合流しましたが、なにか?
グラスホッパーが野太刀を振るう。
その際に刀身に残り少ない魔力を流し込み、攻撃できる範囲を拡張。
刀身の遙か先にあるばずのカエルもどきの腿を深々と割った。
カエルもどきが、耳障りな悲鳴をあげて大きな目玉を動かして二輪車種族に乗るグラスホッパーの動きを追おうとする。
しかし、その動きよりも二輪車種族の移動速度の方が速いので、カエルもどきはグラスホッパーの姿を目にすることはなかった。
移動している間にも、グラスホッパーはカエルもどきに何度も追撃を入れている。
ぐんにゃりとした弾力が、術式と野太刀を通してグラスホッパーに伝わる。
警官は「五メートル」とかいっていたが、今、グラスホッパーが対峙しているカエルもどきは全長八メートル以上はあろうかちう巨体に育っていた。
多少、傷をつけた程度ではたいしたダメージにならない上、みていると、やっかいなことに傷つけた箇所がすぐに塞がっていく。
よりによって、再生タイプかよ、と、グラスホッパーは心中で舌打ちをした。
こうした巨大な相手は、手足の腱を傷つけて動きを封じ、徐々に無力化していくのがグラスホッパーのセオリーだった。
周辺の魔力を吸収し、傷をおった部分などを修復していくタイプ……いや、こいつの場合は、傷の回復以前に自分の体の巨大化にも魔力を使用しているのか。
この世界の改造人間たちは、自分たちの遺伝子と自律術式を混ぜ合わせ、その他にグラスホッパーが理解したくもないこの世界なりの魔法理論で独自のアレンジを施した上で誕生した代物であった。
ここ十年前後は自分の体に直接手を加えない、いわゆるギミック類の使用例が目立って多くなっていた。今回の件でグラスホッパーも驚かされた事実なのだが、古風な直接改造タイプも表にでないまでもまだそれなりの数が存在していたらしい。
ま、実験動物扱いなんだろうな、と、グラスホッパーは思うのだが。
このカエルもどきも、そうした「グラスホッパーが理解したくない」タイプの魔法理論を証明するために生み出されたものであることは足しなようであった。
ま、怪物は怪物同士……仲良くやろうじゃないか!
とか思いながら、グラスホッパーは野太刀を振るう。
「勝手なことをいうな!」
千種が、叫んだ。
「あんたがなにをどう思うがこっちの知ったこっちゃない!
ただひたすら、こっちは迷惑だっていってんだよ!
一般大衆がクソだって? 蛆虫だって?
そんなことはなあ! いわれるまでもない!
経営コンサルやっていれば、世間一般で経営者でございとふんぞり返っているお偉いさんたちのほとんどがクソなんて実例は嫌だっていっても目に入る。
だけどなあ。
そういうクソや蛆虫だって、それなりに社会生活を営んで家族や部下を養ってるんだよ!
しっかり仕事やって家族や子どもを養って……それがどれだけ大変で、そして、大事なことだか、あんた、わかってんの?
そもそも、あんた、これまでに一度だって子育てしたことあんのの?」
「……い、いえ……」
予想外の千種の剣幕に不意打ちを食らった形の「大使」は、途端にしどろもどろになった。
「確かに……わたしには、子育ての経験はありませんが……」
「大変ですよう、子育て」
ユエミュレム姫も、しみじみと語り出す。
「特に生まれたばかりのときは、数時間ごとになにくれと起こされますし……」
「……そうなんですか?」
思わず聞き返してしまう「大使」だった。
「そうですよう。
夜泣き、排泄物、嘔吐……。
自分ではなんにもできないくせに、こちらに要求することばかりが多くて、しかも、意志の疎通ができない、壊れやすい動物。
そんなものと、四六時中いっしょにいなければならないのです。
何度も、体力と精神力の限界を試されているような気分になりました」
「……はぁ」
なんと返していいのかわからす、「大使」は間の抜けた声を出す。
「それでも、順調に育っていく子をみていると、とても励みになります」
ユエミュレム姫は真顔で続ける。
「妻子を持つのは男性にとっても励みになるようですよ?
少なくともカンジは、わたくしがこちらに来てからずいぶんと奮発したようですが……」
「そうそう。
それなのよ!」
千種も、ユエミュレム姫が出した話題に食いついてくる。
「義妹ちゃんが来る前の完爾なんかねー。
こー、なんてえの? どろろーって、感じででねー。
覇気がないってっていうか、ヘタレているっていうかー……」
「シナノさんも自分のお仕事に誇りを持っていらっしゃるようですし、「大使」さんも、家庭を持つなり仕事に邁進するなりすれば生き甲斐というものが感じられるようになるのではないでしょうか?」
「だよねー」
ユエミュレム姫の総括に、千種もうんうんと頷いていた。
「悪の組織の黒幕なんて非生産的でやり甲斐のない仕事にいつまでも関わっているよりも、ちゃんとした正業に就いてだね……」
「……いや!
あの、ですね!」
この二人のペースに巻き込まれかけていることを自覚した「大使」が、大声で叫んだ。
「わたしがいいたいのは、そういうことではなくて……」
なにかの塊がグラスホッパーの胸元をめがけて飛来する。
グラスホッパーは背をそらせてそれを避けようとするのだが、それでも間に合わずに、結局、二輪車種族からバグ転をする要領で飛び降りる羽目になった。
再度高速度で飛来してくる塊をグラスホッパーは野太刀で払う。
ぼとりとその塊が地面に落ち、それがカエルもどきの切断された巨大な舌、その先端であることに気づいた。
ほとんど間隔をおかずに、再度襲来する巨大な舌。
目を凝らしてみると、この短時間のうちにカエルもどきの舌はすっかり元通りに戻っていることが確認できた。
身軽な挙動で横に飛び退き、舌をよけるグラスホッパー。
もちろん、避ける際にまたその舌を斬り落とすことも忘れない。
グラスホッパーはもともと、動態視力も反射神経も、魔法などによって強化するまでもなく、かなり機敏に生まれついていた。
カエルもどきの攻撃を避けながら、
「さて、どうすっかなー……」
と、グラスホッパーは悩みはじめる。
この手のタフすぎる相手には、短時間に大きなダメージを与えることができる魔法による攻撃をするのが一番手っ取り早いのであるが、そのために必要な術符を今のグラスホッパーはほとんど使い切ってしまっている。
その上、自分自身の魔力も底をつきかけているため、決定打となる攻撃方法に欠けていた。
相手の回復能力を考慮すると、グラスホッパー自身の肉体を駆使した攻撃方法のみでは、効率が悪すぎるのだった。
「……少々時間がかかるのが難点だけど……」
気長に相手の生命力を削っていくしかないかな、とか、思いはじめたとき……。
「手伝いましょうか?」
と、いきなり背後から声をかけられた。
振り返るとそこに、鞘に収まった魔剣バハムを手にした完爾が立っていた。
「……お願いします!」
グラスホッパーは即答する。
もともと、使えるものはなんでも使って、効率よくお仕事を消化していくのが好きな性分である。
相手が誰であろうが、助力をされることになんの躊躇も感じなかった。
次の瞬間、カエルもどきは氷の彫像と化した。
「……彼らは単純です。
どこをどうつつけばこちらが思い描いたような反応をするのか、わたしはよく知っていますよ、ええ。
高名な学者や政治家など、高い知性の持ち主が相手であっても同じ事です。
見栄や虚栄心、劣等感……そうした要素を見切り、分類し、適性な刺激を与えることによって、いいように動いてくれます!」
ことさらに声を張りあげはじめたのは、「大使」がユエミュレム姫や千種のペースに乗せられるまいと身構えているせいなのだろうか。
「……どんな高邁な人間にも下劣な部分というものは存在します。
その下劣な部分をうまく刺激してやれば、人間というのは簡単に制御できます。
個人でもそんなは難しくはありませんが、ある程度まとまった数に集団になるともっと扱いが容易になりますねえ。
彼らは、最初に刺激を与えさえすれば、お互いに煽りあってくれますから。
その方法はあまりにも単純だったので……しまいには、わたしは、その方法をコードに記述して電子の海に解き放ちました。
ごく単純なプログラムで事足りたからです。
今でもわたしの思想的な分身たちは、ネットの中で繁殖しながら諍いを種を撒き、なんということもない種火を煽り続けています!
わたしが死んだあとも、その分身たちは末永く生き続け、人々を苦しめ続けるでしょう!」




