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 あの襲撃の後、王は約束通り1週間後の劇団の公演に現れる。

 彼らの舞台を見た後、王はアリアと連れ立って王室御用達の料理店を訪れた。


 王が歌姫を連れ出したことを、劇団の関係者は驚きつつも喜んでいた。

 いつの時代も舞台役者と色恋沙汰はセット。そしてその相手は名があればある程良い。


 そもそもこのあたり一帯の国において、舞台役者が貴族や大商人の庇護を受けるのは当然のことであったし、彼らが売れるために最も有効な方法とされていた。


 念願叶って王立歌劇場への出入りを許されたばかりの劇団としては、これを足がかりにさらなる王室の庇護を受けられれば、とアリアへ期待するのは当然だった。


 劇団の主宰者達は「なんなら一夜を明かしてきても構わないーーいや、むしろ……」


 とあからさまにアリアに声をかけたが、その期待とは裏腹に王は紳士だった。


 これ以降、王はそれなりの頻度でアリアの元へ通うようになったが、2人のお忍びは決まって夜公演の後の数時間だけ。


 お茶をするか、軽く食事をしながら話をして、時に街を散策してから日が変わる前には劇場に戻ってくるのが常だった。






「あの……どうして陛下はこんな場所をご存知で?」

「うむ。城にこもってばかりでは民の暮らしがわからぬであろう?」


 ある日の2人は、劇場からほど近い、しかし一見するとすぐには見つからない路地の小さなカフェにいた。


 さくらんぼ酒を使ったケーキが売りの知る人ぞ知る店。

 そんな場所へ、迷うことなくアリアを連れて行った王に彼女は思わず首を傾げる。


 それに端的に返した王は「それに……」とアリアの方へ視線を向けた。


「それを言うならば、アリアこそ仕草が洗練されすぎているだろう? ミュラーが驚いていた」


 実はこういった男女の遊びには疎く、最初は何も考えずに王室御用達の店へアリアを連れて行った王。

 王の護衛たちは、アリアが恥をかくのでは? と内心心配していたが、その心配を他所に彼女は完璧な仕草で王と食事を伴にした。


 王に背後から声をかけ、側近たちの肝を冷えさせた彼女とはまるで別人だった。


「そ、それは……陛下とご一緒するならそういうこともあるだろう、と劇団の偉い方に教わりました。側近のお方のお眼鏡にも叶ったようでしたら光栄です」


「なるほど……あれは一朝一夕でつくものじゃないがな……」


 ふわりと微笑むアリアに、そっと呟く王。

 しかし幸いその言葉をアリアは拾わず、彼女は笑みを浮かべてケーキの最後の一口を口に入れた。


「さて……もう少し時間があるな。せっかくならもう少しこの辺りを散策するか?」

「えぇ陛下、是非」


 アリアの前のケーキがなくなったのを見て、王は自らそっと店主を呼ぶ。

 慣れた手付きで勘定を済ませると、王は当然のようにアリアに腕を差し出し、まだ喧騒の残る街へと歩きだした。


 アリアにとって王との時間は不思議なものだった。

 そもそもアリアには恋愛経験がない。


 彼女にとって恋愛とは舞台の上で、相手役とする擬似的なものだ。

 それは飾った言葉と、美しい歌に彩られた世界。


 それに比べると王の言葉は随分と質素だった。

 他の女優が言う甘い口づけ、それ以上、といったものも仄めかしすらない。


 けれども、王とたわいなくおしゃべりをする時間はアリアにとって、妙に肩肘をはらずにいられる不思議な時間だった。


 それからも王とアリアは逢瀬を続けた。

 2人が会うのは大体1週間に1度。王が政務に忙しい時は、美しい柄のカードが届いた。


 それは季節の花々が描かれセンスが良い。

 けれども肝心のカードの中身には苦心したことが伺え、アリアは口下手な王を思ってクスリと笑みをこぼした。






 ところがそんなことを続けて1年。

 ある時、急に王の訪れがなくなった。カードも来ない。


 アリアの同僚達は「ついに飽きたのか?」「はたまた結婚でも決まったのか?」と噂する。


 けれどもアリアは事実を知っていた。

 やがてその事実は国中に知れ渡ることになる。

 以前から妙な動きのあった西の隣国、ルジェア王国の兵が国境を侵したのだ。


 事態の報告を受けた王の動きは早かった。すぐに騎士たちを西の国境に派遣し、兵を押し戻す。

 さらに事態を収拾すべく、自身もルジェアの王都へと向かった。


 西の隣国の現王は苛烈なことで有名だ。気に入らぬ者はすぐに切って捨てるし、卑怯な手段も厭わない。


 アリアは王の無事を祈り、歌った。


 結論から言えば、2国の小競り合いはレディオール王国の思惑通りに終わった。

 王が密かに放った間諜の働きにより、ルジェアの王室が内部崩壊を起こしたのだ。


 レディオール王国の支援を受けたルジェア貴族、そして民衆に迫られたルジェアの王室は、ついに国を捨て散り散りに亡命する。

 王のいなくなったルジェアは、この大陸で初の共和国となり、レディオール王国と一も二もなく講話した。


 流血を最小限にして隣国との争いを収めた王をレディオールの民は拍手喝采で向かえた。

 記念のパレードには、まさに国中の人々が賢王を一目みようと集まる。その中にはアリアの姿もあった。






 その日の夜。講話記念の舞台を終えたアリア。

 彼女が舞台の興奮を覚まそうと、劇場の裏口から外へ出てみると、「アリア?」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。


  「陛下? なぜーーここに?」


 今日はきっと城でも記念の式典やらが続いているはず。なのにどうしてここに? 思わず口調がやや非難めいたものになるアリア。


 そんなアリアに降参とばかりに王は手をあげてみせた。


「そんな顔をするなアリア。ちゃんと許可は得てある。公式の晩餐会やら何やらは全て終えた後だ」

「でしたら良いのですが……その陛下……ご無事で良かったです!」

「私もアリアに会いたかった」


 いつもの口調に王が戻ったことを強く感じたアリア。彼女は感極まったように、王の胸に飛び込む。


 王は細身であったが、剣で鍛えた者らしくしっかりと彼女の勢いを受け止めた。


 しばらくそうしていた2人。そしてやがて離れると、王が不意にアリアの手をとり跪いた。


「アリア。今日はあなたに大事なことを言いにきた」

「陛下?」


「……私はアリアを愛している。そなたをーー妃にしたい」

「……。陛下!?」


 突然の求婚に1拍空けて素っ頓狂な声を上げるアリア。

 お陰で歌劇場の裏口に漂っていたロマンチックなムードは全て吹き飛んでしまった。


 だが、アリアにとってはそれどころではない……


「いけません陛下。私は一介の歌姫です。戯れの相手にはなれても妃には……」

「そなたは余との関係は戯れであったと!?」


 アリアの言葉に王は目を吊り上げる。アリアは慌ててぶんぶんと首を振った。


「いえ、まさか! ……でも世の人々はそう考えるかと……」


 二人の間に沈黙が落ちる。やがて王は外套を探り一片の紙を取り出した。


「これを読んで見て欲しい」

「わかりました」


 それは外套に無造作に入れて良いとは思えぬ上等な紙だった。


『ルジェア王国第5王女アリアは齢10で国を追われ、以降ルジェア王国には一度たりとも戻らず。故に末代ルジェア国王の行った政治には一切関与していないことをここに認める。

 また、第5王女アリアはすでにレディオール王国民であり、王国の保護の元にあることをルジェア共和国は認め、これを侵さない。

 ルジェア共和国 大統領 ベイル・フォン・プレリューズ』 


「陛下ーーこれは?」

「その文書の通りだ。そなたは2代前のルジェア国王の子であろう? しかし、正妃の子ではなかったことで疎まれ、暗殺未遂に合い、命からがらこの国へ来た。そこまでの調べはついている」


 ゆっくりと言い聞かせるように話す王。しかしその口調は王を騙していたことを咎める風ではなく、優しいものだった。


「あの日の事件。それにそなたの仕草から、アリアが王族または高位貴族出身だろうとは考えていた。あとは片っ端から調べるだけだ」


 あの日、アリアを襲った刺客は取り調べを前に、一瞬の隙をついて自害する。

 ーーが、そのような刺客に狙われること事態が、アリアがただの女優でないことを示していた。


「恐れ入りました陛下。……ですが、でしたらなおのこといけません。私は亡国の姫。それもこの国を侵そうとした国の姫なのです。民が許さないでしょう?」

「そのために言質を取ってきたのだ。アリアは彼の国の所業に何も関係していない。私が誰にも何も言わせない」


 その声は力強く、アリアにとって信頼できる。

 けど、それでもアリアはまだ首を横に振った。


「……。でしたら端的に申し上げましょう。『恋か歌かは選べない』」

「……?」


 急に歌の名を出したアリアに王は疑問符を浮かべる。

 そんな王にアリアはゆっくりと口を開いた。


「私は10でこの国に来て以来、ずっと女優として暮らしてきました。歌は私の生きがいで私そのものなのです。陛下は素晴らしい方だと思いますが、私には歌を捨てることは出来ないのです」


 王妃になれば、当然舞台に出ることは叶わなくなる。いつの間にかアリアもまた跪き、王に懇願するような瞳を向けていた。


「陛下の御恩は嬉しく、それを無碍にすることの罪深さも理解しております。しかし、もし我儘が許されるなら……私は一生女優として生きたいのです」


 アリアの一世一代の懇願に「ふむ……」と頷く王。しかし続いた言葉はアリアにとって予想もつかないものだった。


「であれば両方すればよいであろう?」

「……今、なんと?」

「王妃であり、女優であれば良いのだ。無論常に舞台に立つことは叶わぬが、王妃とはいえ常に城に閉じ込められている訳ではない。私がそうであろう?」


 王の言葉にアリアは、しょっちゅう城を抜け出していたという王の話を思い出した。


「大陸には王妃でありつつ、画家でもある、という女性がいるという。で、あれば王妃であり女優であることも可能なはずだと私は思う」

「で、ですが……」

「無理強いはしない。だが、私は真剣だ。そなたを妃とするためならばいかなる労も厭わない」

「陛下……」

「1週間後。またここに来る。その時に返事を聞かせてくれないか?」


 ふとアリアが周囲を見ると、いつの間にか見知った王の側近たちが集まってきている。おそらく予定の合間を縫ってのお忍びで、もう時間切れなのだろう。


「わかりました。1週間よく考えます」

「うむ。良い答えを期待している」


 そう言うと、ついにしびれを切らした側近たちが王に話しかける。

 彼らを制するようにして、そっとアリアの左薬指に口づけを落とすと、王は側近たちと共に足早に城へと戻っていった。

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