依頼との出会い
カーテン越しに西日が差し込む、静かな時間帯。
古びた木の床がきしむたび、空間の静寂が少し揺れる。放課後の図書室には、俺――綴 清雅以外の姿は見当たらなかった。
手にしたままのスマホの画面には、少し前に届いたメッセージ。
> 《from: 小田切 美羽》
件名:【落とし物係、興味あります?】
本文:あなたが落とした“ペンダント”──私が知ってる人のだったみたい。
明日、図書室に来てください。
(来たはいいけど……)
意味がわからなかった。
どうして“俺が拾ったこと”を知ってる? あのとき誰かに見られていたのか? ていうか“知ってる人のだった”って、どういう意味だ?
「あ、ちゃんと来たんだ。えらいえらい」
静かに開いた本棚の影から現れたのは、小田切 美羽だった。
いつもより、少しだけ真剣な顔をしていた。
「急に呼び出して、悪かったね。でも、君しかいなかったから」
「……え? 君“しか”って……どういう……?」
「君、昨日、放課後の川沿いでペンダント拾ったよね」
「……っ!」
バレてる。完全に。
「もしかして……見てたの?」
「見てないよ。でも、渡された子から聞いた。“拾ってくれた人が、まるで自分の気持ちを知ってたみたいだった”って」
「……それは……」
言葉に詰まった。
あのとき確かに、“線”が見えた。
俺だけに見えた“縁”の糸が、落とし物と持ち主を結んでいた。
「……偶然、だよ。ただ、落ちてたのを拾っただけで……」
そう言いながら、目を逸らす。
でも、美羽は追いかけてくるように言った。
「本当に偶然?」
「……」
「じゃあ、これも偶然で見つけて」
そう言って、美羽が机の上にそっと置いたのは、小さなうさぎのぬいぐるみだった。
手のひらサイズ。毛並みはちょっとくたびれていて、片方の耳が少し折れていた。
「……それ、誰の?」
「旧校舎の階段の踊り場で見つけたの。誰が落としたのか、分からなくてさ」
「なんで俺に?」
「さっきも言ったでしょ。“君しかいない”って。だって、私には──そういうの、見えないから」
言葉の端に、わずかな含みがあった。
まるで、彼女は俺のことを最初から知っていたかのように。
「なあ、美羽。……もしかして、俺が“見える”こと、確信してた?」
「まだ半信半疑だけど。昨日の一件で、ほぼ確信に変わった」
そう言って、彼女は軽く笑った。
「それに、君自身が一番、気づきたがってるように見えたよ。“なんで見えるんだろう?”って、顔に書いてあったから」
ぐうの音も出なかった。
図星すぎて、笑うしかない。
「……そっか。じゃあ……試してみるよ」
俺はそっと、ぬいぐるみを手に取った。
その瞬間、手の中に伝わる、誰かのぬくもりの残り香。
柔らかくて、ちょっと切なくて。名前も知らない誰かの感情が、そこにあるような気がした。
(お願いだ、“見せてくれ”)
「──“縁を結びし者との繋がりを示せ”」
静かに、心の中で唱える。
──そして。
左目の奥に、ズン、とくる違和感とともに、視界が変わった。
うっすらと、銀色の線が浮かび上がる。
それはぬいぐるみから、まっすぐ校舎の裏庭の方へと、のびていた。
「……見えた。裏庭のほう。何かが、繋がってる」
「やっぱり」
美羽は、目を細めて静かにうなずいた。
「じゃあ、“落とし物係”さん。行きましょうか。副係も一緒に」
「はは……そっか、俺、係なのか……」
そう言って立ち上がったとき、不思議と心が少しだけ軽くなった。
怖くはない。
ただ、胸の奥にふつふつと湧いてくる不思議な高揚感。
「誰かのために“繋げる”」って、こんな気持ちになるのか。
──それが、俺の“はじまり”だった。
ブックマーク、評価いただけると励みになります!