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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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渋谷の颱風ですが、なにか?

 完爾は暴風と化していた。

 比喩敵な表現ではあるが、実状を的確に表してもいる。

 手当たり次第に魔剣バハムを怪人たちの体のどこかにぶち当てながら、高速で移動していく。

 通常の人間はおろか、動態神経や反射神経が強化された怪人たちにも目に終えないほどの速度で移動していた。

 ときおり、速度特化型の怪人が完爾の動きに気づき、なんらかの対策をしかけるのだが、敏感にその気配を悟った端から完爾が対人用の攻撃魔法により迎撃していく。

 対人用、とはつまり、「魔法が影響する範囲」で分類しているだけである。

 手加減する理由も余裕も完爾にはなかったから、そうした速度特化型の怪人たちは見つかり次第、体のどこかを破損して倒れた。

 完爾は物理的、魔法的な破壊を怪人たちに振りまきながらスクランブル交差点を駆け抜ける。


「……なんだ?」

 周囲で成り行きを見守っていた人々が異変に気づいていたときは、七割から八割ほどのの怪人たちが戦闘不能となっていた。

 いきなり怪人たちの群の真ん中でなんとも形容しようがない物音が発生し、その直後には体のどこかしらを壊した怪人たちが地に伏せている状態だった。

 この「なんとも形容のしようがない物音」とは、高速度で移動する完爾が発した空気抵抗による摩擦音と、それに完爾がなんらかの方法で怪人たちの体を破砕する際に発した音が重なり合ったものだ。それから、暴発や流れ弾を恐れた完爾は、怪人の体といっしょに火器の類にも攻撃を加え、使用不可能な状態にすることにしていたので、そちらの爆発音も重なっていた。

 一度に多くの音が重なったので、重たい濁音としか認識できなかった。

 なにが起こっているのか理解できていないのは周囲の野次馬連中や警官たちだけではなく、当事者である怪人たちも、今、自分たちに起こっている現象を理解できないでいた。

 とりあえず、どうやらこの現象が起こっているらしい、すでに戦闘不能となった怪人たちが折り重なっているあたりに持っていた銃器をむけるものの、引き金を絞る前にその銃器ごと破壊されている。


 完爾以外の者がなにが起きたのか理解する前に、渋谷のスクランブル交差点は怪人の脅威から完全に解放された。

 完爾が目につく怪人たちをすべて無力化するの要した時間は、一分に満たなかった。


「とりあえず、安全にはなったと思うんだが……」

 すべてが終わったあと、こっそり完爾は野次馬の中に戻り、小さく呟いた。

「……こいつら、どうするかなあ?

 これで本当に打ち止めなら、適当な場所へ転移魔法で送ってもいいんだが……」

 累々と重なった怪人たちの残骸を見ての発言だった。

 彼らは、人間なら重傷、機械なら半壊以上といった様子で、少なくとも戦闘能力は完全に封殺されていた。

 かなり壊した上に、念を入れて残った体も凍らせておいたので、あと数時間は自分の意志で身動きができないだろう。

 鞘に収まったままの魔剣バハムを肩に起き、スマホでメールの着信をチェックする。

 そして完爾は、

「……今度は、六本木か……」

 と呟いた。


「……馬鹿馬鹿しい!」

 千種が叫んだ。

「そんなくらだいことのために、これだけ大勢の人を巻き込んで!」

「くだらない。

 ……くだらない、ですか?」

「大使」は、ゆっくりと首を振る。

「それはいったい、なにを形容するお言葉なのでしょうか?」

「あんたの思惑とか、諸々すべてよ!」

 千種は、なおも「大使」を糾弾した。

「最悪!

 結局、たかだか自己満足のために、こんな茶番を仕込んだなんて……」

「茶番と申されましても、ねえ」

「大使」は薄気味の悪い笑みを顔に張りつけながら、平然としゃべり続ける。

「それをいうのなら、この世の中すべてが盛大な茶番なのではないでしょうか?

 少々自分語りをさせていただければ、わたしは幼少時、まだ完璧に善なるものがあり、この世は然るべき秩序によって支配され動いていると教えられて育ってきました。

 しかし、実際に成長してみると、どうでしょう。

 昨日の正義が今日のギロチン。

 王政が革命でひっくり返ったかと思えば、すぐにあのコルシカの戦争巧者が皇帝なんていうものに成りあがり、数年後には失脚する。

 この世の秩序なんてものは数年単位で目まぐるしく変わり、そう、そしてその変わり目には民衆が醜悪な本性を現して吼え、暴れ回るのです。かと思えば、つい先ほどまでの正義とは真逆の旗を仰いでそのことになんの呵責も感じていない厚顔さ。

 はは。

 民衆とは、昔も今も変わらずに移り気で短絡的、短慮で感情まかせの怪物ですよ。

 おっしゃるとおり、この世はすべて茶番でございます。

 この世の神はいません。いたとしても、人の営みには興味を持っていません。

 どんなに科学技術が進歩したとしても人々の本質には大差はなく、人々はただ本能のままに蠢き、その本性は豚にも劣る。

 たとえばあの怪人たちです。

 彼らはみな、それぞれの動機に基づいてみずからの体を術式と融合させ、人ならぬ者へと変性いたしました。

 それなのに、やりたがることといえば人であったときの欲望をそのまま実現させることだけ。

 能力が強化されようともやはり醜い本性には変わりありませんでした。

 わたしはねえ、ええ。

 彼らをせいぜい抑えつけていたのですよ。

 あまり人目にたち過ぎれば、全世界を敵に回しかねないからです。

 グラスホッパーが去年大きく数を減らしてくれるまで、どれほど苦労したことか!

 彼には大いに感謝しているのですよ、ええ。彼らを制御するわたしの苦労を大きく削減してくれましたからね。

 怪人たちもその他の人々も、その本質は変わりありません。

 クソですよ、クソ!

 自分の狭い了見だけで物事を判断し、さらなる高みへと昇ろうとする意欲を持たない。

 かろうじて知性があるにしても、それよりも特定の刺激に反射して蠢くだけの蛆虫どもですよ!

 今回の件でも、自分の欲望に忠実に動いていた怪人たちとその他の人々とでどれくらいの違いがあるというのですか!?」

「……「大使」」

 ユエミュレム姫が、凛とした声で短く指摘した。

「あなたは、狂っています」

「ごもっとも、ごもっとも。

 いやさ、いわれるまでもなく」

 ユエミュレム姫の声に、「大使」はしきりに頷いてみせた。

「わたしは狂気に犯されていますよ。もう長いことになります。ええ。

 ですが、それがそんなに大事なことなんでしょうかね?

 狂ったわたしの手配によって暴れた怪人たちはこの都を蹂躙しようとしました。

 いや、グラスホッパーや貴女のご主人がいなかったら、間違いなくあの都はかなりの被害を被っていたことでしょう。

 場合によっては自衛隊や在日米軍が出るような自体になっていたかも知れません。

 日本の警察だけでは、怪人たちは抑えきれなかったでしょう」

「ですが、現実には、半日もせずにほとんど鎮圧されました」

 またもや、ユエミュレム姫は冷静な声で指摘する。

「あなた方は完全に敗北したのです」

「……敗北? ですか。

 はは。

 なにをもって敗北というのでしょうか?

 いや、われわれは誰に負けたというのでしょうか?

 貴女のご主人やグラスホッパーが勝利者になるわけですか?

 ええ、ええ。

 いいでしょう、いいでしょう。

 ですが彼らの勝利はその他大勢の一般市民の勝利とは呼べません。

 なぜならば、彼らはその他大勢の一般市民たちよりは、わたしや怪人たちの方に近しい存在ですからな!」

「だから、なんだというのでしょうか?」

 ユエミュレム姫は、首をかしげた。

「表層的なことはともかく、その内面や本質はごく普通の人たちとあまり変わりませんよ。

 カンジも、シナノさんも。

 むしろ……普通の人々とそうでない人の間に線を引こうとするあなたの発想に、あなたの狂気の源泉があるように思えます。

 カンジたちは自分たちの特異性によって立ち、他者を貶めるということをしません。そのような発想さえ、持ったことがないでしょう。

 しかし、「大使」。

 あなたはどうやら、そうではないようですね」

「……だって、仕方がないでしょう!」

 ここではじめて、「大使」は感情を露わにした。

「……他の人たちは!

 すぐに、すぐに……善き者も悪しき者も、賢い者も愚かな者も平等にすぐにわたしの前から居なくなってしまうのですから!

 常に取り残される側であるわたしは、わたしは……いったい誰に、この感情をぶつければいいというのですかっ!」


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