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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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検診ですが、なにか?

 翌日の月曜日。

 千種と翔太を送り出してから二人で分担して手早くルーチンの家事を済ませ、電話でタクシーを呼ぶ。

 病院まで徒歩と路線バスでいくことも考えたのだが、暁がいることだしユエミュレム姫もまだまともに外出したことがないし、で、慎重を期した形だ。

 十分もかからずにタクシーの運転手がインターフォンを鳴らしてきたので、すでに外出の準備を整えて待っていた完爾らはそのままタクシーに乗り込んだ。

 完爾が病院名と住所を告げると、運転手はすぐに車を出した。完爾が事前に調べたところ、車でだいたい二十分ほどの距離にある総合病院だった。

「外人さんですか?」

 バックミラーでちらと後部座席を確認して、運転手はそんなことをいう。

「ええ、まあ。

 妻と娘です」

「奥さん、モデルさんかなにかで?」

「そういうわけでもないんですけどね」

 ユエミュレム姫は窓の外を物珍しそうに見ている。暁は、今のところ静かにしていてくれた。

「テレビでいくらでも見ているはずだけどな」

「でも、車の中から見るのとは、かなり違いますよ。

 それに、この車の乗り心地も……馬車よりもずっと低いし、振動もほとんどありませんし……」

 これはユエミュレム姫との、したがって、日本語ではなくむこうの言葉でのやりとりになる。

「……この車は、いったいどういう原理で動いているのですか?」

「……あー。

 一口には説明できないから、またの機会にな」

 内燃機関とかガソリンエンジンの作動原理をどうしたらわかりやすく伝えられるのか考えながら、完爾は適当にいなす。

 正直なところ、完爾自身も正確なところを理解できているわけではない気もするし。

「それに、こんなにいろいろな車が……。

 これ、すべて人が乗って動かしているのですよね?」

「無人で走る車は、今のところ実用化されていないはずだ」

 技術的には可能な気もするのだが、少なくとも公道は走れないだろう。

「そうですか。

 そういえばこの国には、一億以上の人がいるのでしたね」

 ユエミュレム姫は、もっともらしくうなずいている。

「完爾。

 本当に、この世界には魔法がないのですか?」

「ひょっとしたら、世界のどこかに人知れず魔法を使える連中がいるのかも知れないけど……。

 基本的には、こっちでは魔法とかそういうのは空想の産物ってことになっている」

「それでは、このどこまでも続く道も、建物の群も、すべて人の力だけで作っているのですね?」

「人の力と……それ以上に、人が作った道具の力によって……ってことになるのかなあ」

 いわれてみれば……これほどの規模の都市を造営、維持しているのはすべて人、なのである。

 完爾ら現代人にとっては当たり前のことすぎて、普段は意識にものぼらないわけだが……そのために膨大なマンパワーが必要となっているのに違いない。

「これら、どこまでも続く建物は、この国が建造したものなのですか?」

「いいや。

 国や地方自治体が作った施設も中にはあるんだろうが……大部分は個人の住宅、あるいは、事務所やら工場やら倉庫やら……とにかく、いろいろな会社のための建物だ」

「……カイシャ……。

 やはりそういった組織が、この国を動かしているのですね?」

「国の方針を決めるのは議会だが、実際に生活の場で必要なものを直接提供しているのは大小さまざまな企業……会社ってことになるかなあ」

「ミンカン、というのでしたっけ?

 直接国が指揮を執っているわけではない組織……」

「そう、それ。

 大部分の人は民間人で、つまり役所勤めではない」

「そうした人が、道や建物を造ったり……」

「物を作ったり、店を開いたり、物を運んだりして自分たちの生活を支えている。支え合っている。

 こっちの世界は、そういう構造になっている」

 完爾がそんな説明をすると、ユエミュレム姫は、

「そうですか……」

 といったきり、なにやら考え込んでしまった。


 そうこうするうちに病院に到着。

 タクシーを降りて受付にいき、

「検診の予約をしている門脇というものですが」

 と告げる。

「はい。

 門脇様、ですね」

 受付嬢は完爾の背後にちらりと視線を送り、

「検診をお受けになるのは、そちらの女性の方でしょうか?」

 と、確認してくる。

「女性と赤ん坊……おれの妻と娘です」

 完爾は簡単に説明した。

「はい。

 女性と乳児の検診をご希望の門脇様。

 確かに予約が入っております。

 こちらへどうぞ……」

 完爾ら三人は受付嬢の案内に従って、階上の病室へと向かう。


 暁を看護師に預け、ユエミュレム姫が検査着に着替えている間、完爾は診察カードを発行するための書類と問診票を書かされた。

 どちらもごく簡単な内容で、すべての項目を埋めるのに三分もかからない。

「門脇さん、はじめまして。

 これからしばらくご案内をさせていただきます竹塚といいます」

 ちょうと完爾が書類を書き終えた頃、五十がらみの看護師が挨拶してくる。

「奥様は外国の方ということで、言葉が不自由だと聞いていますが……」

「ええ。

 おれしか通訳できる人がいないので、ついてきました。

 できるだけ邪魔にならないようにしますので、よろしくお願いします」

 とりあえず、殊勝に挨拶を返しておく。

「いえいえ。

 特殊な例ではありますが、ご要望にはできるだけ添えるようにさせていただいております」

 竹塚看護師はあくまで丁寧な口調を崩さずに応じてくれた。

「それでは、こちらへどうぞ……」

 採血。採尿。身長と体重、血圧測定。聴診器を胸に当てる。レントゲン撮影……などのオーソドックスな内容から、口腔内の粘膜を採取したり、一分間の反復横飛びの後に採血と呼吸数、脈拍数を計るなど、次第に完爾にもなんのための検査なのかよくわからないようなことをいろいろとユエミュレム姫がやらされ、最後に全身CTスキャン画像まで撮影されておおよそ三時間にわたる検診は終了した。

 ユエミュレム姫が着替えてから暁の身柄を手渡され、

「本日はお疲れさまでした」

 竹塚看護師に一礼されて、受付に案内される。

 暁を抱いたユエミュレム姫が授乳室の場所を聞いてそこに囲んでいる間に、完爾は事務手続きを済ませておいた。

 そこで次回の検診の日時を予約し、今回の検査結果はその時に渡してくれるということを説明されて、診察カードを手渡される。

 そして、料金の精算。

 完爾が漠然と予想していたよりも多額の料金を請求されたわけだが、同時に、「保険適用外でこれだけいろいろやっらたら、これくらいにはなるか」、と納得もできる金額でもあった。

 いずれにせよ、今の完爾にとっては払えない金額ではないので素直に全額を支払う。


「あの注射というものには、少し驚きました。

 でも、思ったよりも痛くなかったので」

 帰りのタクシーの中で、ユエミュレム姫は妙に饒舌になっていた。

「病院って、随分と清潔そうな場所ですね。

 後、昼間かっら大勢の人がいたのも意外でした。ほとんど、お年寄りでしたが……」

 はじめての検診は、ユエミュレム姫にとってもそれなりに刺激的な経験であったらしい。

 完爾はスマホを取り出して、時間を確認する。

 一時半を少し回っていた。

「どうすっかな」

 帰ってから銀行にいくとすると、ちょっと半端な時間だった。

「ユエ。

 おれ、銀行ってところに寄っていきたんだけど……一人で家に帰れるかな?」

「は、はい!

 家の前まで、この車でいってくれるのですよね?」

「うん、そう。

 運転手さんに、そういっておくから」

 完爾はまず自宅近くの銀行にいってくれるよう、タクシーの運転手に指示をする。

 そして、ユエミュレム姫に紙幣を渡して、家についたらこれで料金を支払うように指示した。

「家の鍵の開け方はわかっているよな?」

「はい。

 何度も姉君から教わっています」

 銀行についた後、完爾はタクシーの運転手に家の住所を伝え、

「降りる時、領収書をお願いします」

 といい添えてから、車を降りた。

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