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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

推し俳優の正体は、オレの古参リスナーでした。

作者: 赤城時雨

あんなにうるさいと思っていた蝉の声がいつの間にか聞こえなくなって、もう夏も終わるのかぁと、ちょっとだけ寂しい気持ちになる。

 そんなオレは今、とあるテーマパークにて、コスプレのイベントに参加していた。

冬空(とあ)くんだぁ~! 可愛い~!」

「冬空さん、このあとツーショいいですか!?」

 数え切れないほどの人に囲まれて、色んなポーズをしたり視線を向けたり、笑顔を振りまいたり。一見大変そうに見えるかもしれないが、オレはこれが大好きだった。カメラを向けられるとスイッチが入ってしまう。

 肩甲骨あたりまである長い金髪にミニスカのセーラー服姿のオレを見て、「可愛い」「クオリティが高い」「会えて嬉しい」など。色んな人からの色んな言葉を聞くと、もっと楽しんでもらえるようにって頑張る意欲がわいてきてしまうものだ。

「ツーショ? 1人5千円からならいいよ~。なんちって笑」

 オレが舌を出してウィンクすると、たっけぇ! 誰が払うねん、なんていう声が飛び交う。でもみんな笑っているし、冗談だって分かっているからこその、この空気感がさいっこうに心地いい。

 今のこの生活に、オレはとても満足していた。

 オレが冬空という名前で女装コスプレイヤーをやり始めたのは、今から8年前。

 活動名は、本名の「雪弥(ゆきや)」から冬とか雪の漢字を使った名前を探していたら、冬に空と書いて「とあ」と読ませる漢字を見つけたため使用しているだけで、特別な由来などはまったくない。

 コスプレを始めたきっかけは、近所に住んでいる女の友達の千香(ちか)だ。

 オレと同じくアニメが好きだった千香とは、小さい頃から毎日会ってはアニメを見たり漫画を読んだり、アニメショップに出かけたりと、それは楽しいオタクライフを送っていた。推しのグッズにお金を使っているため、普段からあまりオシャレな格好をしない千香と一緒にいたオレは、周りの人たちから『お似合いのカップル』とかではなく『仲の良い兄弟』として微笑ましい笑顔を向けられていて、地元周辺では割と有名だったりする。

 そんな生活を送り、中学生になったある日のこと。千香に突然「これ着てみて!」と、女性が着るようなピンク色を基調としたワンピースを着せられたことがあった(強制的に)。

 オレは当時、男の割りに髪が長かったから、一緒にこれも! と言われて安物の道具ではあったがメイクもされてしまって。嫌というよりは、こんなことをして何が楽しいんだって感じだったけど、鏡を見た時に女装への扉が開いた時の気持ちの昂りは、今でも覚えている。

『これ……ほんとにオレ……? マジ……?』

『私の目に狂いはなかった……。ゆっきー、女装の才能ありけりだよ……。コスプレとかやってみない……!?』

 この日を境に、オレはメイクのやり方とか衣装集めとか、色んなことをやっていって今に至る。

 ネットで検索すればかなりの写真が出てくるし、先週なんて写真集を出させてもらった。ちゃんとした職に就いて親孝行しようって思っていたが、このままでも生活に困らないという結論に至り、母には既に報告済みである。

 父親はオレが生まれる前に事故死したらしく、女手ひとつで育ててくれた母にはオレの活動にも理解してくれて、ほんと感謝しかない。

「イベント終了のお時間になりました。参加者の方は速やかに――」

「うえぇ!? も~終わり!? はっや~……。あ、小春(こはる)さん! 今日も来てくれたんだ。嬉しいな。ねねっ、最後に写真、撮ろうよ!」

 オレはゾロゾロと散っていく人混みの中からある1人の男性を見つけると、手を引いて写真を撮った。

 彼は小春という、本当に初期の頃からオレのファンをやってくれている人で、手紙やプレゼントはもちろん、配信でも毎回コメントしてくれるしSNSにも必ず反応してくれているので、千香も知っているファンの1人である。でも、こうして外でのイベントにも毎回来てくれる割に、なぜかツーショを撮るとすぐに帰ってしまうとこだけは、未だに不思議でならない。

「……ありがとう、ございます……。これからも、頑張ってください……」

「あ、うん。ありがとう~。……気を付けて帰ってね」

 先ほども言ったが、本格的に女装レイヤーを初めてもう8年が経つ。未だに緊張しているのか、何か会話があるわけでもなくただ小さな声で「ありがとうございます」と言って頭を下げるとすぐに人込みに溶け込んでしまうのだ。

「オレはもっと話したいんだけどなぁ……。ま、色んなファンがいるし、仕方ないか……。あ、そーだ。みんな~。今日の夜、配信するから時間あったら見に来てな~」

 オレは小さくため息をついて、近くにいたファン達にそう告げた。毎回イベントや撮影の仕事があった日の夜は、動画配信サイトで配信しているのだ。最初の頃は「体力が余っていれば~」なんて言っていたが、結局やらなかった日はほとんどないので、リスナーもきっと分かっていると思うが。一応な。一応。視聴者数が増えるに越したことはないし。

「了解だよ!」

「ぜったいリアタイするね~!」

 オレの言葉に反応してくれた何人かのリスナーに手を振って、改めて感謝の言葉を口にする。周りから人が少なくなったのを見てオレもその場から移動し、同じくコスプレをしていた千香と合流してロッカーへ荷物を取りに行くと、そのまま会場を出た。

 このイベントは毎回とんでもない人数の参加者がいるため、いちいち着替えなんかしている余裕がない。更衣室のような場所があってもぎゅうぎゅう詰めだし、トイレも入れた試しがないため、上着だけ羽織って駅へと向かう。

「SNS更新しよ~。あそーだ。ゆっきー、一緒に写真でも撮っとく?」

「おーいいな。オレのスマホで撮るか。あでも上着脱ぐの面倒だな……。このままでいっか」

 いくぞ~、と声をかけてシャッターボタンを押し、お互い確認してから再び歩みを進める。オレは歩きながら適当に加工してSNSへと投稿した。

 イベント会場から駅は割と近く、何気ない会話をしながら歩いているとあっという間に着いてしまう。改札口を通ってホームへ行くと丁度のタイミングで電車が来たため、慌てて走った。

「お、ナイスタイミング。あれ乗ろうぜ!」

「ちょ、待ってよ! てか人多くない?」

「確かになー。なんかあるのかな」

 この時間帯の地下鉄は、あまり込んでいるイメージがない。朝と夕方はいつも満員だと友人が言っていたが、それ以外は椅子に座れるくらいには人が乗ってないのだ。たとえそれが休日でも。

 今日は土曜日で現在時刻は12時20分。この時間にこれだけ混んでいるなら、きっとどこかに有名人でも来ているのだろう。数か月前にも今日と同じコスプレイベントに参加したが、ここまで混んでいなかったし。

「まーでも乗れたしラッキーじゃん? ほぼ満員電車だけどさ」

 ぎゅうぎゅう詰めではあったものの、一旦乗れたことに一息つく。まぁね、と千香が言ったタイミングでドアが閉まり、列車が動き出した。つり革や手すりなどにつかまらずに立っていた人たちの何人かが、バランスを崩しかけてガクンと横に揺れる。

「ごめん。ちょっとこの袋持っててくんない? 私ずっと重い物持ってて手しびれちゃった」 

「おっけー。貸しな」

 地下鉄に乗り慣れているオレは、特につかまらなくてもバランスを崩すことがない。千香が人混みの中から渡してきた紙袋を受け取って、軽い荷物を左手から右手に持ち替える。そしてポケットからスマホを取り出したその時――。

「……っ!?」

 誰かの指先が、オレの太ももに触れた。

 もしかしたら身動きをした時に触れてしまったのかもしれない。それか列車の揺れのせいでぶつかったとか。それくらいなら、誰にでもあることだ。オレだって背中に手が当たっちゃう時とかあるし。

 でも、今オレはスカートを履いていてその下は生足なのだ。事故の可能性が高いとはいえ、直に感触がきてしまいゾワっとして鳥肌が立ってしまう。

 こんな格好で、しかも乗る前に満員だと知っていながら乗り込んだオレも悪いかもしれないけど、いつもならこの時間帯すいてるんだよ。今日だってすいてると思うじゃんか。普通は。

「……? どったの?」

「へ、あ、いや……何でもな、い……っ!?」

 ドアを背もたれにして立っている千香が、怪訝そうな顔を向けた。いくら千香が幼馴染で兄弟のような存在でも、女性に「痴漢されてるかも」なんて言えるわけなくて。それにオレの気にしすぎかもしれないと思い、咄嗟に誤魔化した。

 だが先ほどの指は、オレの気にしすぎでも事故でもなく。

 更に際どいところまで触ってきて思わず声が裏返った。

 いや、いやいや……。嘘だよね。待って。え、あの。オレ、男なんですけど……。脚の感じで分かるだろ……。中学時代、ちょっとだけサッカーとかやってたし、筋肉はある方なんだよオレ。

「ゆっきー……?」

「……ぁ……っ」

「……冬空さん、こっち」

「――っ!?」

 グンっと腕を引っ張られ、千香がいる方とは反対側のドアに背を預けて守られる体勢になってしまった。これが壁ドンというやつ、か……ってあれ? この人……。

「こ、小春さ……っ!?」

「しー……。ここ電車ですよ」

「す、すいません……」

 急なことで気づかなかったが、よく見ると助けてくれた人は小春さんだった。しかし、よくこんな満員電車の中でよくオレを見つけたな……。まぁ、かなり目立つ格好してる自覚はあるけどさ。

 電車が揺れる度に小春さんとの距離が縮まる。その時、ふわりと甘い香りがオレの鼻孔を擽った。

 オレの好きなタイプの匂いだ。

 千香は嫌いだと言っていたが、オレはちょっときつめの、甘い感じの匂いが好きなのだ。香水もそう。甘い物が好きというのもあるのだろうが、全人類が好きだと言われている石鹸の香りよりも、甘ったるいくらいの方が好きだったりする。

 そういや、かなり前に配信で言ったことあったような気がする。好きな匂いのこと。覚えててくれた、のかな……。だったら、すっげー嬉しい。

 チラリと彼を見上げる。いつも思っていたが、オレよりも身長が高いんだよな。いつもは正面からしか見る機会がないので、こうやって下から覗き込むみたいに見られるのは割とレアだ。マスクをしているので顔は見えないが、黒のキャップを間深く被っていてもサングラスをかけているわけじゃないから目は見える。大きな茶色の目。キャップから少し見える前髪の色も、目と同じ色で茶色っぽい。染めたとかじゃなくて生まれつきなのだろうか。

「……あ、の……。そんなに見られると、恥ずかしい、です……」

「へっ……? あ、す、すいませ……」

 ほぼ無意識で見てしまっていたため、声をかけられてハッとする。いくら普段見れないからって、オレ……。あーはっず……。

 ふいっと顔を背けて視線を足元に移すと、なんとなく気まずい空気がオレたちの間に流れだす。数分ほどこの時間が続き、電車が駅に止まった。開いたのはオレが背を預けている方とは反対側……千香がいる方のドアみたいだ。

「あ、ぼ、僕降りますね」

「ま、待って。オレも降りる駅ここなんだ」

 降りようとする小春さんの後ろを慌てて追いかける。降りた人があまりいなかったお陰で駅のホームには人が少ない。先に降りていた千香に少し待つよう言って、オレは小春さんに声をかけた。

「あのー、さ。何かお礼させてほしいんだけど……この後時間ってある?」

「えっと……すみません。この後用事があって――」

「おーいたいた。ひどいじゃないか鈴峰(すずみね)く~ん。俺の連絡無視するなんて……っと、ありゃ、知り合い? 取り込み中だった?」

 突然小春さんの後ろから茶髪の男性が歩いてきて、彼の首に腕を回した。その時に呼んでいた名前を聞いて、思考が停止してしまう。

「え…………す、ずみね……って……」

 鈴峰なんて珍しい名字、そう多くはない……と思う、けど……。いやでも、ほんとに……? うそ、だよね……? 声は全然小さいからあんまり聞こえてないし、いつもフードやキャップを被っているから見た目だってよく分かってない。季節関係なしにマスクもしてるし。でも、仮にそれが身バレ防止のためで、わざとやっていたとしたら……? え、えっと……芸能人が外に出る時変装するのは、当たり前の……こと、だよね……。たぶん……。

「あ、あ、あの……っ。小春さんって……」

「…………はぁ……。隠し通すつもり、だったのにな……」

 ふぅ、と一息ついた小春さんはキャップを取ってマスクを顎に引っ掛けた。

 何億回も見たことのある整った顔が、オレの視界に映る。もはや親の顔よりも見てきたかもしれない。

「――えっと、鈴峰浩平(こうへい)、です。い、いつも配信で話題にしてもらって、その……ありがとうございます……」

 遠慮がちに開かれた口から発せられた声も、オレは知っていた。毎日聞いている。聞き間違えるはずがない。

「…………うっそ……でしょ……」

 どうやらオレの古参リスナーの正体は、オレの推し俳優だったらしい。





 女装コスプレイヤーの活動を始めて8年。初期の頃からずっと応援してくれている古参リスナーが、オレの推しである舞台俳優の鈴峰浩平だという事実が発覚した。

 そしてそれから早くも1週間。

「……なぁ、あれって夢だったのかな」

「信じられないのは分かるけど、毎日同じこと言われる身にもなってよ。正直ウザい」

「だよなぁー……」

 はぁ~……と大きすぎる千香のため息を聞き流し、オレはソファに寝転んで天井を眺めていた。

 浩平くんは、今をときめくスーパースター……というのはオレが勝手に言ってるだけだが、舞台俳優としてそれはそれは名の知れた人物だ。

 最近では地上波のドラマに生徒役で出演したことにより、テレビや雑誌で話題になりつつある。オレが推しになった時にはもう人気舞台俳優だったけど、これからもっと有名になっちゃうのかと思うと、少しの寂しさが湧いてくるものだから不思議だ。別にオレは彼をデビュー当時から推していたわけじゃないのにね。

 彼を推しになったのは、今から2年前。オレが20歳になりたての時。

 地元にあるテーマパークが閉園する関係で色んなイベントを開催することが決まり、その中のヒーローショーに千香の推し俳優が出るだかで、興味ないオレも当たり前のように一緒に行くことになっていた。

『早く! 始まっちゃうって!』

『ちょ、待っ……。アイツ足はっや……』 

 テーマパークでのヒーローショーと言えば着ぐるみを着て戦う、子供向けのものだと勝手に思い込んでいたオレは、実際に始まったショーを見て度肝を抜かれた。

『……は……人間が……動いてる……?』

 テレビで放送されているのと全く同じで、人間が衣装を着て激しく動いていたのだ。きっとあの衣装は撮影で使われていたのと同じものだろう。着ぐるみではないため役者さんのアクションシーンのキレが良くて、特撮アニメの撮影現場に来ているみたいだった。

『すげー……今のヒーローショーって、こんななんだ……』

 オレは、まさかこの後あんなことが起きるとは露知らず、コスプレ衣装のまま呑気に端の方で立ちながらショーに夢中になっていた。

『……にしても、強い風だね』

『だな……』

 その日は風が強く、見ていた人たちは髪を押さえたりフードを被っていたりしていて、オレも風でウィッグがずれないように髪を押さえていたその時だった。事件が起きたのは。

『ゆ、ゆっきー危ない……っ!』

『へ?』

 オレの近くに立っていたライトが風でこちら側に倒れてきたのだ。

『……っ』

『だ、大丈夫ですか……っ!?』

 たった一瞬の出来事だった。

 ライトが倒れる音はなく、オレ自身に痛みもなくて。

 不思議に思いゆっくりと目を開けると、そこにはオレに手を差し伸べるヒーロー(浩平くん)がいた。

 大丈夫だと言って手を借り立ち上がった時の、心から安堵したような笑顔にドクンと一際大きく心臓が動いたのを感じたのを、今でも鮮明に覚えている。

『怪我がなくて、本当に良かったです……っ』

 丁度、敵にやられて変身が解けかけているシーンだったため、助けてくれた浩平くんのヒーローの仮面は外れていて衣装も破れていて、彼の表情がはっきりと見えてしまったのだ。

 彼のその時の表情は、今でも思い出せるくらい脳裏に焼き付いている。

 相手が自分と同じ性別という事実がどうでもよくなるくらい、オレは彼に恋心を抱いてしまった。

 そして恋心をこじらせて2年。今では立派な鈴峰浩平オタクだ。

「てか今日、友達来てミュージカル鑑賞するって言ったよね? 覚えてる?」

「あー。そんなこと言ってたっけか」

「あと1時間もしたら来るから帰ってほしいんですけど」

「へいへい」

 彼に恋した時のことを思い出していたオレは、千香の声で現実へと引き戻された。

 適当に返事をして力なくソファから起き上がり、千香の部屋から自分の部屋……ここの真下の部屋へ戻るため玄関まで移動する。

 高校を卒業し一人暮らしするため契約したこのアパートだが、偶然千香も同じアパートを契約していたらしいかった。そして部屋が上下の位置という、とんでもない偶然に2人で笑ったのが懐かしい。

 でも一緒に活動をしているため、出かけるのも配信するのもすぐに会える距離にいるのは正直楽だし助かっていたりする。

「暇だし、配信でもするかなー……」

 部屋に戻り、ベッドへ寝転んだオレは適当にSNSを開くと浩平くんの投稿が目に留まった。

「今日も稽古か……。頑張ってくださ、い……っと」

 いつも通りメッセージを送信してホーム画面に戻る。何となく配信する気にもならず、気晴らしにコンビニへ行くため部屋に戻ったばかりだというのに玄関へ向かうことにした。

 秋になる手前くらいのこの季節は、暑すぎないし寒すぎないから、めちゃめちゃ過ごしやすい。歩きながら邪魔な長い髪の毛を後頭部あたりでまとめて、手首に付けていたヘアゴムで結ぶ。

 そろそろ切ろうかなって思ってたらもう冬になんのかぁ。早いなぁ……。

 なんてぼんやりと考えながらコンビニの中へ入る。入り口のすぐ目の前に大きなパネルが置かれていて、そこには来週上映されるアニメ映画のキャンペーン情報が書かれているみたいだった。店内放送もちょうど主人公が話している音声が流れていて、タイミングのよさにちょっとだけクスっと笑ってしまう。

「……あ、てかこれラスイチじゃん。せっかくだし買って帰るか~……。えっと対象商品は……って、すずっ……こ、はるさん……」

 少し歩いた先にあるお菓子コーナーでは、映画の公開記念でクリアファイルがもらえるキャンペーンをやっていた。オレの推しキャラのファイルがラスト1枚だったため対象のお菓子を見ようと腰を屈めた時、そこにいた人物に思わず声を上げる。

「と、冬空さん……っ!?  なんでここに……ってコンビニくらい利用しますよね。すみません……」

「へ、あぁ……大丈夫で、す……?」

 謝られてしまって反射的に大丈夫、なんて言ってしまった。なんだ大丈夫ですって。

 結果的に変な返事になって、お互い黙り込んでしまう。

 知り合いといえど、先週の件があって以来イベントもないから直接会うことがなくて、ちょっとこの沈黙が気まずい。

「え、えっと……。メッセ、ありがとうございました」

「へ?」

 この沈黙を先を破ったのは、浩平くんの方だった。ファイルを取るためしゃがんでいたであろう彼が立ち上がって、オレの方を見る。

 てか待って。オレ今メイクしてなくね……? 配信だと女装しないときもあるから普段のオレは見られてるとしても、すっぴんは千香と母さんにしか見られてないのだ。

「……頑張ってくださいって。さっき。ぼ、僕、これから稽古なんですけど、めっちゃ元気もらちゃいました……」

「あ、あぁ……。そう、なんですね……」

「と、冬空さん……?」

 メイクしてないと気づいて咄嗟に顔を背けてしまったオレに、浩平くんが顔を覗きこむように背を丸めた。あーあー、やめてやめてやめて。こっち見ないで……。

 きゅっと目を閉じると、頭の上にふふっと笑い声が降ってきたので反射的に顔を上げると、大好きな推しと目が合ってしまった。

 グーにした手を口元に添えて、眉を八の字にして笑っているその姿は、動画や生放送で見る時のものとは違って見えて、これが素の笑った顔なんだと思うと、胸がきゅんと鳴ってしまう。

「あ、すみません……。その、目を瞑った冬空さんが、大きな生き物に怯えている小動物みたいで可愛らし、く……て……」

「へあ……」

「だっ……あ、えっと……す、すみません……っ。ほんと、すみません……。急に……か、可愛いとか……言ってしまって……」

 かわ、かわいい……可愛い……? オレ今、推しに可愛いって言われた……? 笑った顔の破壊力がヤバすぎて、頭回んない。え……? えぇ……?

「……っ?」

「~~~~っぼ、僕もう行きますね……っ! 今日も存在してくれてありがとうございますっ!」

 最後謎の言葉を発した小春さんもとい浩平くんは、走ってレジまで行ってしまった。え、てか何。存在してくれてありがとうって。

 呆気に取られながらもお菓子を買って無事にファイルを獲得できたオレは、ずっと浩平くんのことが頭から離れずにいた。

 暫くはイベントもないし会うことはないだろうと思っていたが、なんとも不思議なことに、彼とはよく外で会うようになってしまった。

 なんでも彼の住んでいるマンションが近所らしく、あそこのコンビニはよく利用するのだとか。でもお互い推しなもんだから会話なんて弾むわけなく、コミュ障同士の気まずい空気感が漂うばかりで。お互いの住んでいる場所が分かっても、距離が縮まることはなかった。

「あ……冬空さん……」

「どっ、うも……」

 今日も今日とて挨拶をするだけで気まずい空気が流れる。

 今、写真集の撮影終わりだからすっぴんじゃないにしても、顔見れないし緊張しちゃって上手く喋れない……。

 相手は今までタメ口で話してきた『小春さん』だと頭で分かってはいても、やっぱり『鈴峰浩平』だという事実が邪魔してしまって。今までどうやって話しかけてたっけ、オレ……。

「……さ、撮影だったんですか……?」

「へっ? あ、あぁ。そんなとこ、です……。こ、小春さん、も、今帰りですか……?」

「は、はい。そんなとこです……」

 せっかく彼から話を切り出してくれたのに、結局すぐに会話が終わってしまう。オレのバカ野郎。何してんだよ……。気を紛らわすために、ウィッグの長い髪の毛の先を指先でクルクルと巻いていると、あの、と浩平くんが口を開いた。

「あの……。呼び方、なんですけど……」

「あ、何かマズかった、ですか……?」

「あいや、違くて……。えっと……僕のが年下なので、浩平でいい……です……」

「だっ、ダメですよそれは……っ! オレなんかが……」

 オレみたいなオタクが、本人の前で下の名前(しかも呼び捨て)で呼ぶなんて……。絶対にファンに刺される。というか、そうじゃなくてもオレがそう簡単に呼べない。

 オレが必死に声を上げると、浩平くんは一瞬悲しそうな表情をして、そうですか、と一言口にした。こんなところで演技するわけないと思って、ちょっとだけその顔に心がチクっと痛む。

 でも、仕方ないことだ。オレは彼と同じ場所にいる人間じゃないから。その辺にいるファンと何も変わらない。ただの一般人。だからこそ、彼のことを呼び捨てで呼ぶなんてできるわけないのだ。

「……じゃあせめて、小春って呼んでください。さん付けじゃなくて、呼び捨てで」

「…………こ、こ、はる……くん……」

「……っ」

 鈴峰浩平としてじゃなく、小春さんとして呼ぶならって思って口に出してみるも、やっぱりオレに呼び捨てなんてできなかった。『さん』がだめでも『くん』ならいいだろうと咄嗟に『小春くん』なんて呼んでしまったが、これはこれでちょっと恥ずかしいというか、何というか……。

 呼び方を変えるだけで、こんなにもドキドキするものなのかな。いや、相手が好きな人だからこそ、たったそれだけでもドキドキして、変な汗が流れるんだ。

 声が震えるのも、顔を見て話せないのも、変に緊張するのも。全部全部、好きだから。

「……よ、呼び捨てでって、言ったじゃないですか……っ!」

「や、やっぱオレには無理、です……っ。だってずっと好きだったから……っ」

「――――え?」

「やっ、ちがっ……! お、推しとして! 推しとして好き……なだけ、で……っ」

 思わず口を滑らせてしまって、慌てて否定する。

 何言ってんだろオレ。バカじゃねぇの。外で、芸能人相手に告白なんて。誰が見てるかも分からないし、オレ女装してるから、写真撮られてネットに拡散でもされたら終わりなのに。

「……っ、とあさん……」

「ご、ごごごめん……っ! オレ、帰る……っ」

「待って……っ!」

 くるりと踵を返してこの場から去ろうと思ったが、浩平くんに手首を掴まれてしまった。顔が熱い。掴まれている所も熱い。謎に涙も出てきて視界が歪む。

 何で引き留めたんだ。女装してる男から告白されて、気持ち悪いだろ。どうして、手首を掴んだんだよ……。

「あ、あの……っ、僕……ぼく、も――っ」

 ぎゅっと掴まれた手首に力が加わり、そこから彼の鼓動が伝わってくる。ゆっくりと顔を後ろへ向けると、そこにはドラマで見たことのある表情をした鈴峰浩平がいた。

 外は暗いのに顔も首も真っ赤なのが分かって、ものすごいスピードで心臓が動き出す。

 目が、離せない……。腕も、振り払えない。あ。ダメだ、これ。ほんとに、ダメなやつ――。

「……僕も、ずっと、あ、あなたが好きで、した……っ。あえっと、い、今も……す、すち……あぁっ、もうっ!」

 表情はドラマで見たものと同じはずなのに、声は震えているし言葉も途切れ途切れで、カッコいい鈴峰浩平なんてどこにもいなかった。

 勢いに任せた告白。手汗も滲んでるし最後噛むしで最悪……な、はず……なんだけどな……。

「……っ、すき、なんです……。冬空さんが……っ。ずっと、前から……っ」

「――っ」

 泣きそうな声が、オレの鼓膜を擽る。

 心臓、壊れちゃいそう……。だいじょーぶかな、おれ……。

「……と、冬空さん……。そんな顔、しないでくださいよ……」

「な、え……? なに……? そ、んな、かお……?」

「……いま、すっごいかわいい顔、してます……」

 壊れ物を扱うかのように、そっとオレの頬に彼の指先が触れる。そしていつの間にか離されていた手が反対側の頬に触れて、最終的に両の手で包まれてしまった。

 じわ、と熱が集中するのが分かる。距離近い。ドキドキしてるの聞えちゃいそう。変な汗出てきた。苦しい。呼吸って、どうやるんだっけ……。

「とあ、さん……」

 あぁもう、ダメだ。頭、回んない。目の前もグルグルしてきたし、限界だ。

「~~~~っ!」

 ドン! と、浩平くんの胸を叩いて押しのける。

 正直、何をされるか分からなかった。でも何をされても、怖かったと思う。こんなの初めてで、頭も心も追いつかない。心臓は人生イチ高速で動いてるし、全身が熱くて息苦しいのに、なぜか嫌だとは思えなくて。その事実が更なる混乱を招く。

「こ、ここ……っ、外、だから……っ。ひ、ひひ人とか……その……っ」

「……外じゃなかったら……いいんですか……?」

「そっ、ういうわけじゃ……」

 今度は手首じゃなくて手を握られ、そのまま浩平くんは背中を丸めてオレの目線に合わせた。

「……あの、冬空さん。えっと、その……僕たち……こ、恋人に、なりませ、んか……」

「――え?」

 お互い好き同士ですし……と、浩平くんが蚊の鳴くような声で言う。

 確かに、思わず言ってしまったとはいえオレは今、告白をした。そしてその返事として、浩平くんからも好きだと言われた。

 でも、本当にいいのだろうか。オレのような、一般人が相手で。

 浩平くんが所属している事務所は別に恋愛禁止なんて言われてない。でも、相手が同性で、しかも普段から女装しているようなヤバい人だと知られたら、きっと彼のファンや世間は黙ってないはずだ。

 オレが、本当に女だったら……よかったのかな……。

「……ご、ごめん。むり……です……」

「な、なんでですか……っ」

「――――オレは……っ。鈴峰浩平のガチ恋勢じゃないから」

 一般人が、贅沢を言ってはいけない。

 ネットで少し有名なだけで、逆を言えばネットでしか有名じゃないオレと、テレビや舞台で活躍する俳優の彼。

 どう考えたって釣り合わないし、大変な思いをするのは彼なのだ。オレのせいで、浩平くんが……みんなの鈴峰浩平が悪く言われるのは耐えられない。

「……これからも、稽古とか撮影、頑張ってください。……応援してます」

 演技なんてしたことないオレは、今ちゃんと笑顔を作れているだろうか。多分作れてないんだろうな。でもこれでいいんだ。

 イベント会場でいつもすぐに帰ってしまう『小春さん』と、距離が縮まったと思えば。それで十分。

「冬空さん――っ!」

 オレは聞こえないフリをしてその場から逃げるように走り、アパートへと向かった。

 その後のことはあまり覚えていない。ご飯も何を食べたのか、お風呂に入ったのかどうなのか。でも、目を覚ますと外は明るくなっていたから、朝なんだなってことくらいは理解できた。

「…………」

 ベッドの上に座ってぼんやりと壁を見つめる。鈴峰浩平が舞台で初めて主役を演じた時のミニポスターが飾ってあるのが目に留まった。

 相変わらずこの時からカッコいい。メイクしているとはいえ、輪郭がはっきりとしていて、鼻筋も通っている。自然な二重で目も大きくて、とにかくカッコいい。

「……はぁ」

 流行りの風邪にかかったとか適当言って、暫く配信とか休もうかな……。

 ぼんやりとした頭のままテーブルに置かれた携帯を手に取ると、充電が切れていた。

 やっぱり帰ってきて着替えるだけ着替えて、そのまま何もせずに寝たのかも。オレ。そう思うと心なしかお腹も空いてきて、ベッドから下りて冷蔵庫へと向かう。その間に携帯を充電しようと思い、コード刺して電源が入ったのを確認すると、途端にものすごい量の通知が来て一気にぼんやりしていた頭が冴える。

「え、な、なにごと……?」

 すると今度は千香から電話がかかってきた。なんなんだ一体。

「もしも」

『あ、やっと出た! ちょっとねぇあれなんなの!? 鈴峰浩平と何があったのよ!?』

「……は?」

 千香はそれだけ言って電話を切ると、数分後にオレの部屋まで来てリビングに入り、座りもせずに状況を説明してくれた。

 どうやらネットには、女装姿のオレと鈴峰浩平の写真が出回っていて、オレがあの時に恐れていたことが現実になってしまったらしいかった。毎回会う度に、少しでも変装したらって、オレあれだけ言ってたのに。昨日も帽子だけ被っていてマスクもメガネもしていなかった。

 写真は、手を握られた時のもので角度的にオレの顔までは映っていない。でも、昨日オレは撮影前に自撮りしてSNSに投稿していた。「これから〇〇ちゃんのコスで撮影します~」って。着ていた衣装がキャラクターの私服で、オレのことを知らない人が見たらただの女子だと思うかもしれないが、オレのことを知っているファンが写真の女子はオレだと言ったことにより、『鈴峰浩平と女装男子が熱愛』だの『男が好きだったのか』だのと散々の言われようだった。

 オレが、本当に女子だったらきっとここまでは騒がれてなかっただろう。いくら芸能人といえど恋愛くらいするだろうし。

 問題は、オレが「女装男子」だということ。

「ね、ねぇゆっきー……」

 流行りの風邪にかかりました、なんて言える雰囲気じゃなくなった。

 これは全部オレが悪いんだ。オレが誤解を解かないといけない。

「……い、今から配信、する……」

「……大丈夫……?」

「……た、ぶん」

 千香には自分の部屋に戻ってもらって、オレは顔だけ洗って軽くメイクをすると、配信部屋に行ってパソコンの電源を付け、緊急で配信を始めた。

「お、おはようございます……。女装コスプレイヤーの冬空です」

 一度大きく深呼吸をして、口を開く。

「今ネットで騒がれている件ですが――」

 いつもの倍以上の人が見に来ていて、コメントもその分だけ凄く多い。小春さんが……浩平くんがいるのかは分からないけど、それでもオレはファンの人達を不安にさせないため、オレは包み隠さず話すことにした。

「……で、鈴峰浩平くんがオレのファンだって知って、ちょっと話が弾んじゃって……。手を握られたのは、多分カラコンがズレちゃったから取ろうとした時だと思います……。なかなか取れなくて、そしたら鈴峰浩平くんが、そんなに目を擦っちゃだめですって言って、目を見てもらってて……」

 変に否定しても怪しまれるし、かと言って本当のことは言えないので咄嗟についた嘘。もしも浩平くんが見ていて「違います」なんてコメントしたら終わりだけど。でもさすがにそこまでする人じゃないと思いたい。

「だから、その……。オレたちはお互いにファンだったってだけなんです。えっと、お騒がせしてしまってすみま――」

 オレが頭を下げたのと同時タイミングで、部屋にインターホンが鳴り響いた。急ぎだったしカメラには映らないと思って部屋のドアを開けっ放しにしていたため、ここまで聞こえてしまったのだ。

「……ち、千香かな……。ほら、同じアパートに住んでるって話、前にしたっしょ……?」

 アイツ起きるの遅いんだよなぁ、と言いながら部屋を出てモニターを確認する。

「……うぇっ!?」

 そしてカメラに映った人物に思わず大声を上げてしまった。

 だって……だってまさかこんなタイミングで来るなんて、思ってなかったから。

 慌てて部屋に戻って配信を切ろうとすると、『ドアを開けてください』というメッセージが携帯に届いた。

 ドアの向こうにいる彼はきっと、今の配信を見ていたのだろう。でもここで開けたら終わる。オレはいいとしても、彼は……浩平くんはよくない。

「……ご、ごめん。昔の知り合いでさぁ……。あ、はは……。た、タイミングわるいよねぇ~……。てことで、配信はこれで――」

「冬空さんっ!」

「――っ!?」

 わざとらしかったかもしれないが、とにかく配信を切ろうと終了のボタンにマウスカーソルを合わせた瞬間、彼が入ってきてしまった。

 千香が来てから鍵をかけるの忘れてたな、なんて今更思っても遅い。

 コメント欄はもちろん荒れている。休日というのもあってか、午前中だというのに数万人は見に来ていて、オレは人生の終わりを悟った。

 もうダメだ……。世の中、漫画のようにうまくいくわけない。こんなことになるなら、ファンだって隠しておけばよかったな……。

「あ、あの……っ。ぼく、冬空さんの配信とかSNSによく顔を出してる、こ、小春っていいます。えっと、冬空さんのリスナーさんの間では有名だと、その……友人から聞きました……。それで、えっと……今、冬空さんが言ったこと、て、撤回させてください……」

 浩平くんはオレの部屋に入るなりカメラの前に立って話し始めた。

 オレは何も言えずにただ横で立ち尽くすことしかできない。

「……僕、デビューしたての頃は全然ダメで、何をしても、う、裏方の仕事ばかり、だったんです……」

 




 いくらやっても上手くいかなくて、同期や友人に追い越される度に焦りだけが残っていた。

 でもある日、やっと役を貰えて、たった2言のセリフを死ぬ気で練習した。監督も自分も、納得がいくまで。何度も。そして本番を迎えてミスすることなく僕の出番は無事に終わり、その日の夜に何となく開いたネットで出演した舞台の感想を話している配信を見つけた。

 視聴者数は一桁だったけれど、たまたまその配信をタップした時に話していた内容が、僕の演じたモブのことで。

『でな~、ほんっとにすごかったんだって! 語彙力なくてごめんけど、声がもうあったかくてさ。こ~……なんだろ、春みたいなあったかさ……? があったんだよ! 小さい春がそこにはあった。うん。間違いない』

 僕の役はパンフレットに写真なんて載らないから、女の恰好をして話していた彼に、僕の名前が知られることはなかったが、たった2言でそんな風に感じてくれた人がいるんだって思えて、もっと頑張ろうと思うようになった。もちろん小春は彼の言った『小さい春』から取って、SNSもフォローして、配信も毎回チェックするようにして。

 そして彼が更新した何気ない呟きを見たり配信を見たりする度、元気になれた気がして色んなことに挑戦していったら、特撮アニメの主役をやらせてもらえることになった。そしたらテーマパークでよくやるヒーローショーにも、なぜか僕らアニメの出演者が呼ばれてその時に偶然彼を……冬空さんを見つけた。

「う、運命、だと思ったんです……。冬空さんが見てくれているってだけで、凄く、頑張れて……」

「……そ、そんな前から……」

 隣で呟く冬空さんの方を見て、僕は改めて話しを続ける。

 風でライトが倒れそうになった時は心臓が止まるかと思ったけれど、なんとか彼に怪我を負わせることなく守ることができて、凄く嬉しかった。救われた分、いつかお返しできたらと思っていたから。

 視線をカメラに戻して、僕は思っていることを全て話す覚悟を決めた。

「……最初は、本当にファンだったんです。みなさんと、同じく……。でも、色んな人に冬空さんを知られていくのが……嬉しいと思うと同時に、つ、辛いと感じてしまって……」

 いつも緊張する時は、冬空さんを思い出す。彼の言ってくれた言葉や、コメントを読んでもらえた時の嬉しさを思い出すと、自然体になれるのだ。

 恋愛ドラマで告白のシーンを撮った時も、人生初の壁ドンをした時も。目の前にいる女優さんを通して、僕はいつも冬空さんを思い浮かべていた。

「……えっと、その……ファンの方には、も、申し訳ない、んですけど……。僕、は……冬空さんのことが、す、好きなんです……っ。ずっとずっと、大好きだったんです……っ」

 役者なのに、顔を作れない。声も上ずって上手く喋れない。昨日の夜と同じだ。

 でも、誰よりも冬空さんのことが好きで、彼に全力で恋していることを、知ってもらいたかった。

「――っ、こ、はるさん……」

「……もう、小春くんって……呼んでくれないんですか……?」

「~~~~っ、それはズルいですよっ!」



 この配信は言わずもがな神配信となって、ネットニュースだけじゃなくテレビでも報道された。

 思っていたよりもファンの人たちは優しくて、祝福してくれたことに安心したのはオレだけじゃなくて浩平くんもだったみたいだ。まぁ、もちろん批判の声もあるけど。

 オレの初テレビ出演がこの配信になるなんて、想像もしてなかったし普通に恥ずかしいけど、嬉しそうな浩平くんの顔を見てたら、そんなのどうでもよくなってしまう。

「……ぼくたちって、こ、恋人……に、なったんです、よね……?」

「あ、えっと……は、はい……。そう、ですね……」

 配信を終えて、リビングのソファに腰かけた浩平くんが口を開いた。あれだけ大勢の前で大告白したというのに、浩平くんのオレに対する態度は相変わらずで、こっちまで恥ずかしくなる。今どき、中学生でもこんなにギクシャクしないだろ。

「えっと……改めて、よろしくお願いします……冬空さん……」

「あ……オレ、本名、雪弥っていいます……。その……こ、こうへい……くん、って呼ぶので……オレも、本名で呼んでくれたら……嬉しい、です……」

 やっぱりオレにとって推しを呼び捨てにすることはできなかった。たとえ恋人になったとしても。

「――っ!」

 でも彼の表情を見る限り、この前よりすごく喜んでいる様子なので急ぐ必要なんてないのだと思い知らされた。

 オレたちは、オレたちのペースで進んでいけばいいんだ。

「じ、じゃあ……雪弥さん……」

「は、い……」

「……へへ……っ。なんか、距離が縮まった気がします……」

「……そ、そうですね……。あ、えっと、こっちこそ、よろしくお願いします……こ、浩平くん……」

 オレの推し俳優は、オレの古参リスナーだった。

 けど今は、リスナーであり、恋人だ。

「……はいっ」

 秋なのに、春のような暖かい陽を浴びながらしたキスは幸福の味がした。


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