三度目の公開実験ですが、なにか?
取材陣はそれからも頻繁に関係者各位へのインタビューを行っていたようだ。
少なくとも、是枝夫妻やクシナダグループ、牧村研究室とかへは実際にアポを取ってはなしを聞きにいっているということを、あとで直接的間接的に完爾たちは知らされることになった。
かなり入念な下調べも行っているようであるし、これだけ詳細な調査をしているのなら、あまり一面的な見方しかしていない番組には仕上がらないのではないか、と、完爾は思う。
完爾のところへも、一度目のインタビューほど長い時間をかけたものではないもの、
「少し聞きたいことができた」
といった調子で何度か問い合わせに来ている。
そのたび完爾は、思うところを正直に、飾らずに伝えておいた。
そうこうするうちに二月も近づき、つまりは三度目の公開実験の日取りが近づいてきた。
これまでの実験のときのように、完爾は在庫の補充をいつもより多めに確保してその日に備える。当日は体ひとつで実験場にむかうので、それ以外の準備は必要なかった。
会場である筑波へは、自宅前から車で送迎してもらえた。
各種計器類が豊富に揃っていて、関連する学術経験者が多い……という理由で筑波が会場に選ばれたらしい。完爾にしてみれば、どこでやろうとも同じことだった。送迎までしてもらえるのであれば、特に文句はなかった。
自衛隊の演習場にいったときほど早くもないが、それでも世間的には十分に「早朝」に分類される時刻に自宅前で拾ってもらい、完爾は車中の人となる。
一応VIP待遇なのか、なかなか大きくて立派な車であり、乗り心地が非常によろしかった。運転手を除けば乗客は自分だけであり、その運転手もあまりおしゃべりな気質ではないらしく、必要最低限のことしかいわなかったので、完爾は移動時間を睡眠に当てることにした。
いや、よくよく考えてみれば、完爾の正体とか能力を事前に知らされていた運転手が、勝手に完爾を怖がっていた可能性もあるわけだが。
現場に到着すると、完爾が車から降りるよりも早く案内の人がやって来た。
駐車場から建物の入り口までそれなりに距離があったので、どこかで監視しているのかな? と、完爾は思った。セキュリティが厳重な場所なんだな、と、妙なところで完爾は感心をする。
スーツ姿の女性に案内されて、実験会場になるとかいう部屋へ入った。
普段なんに使っているのかわからないが、割合広めの部屋で二十人強の男女が立ち話をしており、そのうち半数近くが白衣を羽織っていた。人種も年齢もまちまちであり、外見的な共通点はあまりなかった。
会話はおもに英語を使用しているようだが、たまにフランス語とかロシア語とか、あとは完爾には判別できない言語も混ざっている。
……割と、自分の専門分野では偉い人たちが集まってきているのかな、と、完爾は思った。
部屋の中には、完爾は用途が想像つかない、かなり大きな計測機械らしきものも数台、設置されている。
完爾はパーテーションで区切られた一角に案内され、そこで、
「ここで、上半身裸になってください」
といわれた。
これまでの実験ではそんなことをしなかったので、聞き返してみると、
「心電図などをモニターする計器を張りつけさせて貰います」
などと、ことなげにいわれてしまった。
それ以外に、ヘッドギアみたいなものも頭にかぶって脳波だかアルファル波だかの状況も計測するのだといわれた。
いわれたとおり、素直に上半身の服を脱いでから、パーテーションの外に声をかける。
すぐに何人かがやってきた、完爾の体のそこここに丸い金属板をとりつけ、テープで固定していった。
それから上に羽織るケープのようなものを渡され、それを肩にひっかけてから、案内されるままに完爾は部屋の中央に進んだ。
そこで、司会役らしい白衣を着た白人男性が何事か周囲の人に語りかけると、部屋にいた人たちが熱心に拍手をしはじめた。
「カドワキさんを、歓迎するそうです」
ここまで完爾を案内してきた女性が、そんなことをいった。彼女は、簡単な通訳も兼任しているらしかった。東洋系の女性だったが、日本語の方は、ユエミュレム姫よりも多少、ぎこちないくらいの発声だった。
完爾は曖昧な微笑みを浮かべて適当に手を振り、案内係兼通訳の女性に、
「それで、おれはなにをすればいいんですか?」
と訊ねる。
「すぐに準備が整いますので、もう少しお待ちください」
「あと、取材陣の人たちがいるはずなのですが……」
「彼らは、あちらに」
その女性は、壁のかなり上の方を指さした。
そこにはガラス張りののぞき窓が設置されており、そのむこうにジョージをはじめとする顔見知りの取材陣が機材を抱えて待機している。
完爾がそちらを見たことに気づくと、かるく手を振ってきた。
「彼らを隔離するつもりはないのですが、この実験室もなにかと手狭でして」
「そうですか」
としか、完爾はいえなかった。
本当かどうかは完爾には判断できなかったが、完爾が文句をいうべき筋合いのものでもない。
それから重そうな機械類を乗せた手押し式の台車が何台か入ってきて、完爾の上半身に張り付けた丸い金属板へ細いコードを繋ぎはじめる。その上で、完爾はやけに重たく感じるヘッドギアまでつけるよう、指示をされた。
それかようやく、普段、完爾が仕事で相手にしている金属とかプラスチックの素材類が運ばれてくる。
完爾は、
「もう開始してもよろしいんでしょうか?」
と案内係件通訳の女性に確認してから、持参したタブレット端末を立ちあげて、普段の業務を行う。
完爾がいつものように魔法を使って在庫を製造しはじめると、聴衆の中から小さな感嘆の声がまばらにあがった。
完爾はそれをあえて無視して、黙々と作業を続行した。
完爾が作業に集中していたせいか、昼前には用意された素材をほとんど使い切ってしまった。
いつもよりも早いペースで仕事を終えた計算になるわけだが、いつもはまあ、間になにかしら、雑務をはさみながらだからな、とも、思う。
集中してやれば、こんなものか。
それから、昼休憩になった。
午後もまだ実験が残っていたので、体のあちこちに金属板を張りつけたままだった完爾は、ケープを羽織ったまま社食が学食のような雰囲気の、セルフサービス式のカフェテリアに案内される。
そこで券売機の前に案内され、なにを食べてもいいといわれたのだが、無難に日替わり定食を頼んで貰った。
昼食を食べながら、完爾は奇妙な居心地の悪さを感じていた。
一度目の実験のときには、露骨なまでの好奇心を感じたものだし、二度目の実験のときには、場所が場所だったせいか、「いっちょ景気よくやってやるか!」的なノリがあった。
今回のは、そのどちらとも違う。
もっと冷静に、探るように注視されているような……と、そこまで考えたところで、完爾はあることに気づいてハッとなった。
考えるまでもなく、今回の観客たちは、完爾のことを興味深いモルモットかなにかだと思っているのだ。
今までのノリと違うのは、当たり前だった。
休憩が終わったあと、僅かに残った材料をすべて使い切り、それから完爾の作業を見守っていた人たちからの質疑応答が開始された。
その前に、体に張りつけた金属板は取り除いて貰い、服を着たが。
質問の内容は、以前、委員会の紹介で学会の識者と面会したおりに聞かれた内容とかなり重複していたのだが、通訳を介したり専門用語を完爾が理解できなかったり、通訳がうまく訳しきれなかったりで、かなり難航した。
それでも、完爾はできるだけ誠実な態度を保ちつつ、ひとつひとつに答えていく。
「結局、魔法とは、魔力とはなんなのか?」
「うまく説明できません。
慣れれば、魔力が存在することは誰にでも感知することが可能なはずです。
魔法も、魔力の流れを感じられるようになれば、かなりスムーズに使うことができます」
「経験を伴わなければ理解できない、というのは、オカルトなのではないか?」
「オカルトなのかどうか、おれには判断できません。
そもそもおれは、無学なものでオカルトの厳密な定義さえ知りませんから」
「魔法を科学の方法論で解明することは可能だろうか?」
「おれたちはついこの間まで、どうやって二本足歩行が可能となるのか、長いことうまく理論化できなかったはずです。機械などで再現できるようになったのも、ごく最近のはずです。
現在の科学で捕らえきれないから、だからといって、即、非科学的な存在だと断定するというのは、早計な判断だと思います」
「こうした魔法を、他の人間も使えるようになるのだろうか?」
「おれは、使えるようになれると思います。
おれ自身、子どもの頃にはまるで使えませんでしたし、魔法が当たり前に存在する場所では、大勢の人たちが当然のように魔法を使っていましたから。
この世界の人たちにそれができないと判断する理由がありません」




