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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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お茶会ですが、なにか?

「しっかし、便利なもんだよなあ。

 その、転移魔法っての?

 完爾も最近使っているようだけど」

「ああ、これですか。

 でも、これ、無理に時空をねじ曲げているから、滅茶苦茶魔力使うんですよね。

 一日に二度かせいぜい三度くらいしか使えません」

「……完爾のやつは、ちょいちょい忘れ物とか取りに来ているようだけど……」

「いや、門脇さんはまた、特別だから……」

 苦笑いを浮かべながら、靱野は紅茶を啜る。

「機能は同じでも、細かいところは違っているみたいですけどね。そちらが使う魔法と俺が使う魔法とは。

 たとえば転移魔法の場合、おれたちの世界では転移先を座標で指定しますが、そちらの世界では……」

「一度、立ち寄った場所へしか行けません。

 転移魔法を使う際、その場所のことを思い出さないと発動しませんので……」

 ユエミュレム姫が切り分けたケーキの皿を靱野の前に置きながら、言葉のあとを引き取る。

「つまり、そちらでは使用者の記憶を頼りに転移先を決定する仕様である、と。

 同じ転移魔法であっても、その機能を実現するためのアプローチが違ってきているわけですね。

 いや、もともと別々の世界で発達したものなんだから、当たり前といえば当たり前なんですけど」

「そんじゃあ、靱野さんの方は、それまで行ったことがない場所へもいきなり行けたりするの?」

 千種が、訊ねてくる。

「そうですね。

 方角と距離、場合によっては高度とかのデータが揃っていれば、基本的にはだいたい転移可能です。こっちの世界はそういうデータが豊富にあるんで、だいたい世界中どこへでも気軽に移動できることになりますね。

 それ以外にも、それなりに制約はあるんですけど。いろいろと」

「魔法も、万能ではないってこと?」

「ぜんぜん、万能なんかじゃありませんよ。少なくとも、おれの世界の魔法は。

 なによりまず、膨大な知識がないと使えませんし……おれも、まともに使えるようになるまで、かなり苦労した口です」

 こちらの世界に流されて来てから必要に迫られ、独学で魔法を修得した経験がある靱野は、若干、げんなりとした表情になりながらそう答えた。

「まあ、ケーキをおあがんなさい。

 酒が駄目なら、甘いものはいけるでしょ」

 千種が、靱野を即した。

「あ。どうも。

 いただきます」

 靱野は軽く頭を下げてから、フォークを手に取った。

「それで、シナノさん。

「大使」のことについて、なにかおはなしがあるとか……」

「ああ、そうでした」

 最初の一口を紅茶で喉に流し込んでから、靱野は続ける。

「奥さんは、実際にやつにあってみて、どういう印象を持ちましたか?」

 靱野は、ユエミュレム姫のことを完爾とは区別するためもあって「奥さん」と呼んでいる。

「そうですね。

 簡単にいえば、信用に値しない、うさん臭い人物であるという印象を受けました」

 バッサリな評価だった。

「基本的に、その印象で間違いはありません」

 靱野は、真面目な表情で頷く。

「ですが同時に、それだけの男でもありませんが。

 やつを口先ばかりの人間と侮っていると、痛い目に遭うことになります。やつ個人の力量はともかく、他人の願望や欲望につけ込んで動かすのが非常にうまい。

 次々と現れては消えていく大小の組織や秘密結社。そいつらの間を巧妙に渡り歩いて繋ぎを取り、仕事や情報を仲介していく。

 そんな存在です」

「口八丁手八丁なタイプか?」

 千種が、聞き返してくる。

「まあ、そういうことですね。

 自分自身が前に出ることがほとんどないから、なかなかしぶとい。

 おれももう四十年以上もやつとつき合っていることになりますが……」

「靱野さんが四十年以上というと……わりとこっちに来たての初期から?」

「そうっすね。

 それなりに古いつき合いで」

「やっぱり外見的には、今と変わらず?」

「ええ。

 あまり変わらず」

「……やっぱ、不老不死属性なのかなあ……」

「どうなんでしょうか?

 その辺の事情までは、おれにはわかりませんけど……」

 千種と靱野は、二人して首を傾げている。

「そういえば、シナノさんもお若いですよね」

 ユエミュレム姫が、口を挟んできた。

「おれの場合は……種族的特徴ってやつらしいです。

 どうも、年を取りにくい種族の血を引いているらしくて。

 いつもは魔法で誤魔化してますが、この耳だって本当はご覧の通りでして……」

 靱野が人差し指で自分の耳たぶを軽くはじくと、靱野の耳の上端がとがって見えるようになった。

「おお、エルフ耳だ!」

 千種が、小さく叫ぶ。

「そういえば靱野さんも、ファンタジー世界の出身だったな」

「……こっちにそういう種族に関するフィクションがあると知ったときは、結構驚かされたもんですが。

 ま、偶然の一致でしょうね」

 靱野は、涼しい顔をしてティーカップを傾けている。

「昔の知り合いに本物の不老不死のやつもいましたが、あれもまあたいがいに性根が歪んだ変態でした」

「変態……なのですか?」

 ユエミュレム姫が、きょとんとした顔で聞き返してくる。

「ええ。

 なにかというと、服を脱ぎたがるのです」


 どうも静かだと思ったら、翔太が舟を漕いでいた。

「満腹したから、眠たくなったんだろう」

 千種がそういって翔太の体を抱え、

「もうかなり重いよな、こいつ」

 とかいいながら、寝室に運んでいく。

「それで、シナノさん」

 ユエミュレム姫は改めて靱野とむきあった。

「「大使」について、気をつけることとは?」

「ああ、そうだった。

 それを伝えるのが目的だった」

 前置きして、靱野は本題を切り出した。

「先ほども説明したとおり、やつは、やつ自身ではあまり動きません。

 デマや流言飛語、情報操作など、弁舌で場をかき回し、自分にとって有利な方向に持って行くのを得意とします」

「それは、これまでの流れから理解していますが……」

 ユエミュレム姫は、真面目な表情をしたまま、返答した。

「でもそれって……こちらとしては気をつけようがないというか……。

 わかって警戒しても、避けられない面がありますよね?」

「そういわれてみれば……」

 靱野は、天井を見つめた。

「なあ、靱野さん」

 寝室から戻った千種が訊ねてくる。

「あのおっさん、サンジェルマン伯と名乗っているけど、あのサンジェルマン伯と同一人物なのかい?」

「あのサンジェルマン伯というのが、どのサンジェルマン伯かはわかりませんが……」

 靱野は、素っ気なく答えた。

「あいつ、表向きの身分だけで何十か確保していますよ?

 サンジェルマン伯とやらも、他の偽名と同じく戯れにでっちあげた身の上である可能性が大きいかと」

「戯れに、ねえ」

 そういって千種は、軽く顔をしかめる。

「……いろいろと、掴みどころがない相手だな」

「まったくです」

 靱野も、千種の意見に同意した。

「正体が掴めないというか……正体なんてもんがあるんだろうか? あいつに……」


「……たっだいまー」

 しばらくして、玄関に完爾が転移魔法よって出現してきた。

「あ、靱野さん。

 来てたんですか?」

「どうも、お邪魔してます」

 靱野が軽く一礼する。

「はい、これ。

 ユエにお土産。こっちはねーちゃんに。

 まともな買い物にいく余裕もなかったんで、コンビニで買ってきたもんで悪いけど……」

 そういって完爾は、アイスクリームと缶ビールが入ったビニール袋を手渡す。

 普段から完爾はこうした手土産をそれなりの頻度で持ち帰ることが多かった。

「はいはい。

 今はケーキと紅茶の時間だから、あとでいただくわ」

 そういって千種がビニール袋を受け取り、中身を冷蔵庫に移した。

「それで、なにかありましたか?」

 脱いだコートをユエミュレム姫に手渡しながら、完爾が靱野にむかって訊ねた。

「例の、「大使」の件で来てくださったんですよ」

 靱野が答えるよりも早く、ユエミュレム姫が説明をする。

「ああ、昨日のか」

 キッチンテーブルの椅子に腰掛け、完爾は靱野に軽く一礼をした。

「それは、わざわざどうも。

 ご丁寧に」

「いやいや。

 やつらに手を焼いているのは、お互い様ですから」

「今も、「大使」なら周囲の、大勢の人を巻き込むような方法を選ぶんじゃないかとはなしていたところなんですよ」

 ユエミュレム姫が、説明してくれた。

「……なんか、いかにもやりそうですね」

 完爾は、したり顔で頷く。

「特に今は、これがあるからなあ」

 千種が、自分のタブレット端末を指先でコツコツと叩いた。

「匿名掲示板で暴れる程度なら可愛いもんだが、ちょいと信憑性のある情報源へ故意にこちらのイメージを損なうような情報を流されでもしたら、始末に悪い」

「……ネットか」

 完爾は口をへの字型に曲げる。

「それは確かに、ちょいと始末に悪いかなあ……」

 少なくとも、完爾やユエミュレム姫の魔法などで解決できる類の問題ではないのだった。


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