第42話 番外編 光を隠さない日 ミリア視点
その日のフェーン村は、朝から金色だった。
黄金の沃野へ変わった畑では麦の穂が風に撓み、引き直された水路がきらきらと光を運んでいる。半年前まで、ここは枯れた井戸と崩れた防壁しかない村だったのに。
(……夢みたい)
私は籠いっぱいの薬草を抱えて、村の小道を歩いていた。
すれ違う村人たちが、口々に声をかけてくれる。
「ミリアさん、こないだの湿布、よく効いたよ。ありがとな」
「うちの婆さんの腰も、すっかり」
「えへへ、お大事に……!」
数か月前の私には、考えられない光景だった。
***
私はずっと、自分の力を隠して生きてきた。
《癒光の祝福》。
光の民の血を引く、治癒の力。
けれどその光は、魔物にとって“ごちそう”になる。私が癒すたび、森の魔物が村へ寄ってくる――そう信じて、私は人前で一度も光を使わなかった。
村で唯一の治癒師なのに、誰も癒せない治癒師。
それが、私だった。
(私の力は、災いを呼ぶもの)
半年前まで、本当にそう思い込んでいた。
――変えてくれたのは、アルトさまだ。
『お前の光は、災いなんかじゃない。村を救うために必要なんだ』
あの夜、井戸のそばで言われた言葉を、私は今でもそらで言える。
『お前の光は――この村の、俺の領地の“心臓”なんだよ』
心臓、なんて。
(……ずるい)
そんな風に言われたら、もう、隠せなくなってしまうのに。
***
広場に着くと、子どもたちが駆け寄ってきた。
「ミリアねえちゃん、ひかり見せて!」
「きのうのやつ、もういっかい!」
以前なら俯いて断った。でも、今は違う。
「もう、しょうがないなあ」
私は胸の前でそっと手を重ねる。掌の奥が、ぽう、と温かくなる。
淡い金色の光が、指のあいだから零れた。
「わあ……っ」
「きれい!」
光の粒が、まるで蛍のように子どもたちの周りを舞う。誰かが擦りむいた膝を、私はそっと撫でた。光が触れた小さな傷が、すうっと塞がっていく。
(怖くない)
森の魔物が寄ってくる気配も、もうない。アルトさまの領地創造が森の汚染源を浄化してから、この村の光は、ただの優しい光に戻ったのだ。
力を使うほど災いを呼ぶ体質――それは、村が弱っていたから。村が満ちていれば、私の光は、ちゃんと“人を癒すだけの光”でいられる。
(領地と、私と。きっと、つながってる)
***
夕方、薬草を干していると、畑の方からアルトさまが歩いてきた。
手には領地を映すあの淡いウィンドウ。きっとまた、村の数字を確かめていたのだろう。村が笑うたびに増えていく、領地エネルギーの数字を。
「ミリア。今日は、ずいぶん光を使ったらしいな」
「……見てたんですか」
「村中が噂してる。ミリアの光で膝が治った、肩が軽くなったって」
少しだけ、頬が熱くなる。
「迷惑、でしたか」
「まさか」
アルトさまは、いつもの少し疲れたような、けれど穏やかな顔で笑った。
「お前が光を隠さなくなってから、村の幸福度が目に見えて上がってる。……数字は正直だよ」
(また、数字の話)
でも、それがこの人なりの褒め方だと、もう知っている。
「アルトさま」
「ん?」
「私、もう、隠しません。この光」
言ってから、自分でも驚くくらい、声がまっすぐだった。
「アルトさまが、心臓だって言ってくれたから。心臓は、隠すものじゃないですよね」
アルトさまは少し目を見開いて、それから、ふっと視線を畑の方へ逃がした。
「……ああ。そうだな」
その横顔が、ほんの少し赤かった気がして。
(あ。今の、効いた)
私は薬草の束で口元を隠して、こっそり笑った。
***
夜。
村に灯る小さな明かりを、私は丘の上から眺めていた。
枯れていた井戸。死んでいた畑。逃げ出した人たち。
――そのどれもが、今は息を吹き返している。
この村を救ったのはアルトさまの力だ。でも、アルトさまを救ったのは、たぶん、この村だ。
(“助けに来たんじゃない、来るしかなかった”って、最初は言ってたのに)
今のあの人は、心から村を見ている。
いつか、この光がもっと遠くまで届く日が来るのかもしれない。村の外へ。もっと広い、暗い場所へ。
(そのときは――)
私は、自分の掌をそっと見つめた。
(私の光は、ちゃんと、あなたのそばにありますから)
丘を下りる足取りは、不思議なくらい軽かった。
番外編をお読みいただき、ありがとうございます。
本編で“隠していた光”を、ミリアの側から少しだけ描きました。
彼女がどんな気持ちで村を見ていたのか――その一場面です。
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