会社経営上の問題点ですが、なにか?
完爾が経営する門脇インダストリィでは「ピンクフィッシュ」というブランド名の元、アクセサリー類の製造販売を行っている。こちらの方の売れ行きも、年を明けてから鈍るということもなく、堅調といえば堅調であった。
ただし、こちらの方にもいずれは解決しなければならない問題というものがいくつかあって、一つは製品の製造に携わる者が実質完爾一人しか存在せず、今まで以上の数量を用意できない、という製造数制限の問題。
もう一つが、これまで製品のデザインをユエミュレム姫が一手に引き受けてきたため、そろそろ新しい切り口のデザインが欲しくなってきたという製品のヴァリエーションの問題であった。
どちらも火急の問題ということもなかったのだが、かといって放置していたらいずれ会社全体の売り上げが頭打ちになる。
結局は、もっと製品製造に関わる人数を増やさなければこれ以上、企業としての成長も見込めないという、意外と今後の経営の根本に関わる問題でもあった。
前者の「製造数制限の問題」に関しては、魔法関係の知識が解禁になれば自然と解決する種類の問題なので今すぐ着手する必要もないのだが、後者の「製品のヴァリエーション」に関しては、そろそろユエミュレム姫が多忙になりはじめたし、本腰を入れて解決にかかった方がいいのではないか……ということになった。
そこで、年明けから会社の通販サイトといくつかの求人企業を通じて、大々的に専属の製品デザイナーを募集してみたところ予想外に多くの応募があり、選考が難航してしまった。
履歴書とともに、実際の作例を三点、スケッチなりCADデータなりで提出して貰ったのだが、ここでネックとなったのが、完爾の会社で扱う製品が意外に幅広い種類を扱っていたこと、であった。
メインの商品はアクセサリーなわけだが、それ以外にオモチャのような低価格帯の製品や外国人観光客向けのキワ物めいた製品まで製造、販売をしている。つまりは、デザイナーを募集するにあたっても、どの分野のデザイナーを集めているのか、完爾の側が明確に意識していなかったことによって生じた混乱があった。
選考の際には、営業さんや直接お客さんの反応を見ることができる販売員などの意見も参考にしたが、みな、求める物の方向性が違いすぎて、見事に意見が合わなかった。
応募総数が多すぎたことも、選考を難航させることに一役買った。
必要とされるスキルを考慮すれば、そんなに多くの応募はないだろうとはじめる前は予想していたのだが、実際にはその予想はあっさりと覆されたことになる。多少の才覚があっても思うような職に就けない人は、思いの外、多いようだった。
まず、作例として提出して貰ったスケッチやデータを見て、現実にはあり得ない形を描いている物などを提出してきた人が意外に多かったので、それらをまず最初に足切りさせて貰う。
それでも数百からの応募者が残る。
そこからはひたすら多くの人の意見を聞きながら完爾が判断をして、少しづつ応募者を絞り込んでいく。この際、恣意的というか多少、減点法の発想をしてしまったことに思い当たり、完爾は一人で落ち込んだりもしたのだが、応募者全員を採用するわけにはいかない以上、現実問題としてはなんらかの基準で判断をしなければ選考が進まないわけであり、それも早々に選考を終えてしまわないと他の業務をする時間まで圧迫してしまうという現実もあった。
結局、完爾はそれこそ清水寺の舞台から飛び降りるような心持ちで二週間をかけ、最終的に五名の応募者を絞り込み、面接もした上で、その中の二名を採用した。
デザイナーとしての造形や発想が重視されたことはいうまでもないのだが、それ以外に、最終的には、営業さんやお客様の声やニーズをデザインに反映できる柔軟さがあるかどうか、という点を重視することになった。
この二人が、完爾の会社で採用したはじめての正社員ということになる。もっとも、入社してから三ヶ月間は、試用期間扱いにするのだが。
この二名のデザイナーには、試用期間のうちに営業さんと一緒に問屋や販売店廻りについて行って貰ったり、店員として店頭に立って、実際にお客さんに接して貰ったり、といったことをまずして頂き、その結果、現場で拾った声を反映したデザインをあげて貰った。
それでもそのデザインがすぐに採用されるということもなく、新製品会議で関係者各位にもみくちゃにされ、それらの意見も汲んだデザインに練り直し、といった行程を何度か繰り返した上で、ようやく新製品のデザインとして採用される。
同業他者の環境と比べて厳しいのか緩いのか完爾には判断できなかったが、採用したデザイナーたちはそれなりに厳しさを感じている様子を見せながらも、なんとか残ってくれそうな気配を放っていた。
完爾たちの側からすれば、既存の製品だけでもしばらくは十分に会社を回していけるだけの売り上げがあるのであり、この上になにかを付加する製品でなければ採用する理由がない。今、完爾の会社が求めているのは、そうした製品をデザインできる人材なのだった。
こうして完爾の会社が抱える大きな問題のうち一つはどうにか解決の目途がたった。
もう一方の、「製造数制限の問題」については、今すぐに解決、ということはあり得なかった。なにせ、魔法の知識が解禁になるのは早くても一年以上先になる予定である。身内だけを贔屓して一足先に必要な魔法を教えるという選択肢を完爾が考慮していない以上、すぐにどうにかなる問題ではないのだった。仮にここで完爾が従業員の誰かしらに魔法の知識を与えたとしたら、今度はその従業員が魔法の知識を欲したいずれかの勢力に誘拐でもされかねない。そうした危険性もあったので、完爾には例外を認めるつもりは微塵もなかった。
そこで完爾は、出版社から「著者献本」として送られてきた初級エリリスタル王国語会話関係の書籍を会社に持ち込み、
「正社員になることを希望する人は、これで勉強をしてください」
と告知することにした。
「本当はすぐにでも製品を製造するための魔法を教えたいのだが、諸事情でしばらくはそれができない。
そのかわり、この言語をおぼえて貰ったら、将来的にはその人から優先的に業務に必要な魔法を伝授し、おぼえて貰います。
仕事で魔法を使うようになれば正社員として扱えるし、別に技能手当もつけることができます」
これで実際に行動を起こして語学学習に力を入れはじめる人が果たして何人いるのかはわからないが、なにもやらないよりはマシというものである。
現在、従業員の大半は、パート、バイト、契約社員などで占められている。
このうち、主婦のパートは決まった時間だけ働いて決まった賃金さえ支払われればそれで満足、という人が多かった。
それ以外のバイトや契約社員の中には、この告知以降、将来のことを考えて、エリリスタル王国語を学習しはじめた者がいるようだった。
「初級エリリスタル王国語会話」関連の書籍は、今では通常版とDVD付属版の二種類が発売されていた。
これらが「著者献本」として自宅にそれぞれ二十冊づつ送られてきたのを持て余していたところだったので、ここで適切に始末をすることができて、ちょうどいいといえばちょうどよかった。
完爾がこのような企業努力を行っていた頃、ユエミュレム姫の方もなんやかんやで新しい雑務が増え、徐々に多忙になっていった時期でもあるのだが、完爾の場合はこうしたことがなくても普段の業務だけでそれなりに時間を取られており、従ってにわかに多忙になったという実感もなかった。
どのみち、こうした問題をいつまでも見過ごして対策を取らなかったら会社の経営自体がいずれは行き詰まることになるわけで、こうした企業努力を適宜行うことも結局は自分自身のためという一面もあり、完爾としては淡々と一つ一つの問題を解決していくしかないのであった。
もちろん、こうした問題を解決しようとしている間にも、完爾は通常の業務もこなしていた。完爾が普段行っている仕事を代行できる人材が他にいない以上、完爾自身が行うしかない。




