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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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「博士」の正体ですか、なにか?

 そこは建築中の建物の中、のようだった。

 壁も床も天井も、打ちっ放しのコンクリートが剥き出しになっている状態である。

 一応、大きな窓ガラスもはまっている。

 室内は、かなり広い。なにかの売場か、それとも教室かなにかなのか。

「……ここは、どこだ?」

 素早く周囲の様子を目で確認して、完爾が呟く。

「あなた方にも縁がある場所にご招待しました」

「博士」と名乗った女性は、そんなことをいう。

「来月からここで、エリリスタル王国語講座を行う予定の場所です。

 内装などは、これから行うようですね」

「こんなところに連れ込んで、あんたはいったい何をしたんだ?」

 完爾は、その「博士」の目をみつめて訊ねた。

「なにが目的だ?」

「こちらの用件はただひとつ」

「博士」は、完爾に右手の手のひらを差し出す。

「魔剣バハムをお譲り願いたい」


「断らせて貰う」

 完爾は即答した。

「今までのことを考えると、どうにもあなた方を信用できない」

「信用……ですか」

「博士」は完爾の発言を、鼻で笑った。

「こちらを信用するかしないかはあなた方の問題ですが、決して悪用しないということだけはお約束しましょう。

 そもそもわたし自身は、その善悪も含めてこの世にはあまり関心を持っていません。

 その程度のことは、すべて些細な問題です」

「善悪が子細な問題、ねえ」

 完爾は不振そうな様子を隠そうとはしなかった。

「でもあんた、「大使」とか連んでいろいろやっていたんだろう?」

「確かに魔法関係その他の知識などを相手に構わずに提供していましたが、それが善用されなかったのはわたしの責任ではありません」

「博士」は平静な声で答える。

「そもそも……なんだってあんたは、この世界で魔法を使えるんだ?」

 完爾は、少し苛立った声を出した。

 この女性とはなしをしていると、なぜか、とても居心地が悪くなってくる。

「あんたは、いったい何者なんだ?」

 まるで、この世の者ではない者と対面しているような感触をおぼえるのだ。

「何者か……と、そのようにいわれて即座に返すことができる人間がこの世にどれほどいましょうか?」

「博士」は、哲学的に聞こえないこともない答え方をした。

「……そうですね。

 あなた方に一番わかりやすいいいかたをするのならば……もう二千年以上、この形を保ってこの天地に在り続ける、地仙です。

 五百年くらい前まではそれなりに仲間もいたのですが、それらももう長いこと姿をみていませんから、わたしは、おそらく、この地上で最後に残った仙人となりましょう」

 わたしはどうも、他の仲間たちよりは業が深く、昇天には至らなかい宿業であるらしい……と、「博士」は続ける。

 他人事のような、感情がこもっていないいい方だった。


「博士」の言葉をすっかり飲み込むのに、完爾は数秒を要した。

「……信じられるか」

 そののち、ようやく短い言葉を絞り出す。

「別に信じていただく必要もありません。

 何者かと問われたので、そのままに答えただけのことです」

「博士」あくまで静かな態度を崩さない。

「ですが……異なる世界をひとつ、単身で救って帰還したあなたがそれをいいますか?」

 信じられない……出自を持つのは、完爾も同様であることを、「博士」は指摘する。


「その仙人が……なんだって、この剣を欲しがる?」

 完爾は、問いを重ねる。

「こんなものを、いったいなんに使おうっていうんだ?」

「新たな世界への扉を開くのですよ、当然」

「博士」は、淡々と答える。

「この天地にあるものは、すでに見飽きましたから」

 ここで「博士」は、はじめて笑みを浮かべた。

「いくつもの文明が勃興し、砂の中に消えるのを見届けました。

 技術は細分化し、精妙になっても人の営みはさほど変わらず……結局は、単調な繰り返しです。

 わたしはこの天地に、飽き飽きしているのです」

「あんたは……この剣の制御方法……正確な使用法を知っているのか?」

「知りません。知るわけがない。

 これから実験をして、調べます」

「博士」は、また笑みを浮かべる。

「その課程で、この世界の有りよう事態が大きく変容してしまうかも知れませんが……それもまた、一興。

 今までとまったく同じであるよりは、その方がいいのです。

 どんなものであっても、変化することは好ましい」

「つまりあんたは……この剣が、使いようによってはこの世界だの空間だのを歪めしてまう可能性があると認めた上で……自分の興味や好奇心を満たすために、使いたい。

 ……そういう、ことなんだな?」

 完爾は、ここで魔剣バハムをはじめて構えた。

「それなら……当然、渡せないな」

「そうですか」

「博士」は、あっさりと頷く。

「承知してくだされば、それなりの対価もご用意できるのですが……」

「条件の問題じゃあない」

 完爾は、きっぱりと告げる。

「善悪はもとより、あんたは自分が興味を持つこと以外には、すっかり関心を失っているんだ。まともじゃあない。

 そんなやつにこんな危険物を預けようって気に、なるわけがない」

「正式に交渉決裂、ということですね」

「博士」は、もう一度頷く。

「それでは仕方がありません。

 これより実力を行使して、略奪することにいたします」


 次の瞬間、「博士」は完爾の懐に入っていた。

「博士」の拳が、完爾の胸に突き刺さっている。


「正確に、心臓を強打しました。

 これで数分間、あなたの心臓は機能しません」

「博士」は、冷静に解説をする。

「門脇さん。

 あなたは規格外の再生能力をお持ちのようですが、身体を損なわずに機能だけを停止する方法はいくらでもあります。

 心臓に強い衝撃を与えると、かなり大きな確率で心臓が痙攣をしはじめ、数分、機能不全となります。そのまま死に至る症例も、決して少なくはありません。

 次に……」

「博士」が解説をする間にも、完爾は動けないでいる。

 心臓が停止しているだけではなく……「博士」が強打した部分を中心にして、体中の血液が勝手に波打つような感じがして、体のどこにも体が入らなかった。

 静かな「博士」の声だけが、完爾の耳に入ってくる。

 そんな完爾の顎に、「博士」の掌底が打ちつけられる。

「……脳を揺らします。

 脳震盪という言葉は、よく知られていますね。

 脳自体はとても柔らかい器官です。これにやはり衝撃を与えると、しばらくはまともな思考や身体の制御が不可能となる。

 ほら。

 もう、立っていられないでしょう?」

「博士」の言葉通り、完爾はゆっくりと前のめりに倒れつつあった。

「今の人たちが、発勁とか寸勁とかいう技法の、その祖となった技です。

 たとえ門脇さんといえども、しばらくは、起きあがれないでしょう」


「博士」は肩で完爾の体を支えつつ、完爾が構えていた魔剣バハムを手に取り、難なくその手からもぎ取った。

「……これが……ついに……」

 そのあと、完全に脱力した完爾の体を床の上に横たえ、手にした魔剣バハムの鞘を愛おしそうに撫で回す。

「しかし……ずいぶんと厳重に封印が施されていますね。

 確かに力づくでは、これを解除することは至難の技でしょう。

 たかだ剣を抜かなくするだけのために、これほどの魔力を投入するとは!

 ですが、術式を分解して、魔力の流れを制御すれば……」


「……止めてください!」

 これまで事態を黙ってみていたユエミュレム姫が、はじめて口を開いた。

「あなたの欲望のためにこの世界を乱すことは、どうあっても間違っています!」

「なにが正しくなにが間違っているのか、その判断基準は常に不確定であり、判断する者が立つ位置によって容易に変わります」

「博士」はユエミュレム姫に対して静かに告げる。

「ユエミュレム姫。

 あなたは聡明な方だ。

 その程度のことはおわかりのはずでしょう」

「ここで問題となるのそういうことではありません」

 ユエミュレム姫は「博士」に対して冷静な口調で返した。

「わたくしとシナノさんは、その剣の性質を調べるためにここ数ヶ月、地道な研究を重ねてきました。

 そのデータも、お渡しします!」

「……義妹ちゃん!」

 千種が叫ぶ。

「こんなやつに手を貸そうっていうの!」

「手を貸すのではありません。

 事故や暴発が起こる可能性を少しでも低くするのです」

 ユエミュレム姫は平淡な声で説明をする。

「残念ながら、この場で剣を取り戻す手段をわたくしたちは持っていません。

 だとすれば、この方が今後するであろう実験が暴走する可能性を少しでも小さくするべきなのです。

 あの剣は……正しく制御できないと、この世界さえ壊してしまう力を秘めているのです!」

「……そんな危険物なら、なおさら!」

「では、具体的にどうやって取り戻すというのですか!」

 千種とユエミュレム姫が口論をはじめたとき、唐突に、窓ガラスを突き破って室内に入ってきた物体があった。


「……状況がよくわからないんだが……」

 周囲を見渡したあと、二輪車種族に跨がったグラスホッパーはそういった。

「……お手伝いをしましょうか?」


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