迷走中ですが、なにか?
建物の中を一通り探しててみも、姉はおろか人の気配というもの自体がなかった。
先ほどの待ち伏せとあわせて考えると、やはりこれは完爾一人に狙いを絞った罠なんだろうな、と、完爾は判断する。
建物の外に出るとガトリング砲の銃声を聞いた周辺の住人が通報したのか、パトカーが何台か到着して建物の内部に突入する準備をしているところだった。
完爾は間違って拘束されないよう、両手を高くあげて敵意がないことをアピールしながら警官たちに近づきいて名乗った。
警官たちは完爾についてなにも知らされていないらしく、完爾が身分証をみせ、
「警視庁の伏見警視と弁護士の間際先生に問い合わせてくれ」
と暗記していた二人の連絡先を何度か暗唱することで、ようやく態度を軟化させて完爾のはなしを聞く姿勢をみせた。
警官の一人が伏見警視と連絡を取ってからは完爾のはなしを積極的に聞いてくれるようになり、完爾は、伏見警視に事態の収拾を頼まれたことを強調しながらこれまでの経緯を説明する。
事情聴取につき合った警官以外の人員は、建物の中に入っていった。
説明が終わると完爾は近くの駐車場に案内され、小型の国産車を示されて、
「この車にみおぼえは?」
と、確認される。
「姉の車ですね」
車種と色からおそらくは、と思っていたが、念のためナンバープレートを確認してから、完爾は答える。
「この車がここにあるってことは、姉は……」
「おそらくは、別の場所へ移動したあとかと」
制服警官の一人がもっともらしい顔でそんなことをいう。
……捜査とかは、そもそも完爾にできることではないし、この場は警察に任せて別の場所へむかうべきだな、と、完爾は判断した。
ユエミュレム姫や姉の千種のことはもちろん心配しているのだが、その二人の行方について手がかりらしいものが尽きた以上、虱潰しに現在暴れているやつを潰していけばいつかはその二人に行き着くはずだし、あるいはむこうが完爾を脅威に感じてなんらかの反応をしてくる可能性もあった。
「……とりあえず、うちの身内のことは警察の方々にお任せします。
なにかわかったら報せてください」
そこで、完爾はそういった。
「おれはこれから、やつらを片っ端から制圧しようと思いますが……どこから手を着ければいいですか?」
ここで警察側が完爾に協力してくれないようだったら、ニュースなどの情報を頼りにして勝手に動くつもりだった。
車から降ろされた千種に男たちは手荷物を預けるよう、要求してきた。
さて、ここで逆らったらどういうことになるんだろうか、とも思ったのだが、すぐに、
「現在、首都圏の全域でわれわれの同士が活躍しています。
あなたがこちらの要求を受け入れてくれない場合、無関係の人たちが無差別に傷つけられることになります」
と説明され、抵抗する気は失せた。
「こちらが協力しなくても、一般市民の死傷者は出るんじゃないの?」
せめてもの抵抗で、軽く眉根を寄せなから、そういってやる。
「程度の問題になりますね」
千種に説明してくれた男は笑顔になってそういった。
「一口に同志といっても、いろいろな方がいます。
紳士的な人もいれば、そうでない人もいる。
あなたが抵抗をすれば、本来紳士的な態度を取っていた人にも、無辜の人々を襲うような指示が飛ぶ手はずとなっております」
つまりは、脅される側である千種の心理面での問題に帰結するらしかった。
結果、千種はいわれるままに仕事関係の書類が入ったブリーフケースを渡した。
「携帯電話やスマートフォンのたぐいもお渡し願いますか?」
丁寧な物言いで、その男は重ねて要求をしてきた。
「それが済んだら、こちらの目隠しをおつけください」
なにもかも気にくわなかったが、千種はそれらの要求をすべて呑んだ。
「……姉君!」
目隠しをしながら手を引かれ、何度か角を曲がったりエレベーターに乗ったりしたあと、懐かしい声が聞こえてきた。
「義妹ちゃん?」
千種は声をあげる。
「ここにいるの?」
「もう、目隠しをはずしても結構ですよ」
男の声が、背後からした。
「お二人には、しばらくこの場に留まってもらいます」
その直後に、重たい、扉が閉まる音が聞こえてきた。
千種は素早く自分の目隠しをむしり取り、周囲を見渡す。
まず、壁一面を占めている大小のモニター群が目に入った。
どうやら、日本の市街を中継しているらしく、渋谷や新宿など、千種も何度か足を運んで目に馴染んだ風景が映し出されている。
異様なのは、それら日常的な風景の中に、必ず異物が映りこんでいることだった。
醜悪な……というか、滑稽に見えないこともない、着ぐるみのような、人影。
一応、二本づつの手足があることや大体のシルエットが人間の形を模しているようにみえたが、細部は一体一体異なっている。
「去年の夏のと、同じようなの?」
千種は、パイプ椅子に座っているユエミュレム姫にそう訊ねた。
「似て非なるもの……のようです」
ユエミュレム姫は、真面目な表情で答えた。
「もっと強力らしく……おそらくは、以前、靱野さんから聞いた、改造人間と呼ばれる方々ではないかと……」
モニターの中の改造人間たちは、強盗や公道での暴走行為、傷害、それに千種にはなにをしているのか検討さえつかない不思議な行為など、かなり好き勝手なことをして暴れていた。
ユエミュレム姫と千種は自分たちが捕らわれた経緯を説明し合い、そのあと、
「ここはどこだろう?」
というはなしになった。
ユエミュレム姫も千種と同じく、持ち物とスマホを取りあげられているため、地図アプリでだいたいの現在地を推測することもできなかった。
「それに……目隠しをされてここに連れられている最中、何度か転移魔法をしたときのような感覚がありましたから……」
だから、ここがどこになるのか、容易に断定はできない、という。
「……転移魔法か」
千種は、不機嫌な表情でそう呟く。
「わたしも、それをやられているのかな?」
「おそらくは。
わたくしたちに目隠しをしたのも、そのことを誤魔化すためでしょうし」
「……やつらがわたしたちを誘拐した目的は?」
「……さあ?」
ユエミュレム姫は、首を傾げる。
「わたくしたちとカンジを分断して、遠ざけること。このことは、まず確実だとは思います。
ただ、わたくしたちを人質にとっても、完爾には意味はないでしょうし……」
「……だよねー」
千種は、ため息をつく。
「あの馬鹿、いったん怒りはじめると、冷静にどこまでもトコトン怒り続けるからなー。
ましてや、今はあれだけの攻撃力と不死身の体があるわけだし……」
正直なところ、千種は完爾の敵の方に哀れみを感じていた。
今頃完爾は、自分たちが誘拐されたと気づいて動きはじめているところだろうか?
「……あれ?」
千種はモニターのひとつを指さして、指摘をする。
「これ、靱野さん……この格好をしているときは、グラスホッパーといった方がいいのか。
とにかく、彼じゃあないのか?」
千種が指さしたモニターの中では、丸い兜に胸当て、手甲、脛当て……といったお馴染みの格好をした靱野が、妙に曲線の多い、生物的な形状のバイクに乗ったまま、改造人間に体当たりしているところだった。
モニターの中のグラスホッパーは、バイクを縦横に操りながら、手際よく改造人間をひとり、またひとりと無力化していっている。
グラスホッパーのバイクは急制動や後進、はてはその場で宙返りや垂直の壁面を走ったりと、どうみても物理法則を無視しているようにしか見えない機動性を見せていた。
「……あれ」
しばらくして、ユエミュレム姫が数あるモニターの中の一つを指さした。
「カンジでは、ありませんか?」
「おお」
千種も頷く。
「あれは……うちの翔太がお世話になっている保育園だな」
モニターの中の完爾はあっというまに保育園を占拠した怪人たちを無力化し、翔太と暁を伴って姿を消した。
しばらくして、完爾は別のモニターの中に姿を現した。
そのモニターの前には少し前から数人の改造人間がゴツいガトリング砲を構えていたのが、その射線が交差するあたりに、突如、完爾が姿を現しただ。
思わず、千種は、
「……あっ!」
と叫び声をあげる。
千種の予想通り、完爾の上半身は瞬時に消失した。
「大丈夫ですよ」
ユエミュレム姫が、落ち着いた声で千種を慰める。
「この程度なら、いくらもしないうちに元通りになるはずです」
ユエミュレム姫の言葉通り、体半分を吹き飛ばされた完爾は、それから何分もしないうちに完全に復活した。
それどころか、体を再生させる途中で魔法を使用し、指一本触れずにその場にいた改造人間を倒した。




