雇用時の判断基準ですが、なにか?
「それと、将来的なことを考えると自前のサーバは確保しておいた方がいいですし」
白山さんは、さらに続ける。
「今の時点ではそんなに必要はないのかも知れないけど、将来、魔法の知識を公開するとき、自前のサーバがないと公開する場所がないでしょう?」
そこまで説明されて、完爾は、
「……あっ」
と小さく叫んだ。
エリリスタル王国語については文科省なり城南大学なりのバックアップが期待できる。
しかし、「魔法の知識」の伝播に関しては、特定の国家、省庁、組織に手伝って貰うわけにはいかないのだ。下手に外部に貸しを作ると、公平な扱いを保証することが難しくなってくる。
外部の手助けを期待せずに、全世界に情報を……というと、やはり、webを利用するのが一番効率的、かつ、現実的なのだった。
「いざそのときになって公式のサイトを公開する手もありだとは思うけど、一年でも二年でも先行して継続しておいたほうが、信用度というものも違ってきますし……」
白山さんはそういって、完爾たちに手の甲を見せて親指を折る。
「こちらからの情報配信手段を確保して、継続的に発言していく、というのがまずひとつね。
それ以外の情報戦略としては……」
「……まだあるんですか?」
完爾は、半ば呆れて聞き返した。
「こんなものは序の口ですよ」
白山さんは自分の指を順番に折りながら、数えあげていく。
「情報戦略に沿った、意識的なパブリックイメージの形成でしょ。
それから、この前の東京湾のときのように、完爾くんが不本意ながらも露出しなければならなくなったとき、マイナスのイメージがつかないようにフォローする戦術と対処マニュアルの策定でしょ。
あと、肝心の組織作りについても、基本理念の徹底から人材の登用、育成まで包括的に考えて構築していかなければなわらないわけだし……。
こうしてみると、確かに今までのように少人数で対処していくのは難しそうねえ」
「あの……」
ここで遠慮がちに、完爾が口を挟んだ。
「あんまり大勢の人を雇うような資金は、現状では確保できないんですが……」
人件費は、重要な問題だ。使えるスキルの持ち主を一定時間以上拘束しようとすればまとまった金額がすぐになくなっていく。福利厚生も含めれば、さらに多くの現金があっという間に消えていく。
一応、「コンサルタント」名義の口座には決して少なくはない金額がプールされているわけだが、この魔法の知識をどうこうする仕事は当面、収入を産むことはない仕事なのだ。
慎重になるは、決して間違った判断ではない……完爾は、そう思う。
「そうですね。
今はこの事業が本格化する前の、準備段階ですから……。
広報活動と、それに本格化したあとのための準備活動を少数精鋭で行っておくべきでしょうか」
完爾の指摘に、白山さんは素直に頷いてみせた。
「実際に、知識の普及活動が行われるようになれば、一気に収入は増えるはずですから。
それまでは、地道な広報と来るべき日に備えた準備に専念をしておくのが収支面からみても無難かと。
サイトの構築などは外注できますし……」
「今の会社のサイトを作ったところに頼むこともできますし」
完爾は、そう指摘をしておく。
通販や在庫管理のシステムを頼んだときにも何社かに見積もりを出させて検討したのだが、実際に頼んだ会社が比較的良心的な予算で満足のいく結果を出してくれた。
今まで、何度も顔を合わせて打ち合わせをしているから気心が知れているし、またそこに頼んでも特に問題はないだろう。
「すでに心当たりがあるようでしたら、そこに頼みましょうか」
白山さんも、完爾の提案に異議をとなえることはなかった。
「そうした些末な作業はどんどん外注してしまっても構わないと思います。
それよりも、今、注力しなければいけないのは、もっと根本的な戦略とかをしっかりと構築しておくことです。
幸い、基本となる理念はすでに確固としたものをお持ちなわけですから、それを実現するためにはどういう行動をとれば効果的なのかを考え、現実的なプランにまで落とし込む作業が必要となります。
先ほどからはなしている広報についても、その一部、一例になるわけですね」
完爾とユエミュレム姫は、知らず知らずのうちに頷いていた。
なんだか、白山さんから授業を受けているような気分になってきた。
「……ということで、わたしがやるとすると、このような感じになるわけですが……」
ここで白山さんは、口調をぐっとくだけた、柔らかいものにして微笑んだ。
「どうですか?
御社では、わたしは使いものになりそうですか?」
そのあとは特に突っ込んだ内容を話し合うことはなく、店の予約時間が終わるまで普通に飲食をして過ごした。
この場で詳しい内容をはなしても発展性がないし、なにより、まだ白山さんを正式に雇用することが決定したわけでもない。完爾の中では「信用できそうだし、頼りになりそうだな」という感触を得ていたのだが、ユエミュレム姫の意向も確認したかったし、この場で即決して本人に告げるというのもなんとなく決まりが悪い。
少し時間をおいて、帰ってからはなしあってみたいという気持ちもあり、あとの時間は実務的なことではなく、白山さんの性格を知るための雑談に費やした。
具体的には、お互いの家族のはなしとかがメインになったわけだが。
白山さんは、昔の勤務先で知り合った少し年上の旦那さんと中学生になったばかりのお嬢さんとの三人暮らし。お嬢さんが産まれてからは専業で主婦業に勤しんでいる。最近、もう一度働きたいという願望が強くなった。旦那さんも、基本的には賛成してくれているのだが、毎日残業続きで帰りが遅くなるような勤務は望んでいない。ある程度、家庭を優先してもできる仕事を捜していたところに、千種から声をかけられた……ということだった。
完爾たちも、翔太や暁のことも含めて育児のことや毎日の食事作りなど、日常的な話題を選んで雑談に興じ、予約時間はすぐに終わってしまった。
四人で店を出て、最寄りの駅で「帰る方向が違う」という白山さんと別れ、完爾たちは身内三人だけになる。
「よさそうな人だったろ?」
ホームで電車が来るのを待つ間に、千種がそんなことをいってきた。
「うん。
性格的にも、能力的にも、問題はないように思った。
あー……おれ的には、ね」
完爾は、言葉を選びながら答えた。
「ユエ的には、どうだった?」
結局のところ、完爾はユエミュレム姫の意見を早く確認したかったのだった。
「そうですね」
ユエミュレム姫は、少し考え込む表情になった。
「あの人でしたら、特に問題はないと思います」
「問題はない……ということは、義妹ちゃんが期待するところまでには届かなかったか」
千種は、軽く首をそらして天井を仰いだ。
「あれでも、かなり厳選して紹介したつもりなんだけどな」
「いえ、あの方でも、不足を感じるということもなんですけれども……」
ユエミュレム姫は、少し難しい表情をしている。
今感じていることを、どのように言葉にするのが順当なのか、迷っているような顔をしていた。
「……ただ、あの方はあまりにも普通の人なので、突発的で非常識な事態に直面したとき、正常な判断が下せるのかどうか……という点が、少々不安になっただけです。
普段の長期的な工程管理などには、ああいう方が最適なのでしょうけれども」
「……むむ」
今度は千種がへの字型に口を曲げて、難しい表情になった。
「危機管理や、突発的なトラブルに対処できる能力、か……。
……いやぁー……。
いわれてみれば、そこまでは考えていなかったわぁ……」
「いや、普通、考えないだろう」
完爾は、つっこみをいれておく。
「人を雇用するときに、そこまでは」
「だけど……うちらの場合、実際にあるからなあ。
去年夏のギミック騒動とか、年末の東京湾みたいな事例に対処しなければならないことが……」
千種は、平静な口調でそう指摘する。
「こっちがその気がなくても、相手が暴れ出したら、そのしわ寄せは否応なくこっちに来るわけだし」




