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【短編小説】いかがでしたかGirls Don't Cry

掲載日:2025/12/19

 北の海に雨が降った。

 南の島にも雨が降る。

 当然、東の街にも西の街にも雨が降る。

 だが雨は雨だ。別に何かを告げたり、分けたり線を引いたりしない。そんなものに意味を見出すのは、働いていない作家志望のボンクラくらいだろう。



 おれは労働者なので、埃臭い雨を喫茶店で避ける権利がある。当たり前だ。そして無職のボンクラが雨に見出す意味を鼻で嗤う権利だってある。

 隣の席では別れ話をしているカップルが向き合っていた。

 暇か?学生か?おれはそいつらのダラシないセックスだとか食事を想像する。無意味だけどな。

 別れ話を切り出した男は女の方を見ずに外の景色を眺めている。

「いかがでしたか」

 そう訊いた方の女は両の目から涙を流しながら、インターネットこたつ記事の締めくくりみたいな顔をしていた。


 男は返事をしなかった。だが女は意に介さず続ける。

「それでは、今までされて厭だったことベストテンの発表です!」

 泣きながら笑顔になった女はフリップを持ち出して鮮やかに捲りを剥がした。

「第十位!俺の事を好きなら筋トレしろ、と言うこと!」

 おれは自分の珈琲カップの底を眺めて、それがウェッジウッドである事を確認した。

 隣のカップルの使う珈琲カップはどこのメーカーだろうか。下着は?コンドームは?睡眠薬は?……どうでもいいか。



 男は相変わらず窓の外を眺めたまま「雨が降ってるね」と言った。

 雨は朝から降っているよ、と思ったが口にすることはなかった。おれも成長したものだ。社会性がある。発達している、少なくとも気圧だって発達するんだ。

 二人の珈琲はまだ湯気を立てている。

 女は次のフリップを出すとまた、捲りを音も無く剥がした。

「第九位!珈琲を混ぜる時にスプーンをカチャカチャ言わせるのを嫌がるところ!」

 後はなんだ?フェラでイくとかクンニをしてくれないとか、貯金が無いとかあたりだろう。



 馬鹿馬鹿しくなったおれは手を挙げて気怠そうな店員に会計を頼んだ。おまえの賃金を出してやる、愛想よくしろ。さもなくば精子をかけた戦いを始めるか?

 小銭入れから労働の断片を取り出して数えながらまた別の労働者に手渡す。手渡される労働。

 働かないことで国家と戦っているつもりになってる神田川帰りの赤い手ぬぐい。

 何の話だ?

 そうだ、一緒に出ようと言ったのだ。風呂から?いや、この世界からだ。

 屋根裏で君と首を吊ったり練炭を焚いたり、または旅の計画をしてから何年かが経った。経ってしまった。

 あの頃のおれたちには無限の可能性があった。

 それは正の可能性だった。

 そしていま、おれたちには無限の可能性がある。それは負の可能性だ。正確には冬に向かう可能性だ。



 

 おれたちのタナトスとか言うそれは、相変わらず名残雨の様に降ったり止んだりしながらゆっくりと東に向かって行く。

 おれたちは眠るような速度で繰り返す。

「何を?」

「知ってるだろ」

 誰が答えた?

 誰でもいいか。返事があるだけまだマシだ。老人になればテレビと会話をするだろう。クレームが止まらなくなるのもそのせいだ。死ね。

 いや、死ぬんだよ。

 どう死ぬかは分からない。つまらない死に方をするのか?きっとそうだろう。


 

 喫茶店を出る。

 魔風が吹いた。

 秋のジャブ。または夏の終わりクロス。

 夜の街、雨上がり、生ぬるい空気は平気か?

 土ばかりの花壇に腰かけてクレープを喰ひたる女の長き髪こそ舞ひてスマホ眺めし女の隙を突きて長き髪こそクレープを喰いやる瞬間に坂の下で見た浮浪者の男が持つ目を思い出して吾苦虫を嚙み潰せり、虎虎虎。

 

 ちょうど一年前の真夜中に女が座っていた場所に居た浮浪者はゴミ収集車作業員の隙をついて餌を回収していた。

 水をかけられたパンは半透明な袋の中で水死体の様に膨れ上がっていた。

 それは記憶だ。事実だが現実では無い。

 疲労だ。


 おれは短い希望を取り出す。

 緩慢な自殺。火のついたタナトス。

 冗談じゃない、やめろ、そんな事を繰り返すな。

「おれはここから出ていくんだ!」

 月明り、おれはこの地球と言う小劇場から出ていく。お前たちは永遠にここで生きているがいい。

 おれは現実に帰るんだ、労働をして、生活をして、おれは、俺は。


「いかがでしたか」

 女が泣きながら言う。

「疲れたんだ」

 俺は窓の外を眺めながら言う。




 そしてその軌跡は言葉を交わす事が無いからこそ美しい。

 その美しさはドブネズミも持たないし、労働者たちの集まる喫煙所に存在しえない美しさであり、もしかしたら口外できないからこそ美しい。

 そしてその瞬間を俺は牛丼(それは労働のメタファーだ)を飲み込むことで曖昧にする。

 そんな事はどうでもいい、俺は定食屋に傘を忘れた事に気づいた。

 しかしそれは定食屋を出てから100mも歩いてからの出来事だった。いや、女だったかも知れない。


 さようなら、世界。

 おれはここから出て行くよ。

 アンタはどうする?

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