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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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初仕事ですが、なにか?

 完爾はスマホをポケットの中にしまって缶コーヒーに残っていた液体を飲み干し、鉄筋がむき出しになった階段を降りる。まだ鉄筋を組んでいる最中の最上階までは足場が組み終わってないため、外の景色が丸見えだった。高度恐怖症の人なら、そこに立っただけで卒倒しかねないほど見晴らしがよかったわけだが、完爾自身はとくになんの感慨も抱かない。 

「門脇さん、まだ時間ありますよ」

 階下に降りると、防火バケツのまわりに車座になった男たちに声をかけられた。

 彼らは喫煙者であり、休憩時間はこうして定められた喫煙場所にたむろしてだべっているのが常……で、あるらしい。

「いや、もう用は済んだので」

「休憩時間、まだまだ残っているから、休んでおいた方がいいよ」

 彼らは、完爾と同じ会社から派遣されてきた作業員たちだった。

「門脇さん、意外に動けるから今日ははやめに終わるんじゃないかな?」

「おれ一人ではそんなに効率は変わらないでしょう」

「でも、門脇さんが動ける人でよかったよ。うん」

「この仕事、すぐにやめていく人も多いけど、門脇さんはあたりだな」

 今日初日の完爾にむかって、同僚たちは遠慮なく声をかけてくる。

「外見とか年齢ではわかんないんだよな、こればっかりは」

「そうそう。

 実際に仕事をさせてみないとね」

「マッチョなのがまるで使えなかったり、ガリガリのがすいすいこなしたりするからな」

 彼らの、ということは完爾の、でもあるのだが、仕事は、荷揚屋と呼ばれている。

 主として工事現場などで、重量物を各階各戸に移送するのが、仕事の内容だった。リフトやエレベータが使用できる現場ばかりではないから、場合によっては階段ばかりを使用して荷物を指定された場所に配っていく。その荷物とはドアとかアルミサッシ、各種金具などの部材、石膏ボードなどの壁材など、現場により一様ではないのだが、だいたいは重くて数が多い。

 また、首尾よく短時間で仕事を終えられれば、次の現場へはいれることもあり、その場合は二現場分の給料が発生する。それゆえに同じ作業員にむけられる仲間うちの評価は厳しかった。その日組む人間いかんによって、収入が変動する可能性があるからだ。

「でも、今日の荷物は多いから、早く終わっても次の現場に入れないでしょう?」

 今日の荷物は石膏ボード。四トントラックが八台分入る予定だった。

 朝八時から荷物を降ろしはじめて、十時の休憩までにようやく三台分を仮置き場に降ろし終えたところだった。このペースでいくと、昼までに荷のすべてを降ろし終えられるかどうか、といったところだろう。

 完爾たちの役割は、地上の仮置き場に置かれた石膏ボードを階段を使って各階に移送し、各部屋へ決められた枚数を間配りすることである。

 この石膏ボード、壁材として使用されるかなりポピュラーな建材なわけだが、幅一メートル弱で高さ二メートル弱、厚さ十数ミリほどの大きさをしており、規格にもよるが重さは一枚あたり十八キロから二十四キロ前後もある。

 それだけの重量の板材を、一度に四枚以上持って延々と階段を昇り降りして運ぶのが、この日の完爾たちの仕事であった。

「そりゃあ、な。

 でも、だらだら遅くまでやるよりやはく終わって帰りたいでしょう。気分的に」

「そうっすね」

 完爾は、もうこの仕事は長いという寺岡という若い男に、うなづいてみせる。

 肉体を酷使する仕事なだけに、今朝、会社があるマンション前に集まった人たちも、若い者が多かった。寺岡やこの場にいる作業員たちもだいたい十代から二十代で、中には学生のバイトもいるらしい。しかし、完爾のような三十代以上の者はほとんどいなかった。

「どうです?

 門脇さんは続きそうですか? この仕事は」

「仕事自体に不満はありませんが……」

 完爾の口からは、自然とそんな言葉がでてきた。

「続けるかどうかは、なんとも。

 ちょっと事情があって来週あたり休みがちになりそうですし……」

 勇者としての身体能力をいぜんとして保持している完爾にしてみれば、仕事に関してはまるで不満はないし苦痛も感じない。

 それに、来週はユエミュレム母子の検診に通訳としてつき合わなければならないのも、本当だった。

「まあ、長くやる仕事じゃないもんなあ」

 寺岡も、煙草の煙とともにそんな言葉を吐きだす。


 休憩が終わると、再び完爾たち荷揚屋は黙々と石膏ボードを運びはじめる。

 現在、トラックから仮置き場まで降ろす組と、仮置き場から各階に運び込む組の二組に分かれて作業しているが。すでに現場に入ってきて待機していたトラックの運転手が石膏ボードを仮置き組の手渡しはじめるのを横目に、完爾たちは順番に石膏ボードを背中に担いで動きはじめた。

 この日、作業用のリフトは一日ほかの業者が使用しているということで、すべて手揚げだ。十八キロの石膏ボードを四枚、都合七十二キロ相当の荷物を背に乗せ、両手で左右を固定した状態で、作業員たちは黙々と階段を昇りはじめる。完爾も、それに倣う。

 朝のうちに、

「もっと枚数持てますが」

 ともいってみたのだが、

「無理をするな」

「枚数が途中でわからなくなる」

 などと先輩作業員たちにいわれたので、完爾もみなにあわせて四枚づつ背中に乗せ、運びはじめる。

 正直、完爾としてはこの程度の運動では物足りないくらいなのだが、協調性を崩してまでがんばったり目立ったりしようとは思っていない。

 完爾がこの仕事に就いたのはひとえに報酬を得るためであり、そのためにも他の作業員たちとの間で無用な軋轢を作りたくはないのであった。

 仕事中も完爾は肉体的な疲労はほとんど感じず、ただただ退屈なだけだった。

 この現場はかなり大きなマンションで、一フロアあたり五十世帯以上もある。

 いくら郊外といっても、この不景気な時代にこれだけの戸数がすべて捌けるのだろうか? とか、完爾などは思ってしまうのだが、需要があると思ったからこそこうして建築されているのだろう。

 この世の動向に関しては、まだまだ完爾が伺い知れない、予想もつかないことばかりだった。


 昼休憩を挟んで一時過ぎに最後の荷物を仮置き場に降ろし終え、それから作業員総出で間配りをしはじめ、四時過ぎにすべての石膏ボードを配り終えた。

「まあ、この量じゃあ元々二現場は無理だったし、残業にならないだけよかったんじゃないかな」

 とは、この日の班長である寺岡の言葉だった。

 この仕事は基本的に「終わりじまい」だが、一応、定時は午前八時から午後五時までである。

 その日の仕事を終えた作業員たちはぞろぞろと休憩所に入ってだらだらとしゃべりながら二十分近くかけて着替えた。

 この現場から会社まではワゴン車二台に分乗して送迎してくれることになっている。場所的に交通の便が悪く、最寄り駅まで徒歩で三十分以上かかる場所にあったからだ。

 着替え終えた作業員たちから順番に会社のワゴン車に乗り込み、車で四十分以上かけて会社の前まで移動する。

 会社へ給料を取りに行く作業員たちは、そのままぞろぞろとマンションの中に入っていった。

 今日初日で会社へいく用事がない完爾は、車から出ると同時にスマホで明日の予定を確認し、駅へと向かう。


 帰宅すると、なんだかんだで午後六時半を少し過ぎていた。

 今日はいくらかでもはやめに仕事が終わったからこの時間だったが、二現場や残業になったらもっと遅れるだろうし、逆に早くあがれることもあるだろう。

 そればかりは運任せなわけだが……。

「朝五時にでて……かあ」

 移動の時間分は、報酬がでない……という部分が、完爾には気にかかる。

 ことによると、近所でコンビニとか工場の働き口を探した方が、拘束される単位時間あたりの金額は大きくなるかも知れない。

「……ま、他にあてがあるわけではなし、しばらく気長にやってみるか……」

 しばらく考えてみたあと、完爾は結局そのように結論づけた。

 別段、体がきついとかいうこともないわけだし、第一、まだまだ今日はじめたばかりなのにすぐに辞めることを考えるというのも烏滸がましい。

「だけど、そうすると……」

 一日家にいて、暁の世話だけではなく家事まで負担しなければならないユエミュレム姫の負担が大きくなるな、と、完爾は思った。

 完爾が目線をやると、ユエミュレム姫はきょとんとした顔をして首を傾げる。 

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