必ず最後までやらなけりゃならないってこともないだろう。

 なにせ、今はなにかとごちゃごちゃしているからな。

 もう少し落ち着くまではそんな気にはならないわ」

「……ふぅーん。

 そうかそうか」

 千種はぐびぐび喉を鳴らして缶ビールを直飲みする。

「それはそれで、別にいいんだけどな。

 そうそう。

 お前の会社、名前、門脇プランディングでいいか?

 それでよければ、登記の方進めちゃうけど」

「実印できるまで、十日前後かかるって」

「……あ、そ。

 じゃあ、それを待ってからにするか……」

「あ。

 ね-ちゃん。

 マンガの代金は?」

「いいよ、こっち持ちで。

 大した金額でもないし、こっちが勝手に注文したもんだし……」

「あ、そ。

 それならそれでいいけど……」

「面白かったか?」

「ユエと翔太は、かなり面白がってたな」

「そうか、そうか。

 漢字にはすべてルビが入っているし、日常的なシュチュエーションの中で使われる会話のパターンも豊富に入っているし、あれは日本語の教材としてはかなりいい線いっていると思ってたんだ……」

 千種の説明によると、あのマンガは数国語に翻訳されていて、国内のみならず世界的にの高い評価を受けているらしい。

「……そんなに人気があるのか、あれ」

「あるな。

 老若男女、幅広い世代にじんわりと受けている。

 例えていえば、和製ピーナッツってところだ」

「ピーナッツ?」

「ほら。

 スヌーピーとかが出てくるマンガ。

 あれの名前」

 あの、まん丸顔がねー……と、完爾は心中で間の抜けた感嘆の声をあげる。

「マンガのはなしですか?」

 千種とばかり長々とはなしていたせいか、ユエミュレム姫が完爾に声をかけてきた。

「そう。

 あれ、世界的にも人気があるんだって」

「そうですか。

 そうかも知れませんね」

 むこうには、ああした形式の、コマを割って物語を記述する形式の絵物語りはまるでなかったので、ユエミュレム姫としては感心するより他なかったのだという。

「最初のうちは、読み方がまるでわかりませんでしたが……ショウタが一緒に読んでくれたので、すぐに読む順番がわかるようになりました。

 それと、いくつかの漢字も……」

「ああ、そうだった」

 漢字といえば……と、完爾は昼間購入した漢字ドリルを、ユエミュレム姫に手渡す。

「これ、練習用にな」

「まあ! ありがとうございます」

 ユエミュレム姫は、大仰に喜んでみせた。


 その後、完爾とユエミュレム姫は布団の中に寝ころびながら、二人で同じマンガ本を読みはじめる。

 時折、作中にある事物について、ユエミュレム姫が解説を求め、完爾が長々と説明したりするから、読む速度は決して早くはないのだが、速度を競うために読んでいるわけでもないからそのままマイペースで読み続ける。

 ユエミュレム姫が疑問に思うのは、日常的な慣習についてだったり、言葉遊びに近い未収学児の言い間違いについてだったり、お盆や祭事など、日本の風習についてだったりするのだが、それら膨大な疑問に完爾は根気よくつき合っていく。

 おそらく、今、ユエミュレム姫の頭の中では、マンガに描かれていた光景が、テレビや今日の外出で見かけた風景と交錯しているのだろう。

 今すぐに、というわけにはいかないのだろうが、様子をみながら、ユエミュレム姫が少しづつ外出できるようにしていかないとな……とか思いつつ、その夜、完爾は眠りについた。

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