聞き込み調査ですが、なにか?
完爾の職場周辺にも取材陣が姿を現すようになった。トラブルが起きないよう、あらかじめ従業員やご近所さんには声をかけ、簡単に事情を説明してはいたのだが、実際にそれらしい機材を持った人たちが出入りするようになるとそれなりに騒がしい雰囲気にはなった。
取材陣の半数は白人とか黒人の、いわゆる一目で国外から来たと判別した人たちだったから、なおさら人目にたった。実際には、そうした肌や髪の色が違う人々が日本在住歴が長くて日本語ペラペラだったり、日本人と見分けがつかない東洋人が二世三世で英語しかしゃべれなかったりする。
初日に挨拶に来たあと、取材陣が第一にしたことは、近所の店の人たちとか従業員、それに店に来たお客さんにまで声をかけ、完爾の印象を聞いて回ることだった。
──この会社でどういう仕事をしていますか?
「商品の梱包とか発送、その他の雑用ですね。
バイトっす」
──なぜこの仕事を選びましたか?
「時給がね、少し高めなんですよ。この辺の相場よりも。
仕事もそんなにきつくないし、それに、シフトも比較的自由が利くし」
──門脇さんについての印象は?
「社長について、ですか?
ええっと、あまりはなしたことはないですけど……そうっすね。
休まない人、かな?
たいてい、誰よりも速く出勤してきて、最後まで会社に残っているし。」
──ミスターKKについてはどう思いますか?
「あれ、本当に社長なんすか?
なんか本人に聞いても、いつもはぐらかされるんすけど」
──魔法のことについてはどう思いますか?
「おぼえたいっすね。いろいろできそうだし。
でも、その前に奥さんところの言葉をおぼえなけりゃならないのか」
──この会社でどういう仕事をしていますか?
「販売員をしてます」
──なぜこの仕事を選びましたか?
「えっと、仕事を探していたときに、たまたま求人誌を見て、応募したら採用されちゃったから。
店員は経験があったので、できるかなあ、と」
──門脇さんについての印象は?
「んー。
普段は地味だけど、万引きが出たときとかは頼りになるっていうか。
あ。あと、昨年末、寸志をいただけたのには感謝します。
社長は、少なくて悪いけど、とかいってたけと、予想したよりも多かった。助かりました」
──ミスターKKについてはどう思いますか?
「テレビで観たとき、顔にモザイクがかかっていたけど、絶対社長だーって思いました。
なんていうか、雰囲気?
万引き捕まえるときのビッとしているときの社長に近かったんで」
──魔法のことについてはどう思いますか?
「使えると便利そうですねー」
──この会社でどういう仕事をしていますか?
「簡単なパソコン操作とか、営業さんの連絡を取り次いだりとか、お客様へお茶を出したり……。
普通の事務員だと思います」
──なぜこの仕事を選びましたか?
「登録していた会社から派遣されてきました」
──門脇さんについての印象は?
「キビキビした人。
いつも忙しそうだし、実際忙しいし。
あ。
あと、奥さんが美人さんです」
──ミスターKKについてはどう思いますか?
ニュースで見ましたけど、普段の社長とはあまり結びつきません。
──魔法のことについてはどう思いますか?
「信じられないけど、現にそれでうちの会社の仕事が成り立っていますからね」
──この会社でどういう仕事をしていますか?
「営業。
問屋さんとか地方の店舗とかに直接売り込みにいくわけですね。
最近では、弊社の商品もだいぶ知名度が高くなって浸透してきましたので、近場はだいたい開拓し尽くしていて、地方とか国外へ出ることが多いです」
──なぜこの仕事を選びましたか?
「口コミ。
人づてに、こういう会社が営業を募集していると耳にしまして。
純粋に歩合制だと聞いて、それなら妙なしがらみがなくていいかな、と」
──門脇さんについての印象は?
「意見をいえば真剣に検討してくれるし、あまりうるさいこともいわないのでやりやすいといえばやりやすいです。
特に営業は、純粋に数字だけで評価してくれるので、怖いところもあり、やり甲斐があるところもあり」
──ミスターKKについてはどう思いますか?
「んー。
どうなんでしょうねえ。
社長が自分からはなしたがらないうちは、そっとしておいた方がいいのかなー、って」
──魔法のことについてはどう思いますか?
「面白そう。絶対おぼえる。
実はエリリスタル王国語も、自腹でテキスト買っておぼえはじめているところでして。
いや、あれ、魔法をおぼえれば、自分でもなにか商売立ちあげられるでしょう」
──この会社でどういう仕事をしていますか?
「パートですね。
発送する荷物を梱包したり、宛名のシールを貼りつけたり。
力仕事はね、バイトの若い子がしてくれるんですけれど」
──なぜこの仕事を選びましたか?
「なぜってそれは、募集がかかっているのを見かけたから。
あと、時給もね。他のところよりは少し高めなのよ。
前もって予約しておけば、働く時間もかなり融通が利くし。
うちは何日かごとにお義母さんの病院への送迎もしなけりゃならないから、週に何日も入れないのね。
そういう都合に合わせてくれる職場って、今時なかなかないのよね」
──門脇さんについての印象は?
「若いわよねえ、まだ。
三十……いくつだっけ?
それでこれだけの会社、しっかり回しているのは偉いわよね」
──ミスターKKについてはどう思いますか?
「年末にニュースでやっていたわねー……。
あれ、社長だっていう人もいるけど……違うわよね」
──魔法のことについてはどう思いますか?
「ゲームみたい? 手品?
いや、社長や奥さんがやっているのは何度も見ているんだけど、実感がわかないというか……わたしたちみたいな年寄りにはあまり関係がないかな、って」
彼ら取材陣はかなり完爾たちの事情について入念な下調べをした上でこの仕事に入ったらしく、公表してある程度の情報はすべて頭に入っているようだった。その上で、それらの情報がどこまで正しいのか検証していくつもりなのだろう。その第一歩として、完爾という人間が、あるいは、完爾が経営している会社が、周囲にどのような印象を与えているのか、どのような影響を与えつつあるのか、そうした情報を広く集めているようだった。
意外に地道なところからはじめるんだな……とか思いつつ、業務の邪魔にならないのならば、と、完爾は放置して様子を見ることにする。
彼らのインタビューを受けた人々によると、彼ら取材陣は近くのビジネスホテルを押さえ、数日連泊し、腰を据えてこの取材に臨んでいるという。
そこまで細かく聞き回って、いったいなにを知りたいのやら……とは、完爾も思ったが。
──あのお店ができてから、このあたりはなにか変わりましたか?
「ええ、おかげさまでえ。
若い人が来てくれるようになって、前よりは活気が出てきましたねえ」
──門脇さんについての印象は?
「うちの店もよく利用してくださいますよ。来てくれたり、出前を取ってくれたり。
毎日朝早く、誰も来ないうちからお店の周辺を掃き清めててねえ。
最近では珍しい、ちゃんとした人だよねえ。」
──ミスターKKについてはどう思いますか?
「最近の芸人さん?
ごめんなさいねえ。
年を取るとテレビとかあまり観ないようになるんで……」
──魔法のことについてはどう思いますか?
「魔法?
よくわからないねえ。
最近では、そういうのが流行っているんですか?」
二、三日、そうして店周辺の人々に聞き込みをしてから、取材陣はいよいよ完爾にインタビューを申し込んできた。
かなり突っ込んだ内容も聞きたい、完爾の仕事ぶりも収録したい、ということだったので、他の従業員が帰宅してからの時間帯に、作業所へ来るようにいっておいた。
そこで在庫の補充作業をしながら、インタビューを受けるつもりだった。




