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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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日常ですが、なにか?

 装備を持参した紙袋に入れ、入りきらなかったヘルメットだけは直接手に持って会社を辞した。時刻はまだ昼下がり。せっかく栄えたと少しこのあたりをうろついてみるかな、とかも思わないでもなかったが、移動の時間も考えるとすぐに直行しなければ翔太の迎えに遅れてしまう。

 たまたま目についた作業着屋に入ってゴムの滑り止めがついた軍手を購入しただけで、すぐに駅に飛び込んだ。


 地元駅から出て、早足に姉のアパートへと向かう。留守番をさせているユエミュレム姫のことも心配だった。これほど長い時間一人きりにさせていたのはこれがはじめてのことであった。一応、買い置きの冷凍食品の暖め方などもレクチャーしておいたのだが、ちゃんと昼食を食べているだろうか? ……などと、歩きながら考えているわけだが、当の完爾は昼抜きだったりする。

 帰宅し、ユエミュレム姫への挨拶もそこそこに荷物を置き、翔太が通う保育園へと向かう。慌ただしいことこの上ない。

 完爾が保育園に到着すると、昨日とは違い、翔太がすぐに門前まで出てきた。

「さようなら」

 挨拶を先生や友だちに連呼しながら、翔太と完爾は並んで家路につく。


「カンちゃん。

 今度のお仕事はどうだったの?」

「ああ。

 なんか、決まったみたいだな」

 翔太は、完爾が何度も面接にいっては片っ端から断られているという経緯を知っている。

「ええ! 凄いじゃん! はじめてだよ!」

 思わず大声になった翔太の様子をみて、完爾は苦笑いするしかなかった。

「凄いってほどのこともないけど……どんな仕事であれ、仕事は仕事だな」

 正社員と日払いバイトの区別など、保育園児に説明してなにになろう?

「じゃあ……お迎えはどうすんの?」

「あー……。

 それも、手配するようにねーちゃんにいっておかなけりゃあなあ……。

 たぶん、前と同じような感じになると思うけど……」

 今日、完爾が面接にいくことは、千種にも伝えてある。

 早めにメールで伝えておけば大丈夫だろう。

「まえ……やちよさんかぁ……」

「やちよさんっていうのか? 前に面倒みてくれた人」

「うん!

 アパートの人!」

 アパートの人なのか。

 名前からして女性らしいが、挨拶程度はするご近所さんのうち、誰がその「やちよさん」に該当するのか、完爾はわからなかった。

「ねーねー。

 ユエさんじゃー駄目だの?」

「……ユエは、まだまだ赤ちゃんが小さいからな。

 あまりお外には出られないんだ」

 ふーん、と、翔太は納得してくれた。


 帰宅してうがいと手洗い、着替えをしてすぐに、翔太は外に飛び出していった。

 友だちと遊ぶしているという。若干心配な面もあるが、考えてみれば翔太も来春から小学生なのだ。あまり遠くにいかなければ、ぼちぼち一人で遊びにいかせてもいいだろう。

 完爾は、「とりあえず、明日からの仕事は決まった」とユエミュレム姫に説明し、メールに同じことを書いて千種に送信しておいた。翔太の送迎の手配も頼む、と、つけ加えるのも忘れない。

 今夜はなににするかな、とか思いつつ、完爾は冷蔵庫に残っていた食材を確認する。

 うまくいけば、明日からしばらく日中は仕事にいくことになる。今日のうちに総菜を多めに作って作り置きしておいた方がいいかも知れない。

 冷蔵庫に残っていたピーマンと生姜を千切りにして、じゃこと一緒にごま油で炒める。熱を冷ましてからタッパーに入れて冷凍。

 合い挽き肉も残っていたので、解凍してハンバーグを焼く直前の成形した段階まで作り、一つ一つラップに包んで冷凍庫に入れる。

 大根は、皮をむいて厚めの輪切りにし、湯通ししたブリとともにストックのだし汁に浸して、酒、醤油、みりんを加えてとろ火かけ、ユエミュレム姫に「火、見ておいて」と声をかけ、買い物に出かけた。


 買い物をしている途中で千種からメールが届く。

 翔太の送迎については、「了解。手配した」とのこと。

 それから、「来週にユエミュレム姫と暁の検診予約を入れたから、体をあけておくように」といった内容が書かれている。

 なんだかんだいって、少しずつではあるが前には進んでいるよな、と、完爾は思った。


 帰ってから、今日面接にいった会社に連絡して、明日の予定を確認する。午前六時、必要な装備一式を整えて会社の前に集合、とのことだった。実際の始業時刻は午前八時からだったが、会社から現場まで移動するらしかった。もちろん、給金は発生するは始業時刻からであり、集合時間から始業までの拘束時間に対しての報酬は出ない。


 茄子の辛味噌和え、ひじきと油揚げの煮付けなどを作り、そのうち半分ほどをタッパーに入れて冷凍庫に入れ、残りは皿や鉢に入れて盛りつけをする。

 米はユエミュレム姫が気を効かせて炊飯器をセットしておいてくれたので、そのままタイマーを午後七時にセットする。

 途中で翔太が帰って来たので、ユエミュレム姫に頼んで一緒に風呂に入って貰った。一緒に絵本を読むようになってから、この二人は仲がよくなったように見える。翔太は、ユエミュレム姫に日本語を教えるのが楽しいらしい。

 二人が上がってから、ユエミュレム姫と完爾とで、今度は暁を風呂場に持っていって体を洗う。

実際には主としてユエミュレム姫が洗うのを完爾が見ているだけだったが、完爾も徐々に暁の扱い方をおぼえておく必要あった。

 なにしろ今の時点では、暁の世話はほとんどユエミュレム姫ひとりで負担している形となっている。毎晩、何度となく叩き起こされながらの生活だから、いつまでもユエミュレム姫に頼ってばかりもいられないのだった。

 完爾が慣れるよりも先に、暁が完爾に近づいても泣きだしてしまうのをどうにかして欲しいものだが。


 七時過ぎに、三人で夕食を摂る。

 翔太は比較的好き嫌いがない子だと思うのだが、ゴーヤやピーマンなどの苦みを含んだ野菜は苦手であるらしい。ピーマンと生姜とじゃこの炒め物も、丁寧にピーマンだけをよけて食べていた。……今度はピーマンの代わりにパプリカで作ってみようかな、とか思いつつ、完爾は翔太のはなしに耳を傾ける。

 保育園でのこととか友だちのこととか、要するに子どもらしい「今日の出来事」報告なのだが、そうした他愛のない四方山話を聞いてくれる肉親がいるということが、これくらいの年頃の子どもには意外と大切なのではないか。

 千種が離婚したのは翔太が物心つく前だというし、父親も面会する権利をはじめから放棄しているらしい。つまり翔太は完爾が来るまで父親らしい存在とは無縁に育っているわけで、自分が父親代わりになろうなどという烏滸がましい了見を完爾は持たなかったが、それでも普通に、肉親として可能な範囲内で親しくあろうとはしていた。

 夕食後、絵本を開いてなにやら話し込んでいるユエミュレム姫と翔太を尻目に一人で風呂に入り、上がったところでスマホをチェックすると千種からまたメールが入っていた。

「電話しろ」

 とあったので、千種のスマホに電話を入れる。


『ああ、完爾か』

「うん。おれだけど。

 なに?」

『昨日のアレ、是枝五月雨の件なんだけどな。

 とりあえず、盗品を返すようにと、あんたの名前で内容証明出しておいたから。

 自宅と職場に』

「……内容証明?」

『なに、さっさと返さないと裁判沙汰にするぞごらぁ! ってことを証拠に残る形で通知しておいたのよ。

 あいつもあれで士業だし、信用問題に関わってくるから今頃慌ててるんじゃないの』

 きしししし、と、千種は電話のむこうで笑い声をあげた。

「いや、それはいいんだけど……大丈夫か?」

『大丈夫もなにも、あいつが勝手に持ち出した物は、もともとあんたのもんでしょうが?』

「そりゃ、そうなんだけど……」

『だから、これからなんらかの形で、あいつから接触があるかも知れないけど、怯まず堂々と対応するように。

 あと、関連して、義妹ちゃんたちの国籍問題についても知り合いの先生にお願いしておいたから、正式に。

 間際先生っていってな、人のいいお爺さんだ。依頼人の事情を汲んで親身になってくれる、いい先生だ』

「ああ。ありがとう」

 完爾としては、感謝の言葉を述べることしかできない。

『そっちは、明日から仕事に入れるんだってな?』

「うん。

 どうやら、明日から入れるみたい」

『他人事のような言いぐさだな。

 翔太の送迎については、昔世話になった奥さんに頼んでおいたから心配するな』

「やちよさん、って人かな?」

『翔太から聞いたか?

 そう。

 三枝八千代さん。

 二階に住んでいる奥さんだ。

 もう息子さんたちが独立していてな。

 時間が余っているからって、お前が来る前までは翔太の世話をお願いしていたんだ。

 ま、今は義妹ちゃんがいるから送迎だけやって貰えばいいんだけどな』

「そうか、よかった。

 おれ、朝結構はやいから助かるよ」

 その他にも細々としたことをはなした後、「今夜は遅くなるから」といって、千種は通話を切った。 

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