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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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お留守番ですが、なにか?

 翌朝、完爾は普段よりも二時間くらいはやく起きて朝食と弁当二つを用意し、作業着に安全靴の姿でそそくさと家を出た。

 昼間、長時間、暁と二人きりになるユエミュレム姫のことが心配といえば心配ではあったが、注意事項や簡単な料理の作り方、緊急時の対策として、電話やタブレット端末を使用しての完爾への連絡を取る方法なども懇切丁寧に説明した上で、念のため、ノートにむこうの言葉で一通りの説明を書き記しておいたので、あとは実際に留守番をさせてみて、様子を見てみるしかない。

 ユエミュレム姫がこちらにきてからまだ一週間にもならないことを考えると、いささか性急にすぎるかな、とも思うのだが、ユエミュレム姫もいずれこちらの世界に完全に適応するしかないわけで、遅いか早いかの差はあってもいつかはこういう日が来るのだと自分自身にいいきかせて、後ろ髪を引かれる思いで家を出る。

 家を出る際にも完爾は「くれぐれも、火の元には注意するように」などといった些事をぐだぐだいっていたが、笑顔のユエミュレム姫に「いってらっさい」とおぼえたての微妙な発音の日本語で見送られ、ようやく仕事へと向かう。


 残されたユエミュレム姫といえば、目覚ましが鳴ると同時に千種や翔太を起こしにいき、二人が顔を洗っている間にみそ汁を温め直す、茶碗にご飯を盛るなど朝食の準備をおこなう。

 朝食の席で千種は、

「あー。

 そうか、完爾、今日から仕事かー……」

 とかいい、そのあと、翔太に向かって、

「今日から前みたいに、三枝の奥さんがお前の送り迎えをしてくれるからなー」

 といった。

 翔太は、

「うん。

 カンちゃんがいってた!」

 と元気よく答えた。

「義妹ちゃんも、一人でお留守番かぁー」

 日本語が通じないことを承知の上で、千種はユエミュレム姫にもはなしかける。

「ひとり、ない」

 ユエミュレム姫は、アクセントがどこかおかしい、ぶつぎりの日本語で答える。

「あきら、いる」

 文法などはまだまだだが、よくつかう単語などはいくつかおぼえ、はなせるようになっていた。完全に意思の疎通ができるわけではないが、千種がこうしてはなしかけさえすれば、聞き取れた単語や相手の表情から推察して、なんとか会話をしようと試みる。

 まともに日本語に触れてから今までの時間を考えると、かなり驚異的な学習速度ではないか、と、千種は思った。普段は完爾と二人で長々と会話していることが多いが、その幾分かを日本語に切り替えれば、ユエミュレム姫の学習速度はさらに加速するに違いない、とも思い、これはあとで完爾に伝えておこうと脳裏にメモをする。


「この後すぐ、この子のお迎えが来るから。

 女の人。

 翔太が知っているから、その人に預けて」

 食事を終え、千種がそう確認すると、ユエミュレム姫も、

「はい。

 カンジ、聞いてる」

 と、微笑みながらうなづいてくれた。

「いってらっさい」

「いってらっしゃーいっ!」

 ユエミュレム姫と翔太に見送られて、千種は今日も出勤した。


「ショウタ、飲む、ジュース」

 千種が家を出ると、ユエミュレム姫は冷蔵庫を開けながら翔太にはなしかけた。

「飲む、飲む!」

 ユエミュレム姫はコップふたつに紙パックの野菜ジュースを注ぎ、そのうちひとつを翔太の前に置いた。

 翔太はリモコンでテレビをつけ、ジュースを飲みはじめる。テレビに映し出されたのは、子ども向けのバラエティ番組だった。他のテレビ番組と同じくユエミュレム姫にとっては場面展開がはやすぎ、けたたましい印象を受けるのだが、そのかわり内容的に刺激的な情報が少ない。

 昼間に再放送されている「ドラマ」というのがほとんど愛憎劇と殺人事件に占められていることを知って、ユエミュレム姫は少し衝撃を受けたものだった。

 あとで完爾に説明を求めると、

「いやあれは、あくまで作り事だから。多くの人の関心を引くように、刺激の強い内容にしているの」

 と説明された。そして、そのあと、

「それにいい大人は、普通はこんな時間は働いていて、昼間っからテレビなんかみないから」

 と続けた。

 皮肉なことにそういう会話をしていた当の完爾が昨日まで仕事をしていなかったわけだが、昼間この室内にいるときでも、完爾は、テレビを観る習慣がなく、本やノートを開いているかネットの情報を漁っているかのどちらかだった。

 むこうでもそうだったが、基本的に完爾は勤勉であり、無為の状態にあると居心地が悪くなる気質であるらしい。


 インターフォンが鳴って、翔太が、

「やちよさんだー!」

 といいながらとたとたと玄関まで駆けていく。

 ユエミュレム姫は翔太の鞄や帽子を手に取って、そのあとに続いた。

 翔太がドアを開けると五十年輩の女性がたっていて、ユエミュレム姫の姿を認めると少し驚いたようだった。

「ショウちゃん。

 この人がカンちゃんの?」

「ユエさん!」

「そうなの? あの……」

「ニホンゴ、わかりません」

 ユエミュレム姫は故意にたどたどしい発音でそういい、翔太に鞄と帽子を手渡した。

「ショウタ、お願い」

「は、はい」

 多少は千種に説明を受けていたのだろう。

 ユエミュレム姫がにこにこしながらそういうと、「やちよさん」少し怯んだ様子で翔太の手を取った。

「それでは、ショウちゃん。

 いきましょうか」

「うん。

 いってきます!」

 閉じたドアのむこうで「やちよさん」が翔太にユエミュレム姫のことを詮索しようしている声が漏れ聞こえてきたが、翔太がユエミュレム姫のことをうまく説明できていたのかどうかまではわからなかった。

 そもそも、翔太がユエミュレム姫たちのことをどのように理解しているのか不明だったし、仮に真相に近い理解をしていたと仮定しても翔太が予備知識のない大人にうまく順序だてて説明できるのかという問題もある。

 ……おそらくは、ちぐはぐで頓珍漢な問答になっているのではないか……と、ユエミュレム姫は予想した。


 ユエミュレム姫は残った食器を洗ってから洗濯機を回し、室内の掃除をはじめる。どれも毎日のように完爾がやっていたことであり、ユエミュレム姫もずっとそばでみていたり手伝ったりしていた行為だったから、問題なく完遂することができた。それに完爾が書いてくれたノートをみれば、細々とした注意事項も書いてある。

 暁の世話をはさみながら一通りの家事をやりおえて一息ついていると、けたたましいベルがなった。

 ユエミュレム姫はその場で少し飛び上がったが、それが電話の呼び出し音だということに気づいてリビングに置いてある固定電話を確認する。ナンバーディスプレイに完爾のスマホの番号が表示されていることを確認し、ユエミュレム姫は受話器を取って耳に当てた。

『もしもし、完爾だけど』

「はい。

 ユエミュレムです」

『ああ、よかった。

 ちゃんと電話の使い方を理解できてたか』

「あれだけしっかり説明されれば、いやでも理解できます」

『それはよかった。

 で、そっちはなにか問題起きてない?』

「問題、ありません。

 ちゃんと、お留守番しています。

 ……あっ」

『どうした?』

「カンジ、今、遠く離れたところにいるんですよね?」

『まあ、そうだけど。

 そのアパートから……そうだな。

 三、四十キロは、離れているかな?』

「そんなに……。

 凄いですね、電話って……」

『今さら』

 電話のむこうで、完爾は少し笑ったようだった。

『問題がないようだったら、いいや。

 今休憩中だから、様子を知りたくて電話したんだけど……そうだな。

 電話を切ったら、メールのチェックをしてみな』

「メール……タブレットのアプリ、ですね?」

『そう、それ。

 今からメールを送ってみるから』

 そういって、完爾は電話を切った。


 受話器を置いたユエミュレム姫がタブレット端末を手に取ると、メールの受信音が鳴り響く。

 メーラーのアプリをタップして受信メールを確認すると、缶コーヒーを片手に持った完爾が、抜けるような青空を背にして立っていた。

 完爾は、鉄骨だけの、かなり高い建物の中にいるようだ。

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