三度目の公開実験ですが、なにか?
『知名度があがれば、反応もそれなりに、毀誉褒貶、両面において出てきますよ。
少し、考えすぎなのではないですか?』
橋田管理部長はそう断りをいれながらも完爾のいうことを最後まで聞いてそれなりの対応を取ってくれた。
そのあと、
『実は……』
完爾が本業で使用している魔法の公開実験をしてくれないか、と頼まれた。
錬金系の魔法に関しては、以前から十分以下の短い動画をネット上で公開しているのだが、今度はそれをもっと大規模に行ってくれ、という。
以前から、学会とか産業界方面から要望が多いのだそうだ。
思い返してみれば、完爾はその手の公開実験を二回ほどしているわけだが、それらのときと今とでは完爾たちを取り巻く環境も大きく異なっている。
これについては、完爾も、
「具体的な条件などを検討した上で、前向きに考えさせていただきます」
と答えておいた。
それから、橋田管理部長は、
『あまり浮ついたところでなければ、門脇さんももう少し露出を増やしてもいい時期に来ていると思うですが……』
と前置きして、NHKとBBCからドキュメンタリー番組のオファーが来ていることも明かしてくれた。
『……根拠のない誹謗中傷などへの対策というのなら、百の反論よりもよほど有力だと思うのですが……』
そちらの方に関しては、
「どういった内容の番組なのか、具体的に聞いてみてから判断する」
といっておいた。
『それでは、先方にそのようにお伝えして門脇さんの連絡先を渡してもよろしいでしょうか?』
「そうですね。
そういうことで、よろしくお願いします」
完爾はそういって、橋田管理部長との通話を打ち切った。
NHKとBBC、か。
そんなところから取材される対象としての、自分たち。
正直、実感が沸かないのだが……客観的に考えれば、自分たちは、異なる世界から来たとか帰ってきたとか称して、魔法を使い、実際にそれを使って産業化もしたりしているわけで、切り口によってはドキュメンタリー番組の一本や二本は作れそうな気はする。
完爾はその二件について簡単に記したメールをユエミュレム姫に送信してから、仕事に戻った。
「それで、どうするおつもりなんですか?」
帰宅すると、いつものように食事をしがてら、ユエミュレム姫が完爾の意向を確認してくる。
「実験については、いずれやらなければならないというかやらされるだろうなと思っていたから、条件面を整えてからやるつもりではいる。そのへんは、話し合いになるんだろうけど……なるべく、本業を圧迫しないやり方を希望しておくよ」
完爾の会社は、今では完爾たちだけではなく従業員の生活も支えているのだ。余程のことがなければ、長く休むことはできない。
「ドキュメンタリーに関しては……おれとしては、受けてもいいと思うんだけど……。
現状だと、おれたちの実体が曖昧なまま半端に知名度だけがあがっている状態なわけだし、妙な風評が広がっていてるのもそれが原因なわけだし。
それだったらきちんと実体を知って貰った方がいいかな……と」
同じマスメディアに取り上げられるのなら、興味本位にイジられるよりは真面目に密着取材なりなんなりをして貰った方がまだしもマシだ……と、完爾は思っていた。
「それに、長時間のドキュメンタリー番組なら、放映する前に内容もチェックできるしな」
ビールを呑みながら、千種はそんなことをいった。
「そのようなことが可能なのですか?」
「可能だよ。生放送ではないんだから。
放映前に内容をチェックします、ってのをあらかじめ取材を受けるための条件として入れておけばいい」
ま、前向きに検討しますとかいって、相手方のはなしくらいは聞いてみても損はないんじゃないかな、と、千種はいった。
ユエミュレム姫も特に反対はしなかったので、完爾はそのはなしも進めるてみることにした。
公開実験の件は文科省が窓口であり、NHKとBBCについては橋田管理部長からそれぞれの担当者へ連絡して貰い、詳しい打ち合わせがはじまった。
最初はバラバラに打ち合わせを進めていたのだが、打ち合わせの途中、まず、NHKとBBCの両方から取材依頼が来ていることを伝えると、双方の担当者は口を揃えて、
「それはむしろ、都合がいい」
といい出した。
両局の共同取材ということにすれば、予算も人的なリソースも単純計算で二倍になり、それだけ余裕のある取材が可能になる。また、こうした共同取材はそれなりに前例があるしスタッフも慣れているということだった。
両局による意見交換が行われ、すぐに「共同取材」になることが正式に決定した。
完爾としては、連絡相手が一本化して手間と時間が省けたことがありがたかった。
次に、当然のことながら公開実験のこともすぐにその取材陣に知られることになり、
「どうせなら、その様子を最初から最後まで取材することにしましょう」
という流れとなった。
番組の構成としては公開実験の様子を背骨として据えて、その前後に完爾やユエミュレム姫のインタビュー、ネット上で公開されている情報や関連した動画の紹介、東京湾の一件のときの中継映像……などで固める構成だという。
「いきなり別の世界へ十八年間いってきた、とかいっても一般の視聴者は素直に信じてくれないと思いますから、門脇さんたちはそう主張している、という形でしか紹介できないのですが……」
と、取材班の窓口になった人は完爾に説明してくれたのだが、その点について、完爾は特に不満に思うこともなかった。
完爾の過去や経歴はこの際、まったく重要ではない。
それに、「別の世界が」うんぬんという要素がまったく使用されなくても、ユエミュレム姫や暁、それに魔法は現に存在している。
これらの由来について説明できなくなっても、完爾の側は困らないのだった。
その魔法についてだが、今回の公開実験は、過去二回あった同様の試みとは違い、テレビの取材班が入ることによって、
「広く世間一般に魔法の存在を広める」
ことを目的とした性質の実験となった。
学会と産業界、それに、この世界ではそれなりに信頼されているマスメディアが注視する中での実験であり、これが成功すれば少なくとも魔法の存在や有用性に対して疑問に思う声はかなり力を失うことになるだろう。
そのせいか、実験を主導している文科省も入れ込みようが半端ではなく、完爾の要望はすべて二つ返事で叶えてくれた。
「本業に支障がない範囲で協力したい」
といえば、
「それでは、本業で行っている製造過程をそのまま公開する形にいたしましょう。
会場と材料はこちらで用意させて貰います」
といわれる。
会場はともかく、材料をむこうが用意するのは、その材料に完爾がなにがしかの細工をすることを防ぐためだという。
完爾としては、
「国がうちの経費を負担してくれるというのなら、その言葉に甘えるのもいいかな」
とも思わないでもなかったが、よくよく考えてみればそんなことで国に貸しをつくるのも馬鹿馬鹿しい。
「税金を納めるときとか、経理上の処理が面倒くさくなりますので」
とかなんとか、理由をつけて実験に使用する材料の値段はあとで清算し、完爾の会社で持つことにした。
実験としての公正さを保てればいいわけだから、仕入先も完爾の会社の仕入先を紹介し、実験の何日か前に好きな場所に配送して貰って、好きなだけ存分に調べて貰う。
当日、完爾は体ひとつで会場に入り、衆人環視の前でいつものように魔法で材料を加工し、商品を製造する。
……と、そのような段取りになった。
その実験のときには、多数の科学者や技術者、それにテレビカメラや各種計器類に取り囲まれることになるのだろうが、そちらのことに関しては、完爾自身はあまり感慨を持たない。
このような感じで完爾にとっては三度目の公開実験についての詳細が徐々に固まってきた訳だが、完爾としては予想した以上に本業への負担が軽くなりそうなので安堵するところも大きかった。
この分だと、当日の実験よりもそれを実現するまでに必要な打ち合わせのために取られる時間の方が、負担が大きいくらいだった。
そうした打ち合わせと平行して、完爾やユエミュレム姫へのインタビューなどもぼちぼち行われはじめた。




