はじめての失敗依頼
次の日の放課後、美羽はまた図書室にやってきた。
無言で俺の机の上に茶封筒を置く。
まるで探偵に依頼するかのような無駄のなさ。
「……これ、次の依頼?」
「うん。清水っていう男子。2年の。知ってる?」
「ううん、知らない。でも……“また、落とし物”?」
「正確には“失くした手紙の一部”。渡せなかったまま、風で飛んでったんだって」
美羽は封筒の中から、折り目がついた白い紙片を取り出した。手紙の“下半分”だけが残っていた。
「これが残ってた部分。上の文があったら、誰宛だったのか分かるかもしれないって」
「……分かった。やってみる」
俺は紙を受け取り、左目に力を込めた。
──見えるか? “縁”の線──
だが。
何も、見えなかった。
いや、正確には、一瞬だけ「かすかな線」が現れかけた。
でも、それはすぐに霧のように揺らぎ、指先から抜け落ちる。
「……消えた……?」
「うまくいかない?」
「うん……いや、たぶん、**“繋がってない”**んだ……この手紙と、“誰か”が」
違和感がじわりと広がっていく。
今までは、ちゃんと繋がっていた。見えた。
でも今回は──何かが、“断ち切られている”感じがした。
もう一度、強く集中してみる。
……ズキンッ。
「っ……!」
左目の奥に、鋭い痛みが走った。
思わず顔をしかめて、封筒を机に戻す。
「……無理しないで」
美羽が、すっとハンカチを差し出してくれる。
汗が頬を伝っていた。
「……ごめん。ダメみたいだ」
俺は目を押さえながら、正直に答えた。
「その手紙、たぶん、渡す前にビリッと破かれたらしいよ」
「……え?」
「清水くん、言ってた。“結局、自分なんかが想いを伝えちゃいけない気がして、途中で破った”って」
それを聞いた瞬間、胸に冷たい何かが落ちてきた。
「……だから、“縁”が切れてたのか……」
誰かに想いを届けるつもりで書いたはずの手紙。
でも、途中で引き返した想いは、線として結ばれなかった。
それが、目に見える形で“視えない”という現実。
「縁ってね、たぶん、どっちかが繋ぎたいだけじゃ成立しないんだと思う」
「……一方通行じゃ、ダメってこと?」
「うん。……気持ちも、線も、どっちかだけじゃ“結ばれない”んじゃない?」
美羽の言葉は、責めるわけでも、慰めるわけでもなく。
ただ、事実を静かに突きつけるようだった。
──“縁”は道具じゃない。
──“視える”ってことは、全部わかるってことじゃない。
昨日、少し浮かれてた。
「線が見えれば、人の助けになれる」って。
でも、それだけじゃ──足りないんだ。
「……清水くんには、なんて伝えればいい?」
「……ごめん。何も見えなかったって。だけど……」
俺は少しだけ言葉を詰まらせてから、続けた。
「“想いを届けるって、すごく勇気のいること”だったんだって……ちゃんと伝えてあげて」
美羽は一瞬、目を細めたあと、ふっと笑った。
「……了解。悪くない答えだと思う」
その一言が、少しだけ救いだった。
俺は左目を押さえながら、ふと空を見上げた。
夕焼けのオレンジ色が、視界に滲んでいた。
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