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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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あて推量のゲームですが、なにか?

 年が明けても、ユレミュレム姫の日常は続く。

 朝起きて朝食の用意。

 完爾や千種を送り出したあと、翔太を保育園へ送っていく。

 そのあと、掃除や洗濯などの家事を一通りすませ、昼食の前後に買い物へ行く。

 翔太が保育園に行っている間に若干の書き物を済ませ、日によってはビデオチャットで牧村女史との会談を行う。これは、最近では語学的な情報の交換というよりも、今後の指針についての具体的な打ち合わせについての比重が大きくなっている。

 午後、決まった時間に翔太を迎えに行く。その翔太も、最近では一人で外に出て遊んでくれることが多く、手が掛からないようになっていた。

 それから、夕食の準備や仕込みをはじめ、空いた時間は本やビデオ、ネットなどを鑑賞することにより、自分自身のための知識を吸収する時間も確保する。

 以上、すべてのことを毎日繰り返しつつ、合間合間にはもちろん暁の世話もしなければならない。

 見方によっては、地味だったり単調だったりするのかも知れないが、それなりに多忙でもあり、ユエミュレム姫としてはやり甲斐も感じていた。


 そんな単調な毎日の繰り返しを、一本の電話が破ることになる。


 門脇家の固定電話は、一時期、諸事情によりモジュラージャックそのものを引っこ抜くことで使用不能になっていたこともあったのだが、今では普通に使用可能となっている。とはいえ、用事がある者はたいてい、個々人が持つスマホの方に連絡が来ることになっているので、この固定電話の使用頻度はおそろしく低かったりするのだが。

 その固定電話が鳴ったとき、ユエミュレム姫はもう少し警戒をすべきだった。ましてや、通話してきた者が「番号非通知」をあえて選択しているのだから、そのまま放置して留守電に任せた方がずっと無難だったはずだ。

 しかし、そのときユエミュレム姫はたまたま在宅中であり、特に考えることもなく反射的に電話を取ってしまった。

「はい。

 カドワキですが……」

『ああ、どうも。

 ユエミュレム・エリリスタル様ですか?

 こちらは、そうですね。

 名前なんかいくらでもありますが、ここでは、そちらに一番通じやすい「大使」と名乗っておきましょうか』

 流暢な、癖のない日本語だった。

 以前、諸外国の外交官たちへむけた説明会のおりに聞いた声が、そういった。

「念のため確認しておきますが、この家にかかってきた電話はすべて録音されることになっております」

 ユエミュレム姫は、おっとりとした口調を崩さずにそう断りをいれたあと、

「それで、どういったご用件でしょうか?」

 と、相手の反応を伺った。

『用件といいましょうか、ユエミュレム姫様ともう少しお近づきになっておきたいと思いまして』

「わたくしは、生憎とそのような希望を持っておりません」

 ユエミュレム姫はきっぱりとそういって受話器を降ろそうとする。

『ちょ……ちょっとお待ちください!』

 受話器から、かなり慌てた「大使」の声が聞こえてきた。

『嘘です!

 いや、貴女とお近づきになりたいというのは本当ですが、それ以外にも本題が、用件があります!』

「一応、聞くだけ聞いておきましょうか」

 情報収集はしておいた方がいいだろう、と、ここでユエミュレム姫は判断する。

「お断りしておきますが、この家にはすでに、魔法的な防御をそれなりに施してあります。

 電話越しに妙な小細工をしても無駄というものです」

『それはもう、重々心得ております。

 なにせ、こちらの世界は魔法の後進領域ですからね』

「大使」の声は、苦笑いを含んでいた。

『用件というのは、他でもない。

 ユエミュレム姫様と、直接取引をしたいと思いましてね。

 いや、こちらの提示する条件さえを満たせば、相手は貴女である必要もなく、別に門脇氏でも構わないのですが……』

「魔法関連の知識についておっしゃっているのでしたら、おりをみて順次公開していくことになっておりますが……」

『いえ、その件……と、まったく無関係ともいえないのですがね。

 貴女方がそんな決定を意志表示してしまったおかげで、こちらはえらい迷惑を被っております。

 これまで地下で活動していた一部の魔術結社が、これをいい機会に表に出ようと画策しており、それに反対する勢力と……』

「そちらの内情については、わたくしどもが関知するところではございません」

 ユエミュレム姫は、冷たい声色で断言する。

「そういった用件でしたら、別の方を当たってください」

『……ああっと!

 まだ切ろうとしないでください!』

「大使」は、また慌てた声を出す。

『本題はこれからなんですからっ!』

「あまり急かすのもなんですが、わたくしも暇を持て余しているわけではありませんので、用件があるのでしたら手短にお願いします」

『わかりました。

 では、ズバッと本題に入らせて貰います』

 そういった「大使」の声は、割合、真剣な響きを含んでいた。

『そちらで保管してある、別世界の魔剣がありますね。

 それを売ってください。

 値段は、そちらにお任せします』

「一応、主人にはそのように伝えておきます」

 にこやかな声でそういって、ユエミュレム姫は受話器を置いた。


「……なにを考えているんだ、あいつは……」

 帰宅後、夕食を食べながらあらましを聞いた完爾は、呆れた様子でそういった。

「仮に、あの剣を本当に欲しがっているんだとしても、すんなり渡すわけがないのに」

「それどころか、そんなことをいわれたら、余計に警戒をしますよねえ」

 ユエミュレム姫も、そういって頷く。

「……普通なら」

「やつらがあの剣について、どこまで詳しく掴んでいるのかわからないけどさ」

 完爾は、呆れているようだった。

「そんなに露骨に欲しがる素振りをみせられたら、余計に渡したくなくなるよなあ。

 物が物だし、悪用されたらどんなことになるか予想がつかない……」

 魔剣バハムの正確な使用方法は、こちらでもまだまだ解析中なのだった。

 これまでの実績から、どうやら世界を渡って物質を行き来させることができるらしい、というところまでは判明しているが、詳しい制御方法はいぜんとして不明なままだった。

「そうですよね。

 おそらく、むこう側にしても、本気でこちらが取引に応じるとは考えていないと思いますが……」

 ユエミュレム姫は、何事か考え込む表情になった。

「わたくしたちを混乱させるのが目的なのでしょうか?」

「どうかなあ?」

 完爾も、なにかを考えている表情になる。

「今、おれたちにそんなことをいってきても、混乱するよりも警戒心を強めるだけだと思うんだけど……」

 完爾は、魔剣バハムの保管状況を頭の中で反芻する。

 以前は別の世界から持ち帰った他のガラクタと一緒くたに庭にある物置に放置されていた魔剣ハバムは、ユエミュレム姫と靱野による解析作業がはじまって以来、幾種類もの防御結界を設置された上、室内に保管されるようになっている。

「警戒心を強めるもなにも、今の状態でも誰にも持ち出せないと思うのですが……」

 ユエミュレム姫も、完爾と同じようなことを考えていたらしい。

 それら、魔法による結界は完爾の桁外れの魔力が惜しみなく使用されており、その結界を破って外に持ち出すことができる者は、この世界はおろかユエミュレム姫がいた世界の賢者クラスの術者にも不可能なレベルの頑強さになっていた。

「……もうちょっと、結界を増強しておこうかな?」

「これ以上にですか!」

「それはともかく、混乱を誘うためにしても、いったいどういう効果を狙ってのことだと思う?」

 真顔になって、完爾はユエミュレム姫に訊ねてくる。

「そうですね。

 彼らの狙いが、あの剣にある……と、思わせるためのブラフ、でしょうか?」

「狙いは、実は別のところにある……と、思わせたい?」

「あるいは……完爾にあの剣を持ち歩かせたい……使わせたい……」

「……そちの方が、ありそうだ」

 完爾は、軽くため息をつく。

「思い返してみれば……こっちに来てからこっち、おれがあれを抜いたのは、ただの一回だけだしな」

 そのときは……暁を抱いたユエミュレム姫がこちらにやってきたのだった。

「……そうなのですか?」

「そうだよ。

 第一、こちらではあんな代物、抜く必要がないじゃないか」

「あれを抜くと……何事か、異変が起こって……彼らは、それを起こして欲しいと希望しているとか?」

「あり得るな」

 完爾は、渋い顔をして頷く。

「おれたちにそう思わせたいだけなのかも知れないが」

 実際のところは、判断材料が少なすぎてなんともいえないのだった。


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