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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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取材を受けましたが、なにか?

 約束通り、取材陣は従業員が引き払ってからしばらく経ったあと、午後九時を過ぎてからやってきた。

 完爾は一時、在庫補充作業を中断し、彼らを作業所の中に招き入れ、インスタントコーヒーをふるまった。なにしろ、一月下旬の夜は冷える。

「とっちらかっていてすいませんね」

「いえ。

 こちらこそ、お仕事中にお邪魔しまして」

 そういったのはこの取材クルーのリーダー格らしい、ジョージ・ライアルと名乗った四十がらみの男だった。以前、事務所に挨拶にきたときも、この男が来たような気がする。

 その名の通り、厳つい容貌の白人男性だったが、日本語は堪能だった。

 その他の取材クルーたちは、紙コップのコーヒーにお義理程度に口をつけ、あとは忙しくライトだのなんだのの撮影機材をセットしている。カメラを持った者も何名か見かけたが、完爾が漠然と想像していたものよりも小さくて軽そうだった。それよりも、この手狭な作業所そのままでは十分な光量が得られないらしく、高度計を片手にあちこち見回ったりライトやレフ板を持ってうろついている人数が多い。


「普段の作業をやりながら、ということでいいんですよね?」

 完爾は、一応、確認してみた。

「それで、お願いします」

 ジョージは、そう答える。

「お仕事、しているところも撮影したいので」

 それでは、と、完爾は中断していた仕事を再開する。

 タブレット端末で在庫の量をチェックしながら、在庫を置いている棚に材料を置いてそれに魔法をかけ、製品を造るだけの簡単なお仕事だったが、魔法をはじめて目の当たりにするのであろう撮影クルーたちは静かに動揺した様子を見せた。

「呪文を唱えたりはしないんですね」

 ジョージが、訊いてくる。

「よくでる商品を製造するための魔法は、もう暗記していますので。

 呪文の詠唱がなくても、普通に魔法を発動できます」

 完爾は、そう答えた。

「呪文を必要とする魔法と、必要としない魔法。

 その違いはどこにありますか?」

「慣れている魔法……万が一にも呪文を間違えたりしないような魔法は、詠唱を必要としません。考えるだけで発動が可能です」

 作業の手を休めず、完爾は答える。

「使い慣れていない魔法とか、呪文がうろ覚えの場合はちゃんと詠唱をした方が、成功率があがります」

「カドワキさんは、魔法のexpertなのですね?」

 エキスパート、という語の部分だけ、ネイティブの発音だった。

「魔法の種類によりますね」

 完爾は、苦笑いを浮かべる。

「今使っているような魔法は、それこそ、毎日のように繰り返し使用しているわけですから、いやでもおぼえます」

「それでは、不得手な魔法とかあるのですか?」

「不得手な……というか、むしろ、なんの準備もないままだと、すぐに使えない魔法の方が多いくらいです。

 んー……たとえば、今使っている、物体を加工したり強化したりする魔法も、以前はまったく使う機会がなかったので、おれは呪文についての知識も持ってませんでしたし、使えませんでした。

 おれがこの手の魔法を使うようになったのは、この仕事をはじめるようになってからです」

「では……この手の魔法、ですか。

 それは、誰から教えてもらいましたか?」

「ユエ……おれの奥さんからです」

 完爾は、あっさりと答える。

「もともと、むこうでは、この手の魔法は縫い物や繕い物なんかと同等で、家事をする立場の者がよく使う類の魔法でしたから。

 男性でもこの手の魔法を使う人もいましたが、その大半は専門の職人さんでしたね」

「主として、女性が使用する魔法だったわけですね」

 ジョージは、訪ね返してくる。

「そのような魔法を使うことに、ワキサカさんは抵抗はありませんでしたか?」

「抵抗……は、特にありませんでしたね。

 この仕事をはじめるときは、他の選択肢があまりなかったような状況ですし」

「その、他の選択肢について、確認させてください。

 カドワキさんたちは、他にもいろいろ魔法を知っているはずです。

 その中には、もっと手軽に大金を得られる種類の魔法も存在したのではありませんか?」

 そろそろ本題に入ってきたかな? ……と、完爾は思った。

「おれが……いや、おれたちはこの仕事をはじめる前に、様々な可能性を検討しました」

 そのとき、完爾たちはさんざんはなし合って条件を絞っていったのだ。だから、完爾はすらすらと答えることが可能だった。

「そうした条件の中には、必要以上にこの世界に干渉しない種類のもののみ、使用すること……というものがあります。

 確かに、経済的なことばかりを重視すれば、もっと賢い立ち回り方もあったのかも知れませんが、おれたちはそうした可能性を最初に除外しました」

「なぜ、その可能性を除外しましたか?」

「理由はいろいろとあるのでが……その最大のものは、あまり注目を浴びたくはなかったためです」

「……Oh……」

 ジョージは、ここでしばらく絶句したあと、気まずそうな表情になった。

「それは……ゴシューショーサマです」

 ジョージたち取材陣がこの場に集まっている現状を見れば、完爾たちのその目的は完全には達成されていないことになるのだった。


 そうした受け答えをしながらも、完爾はいつもの通り働き続ける。

 在庫の棚と材料が置いいてある作業机との間をひっきりなしに往復するので、撮影スタッフもインタビュアーのジョージも、なかなか忙しそうだった。

 そのあと、ジョージはこの仕事をたちあげた前後のこと、「むこうの世界」にいっていたときのこと、ユエミュレム姫がこっちの世界へやってきた前後のことなど、脈絡なく訊ねてきて、完爾は淀みなくそれに答えた。

 話題があちこちに飛んで取り留めがないのは、ジョージたち取材陣が完爾のことを一種の誇大妄想狂であると疑っているぶぶんがあるからではないか? とも思わないでもなかったが、完爾にしてみれば詐欺師扱いされたところでもなんの掻痒も感じなかったので、涼しい顔をして質問に答え続けた。


「年末にあった、東京湾での一件ですが……」

「あれについては、正当防衛だと思っています。

 しつこい悪霊に取り憑かれていたので、警視庁などと相談して周囲に迷惑のかからない場所を斡旋してもらいました。

 そちらに問い合わせて頂ければ、当時のことも確認できると思います」


「あの件以降、カドワキさんを警戒する人は現れませんでしたか?」

「当然、内外に大勢いたと思います。

 おれ自身が確認できたのは、そのごく一部でしかありませんが……。

 いずれにしても、おれは、自分の力を自衛のため以外に使用するつもりはありませんし、一貫してそのように主張し続けています。

 それをどこまで信じられるかは……まあ、相手次第、なのでしょうねえ」


「日本の政府からも、なにもいわれませんでしたか?」

「あのあと、警視庁経由で念書を書くようにいわれましたが、それだけです。

 東京湾の一件については、その前から警視庁を通じしてそういうことをしますよ、と通告していたので、比較的良好な理解をしていただけたと思っています」


「政府の関係者とは、頻繁に連絡を取っているのでしょうか?」

「頻繁に、というのがどの程度の頻度を指すのか判断できませんが、昨年の後半から暮れにかけて、政府の紹介でいろいろな人と会談して魔法についての知識を披露させて貰う機会を得ていました。

 政府としては、おれたちの魔法をどうにかして国内の経済発展へ寄与する材料にしたい、という意図があるようですね」


「そのような動きについて、カドワキさんはどのように思っていますが?」

「正直にいえば、こうした展開は避けたかった、というのが本音ですね。

 魔法に関しては、もっとこう、閉じた……ごく一部の人たちだけが知っているような存在に、しておきたかった。その方が、悪用されたときなんかに、コントロールするのがずっと楽になりますから。

 ですが……今さら時間を巻き戻せるわけでもなし。

 こういう状況になった以上、できるだけ魔法が無害な使われ方をするよう、努めるだけです」


 本当、世の中っての、自分の都合にお構いなく、勝手に動いていくもんだよなあ、と、完爾は思う。


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