保育園の解放ですが、なにか?
保育園の門前で、「さて、どうするか」、と完爾は考える。
完爾の能力をもってすれば、保育園の敷地内に潜入している怪人物たちを制圧する事態は、実はたやすい。しかし、場所が問題だった。
「翔太と同じ要な年頃の子たちに、バイオレンスなシーンを見せるわけにもいかんしなあ」
などとと思う。
子どもたちに実際に殴る蹴るなどの乱暴な場面を見せたくはないよな、などと思っているあたり、完爾にはまだしも余裕があった。
まず完爾は、これ以上の増援が来ないよう、かなり広範囲に数種類の「所払い」の呪をかけることにした。
これは、不穏な者、悪意を持つ者、が保育園に近づこうとすると自然と道に迷って目的地に到達できなくするといった、結界魔法の一種であった。魔法としてはかなりシンプルな部類にはいるが、完爾は有り余る魔力にまかせて数種類を執拗に重ねがけして万全を期した。
敵側がたかだか保育園を重要視するとも思えないのだが、万が一ということもある。
続いて完爾は、庭先に立っていた怪人物たちを球形の力場で包み込んだ。
これもまた、結界の一種であった。単純に、物理的な力を極端に外部に伝えにくくする、そんな結界である。
目につく怪人物たちを片っ端から結界に封じ込めると、完爾はそのまま門を開け、大手を振って正面玄関へと歩み寄った。
完爾の姿を認識した怪人物たちは慌てて駆け寄ろうとするのだが、結界のせいでそれが果たせず、その場でころころと球形の結界ごと転がる。
どうみても特撮番組の着ぐるみにしかみえない者たちが透明なボールの中に閉じこめられて右往左往している姿は、滑稽ですらあった。
いや、「特撮番組の着ぐるみにしかみえない」時点で、すでにかなり滑稽ではあるのだが。
ともあれ、その中の人たちは外見ほどには滑稽な存在ではなく、その証拠にぎらついた目つきで完爾を睨み、中には銃器を出して完爾に狙いを定める者も出たが……結界に捕らわれている以上、これは自殺行為でしかない。
その様子を横目で確認した完爾は、
「あーあー。
やめといた方がいいと思うけどなあ……」
と思いつつもなにもせず、保育園の内部に声をかけた。
「……すいませーん!
こちらでお世話になっている門脇翔太と門脇暁の保護者ですが、職員の方はいらっしゃいませんかー!」
その横で、自らはなった銃弾が結界の中で跳弾し、自傷した怪人物が何名かいたようだが、そちらの事情は完爾の知ったことではなかった。文字通り、自爆したわけだし、なにより身体を改造までしているのだから、多少の出血程度で死ぬこともないだろう。
返事がなかったので、完爾はそのまま、
「ちょっとお邪魔させてもらいますねー」
と声をかけてから、中に入る。
中では、児童たちか部屋の片隅に寄せられており、怪人物たちが児童たちを取り囲んでい監視をしていた。
保育園の職員の人たちは別の隅、外からは見えない場所に集められて、手足を拘束され猿轡までかまされている。
ああ、なんというスレテオタイプな情景、と、完爾は心の中で嘆息する。
……こいつら、おれが来なかったら何時間でも保育園ジャックを続けていたのだろうか?
などと思いつつ、片っ端から無詠唱の魔法を使用して怪人物たちを球形の結界に閉じこめ、そのままスタスタと職員たちのそばに近寄って、手足の戒めを解いて猿轡をはずした。
「……大丈夫ですか?」
完爾は、そう声をかける。
「なにが起こったのか、状況はなんとなく想像できますけど。
とりあえず、目についた怪人たちは無力化しておきました。
別のところに捕らえられている人はいませんか?」
「……門脇さん、ですか?」
解放された職員たちは涙目になりながら、完爾をみあげる。
「ええ、門脇です。
以前、翔太の送迎をしていた……」
「……おぼえてますけど……」
「園内に、他の危険人物とか人質はいませんか?」
保育園の職員たちは、すっかり怯えてしまっていた。
だが完爾は、あえて、質問を重ねる。
「それと、他にもまだ、捕まっている人が残っているとかは?
職員さんや子どもたちは、全員、この場にいますか?」
いきなりこんな目にあえばそうなるのも無理はないのだが、今はこの保育園の安全を確保するのが先決だ。
「落ち着いて、確認してください。
今はまず、全員の無事を確認することが重要です。
おれには確認できませんから、皆さんにやっていただくしかない」
完爾が少し強い語調でそういうと、職員たちはよろよろとした足取りで立ちあがり、
「……は……」
「はい!」
と返事をして、園児たちの人数と顔を確認しはじめた。
「おれは、別の部屋をみてきます。
まだ怪人たちが残っているかもしれない」
そういうと完爾は、職員部屋の方へむかった。
職員室は無人だったが、園長室には手足を縛られた園長と今までに見てきた怪人よりも一回り大きい怪人が居座っていた。
その場は子どもの目がない場所だったので、完爾は躊躇なくその怪人の顔をぶん殴る。保育園を損壊したくはなかったため、相手が吹っ飛ばないように腕を掴むことも忘れなかった。
いくら身体を改造してあるとはいえ、ベースとなっているのは人間である。頭部に脳が収納されていることには変わりがなく、完爾の力でその頭部に強い衝撃を与えられた怪人は意識を失い、その場に崩れ落ちた。
完爾は念のため、その怪人も例の結界に封じ込めた上で園長の拘束を解き、
「こちらでお世話になっている門脇翔太と門脇暁の保護者ですが……」
と話しかける。
「……その二人を引き取りにきました。
その子たちをこのままこの保育園に置いておくと、このような不審なやつらを招き寄せる原因となります」
園長は完爾の顔をまるで化物でもみるような目つきでみながら、こくこくと小刻みに頷く。
「……一応、かなり厳重に悪いやつらが近寄れないような仕掛けを施しておきましたから、これ以上の被害は受けないと思います」
完爾は職員たちにそう告げる。
「この怪人たちは、このまま身柄を警察に任せた方がいいかと思いますが……その警察は今、かなり忙しいことになっていますから、こちらに来るのは少し遅れるかも知れません。
まあ、このまま邪魔にならない庭の隅に置いて、放置しておくのが無難かと思います」
二十名近くいた怪人たちは、結界に入れたまま完爾がころころと転がして庭の片隅に集めてから一斉に結界を解いて電撃を浴びせ、保育園から借りたロープでかなり厳重に縛って拘束しておいた。
皮肉なことに、このロープはついさきまで職員たちを拘束していたものをそのまま転用している。人体に対して使うのにはかなり強めの電流を流しておいたから、半日や一日は起きあがれないものと完爾は予想しているので、このロープはあくまで保険的な意味合いしか持っていないのだが。
職員たちは毒気の抜かれた顔つきで、完爾の指示に頷いていた。
「……それでは、先を急ぎますので、翔太と暁はこのまま連れて行きます」
片手で暁を抱き、もう一方の手を翔太と繋いだ完爾は職員たちに別れの挨拶をした。
「状況が落ち着いたら、またお世話になると思いますので、そのときはよろしくお願いします」
そういう言葉を残して、暁と翔太を連れた完爾は、一瞬で姿を消した。
「……うわぁっ!」
「ひゃっ!」
コンサルティングの事務所へ転移すると、事務員二人が悲鳴をあげて迎えてくれた。
「あ、悪い」
完爾は、軽く謝っておく。
「そういや、二人は転移魔法を直に見るのははじめてだよな。
そりゃ、驚くか」
「……社長。
この子たちは?」
「おれの娘と甥っ子。
保育園が占拠されていたからちょっと時間かかったけど、保護して連れてきた。
ほら、翔太。
おねーさんたちにご挨拶」
「かどわきしょーた。
ろくさいです」
「まだ誕生日来てないから五歳だろ」
「もうすぐ誕生日だから、だいたいろくさいです」
「……まあこんな感じなんだが、しばらくこの異常事態が落ち着くまで、こちらに居させて欲しい。
なるべく大人しくしているように、いい聞かせておくから」
本来なら翔太のような幼児を仕事場になど連れてきたくはないのだが、今のような非常事態だと、手元に置いておくのが一番安全なのだった。
「ところで、白山さん、こっちに来てる?」
「今、水とか食料の買い出しにいってます。
ひょっとすると長期戦になるかも知れないからって」
なんか先のことを考えているよな、あの人も……と、完爾は思った。




