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元勇者の嫁ですが、なにか?  作者: (=`ω´=)


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狭間の時空に閉じこめられましたが、なにか?

 ……タムタムタム、と、どこか遠くらか太鼓の音が聞こえる。

 それ以外の物音は、一切聞こえない。

「まあ、閉じこめてそれで終わり、ってわけにはいかないよなあ……」

 呟きながら、完爾は、コートを脱いで傍らにいるユエミュレム姫に手渡した。

「相手の出方をみながら対応するつもりだけど、間に合わないようなら彼らを頼む」

「わかりました」

 ユエミュレム姫は聞き返しもせずに完爾からコートを預かり、完爾の靴の耐久性を魔法であげる。

 こちらに来てからは平和な生活が続いているものの、この二人は、元々長年ともに修羅場を潜ってきた間柄でもあり、多少のことはもはや動揺するまでもなく対処する心構えができあがっている。


「あの、ドラムの音が気になるなあ。

 そういう知識を持っていそうな人といえば……」

 完爾は脳裏で素早く知人の名前を検索……するまでもなく、そんな奇妙な学識の持ち主は、たった一人しか思い当たらない。

 スマホを取り出して、辰巳先生を呼び出してみる。

「電話、通じますでしょうか?」

 ユエミュレム姫が、訊ねてくる。

「試してみないことには……ここが、どういう場所なのかもよくわからないし……」

 完爾ら、慰労会に参加した人々以外の人影は見あたらなかった。


 夜とはいえ都内の繁華街、この時間なら、まだまだ大勢の人で賑わっているはずである。

 車道にも車両の姿は見えず、いつの間にか空っぽの空間になっていた。

 ただ、建物だけが、元の世界とまったく同じ姿を見せている。

 制止した、色褪せた世界。空虚な書き割りの、イミテーション的な空間。


「メールは……送受信できるみたい」

「写メ撮っておけ、写メ」

 牧村女史が、ざわついた学生たちを静めようと声を張りあげている。

「ああ、畜生。

 こんなイベントがあると知ってれば、もっとちゃんとしたカメラを持ってきたものを!」

 そんなことをいっているのは、ユエミュレム姫の配信用動画を制作する際に、撮影班と活躍していた人たちだ。

 騒がしくはあるものの、今の時点ではあまり不安な思いはないようなのが、救いといえば救いか。

 大勢で異変に巻き込まれた、という安心感もあるのだろう。

 いずれにせよ、パニックになっていないこと、それに、ここが元の世界とは完全に隔絶していない場所であるらしいことは、ありがたかった。


『もしもし。

 辰巳だが』

 呼び出し音が三度ほど鳴ってから、辰巳先生が出た。

「夜分にどうも。

 門脇です。

 実は今、ちょっと困ったことになっておりまして……」

『……まて。

 微かに聞こえるそのドラム音。

 その音階は……』

「なにかご存じなんですか?」

『アフリカのある部族のシャーマンが伝える呪歌に似たようなのがあるな。微妙に、異なるようだが……』

「その……じゅか、ですか?」

『日本語では、呪いの歌、と書く。

 古来、音楽とはここではない別の世界へと誘うための機能をになっていて……』

「詳しい講釈はまたの機会に。

 それは……こちらの世界の魔法のようなものですか?」

『魔法……というよりは、まじないになるな。

 敵を呪い味方を賞揚する際に音楽の力を借りることは、よくある傾向だ』

「実は今、何十人かの連れと一緒に、よくわからない場所に送り込まれているのですが」

 完爾は、ようやく本題に入ることができた。

「この場所から出て元に戻るには、どうすればいいんでしょうか?」

『一番簡単なのは、その呪歌の奏者を倒すことだが……待て。

 今、別の音が聞こえなかったか?』

「別の音……。

 そういえば、風切り音のようなものが、断続的に……」

『……弓鳴りの音だな。

 弓の弦を鳴らして魔を払う風習は世界中にある』

「呪歌というやつとはまた別なんですか?」

『別だな。

 効能が、違う。

 呪歌は、任意の者をどこかに押しやる。

 弓鳴りは、任意の者を追い払う。

 前者の目的は誘導ないしは隔離で、後者はの目的は特定地点の防衛だ』


 そのとき、おおおおお……と唸るような歌声が、切れ切れに響いてきた。


「先生。

 この歌みたいなのに、聞きおぼえはありますか?」

『ふむ。

 南米の……ブードゥーの悪霊使いがこのような歌で死人を使役しようとしていたような……』

「悪霊使い? 死人?」

 完爾は、眉を顰める。

「なんですか? それは?」

『平たくいえば、ゾンビというやつだな。

 最近の映画やゲームなんかではかなり戯画化して描かれているが、ブードゥーの外道は、死人や悪霊を使役するという。

 わたしも、その実例を目にしたわけではないのだが……』

「あ。

 なんか出て来た」

 完爾はそういうと、即座に異変が起こった場所、車道へ、瞬時に躍り出て、魔法で強化された靴で地面から生えてきた「なにか」を一蹴する。

「……悪霊、ってやつかな?

 実体はないみたいだけど、あまり触れない方が良さそうだ」

 靄のようなあやふやな「なにか」を蹴るとき、完爾は足に冷気のような寒気を感じた。

 体温……というよりも、生気を持って行かれたような感触だった。

『どうした? 門脇くん』

「現在、その悪霊ってやつが……ええ。

 車道にいっぱい満ち溢れて、次から次へと湧いて出てきています」

 完爾は、冷静に報告する。

「こいつは……こちらの世界の魔法だか呪術だかの成果ってわけか」

 慰労会に参加した人たちをちらりと確認すると、スマホなどを完爾の方にむけているか、事態の進展についていけず呆然としている。

 無駄に騒ぎはじめたりしていないのは、それだけでありがたかった。

 完爾はアイコンタクトでユエミュレム姫にそれらの人々を安全を確保してくれ、と伝え、ユエミュレム姫も小さく頷く。

 ユエミュレム姫は素早く慰労会の参観者たちを包囲するような形状の魔除けの陣を張る。


 そして少し考えてから、

「……こいつら、雷を受けたらどうなるかな?」

 小さく呟き、車道いっぱいに湧き出てきたおびただしい幽体にむけて、実際に電撃をお見舞いしてみせる。

『雷か。

 それはいい』

 スマホのむこうで、辰巳先生が解説してくれる。

『雷は、天の意志の発露と解釈されることが多いからな。

 魔除けの機能も期待できよう』

 ……悪霊退治も、それなりに期待できるそうだった。

 高さ二メートルほどのから地面にむけ、何十、何百という空中放電現象が一斉に発生し、地面を埋め尽くす幽体の群れを貫いた。

 あまりにも不自然な現象を目の当たりにした慰労会の参加者たちが、一斉にどよめく。


「効果があったか」

 完爾は小さく呟いて、今度は魔力を限界まで集中させ……そして、なにもない空中に、拳を繰り出した。

「ほいっ!」

 気合いとともに完爾が集中させた魔力を一度に放出すると、目前の空間が、微妙に、撓む。

「……そこか!」

 その歪みにむけ、完爾はやはり魔力を込めた足で蹴りを入れる。


 なんともいえない、空間が、ぶるんと震える気配がした。


 次の瞬間には、いかにも都内の繁華街らしい喧噪が、完爾たちの耳に入ってくる。

「……元に……」

「戻った……」

 慰労会の参加者たちがそんなことをいいあいながら、周囲を見渡している。

 完爾たちは、もはやあの、自分たち以外は誰もいない、不気味な無人の場所には立っていなかった。

 元の世界へ、帰還できたのだった。


「おかげさまで、危地を脱することができたようです」

『そいつはよかった』

 スマホでそう報告すると、辰巳先生は平静な声でそう応じてくれる。


「なんだったんだ、今のは?」

「幻覚とかじゃないよな。

 ちゃんと、写メも撮れているし」

「門脇さん。

 なにか知っているんじゃないっすか?」

「いえいえ。

 おれたちにしても、予想外のことで……力任せでなんとかなる状況だったから、大事には至りませんでしたが……」

「さっきの不自然な雷……魔法ってやつですか?」

「ええ。

 知り合いの、そういうのに詳しい方が、ああいう場合には効果があるんじゃないかと助言をいただきまして……」

 適当に受け答えをしながら、慰労会の参加者を駅まで送っていく。

 出版社の編集者は、

「……実際にオカルト絡みの事件を体験したのは、これがはじめてのことですよ!」

 などと興奮した様子だった。

 ……そういや、この人の会社、そっち方面に強いとかいう出版社だったな……と、完爾は思い出す。


 みなと別れを告げてから、完爾とユエミュレム姫は駅を離れ、連れだって近くにあるビジネスホテルへとむかった。

 千種が、

「どうせ二人して夜遅くなるんなら、たまにはそこで一泊してくれば。

 一晩くらいだったら、暁ちゃん預かるから」

 といってくれたので、その言葉に甘えて予約を取っていたのである。


 その晩は、ひさしぶりに二人きりで夫婦らしい時間を過ごすことができた。


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